宮殿への帰還と美味しいご飯
夕陽を背中に受けながら、私とカーディーン達は宮殿の門の所に戻ってきた。
一緒に帰ってきた隊商は通る門が違うので途中で別れた。私を「さすが守護鳥様でございます!」と感謝いっぱいに褒めたたえてくれたので、私は非常に機嫌がよい。
門の向こうではマフディルとモルシャが出迎えてくれた。そばに待機していた部下の人達もいる。
モルシャー!
私はカーディーンの頭の上から飛び立ち一足早くモルシャの手の平に帰ってきた。
「まぁまぁカティア様、ご無事の御戻りなによりでございます。道中何かございませんでしたか?」
あのね、あのね!麦の木初めて見たよ!植物なのにおひげがあったの!あと砂漠って本当に砂しかないのね。びっくりしちゃった!
「左様でございましたか。大冒険でございましたねぇ」
おっとり笑って返事をくれるモルシャに心から安心する。言葉が通じるって素晴らしい!
堂々と戻ってきたカーディーン達はマフディルや部下の人達から挨拶を受けていた。
「カティア」
カーディーンに呼ばれたので、モルシャと一緒にカーディーンのそばに向かう。
カーディーンとマフディルの隣には見知らぬ人がいた。
とても小柄な人だ。カーディーンとマフディルの隣に並んでいると、その小柄さがとても強調される。
けれど小柄ながらも筋肉はついており、マフディルのような筋肉詐欺でなければこの人は戦う人なのだろうことが容易に想像できた。
男性にしてはわりと露出が高い服装だった。見事に割れた腹筋が見えている。その上にはこちらも鍛え上げた見事なハト胸が……ん?
ハト胸にしては立派で柔らかそうな盛り上がり方をしてるね……。
小柄な露出の人は少しきょとんとした後、からからと笑った。
「はい。胸は私の唯一の女性らしさですので、柔らかいですよ」
あれ?女の人?
「カティア、彼女はササラ。私の副官の内のもう一人だ」
カーディーンからそう紹介された女性はかちっとした、いかにも軍の人ですといった動作で、私に丁寧な礼をしてくれた。
「はじめまして守護鳥カティア様。ササラ・アッセナ・ロハーナと申します。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
ササラと名乗ったその人は、確かにアファルダートの女性として、首と手首を隠している。女性だと分かればさほど露出しているとも思わない。
よろしくね、ササラ。
私が挨拶すると、ササラはにっこりと笑った。笑顔の可愛い人だなぁ。
「ササラは私が昼の部隊を率いている時は夜の部隊の、私が夜の部隊を率いている時は昼の部隊を率いる部隊のトップだ。なのでササラは事実上、私の次に立場の高い副官になるな。立場上私と行動を共にするカティアが接する機会は少ないだろうが覚えておいてほしい」
なるほど、ササラって偉いんだね。わかった、覚えておく!……ところでササラとマフディルってどっちが強いの?
私が小首をかしげて尋ねると、三人が口をそろえて答えた。
「ササラだな」
「ササラ殿ですね」
「私です」
そっか……やっぱりマフディルは筋肉詐欺なんだね。
後でカーディーンが補足してくれた話によると、単純な力比べならばササラはマフディルには勝てないらしい。けれど技ありなんでもありのケンカや取っ組み合いになれば、ササラはカーディーンを除く軍の中でも上位に君臨する実力の持ち主なので、マフディルごときは簡単に組み伏せることが可能らしい。マフディルごときって……マフディルは軍の中でどれだけ弱いの…………。
カーディーンはマフディルやササラと報告やら何やらがあるので、私は一足先にモルシャと一緒にカーディーンの宮へと戻ってきた。今後はカーディーンと一緒に戻ってくるだろうけれど、今回は初めての砂漠だったので疲れるだろうから、先に戻っておいていいと言われた。
半日ほどの時間だったのに、なんだかカーディーンの宮が懐かしく感じた。
すごく、帰ってきた!って感じがするね。
「きっとカティア様が砂漠でご活躍されたからでしょうねぇ」
私はカーディーンが帰ってくるまで、モルシャに砂漠であった出来事などをお話して過ごした。
それでね!その時カーディーンに狼ががぶってしてね、私が魔力の結界を張っていたからカーディーンが気づいてね、そしたらカーディーンが月刀剣でぐさってしたの!私がカーディーンを守ったんだよ!!
