初めての砂漠、初めての麦
出発前に多少ワクワク感をそがれたけれど、門の向こうに広がる一面の砂漠を目にしたら、マフディルのことなど瞬時に頭から消えた。
わぁーい!砂漠だぁーっ!!
目の前に広がる一面の砂は太陽の光を受けて黄土色だ。
どこまでも続くかのような砂漠の大地を、カーディーンの騎乗した大トカゲを中心に、等間隔で並んだ部下達の大トカゲが固まりになってざくざくと砂漠の上を進んでいった。
私は出立前にカーディーンから、カーディーンの声と目が届く範囲から出て行かないでほしいとお願いされた。
普段モルシャの代わりに私を追いかけまわしてくれる鳥司は、私のお世話係の鳥司ではないので砂漠まではついてくる権限がないのだそうだ。そしてお世話係のモルシャはとてもじゃないけどトカゲに乗って移動なんて出来ない。なので砂漠では私の声を通訳してくれる相手がいないので、会話はカーディーンからの一方通行になってしまう。
仕方ないけれど、若干不便だ。
なので私はカーディーンのトカゲの周りをくるくると旋回するように飛びながら、空から辺りを見回した。
どこ向いても砂しかない。
砂と空しか見るものがなくて、私がさっさとカーディーンのトカゲの頭で一休みし始めたのを見たカーディーンが、小さく笑いながら言った。
「本当に砂しかなくて驚いたであろう?我が国の国土の半分以上をこの砂漠が占めているのだ。アファルダートは国土だけ見れば、隣国よりもかなり大きい。けれど、人が住むことが出来る領域が狭いので、実質、国としては隣国よりやや小さいくらいの規模なのだ」
なるほどー、と私はその後もひたすらカーディーンの話を聞きながらゆったりトカゲの上で砂漠を見渡していた。この揺れなかなか好きだし、歩き続けているトカゲは大変そうだけれど、私はすごく楽だ。
太陽が出ている間のカーディーン達のお仕事は、主に砂漠の地形の把握と、王都周辺に砂漠の狂暴な生き物が寄りついていないか、そして王家直轄地の麦の木林の見回りだそうだ。
夜になると砂漠は海になるので、海になっている間に砂漠は揺れ動くように形を変え、そして朝が来るとまた砂に戻る。なので毎日、砂の山や道の形が変わってしまうのだ。
ならばどうやってカーディーン達は進路を決めているのだろうと思ったら、海になっても絶対に動かない岩や点在するわずかなサボテンの数やその形で、大体の方角を記憶しているらしい。なので、目印になる岩やサボテンが形を変えたりしていないかを確認してまわるのも大事なお仕事のひとつらしい。砂漠を行き来する人はみなこの目印がないと迷子になってしまうので、故意に傷つけたりする人はいないのだが、砂漠の動物達が齧ったり、ぶつかって欠けたりすることなどがあるので、大きく形を変えていると記憶が間違っていないかとひやひやすると言っていた。
今はアファルダートの特産品であり主食でもある麦の木林に向かっているらしい。
私麦の木って初めて見るな~。楽しみ!
私はわくわくしながら砂漠と空の交わる先を見つめた。
「カティア。麦の木が見えてきたぞ」
カーディーンの声で、カーディーンの頭の上でぼーっとしていた私はハッと正面を見た。
遠くに緑のさわさわと揺れる何かがあった。
私は高く飛びあがって、カーディーンに少し先行するように麦の木畑に向かった。
すごーい!手の平みたい。
麦の木は、砂漠からまるで人の手の平が空を向いているかのように幹が低いところで大きく枝分かれし、広がった太い枝には麦の穂が空に向かってしっかりと生えていた。
そんな木が、いくつもいくつも砂漠からにょっきり生えていた。その周りではおそらく麦の木の世話係なのだろう沢山の人が、せわしなく行ったり来たりしていた。
空の上から見ていると低く感じたが、近づくにつれて麦の木が実は意外と大きな木だと言うことが分かった。幹が低いところで広がるように分かれているのでわかりにくいが、少なくともマフディルより背が高かった。一番背の高いところでマフディル二人分ぐらいはあるんじゃないかな?
