昔のお話と分かれ道のお話
「王族の祖先……この国を創り上げた始祖の王は、この砂の大地で民を飢えから守り国を繁栄させる為、太陽の神に己の幸運と未来を犠牲にして民と国を導く力と心の強さを願った。
そして王は得た力で国と民を導いたが、王自身は数々の不幸に見舞われ、何度も何度も死に倒れそうになった。それを憐れんだ月の神が、神の力を分け与えた守護鳥と、守護鳥が王を間違えぬようにと最上の美貌を王に与え、王が人並みの幸運を手に入れ不幸に見舞われることが減り、大きな病や怪我は守護鳥が癒して助けたことにより、長く生きることが可能になったのだと言われている。そしてその力と代償は、そのまま子孫の我らに受け継がれている。
だから我ら王族は始祖の血が一定以上強く出た場合、美しい容姿と人の上に立つために必要な優れた能力を兼ね備えて産まれてくる。ただし、代償として幼いころより不運に見舞われやすかったり、体が弱く病気になりやすかったり、何故か人より怪我をしやすくなる。私は健康体で病気などには縁がないが、かわりに仕事も相まって不慮の事故での怪我が非常に多いな」
私は怪我をしていたカーディーンを思い出した。
カーディーンは怪我には小さいころから慣れていると言っていた。つまり、小さいころからずっと怪我をし続けていたんだ。
つまり私がカーディーンに加護を与えたら、カーディーンは怪我しなくなるんでしょ?
「まったく怪我をしないとは限らないが、血に刻まれた代償としての不運からは守られるだろうな」
じゃあファディオラが倒れたのって、加護を与えていたリオラがいなくなっちゃったから、ファディオラを守っていた幸運がなくなって、病気になっちゃったってこと?それって、他の兄弟達は知っているの?
「そうだ。ファディオラ様はリオラ殿がなくなってから、徐々に体調を崩された。ファディオラ様も覚悟されていたことだろう」
「他の月の方々には申し上げておりました。ですので、他の御兄弟様はご存知でいらっしゃいます」
カーディーンとモルシャが交互に答えた。
兄弟達は知っていたのに、私だけが大切な守護の役割を教えてもらえなかった。私はモルシャを振り返って、問い詰めるように言った。
なんで……なんでそんなとっても大事なこと、モルシャも鳥司も私に教えてくれなかったの!?
モルシャは静かに深々と頭を下げて答えた。
「申し訳ございませんでした。わたくしからはお伝えすることができませんでした。王家の血のことを知れば、砂様はきっと、すぐにでもご加護をくださるとおっしゃったことでしょう」
当然だよ!
「はい、お優しい砂様はそうおっしゃると思ったからこそ、お伝えできませんでした」
どうして……?
「砂様。生まれた守護鳥様は砂様を含めて九羽。それに対して顔合わせにいた王族は何人いらしたか、覚えていらっしゃいますか?」
王様と、カーディーンと……わかんない。たくさんいたと思う。
「その中に、国王様以外に守護鳥様を連れている王族の方はいらっしゃいましたか?」
……いなかったと思う。
あの時私が見たのは国王の肩に乗っている父の姿だけだったはずだ。
ってことは……。
ちょっと待って。私達兄弟に選ばれなかった王族ってどうなるの?
カーディーンとモルシャが静かに目を伏せる。
カーディーンがゆっくりと言った。
「選ばれなかった者は、選ばれないだけだ」
言葉を引き継ぐようにモルシャが続けた。
「守護鳥様に選ばれなかった王家の方々は、己の力のみで生きなければなりません。ただ、それだけでございます。
そしてそれが砂様にお伝え出来なかった理由でございます。歴代の砂様はみな、月の方々よりも魔力は少なくていらっしゃいましたが、人の感情をよく読み、御心を砕いて下さる方ばかりでございました。そしてお優しい砂様方は悩み苦しまれた末、こうおっしゃいました。『生き残る人を選べと言われても、出来ない』と」
モルシャの言葉に考えた。私だってあの王族達の中から、自分が選んだ人以外は死んでしまう可能性が高くなりますって言われたら選べないだろう。
「月の方々は己の選択に迷いや揺るぎがありません。けれど、常にご自分の魔力の不足にお心を痛めていらっしゃった砂様方は、己の決定に自信を持てなかったようでございます。これまで多くの砂様方が、守護鳥様としての自負を持てずに森へ帰って行かれました。
なので砂様にはお伝えしなかったのです。難しいことを考えずに、御心のままにお決めになっていただきたかった。それだけでございます」
そうか。やはり歴代の私と同じ砂も不安だったんだ。魔力不足で、守護する相手が誰かなんて決められなかったんだ。
その気持ちは痛いほどよくわかった。だって月の一の兄を始め、他のみんなが簡単に顔とかいい加減な理由で候補を選ぶのを、私は不思議な感覚で眺めていたのだから。