「まぁまぁ恐ろしい。それは危のうございましたねぇ。カティア様の結界がカーディーン様をお助けしたのですね」
そう、そうなんだよ!でも砂漠に行くのは楽しかったけど、モルシャがいないとお話できないのが大変だね。聞きたいこととかわかんないことがカーディーンに聞けないの。
「それは申し訳ございませんでした。今覚えていらっしゃいましたら、モルシャがカーディーン様にお伝えいたしましょうか?」
えっとねー……うん、もう忘れちゃった。
何か色々疑問に思ったことはあったはずなんだけど、全部忘れてしまった。
私がカーディーンの宮で遊んでいると、カーディーンが戻ってきた。両腕にいっぱい花束を抱えていた。
おかえり、カーディーン。そのお花何?
「これは隊商の者が宮殿に届けに来たものだ。命を救ってくださった守護鳥様に、と」
やったー!私のお花ー!!
私はぱたぱたと飛んでカーディーンの腕の中の花束に飛びこんだ。
様々なお花の香りに包まれている。口を大きく開けて手近な花弁を口に含む。あぁ幸せの味……。
私はお風呂にできそうな花束を抱えたままのカーディーンの腕の中で、お花に埋もれながらもっしゃもっしゃと花弁を食べ散らかしていた。カーディーンがどうしていいかわからなくてすごく困っているのに気づいたのは、ひとしきりお花を堪能したかなり後のことだった。
その後、カーディーンと一緒にご飯を食べた。
私のご飯としてムーンローズが一輪出てきた。今日はとってもいい日だ。カーディーンは私が目を細めてムーンローズを味わっているのを、静かに見守っていた。
「初めての砂漠はどうであった?カティア」
そうだね!わくわくとびっくりと砂まみれだった!
「そうか、ならばよかった」
私の返事が面白かったのか、小さく笑いながらカーディーンも自分のご飯を食べていた。
カーディーンの料理には今日見た麦が使われているらしい。どこに使われているのかさっぱりわからなかった。
真っ赤っかな何かの動物のお肉のお腹に切れ目を入れて、野菜や香草を詰め込んだ煮込み料理が中央に置かれている。カーディーンはそのお肉を薄く切って、中の香草や野菜と一緒に半月型の袋の様なうす焼きに挟んで食べている。何かを包んで揚げたお団子の様な料理もある。基本的に香草や香辛料がたくさん使われているので赤いお料理が多い。
ねぇ、それ何のお肉なの?
私が何となく口にした疑問に、カーディーンが目に見えるほどびくりとして動きをとめた。
給仕をしていた他のお世話係も硬直している。私が小首をかしげると、モルシャだけが平然としていた。
誰もかれもが口を開きたくないと、表情だけで物語っていた。モルシャはおっとりと私の給仕をしている。
ねぇねぇカーディーン?
「…………鶏肉だ……」
すごく気まずそうに、カーディーンが動揺した声で告げた。目は完全に私の表情をうかがっていた。
ふーん……美味しい?
「………………」
ものすごく返事に窮していた。
モルシャが笑って軽やかに告げた。
「カティア様。カーディーン様は種族は異なれど、カティア様と同じ鳥を食べているというお気持ちが強く、お返事がし辛いのでございましょう。鳥をお召し上がりになるカーディーン様に怒りを感じますか?」
ん?別に。だってその鳥私の同族の守護鳥じゃないんでしょ?だったら別に何とも思わないかなぁ。
基本的に兄弟を目の前で食べられない限りは、私はカーディーンが鳥を食べていようと全く気にならない。だって生き物って死んだら誰かに食べられるものだし。人だって死んだら、海の生き物に食べられちゃうし。
私が素直な気持ちをそう告げると、カーディーンや周りの従者達がほっとしたような息をつき、モルシャをちょっと恨めしげに睨んでいた。
モルシャはその視線をうけても、相変わらずにこにこと笑っていた。
「心臓に悪い。モルシャ、そなたからカティアに一言言っておけばよかっただろうに」
「ですからわたくしは大丈夫と申し上げましたのに……。それにこれは、王族の方々が一度は通る道のひとつでございますゆえ」
そう言ってモルシャはあまり反省してないような声音で申し訳ございませんと言って頭を下げた。
どうやらモルシャだけが私が……と言うよりは守護鳥は目の前で王族が鶏肉を食べていても気にしないことを知っていたようだ。
そしてカーディーンの好物が、実は鳥肉だったと言うことを私は初めて知った。無表情で食べていたけれど、なかなか複雑な心境で食べていたんだね、カーディーン。
今度からは私のことは気にしないで、大好きな鳥肉をいっぱい食べてもいいからね、カーディーン!ほら、食べていいよ!
「……カティアの心遣いは有難く受け取ろう」
私が親切心で鳥肉を食べるように促すと、カーディーンが複雑そうな顔で返事をして、その後おそるおそる鳥肉を食べていた。