いざゆかん!砂漠
カーディーン、カーディーン!早く、早く!
私はくるくるとその場で旋回しながら、じれったいほどゆっくり歩くカーディーンを急かした。
「カティア、そんなに急がなくても砂漠は逃げないから大丈夫だ」
相変わらず歩調を変えぬまま、カーディーンが長い脚を大きく動かして歩いている。その後ろにモルシャが数歩遅れて、こちらもゆっくりと歩いていた。
朝早くから私がこんなにカーディーンを急かしているのには理由がある。
今日は私が初めてカーディーンのお仕事に一緒に向かうのだ。今までは私がまだ幼かったし、正式な守護鳥でもない私を危険の多い砂漠に出すことは危険だと言うことで、私は日中ずっとカーディーンの宮でお留守番をしていた。
けれど今日からはそうじゃない。私はもう成鳥になってたくさん飛べるようになったし、カーディーンの守護鳥だ。つまり私はカーディーンと共にいなきゃいけない。
つまり私も砂漠へ行くのだ!
気持ちが浮立ってぱたぱたくるくる羽ばたきながら浮かれている私が、カーディーン達をせっつきながらまず向かったのは、以前にも一度訪れた軍の区画だ。
カーディーンの頭にちょこんと乗って渡り廊下を進み、カーディーンの仕事部屋に到着した。
仕事部屋では、以前出会ったときにびっくりしてパニックを起こした大柄な副官がいた。カーディーンが部屋に入ると何か書いていた手をとめて、すっと立ち上がった。
そしてカーディーンの頭に乗っている私を見つけた途端、喜色満面の表情で近寄ってきた。
「将軍っ!ついに守護鳥様に選ばれたっていう噂は本当だったんですね!いやぁ、めでたいですなぁ!」
大きな声にびっくりして頭をすくめて隠れると、気付いた副官は飛び退くように離れてしゅんと大きな体を小さくしながら、謝罪の言葉を口にした。
「守護鳥様におかれましては、あー、その、うちの将軍をあぁいや、我らの主にご加護をいただきまして、えー……」
たどたどしくって要領を得ない話し方に私が首をかしげると、カーディーンが副官に向かって言った。
「慣れぬ話し方などせずともよい。これからは私と共にあるのだ。そなた、カティアがいる場所で常に堅苦しい話し方で、私にまともな報告を出来るのか?」
カーディーンに言われ、副官は気まずそうに頭を掻いた。
なるほど、この副官は丁寧な言葉が苦手なんだね。
「敬意さえ持っておれば、カティアは多少そなたの言葉が簡素であっても腹を立てたりせぬ。そうだろう、カティア?」
そうだね。別に私に失礼なこと言ってるんじゃないなら、お喋りの仕方なんて気にしないよ。
カーディーンに促されて私が答えると、副官はほっとしたように息を吐いてから、改めて私に挨拶をした。
「お会いできて嬉しいです、守護鳥様。カーディーン将軍の副官のマフディルと言います。以後、お見知りおきを」
「私の二人いる副官の内の一人だ。もう一人の副官は、今はここにはおらぬので、いずれ顔を合わせる機会に紹介しよう」
よろしくね、えっとマフ……マフディル。カティアだよ。
簡単な挨拶を終え、カーディーンがマフディルから色々報告を受けたり指示を出したりしていた。
私は報告とかには興味がないのでカーディーンの頭の上でうとうとしたり、せわしなく部屋の中を飛びまわったりして時間を潰した。
「カティア」
ん?なぁに?
カーディーンに呼ばれたので手に着地した。
すると、マフディルが私達に折りたたんだ布を両手で差し出した。
私が首をかしげてしげしげと眺めると、マフディルが丁寧に布を広げて見せた。
中に入っていたのは小さくて不格好な首飾りのようだった。
丈夫そうな布で出来た大きさの少し違うわっかがふたつ、それを同じ短い布で繋いである。小さいほうのわっかには、鱗のように薄いきらきらした石の様なものがぶら下がっており、しゃらしゃらと光を反射して輝いていた。
私が眺めていると、カーディーンがそれを手にとって私に尋ねた。
「カティアが砂漠に出る為には、これをつけてもらいたいのだが構わないか?」
これなんなの?
「これはカティアが私の守護鳥であるという証だな。この石は鱗石と言って、光沢があり美しく光を反射する。主に貴族の女性が頭にかぶる薄布の縁や服に使われることが多い宝石の一種だ。いくつかには私の紋を彫ってあるので、見る者がみればカティアが私の守護鳥であることがひと目でわかるようになっている。そして砂漠でカティアがずっと私のそばにいるわけでもないので、遠くからひと目で私がカティアを見つけられるためにつけてほしいのだ」
なるほど。これだけきらきらしていたら、遠くからでも光ってわかりやすいかもね。私砂漠だと完全に周りと同化できそうだし。わかった、つけて!