顔合わせの時にこの事実を知っていたら、私はきっと選べなかったな。そしてその事実を知っていて、顔でザイナーヴを選んだナーブを心からすごいと思う。ある意味守護鳥としては非常に正統派だったのだ。
「王家の血は人々に安寧をもたらす力を与える。ただし、己の幸運を犠牲にしている。だが、それは私達王族にとっては、生まれてから今まで当たり前だったことだ。年々酷くなってきてはいるが、今に始まったことではない。加護が得られなければ、己の持つわずかな幸運と努力で生きるだけだ」
カーディーンが私に対してきっぱりと言った。
気負いの感じられない、当然のことの様な自然体な口調だった。
「人はみな、いつか月の元に行くのだ。遅いか早いかだけの違いだ。王族はその血の代償で早死にが多い。ただそれだけのことだ。そのために王は妃を多く娶り、子孫と血族を絶やさないようにしているのだ。数が多ければそれだけ生き残り次代の王族を産む人間が増える」
だから王は沢山妃を娶ることが許されているし、王族の者はなるべく早く婚姻を結んで子孫を残せと言われているのだ、とカーディーンは言った。
「砂殿には二つの選択肢がある。守護鳥の役目を離れ森に帰り、自然の中で自由に暮らすこと。もしくは誰かに加護を与えて、守護鳥として人の近くで生きることの二つだ。砂殿は身体能力が高いから森で生きるのに不自由はしないだろう」
けど……ひとりぼっちだね。守護鳥として王族の近くにいれば今まで通り、いっぱいの人と一緒にいられるんだよね。
「そうだ。だが他の月の兄弟達より、ほんの少し大変かもしれぬ」
私はカーディーンとモルシャを見た。どちらを選ぶかは私次第。
私は今の気持ちを正直に二人に話した。
ごめんね。今ものすごく頭いっぱいになってる。
二人は私の言葉を聞いて、小さく笑って言った。
「沢山話をしたからな。一度ゆっくりと考えてみるとよいだろう」
「それでは砂様は一度寝室を出られますか?」
カーディーンはそのまま仕事をすると言うので、私はモルシャと寝室を後にした。
私はすでに私の遊び場と化した馬らしき彫像の所にやってきた。
気に入ったので彫像に取り付けた鳥かごのブランコでぷらぷらしながら、先ほど聞いた話を反芻した。
正直、森で自由に生きるのも、ちょっと楽しそうだなって思っている自分がいる。飛ぶのも遊ぶのも大好きだし。それに、私と同じ砂色の守護鳥に会ってみたかった。
彼らに森での話を聞いて、どうして守護相手を選ばなかったのかを聞いて、その上で私の答えを出してみたかった。でもカーディーン達と離れるのも嫌だ。離れている間にカーディーンが怪我をして、そのままファディオラみたいにさよならしてしまうのだけは嫌だった。
結局、その日一日考えてみたのだけれど、答えが出なかった。
というよりは、自分がどうするべきかがよくわからない。
お風呂上りにカーディーンに考えたことを正直に全部話すと、カーディーンは顎に手をあてて考えて、私に向かって切り出した。
「おそらく砂殿は、森での生活を知らぬから決めかねているのであろう?ならば一度、森で生活をしてみるとよいかもしれぬ」
森に行くの……?私が?
「そうだ。一日ぐらいならば砂殿が森へ向かうことは難しくないであろう。そこで森での生活を体験してみると良い。森の生活と宮殿での生活、よいところと悪いところを比べて決めてみてはどうだ」
でも、その間に……カーディーン怪我しない?
私がおずおず尋ねると、カーディーンは私の頭を人差し指で掻くように撫でながら、柔らかい声音で言った。
「大丈夫だ。私は砂殿が帰ってくるのをちゃんと待っている。だから砂殿もどんな答えを出すにしても、一度必ず、元気な姿で我が宮に帰って来てくれると約束してくれるか?」
優しく尋ねるようなカーディーンに、私は元気よく尾羽を上げて答えた。
わかった、約束するっ!森にお泊まりして考えて、カーディーンの宮に帰ってくるね!
「あぁ、約束だ」
私はカーディーンの肩に止まって、ちょっと背伸びしてカーディーンの頬にすりすりした。
カーディーンは目を伏せるようにしてそれを受け取って、私の頭を小さく撫でてくれた。
その日は遅いからそのまま寝ようと言う結論になって、私はいつも通りカーディーンと一緒にすやすや眠った。
考えがまとまるとぐっすり眠れる気がする。まとめてくれたのはカーディーンだけど。
翌朝、私は予定していた通りにモルシャに切り出した。
「いかがなさいました?砂様」
うん、モルシャ。……あのね、私、一度森に帰ってみたい。
「畏まりました。それではすぐに準備を致しましょう」
モルシャはいつものように穏やかに微笑んで一度頷くと、すぐに私が森に出発する準備にかかった。