再びのはじめまして
初めての砂漠から数日、もう私も砂漠には慣れたものである。
本日もカーディーンと砂漠の見回りに行き、主に砂煙からカーディーンを守ったりしている。私の優秀さがいかんなく発揮されている!
遮るもののない大空を飛ぶのは楽しい。宮殿はどれだけ大きくて広くても天井があるけど、砂漠には天井がないのだ。
どこまでもどこまでも、体力の続く限り世界を渡っていけそうなあの感覚は、宮殿では味わえないだろう。まぁカーディーンの声が届く範囲を大きく旋回したりするのが私の飛べる範囲だけれどさ。
違うからね?一度、調子に乗って遠くまで飛んで、大きな鳥の群れと遭遇して威嚇されて、一羽で勝手な行動するのが怖くなったとかじゃないからね?ほら、カーディーンとの約束を守っているだけだもんね!
ちなみにその大きな鳥は美味しい鳥らしく、私が群れごとひきつれてカーディーンの所まで鳴いて逃げ帰ると、部下の人達が歓声を上げて私に向かって弓矢を向けてきたことがちょっとした恐怖になっている。まぁ私じゃなくて、後ろの鳥を狙っていたのだけれど。
大きな鳥は逃げ遅れた二羽が仕留められて、部下の人達の胃におさまったらしい。その大きな鳥は大トカゲにくくりつけて持ち帰り、宮殿に帰ってから部下達の人だけで焼き鳥の宴をやっていたらしい。賑やかなのは好きだから私も参加したいと駄々をこねたら、カーディーンにやんわりと止められた。残念。
そんなこんなあり、砂漠は私の中でも怖いのと楽しいのがいっぱいあって面白い場所という認識なのだが、砂漠にもひとつだけ不満がある。
カーディーンと話がかみ合わないっ!
モルシャの手の平に乗りながら、私はじたじたとその場で足踏みしていた。
「左様でございますねぇ。カティア様にはご不便をおかけしてもうしわけありません」
今はモルシャと一緒にカーディーンの宮に帰っている途中だ。最近は砂漠から返ってきた後も、カーディーンの書類仕事やら報告やらに私も付き合うようになってきた。けれど自由だが身の危険が付きまとい、常に適度に緊張したり移動し続けていたりする砂漠と違い、基本的にすることがなくて安全な執務室は退屈なので、私はすぐに飽きてしまう。お仕事中のカーディーンはあんまり構ってくれないし。
徐々に一緒にいる時間が伸びてきたとはいえ、本日も私の限界が来たので途中で先に帰ってくることになった。
道中でモルシャにぷんすか不満を漏らしていると、モルシャが少し考えた後立ち止まった。
道の向こうからザイナーヴとその肩に乗ったナーブが現れた。
あ、ナーブ!
私がぱたぱたと飛んでいくと、気付いたザイナーヴが私を手の平に乗せてくれた。
聞いて聞いて!私の名前カティアになったの!!カーディーンの守護鳥なんだよ!
私が元気良く報告すると、いつ見ても美しいザイナーヴが「それは素晴らしいことだ」ととろけるような笑みで祝福してくれた。
そうか、末の妹も名を持ったのか。心配していたけれど森に帰ってしまわなくてよかった。カティアか、可愛い名前でよく似合っているぞ。
……誰?この鳥誰?私の知っているナーブじゃない。私の知っているナーブは「そうか、よかったな」くらいしか言わないよ。名前可愛いなんて絶対言わないよ。
目の前の鳥はザイナーヴに優しく撫でられてご機嫌になりながら、頬にそれはもうすりすりしていた。あ、ナーブだ、よかった。
その後ナーブと他愛ない会話を少ししたのだが、なんか小難しい言葉を使っていた。最近サイショクがケンビな鳥司が巣の区画にいるらしい。サイショクがケンビってなにって聞いたら「なんか綺麗な人」って教えてくれた。あぁ、ナーブの好きな美形がいたのね。どこから拾ってくるんだろう、その美形情報。
それにいつもならここでケンカになったであろうと言うやり取りの時も、ちょっとむすっとはしたけれど言い返してこなかった。あれ?ケンカにならない!?
そんなやり取りを終えて、ナーブ達と別れた。
私はモルシャの手の平に戻って来て、モルシャに話しかけた。
ナーブどうしちゃったのかな?なんかちょっと難しい言葉を使ってたし、いつもより怒らなかったよ。
するとモルシャはいつも通り穏やかに笑っているようだったけれど、やっぱりちょっと考え事をしているようだった。
モルシャ、どうしたの?
「カティア様、よろしければ今から巣の区画に参りませんか?」
巣の区画?どうして?
「カティア様にお会いしていただきたい人物がおります」
誰?会いたいー!
私に会いたい人物がいるらしいとのことだったので、行き先を変更することになった。
私がモルシャと巣の区画に行くと、世話係の鳥司を選ぶ時以来会っていなかった鳥司大仕長のところにきた。
モルシャが鳥司大仕長に話しかける。
「カティア様にあれとお会いしていただこうかと思ってねぇ。すぐに呼び出せるかい?」
鳥司大仕長はモルシャの発言にぎょっとした。
「そんなっ!?まだ早いです!教育は必要ないほど十分ですがまだ……」
「時間が解決するならば待つことはできる。だが、おそらく時間が解決しはしないだろうねぇ。ならばお互いがぶつかることも大事かもしれないよ。それにあれを見出したのはカティア様なのだから」
うん……話がまるで見えない。
とりあえず鳥司大仕長が呼んでくると言うので、モルシャと二人でその場で待った。
誰が来るの?私の知ってる人?
「えぇ、カティア様も一度お会いしたことのある人物ですよ」
一度会ったことがあるのかー……覚えているかな?
私が小首をかしげながら言うと、モルシャは小さく笑った。
どうせならさっきナーブが言っていたサイショクなケンビも見ていたいと言ったら、モルシャがすぐに会えますよって言った。
しばらくモルシャとお話しながら待っていると薄い布で遮られた向こうの人影から入室許可を求める声があり、モルシャが私のかわりに応じると、鳥司大仕長に連れられて一人の人物が入ってきた。
モルシャ達と同じ鳥司の独特な服を纏った、きらきら輝く銀の髪と白い肌の美しい青年だった。
あ、迷子の時の人だ!
私が嬉しく思いくぴーと声を上げると、だが青年は夜が明け始めた空の様のような色の薄い紫の瞳で私をじっと見た後、静かに頭を下げて私に挨拶をした。
「お初にお目にかかります、カティア様。鳥司リョンド・セイニと申します」
とても丁寧な仕草と口調で挨拶をしたその声は、確かにあの時の青年の声だった。
けれど、違う。
あの時の青年は私に心からの柔らかな笑顔を向けて、声には親しみが篭っていた。敬ってはくれなかったけれど優しい青年だと思った。
私は小さく呟いた。
どうして……?どうしてとても怒っているの?
私の声が届いたはずのリョンドは下げた頭をあげなかった。
私はその声と態度から、リョンドの静かな怒りを強く感じた。