お世話係モルシャとの出会い
籠に乗せられた私達は、恭しく宮殿に運ばれた。
広間では似たような服を着たヒト達が、ずらりと並んで立っていた。そして私達が広間に運び込まれて好奇心から籠からひょっこりと顔を出すと、感嘆の息をこぼしながらも同じような言葉で私達の誕生を祝った。
そしてとりあえず私達のご飯を運んできてくれた。
ヒトの一人だけが小さなスプーンを持って、そこに入った小さな砕いた実を差し出した。兄弟は我先にとその実に飛びついて、他の兄弟達と奪い合うように食べようとした。私も少し遅れて負けじとその輪に飛び込んだ。
ヒトは少し離れた場所からぐるりと輪になって私達を眺め、ひそひそと囁いている。
「国鳥様なんて愛らしい御姿なんでしょう!」
「まだ雛様ですのに気品のある御顔立ちですね」
「あのまっ白な翼の美しさ。本当に夜空に浮かぶ月の様ですわね」
「一羽砂様もおられますね」
「おいたわしい限りだ。親鳥様の魔力が十分に行き渡らなかったのだろうか。砂様は身体も御兄弟より小さくていらっしゃる」
「先ほどからなかなかお食事を口にできませんね」
「他の御兄弟に押しのけられてしまわれているんだ」
「どうして一羽一羽お食事をお渡ししてはいけませんの?たくさん食べる方となかなか食べれない方がいらっしゃるじゃありませんか」
「生まれ持った力強さが異なるのだ。それに他の御兄弟を押しのけてでもご自分の力でお食事を得ることが大切なのです。国鳥とはいえ、自然界の生命なのですから」
「あれほど愛らしい丸々としたお姿なのに、あのままではお食事を口にできない砂様が倒れてしまわれませんか?」
「どうしてもお食事を得られないようでしたら、あとで少しだけ別にお渡ししなくてはなりませんな」
色々言っているけれど、とりあえず食事にありつけられない砂様というのが私だと言うことだけはわかった。結局兄弟との争奪戦に全敗した私だけ、少し離れた場所で食事を少し食べさせてもらったからだ。
食事の後、籠の中で私達が運動代わりに戯れているのを、ヒト達は静かに興奮した様子で眺めていた。
その後一羽に一人、私達には世話係がつくのだとヒトが説明した。好きなヒトを一人選んで手の平に乗って欲しいとお願いされた。ここにいるヒトは皆、国鳥の世話係として特別に選ばれた者達なのだそうだ。
私達は柔らかな絨毯の敷かれた床に下ろされ、整列して床に両膝をつき、何かを掬うように両の手の平を上に向けて床に這わせているヒト達の間をうろちょろと思い思いに巡った。
床に手をついているのは集まったヒトの半分にも満たないほどで、その全員が端で見ているヒトよりも若いヒトだった。皆自分の近くに私達が来ると、期待するような瞳と紅潮した頬で柔らかく笑っていた。
そこで私はふと気付いた。皆、私と兄弟に向ける視線が違う気がするのだ。
皆、私をとても愛らしいものを見るように、紅潮した頬と笑顔で見つめていた。けれど兄弟達を見るときは、きらきらと何か特別なものを見るような笑顔で見ていたのだ。
兄弟達がそれぞれ気に入ったらしいヒトの手の平に乗っても、私は最後までずっとうろちょろと床に膝をついているヒトの間をぽてぽてと移動していた。
よくわからないが、何となく違うと感じたのだ。
結局私は床に膝をついているヒト達の中には思う者がいなかったので、柔らかな絨毯を出て、じゅうたんの周りで私達が世話係を選ぶのを見ていたヒト達の所へ向かった。
ふと私を見つめる視線の中に、一人だけ違いを見つけた。このヒトだけが、私と兄弟を区別なく見つめていた。
このヒトにしよう。
ようやく私は一人の前で立ち止まり、このヒトがいいと鳴いてみた。
ヒトはすぐに察してゆっくりした動作で膝を折り、両の掌を床に這わせたので、私はそこに飛び乗った。しわしわで乾いた手の平は、そのヒトがとても長く生きている生き物なのだと伝えてくるようだった。
私が飛び乗ったヒトの隣にいたヒトが、少し慌てたような口調でなだめるように私に言った。
「砂様。その者は引退した世話係なのです。年老いていて十分にお世話が敵わぬかもしれませんし、砂様よりも先に月の神の元に向かいます。どうか今一度あちらの者達から選んでいただけませんか?」
まるで私がわがままな鳥みたいな言い方じゃないか。私はちょっとむぅっと頬を膨らませた。思ったよりも頬が膨らんでびっくりした。
すると、私を手に乗せたヒトがほっほ、と控えめに笑いながら言った。
「鳥司大仕長あんたを育てたのは誰だと思ってるんだい。自分も老いぼれに片足浸してよく私を老いぼれと言ったねぇ。砂様がわたくしめを選んでくださったのならば、この婆は喜んで砂様のお世話をさせていただくよ。砂様はね、人の感情の機微をとても敏感に感じてらっしゃるのさ。
若い者達は皆、砂様を愛らしいとは思っていても、国鳥として尊敬していないのさ。砂様は自分に敬意を向けられていないことを察知されたからこの婆を選んでくださったのだろうね。歴代のわずかにいらっしゃった砂様達も皆そうだった。どうせなら月様に選ばれたいと願った心を見抜かれたんじゃないのかね?」
私を乗せたヒトが言うと、他の者達も皆反論なく静かに俯いた。
私を乗せたヒトは、実に的確に私の感情を説明してくれた。
そう!大体そんな感じだと思う。ケイイがないんだ。ケイイ。
ところでケイイって何?
「敬意。敬う心でございます砂様。わたくしはモルシャと申します。どうぞ最後まで砂様に心をこめてお仕えさせていただきます」
モルシャと名乗ったヒトは、そういって手の平に乗せた私を見て目尻に皺を寄せてにっこりとほほ笑み、私を乗せた手を頭上より高く持ち上げて、頭を下げて目を伏せた。
これが私と世話係のモルシャとの出会いだった。