カーディーン達が近づくと、うろうろしていた人達が一斉に立ち止まってその場で頭を下げた。
私はさっさと麦の木に飛んでいってその枝にとまった。
麦の穂は枝から細い茎が生えているかのようで、その先の方に鈴なりに麦の粒と細長い髭みたいなのがついていた。
私が麦の穂にぶら下がったりつついたり、髭と闘っている間に、頭を下げていた人の中から一人が歩み出て、カーディーンの部下の人とお話をしていた。その部下の人がカーディーンにさらに話をしてから、カーディーンがさらに何か言っていた。
完全に聞き逃したけれど、まぁいいか。
カーディーンに呼ばれたので、またカーディーンのトカゲの頭に戻り、次の麦の木林に向かう。
麦の木林はいくつかの場所に分かれてあるようだ。次に到着した麦の木林はさっきより少し黄色がさしたような薄い緑色だった。
違う木なのかな?と首をかしげていると、カーディーンが教えてくれた。
「麦は緑から、徐々に朝の砂漠の様な色に変化するのだ。朝の砂と同じくらいの色になった頃が収穫期だ」
そんな話をしながら麦の木林をいくつもまわった。すごく沢山あって、それぞれ林ごとに微妙に色が違った。
砂漠と同じ色になった麦の木林では沢山の人が収穫をしていた。
「今日はこの林の周辺を中心に警護する」
カーディーンが部下の人達に言った。
すると幾人かの部下の人達が応じるようにひと声あげてから、それぞれ散らばるように林から少し離れた場所をトカゲでうろうろしはじめた。
「麦の収穫期が近づくと、昼の動物達が麦や収穫の為に増えた人間を食べようと集まってくるのだ。我らの役目のひとつはその動物を退けることだ」
カーディーンが役割を説明してくれた。
そして少し減った部下達を連れて、カーディーンはさらに砂漠を進む。
移動中に大きな岩の影で、みんなでお昼ご飯を食べることになった。
トカゲは近くで砂漠の砂をもさもさ口に含んでは吐きだしている。カーディーン達は宮殿で準備してきた携帯食を食べていた。ぱっさぱさに乾燥したものが多く、口の中の水分がなくなっちゃいそうだなと思った。
私はトカゲたちの好物でもあるサボテンをとげをぬいて小さく千切ったものや、植物の実などをカーディーンに食べさせてもらった。私はサボテンに含まれている程度の水分でも十分に満たされるので問題ない。一応カーディーンが自分のお水をほんの少し分けてくれたので、私はあと半日くらいは水分は一切取らなくても平気だ。お水を持ち運んでこまめに飲まなくちゃいけないカーディーン達は大変だなぁと思っていた。
カーディーン達もサボテンを食べることが出来たらよかったのにね。なんなら一口齧ってみる?
私がサボテンを咥えてカーディーンにいる?と尋ねても、カーディーンはわからないのでそのまま人差し指でちょんとサボテンをつついて私の口に入れた。
もー違うよ!カーディーンにあげようとしたんだから!
私がぷんすかとぴーぴー鳴いても、カーディーンはよしよしと頭を撫でるだけだ。むぅ、そうじゃないのに。
私がそんなことを考えていても通訳してくれる相手がいないので、一見すると私がカーディーンの手の平でうまうまとご飯を食べて、サボテンの欠片を咥えてカーディーンを見つめて、カーディーンに指で口に押し込むようにサボテンを入れてもらって、さえずっているようにしかみえないようだ。
周りの部下の人達が私達を見て「守護鳥様と将軍は本当に仲がよろしいのですな!」とか見当違いに和んでいた。ちがーうっ!!
「いやしかし、守護鳥様のご加護はすごいんですね!ここまでカーディーン様が何一つ御怪我をするような出来事に巻き込まれていらっしゃらない」
「そうですね。新品同様の鐙が突然ちぎれたり、将軍の真上にのみ岩が降ってきたり、飲み水の革袋が破れて水がこぼれたり、天高く飛ぶ鳥がうっかり落とした小石が頭上に落下してくることが今のところ一度も起きていらっしゃらない!」
「これもすべてカティアの加護の賜物だな」
え?カーディーンよく怪我をするとは聞いていたけれど、そんな日常的に危ない不幸が重なるの!?
部下達の言葉を受けて、カーディーンが優しい声音で感謝を告げながら私を撫でる。私がびっくりしているのはまるで伝わらない。
なるほど、私の守護鳥としての責任ってなかなか重要だったようだ。
大丈夫だよ!まったく守護してる気がしないけれど、カーディーンは私が守ってあげるからね!
私が胸を張ってカーディーンにくぴーっと鳴くと、カーディーンが無言で私のくちばしについた木の実の欠片を拭ってくれた。
うん……ありがとう、でも違う。