おそらく私が誰もがよく知る守護鳥の姿であれば必要なかったのだろうが、砂漠で保護色になるしあまつさえ砂色の私は守護鳥と認識されなければ、間違って矢を射られたり捕らわれたりする危険が高まるのだ。これはきっと私を守るために必要な首飾りなんだなと思った。
カーディーンから首飾りを受け取ったモルシャが、私に丁寧な手つきで首輪をつけた。
小さいほうのわっかが私の首にまわり、翼の下の胴体を大きいわっかがまわって背中にわっかを繋ぐ短い布が当たった。私は翼を動かして飛ぶのに支障がないかを確認をした。
「どうだ?」
うーん……ちょっと違和感。なんか気持ち悪い。でも、きらきらしてるのはちょっといいね。なんかお姫様見たい!
私が体をぴょこぴょこ左右に動かすと、首のわっかの鱗石も私の動きにあわせて揺れる。たくさんついているから重いのかと思っていたけれど、これだけたくさんついているのに鱗石は軽くて私の邪魔にはならなかった。
「とても似合っているな。カティアの美しさがさらに輝いて見えるぞ」
「まぁまぁカティア様、とてもお似合いでございます。まるで貴婦人の様でございますねぇ」
「……あ、とっても別嬪にみえますよ、カティア様!」
え?そう?……だったらこれ砂漠の間はつけていようかなぁ~……。
三者三様に褒められて機嫌のよくなった私は、その場で飛んでくるくると旋回して見る。うん、悪くない気がする!
カーディーンがお部屋でやることを終えたらしく、私に「移動するぞ」と声をかけてきたのでカーディーンの頭に待機した。
マフディルもひきつれて、カーディーンは軍区画から砂漠に向かう大門に繋がる開いた場所へと向かった。
カーディーンから部下達に紹介されるとのことだったので、移動途中で肩に移動した。頭だと威厳がつかないって言われちゃった。私は首飾りをしゃらしゃら揺らすのに忙しい。これ、きらきらしゃらしゃらで楽しい!
厩舎小屋にもほど近いそこには四十人前後の兵士達が集まっており、大トカゲとともに待機していた。
いかつい兵士とトカゲに私の紹介とカーディーンやマフディルからの報告みたいなのがあったけど、自己紹介されたところ以外は聞いてなかった。
大きなトカゲと大きな兵士達が並んでいる姿に、完全に気押されてしまっていたからだ。すごい迫力だった。みんなこっち見てるんだもん。
話しが終わったらしく、兵士達が「おうっ!」と声をあげてトカゲに乗って準備を始めたときなど完全に声の迫力にびっくりしてカーディーンの頭に隠れた。
カーディーンはそんな私をなだめながら、自分も大トカゲに乗って大門へ向かう。カーディーンのトカゲは黒曜石の様な色の大トカゲだった。
そういえば以前来た時にサボテンの奪い合いをした、あの黒い子供トカゲは元気にしてるかなぁ。
私がトカゲで移動しているカーディーンの頭の上で子供トカゲのことを思いだしていると、厩舎小屋の近くを通り過ぎた。
そこには世話をする兵士の膝下ぐらいまでの、大人の大トカゲと比べると半分にも満たない大きさの黒いトカゲが、与えられるとげ付きのサボテンを美味しそうにばりぼりしていた。
え?ちょっとまって……。あれ、あの時の子供の黒トカゲじゃないよね……?既に私を余裕で丸飲み出来る大きさがあるんだけど……。
私は自分の中に生じた恐ろしい疑問を振り払うように、そっと視線をそらした。
大門のところまで徒歩でついてきたモルシャとマフディルが「月とカティア様のご加護を」と祈りの言葉をカーディーンに捧げて見送ってくれた。
あれ?マフディルは一緒に砂漠に行かないの?
私が頭の上から尋ねると、カーディーンはさらりと答えた。
「あやつは戦えぬ。文官だからな」
え?えぇぇぇぇぇぇっ!?
あの体格で、カーディーンより縦にも横にも立派な体型なのに、戦えない。書類仕事専門の副官らしい。
筋肉が詐欺だ。
本日一番の衝撃だった。
「門を開けよ!出立するっ!!」
先頭のカーディーンがお腹に響くような大声で宣言し、門が開いた。
衝撃で半ば放心状態の私の意識を置いてけぼりに、カーディーンと私を乗せた大トカゲは一面に広がる砂漠へと踏み出した。
マフディルの出番のない可哀そうな筋肉に気持ちを全部持っていかれてしまった……。
マフディル、私の砂漠へのワクワク感を返して!