閑話:名もなき鳥司の心のうち
本編で名前どころかセリフがあったかも疑問な鳥司の視点の閑話です。
お世話係の鳥司と、今年御生まれになった守護鳥様の顔合わせが終わったと、噂好きな仲間が教えてくれた。
話を持ってきた仲間に群がって、皆で誰がどなたのお世話係になったのかと口々に尋ねていた。私もその輪の中に入って話を聞いていた。見習い鳥司達の娯楽はもっぱら守護鳥様に関する情報を集めることだ。
しかも次期守護鳥様の中には砂様が一羽いらっしゃることが、見習い達の間で大きく話題になっていた。砂様は時折月様方に混じって一羽誕生されることがあると言う。
美しい月様方と異なり、どちらかといえば愛らしい御姿をしていらっしゃるのだそうだ。見習いの私達にお姿を拝見する機会などありはしない。砂様は、守護鳥様としては非常に魔力が少なく、かわりに身体能力が高いのだと聞く。砂様は鳥司の中ではもはや誰も正確な御年を知らず、現在の鳥司大仕長ですら頭の上がらない最古参の鳥司として有名なモルシャ殿を御世話係として選ばれたそうだ。
ひとしきり話が終わると、仲間の一人がため息をついた。
「でも私達って間が悪かったですよね。だってあと十日たてば、見習いから正式な鳥司になれるってところで守護鳥様の顔合わせがはじまってしまったのですもの」
一人がこぼすと、つられるようにして小さな不満の声が上がった。
「確かになぁ……。俺達だって、見習い試験を卒業できれば顔合わせに参加できたんだ。そうすれば、俺達の誰かだって守護鳥様に選ばれたかもしれないのに」
「がさつなお前だけはその心配はないから安心しろ」
「おいっ!今言った奴誰だ!!」
そうやって仲間同士で笑いあって茶化すが、確かに誰もが心のどこかで考えていたことだ。
「私達に残された可能性としては、せいぜい補佐の鳥司として背後で控えて御姿を見れる立場につくことが出来れば僥倖、といったところでしょうね」
だがはたして、そんな幸運な立場が私達のような見習い上りの鳥司にまわってくるだろうか、とは思ったが言わないでおいた。
ところが鳥司の見習いを卒業して数日後、私に思いもよらない幸運が訪れた。
「御側付きの鳥司に、私を……ですか?」
声が震えてひっくり返っていないだろうか?自分でわからないほど緊張した。
「そうだよ。私は足腰がもう言うことをきかなくて、このままではお優しい砂様はこの婆を気遣って、お元気に御部屋を飛びまわることが出来ないからねぇ。砂様を追いかけて一緒に走り回れる若い鳥司が必要なんだよ」
モルシャ殿から直々に御声をかけていただき、私は砂様の御側に控える鳥司となった。仲間達から激励と祝福と嫉妬の混じった言葉を盛大に受け取った。
まだ雛でいらっしゃる砂様は、たいそう愛らしい御姿だった。私の他にも御側に控える鳥司は複数いるので、食事や沐浴に関しては私は携わらせてもらえなかった。けれど、御側付きの鳥司の中で最も体力があり足が速いことで、隙を見てはあちらこちらを冒険なさる砂様を追いかけるのは私の役目となった。
興味の向くままあちらこちらに移動する砂様はたいそう愛らしいのだが、尽きることのない好奇心と、雛と思って油断していると急に視界からいなくなってしまうほどの脱走術と体力を持つ守護鳥様だった。
……これは誰にも言えない私の考えなのだが、こと砂様に関しては放し飼いの小鳥の様子を見ていると言うよりは、野鳥を狩る狩人の気持ちで追いかけるのが御姿を見失わないコツだと思う。そんな気構えで守護鳥様を追いかけているなどと口に出せば首を差し出す不敬に当たるのは確実なので、私は誰に「砂様を見失わないコツ」を尋ねられても、答えることが出来ずにいる。言えるわけがない……六つで鳥司の見極めに選ばれるまでは、砂漠で野鳥を仕留めて売りさばく父に受けていた狩人の基礎の基礎たる経験が生きているなど、言えるわけがない。
だが、大変な思いをしながら砂様を追いかけるのは、非常にやりがいのある仕事だ。何せ遊び疲れた砂様は飛ぶのがしんどいと私の手の平に乗って移動をされるのだから!
砂様の小柄な御身体が自分の掌の上にのり、柔らかな羽毛の感触をほのかに受ける栄誉は、私の他には御世話係たるモルシャ殿にしか許されていない行為なのだ。……沐浴を担当する鳥司を羨ましいなどと思ったら負けだ!
日に日に飛べる距離が延び、隙を見て姿を消す砂様と、隙を与えぬように、けれど見つめすぎて不快なお気持ちにならぬように、その中間でひたすら砂様を追いかけて発見して巣にお戻りいただく技術を磨く私との攻防が続いた。私は日々、足腰と視野の広さを試されている。
そういえば、最近最長六歳で見習いになる鳥司に二桁年齢の見習いが入ってきたと聞く。モルシャ殿の肝いりの推薦で、特別に鳥司見習いとなったそうだ。
美女が嫉妬しそうなほどの美しい容姿の青年と聞いた。高すぎる年齢で他の見習い達にも混ざることが出来ず、経験の長い鳥司の一人がつきっきりで教えているのだそうだ。もともと文官だったらしく、行儀作法やある程度の宮殿や貴族の知識があり、覚えも早いらしい。そしていずれ砂様の御側付きになることが決定しているらしいとも聞いた。風当たりが強そうだなと思っていたら、案の定、他の者達から反発を受けているようだ。
そんな年齢でいきなり守護鳥様に仕える幸運や鳥司の志を問われても難しいことだろう。ほんの少し彼に同情した。
当時六つだった私は、当初、今まで自分が食料として追いかけまわしていた鳥のとある種族が仕える主だと言われて、狩る野鳥と守護鳥様の違いを理解するのに時間が必要だったものだ……。
だが私にこの話を教えてくれた噂好きの仲間は、いつもどこからその噂を聞きつけているのだろうとは少し思った。まぁかく言う私も、交換に砂様の愛らしさについて話しているので、この話もまた噂として誰かに広めるのだろう。
そして砂様はカーディーン様を守護候補としてお選びになられた。
王族の方々は本当に同じ人間なのかと思うほどの眩しい存在感を放っておられたが、カーディーン様は王族の方々と言うよりは、軍人としての威厳が非常に強い方だった。聞けば母君様は代々続く武の名門の御令嬢だと聞く。現国王の御側付きの将軍まで上り詰めて妃になったと言う、少々変わった経緯のある、武官の間では知らぬ者のいない武勇伝があまりにも多い伝説の将軍妃様なのだと、これまた噂好きの仲間から聞いたような気がするが、私はあまり武官には興味がなかったので忘れてしまった。
けれど、このまま砂様がカーディーン様の守護鳥様になられるのであれば、私にとっても無関係ではいられないので、一度きちんと把握しておく必要があるかもしれない。
カーディーン様は同じ男として羨ましいほどに背が高く、見惚れるほどにしっかりとついた筋肉が強さを物語っている寡黙なお方だ。
そして砂様はどうやらカーディーン様の頭上がことのほかお気に入りのようで、移動はカーディーン様の頭上でひょこひょことした微振動を楽しんでいらっしゃる。
堂々とした佇まいのカーディーン様が頭上に小さく愛らしい砂様を乗せて無表情で歩く姿は………………砂様が視界が高いと喜んでおられて何よりだと思う。お願いなので背後を振り返って誇らしげな表情で、カーディーン様の御髪の中から顔を出したり隠したりするのをほんの少し……ほんの少しだけ、控えいただきたいと切実に思う。
どうやら私は腹筋と、口周りの表情筋も鍛えねばならないようだ。いっそモルシャ殿の様に、常日頃から笑顔でいるのも手段のひとつかもしれない。
はじめは寡黙であまり会話をなさらなそうなカーディーン様と元気で好奇心旺盛な砂様は一緒に楽しく過ごすことが出来るのだろうかと疑問に思ったが、私ごときの心配など杞憂であった。
カーディーン様は砂様の会話に耳を傾け、時々相槌や話題をうまく提供しながら会話をされていらっしゃった。砂様はカーディーン様への好奇心が尽きぬようで、肩に乗ったり頭に乗ったり、長椅子でゆったりと伸ばしている長い脚を、足先から腰まで行ったり来たりしながら過ごしていらっしゃった。カーディーン様は砂様の為に、わざと少しだけ足を揺らして砂様をびっくりさせたりしてお相手をなさっているようだ。
ある日から、砂様がカーディーン様の手の中に握られるのを見る機会が突然増えた。初めて見たときはぎょっとして思わず声をあげそうになったが、なんとかぐっとこらえて事なきを得た。
砂様が望んで握られているのだと分かった後は、ひたすらカーディーン様が羨ましかった。恍惚とした表情で目を細める砂様を壁際から眺めるのは切なかった。思えばモルシャ殿の、砂様曰く「くふくふ」になる撫で方も羨ましい。やはり砂様の信頼を得るには、何かしらの砂様が恍惚とした表情になるような技を会得しなければならないのかもしれない。
仲間の一人が縫物が得意で、彼女が作った愛らしい砂様をかたどった人形があり、それが仲間の間で流行っている。私も当然のようにひとつ所持しているので、その砂様人形で練習してみようと思う。いつか実を結ぶ日が来ると信じて……!
成鳥の儀を終えられ、カティア様と言う名になった砂様は以前にもまして愛らしさと、艶やかな美しさと、やはり愛らしさが増したように思う。そして、以前にもまして鳥司を撒くのが上達された。
私の足も日々鍛えられている。
仕える主は厳密には異なれど、カーディーン様の従者達ともうまくやっている。
私の人生は、砂漠の風のように遮るものなく空へと吹き続けている。現在の私の目標は、カティア様に私の名を尋ねていただくことだ。その機会をいただけるよう、心を砕いてお仕えしよう。
カティア様は本日も非常にお元気だ。私の足も絶好調でカティア様を追いかけてよく動いている。
砂漠からは気持ちの良い風が吹いている。
さぁ、カティア様を探しに行こう。