大人の兆しを告げる羽
ファディオラの葬儀からしばらく経ったある日、私に変化があった。
その日は前日から、なんか頭がかゆかった。なのでモルシャやカーディーンに掻いてもらったり、自分で掻いたりしていた。ただその日は、そんなこともあるんだろうなと思って普通に眠りについた。
翌朝、目が覚めた私がベッドの上で立ち上がると、私の足元に、たくさん羽が落ちているのに気がついた。
これ何の羽だろうと首をかしげてまた体を掻くと、ぱらりと足元に羽が落ちた。
それが自分の羽だと気付いた瞬間、私はくぴぃーっ!!とパニックで絶叫した。
禿げちゃう!!私の羽が抜けてるっ!私禿げちゃうぅ~っ!!
私の鳴き声で慌てて飛び起きたカーディーンが、私の大興奮具合にびっくりしてすぐに鳥司を呼んできた。
呼ばれて慌ててやってきた鳥司は私の抜けた羽を見て、それまでの取り乱した様子から、すぐに「あぁ、なんだ」と言わんばかりの表情で妙に冷静になった。
少し遅れてゆっくりやってきたモルシャに至っては、いつもののほほんとした笑顔をまったく崩しもしなかった。
「砂殿が慌てているようだが、これは何事だ?」
カーディーンが、手の中で私がぶるぶるしているのをなだめるように撫でながら尋ねると、モルシャが答えた。
「羽が生え換わる時期がやってきたのでございますねぇ。特に今回は初めての生え換わりなので、大人になる通過儀礼の様なものでございます。羽が全て生え換わると、砂様は大人になるのです」
カーディーンはモルシャの説明を聞いて、ようやく納得した表情を見せた。
「そういえば、その様な話を習ったことがあるな……。私は守護鳥に選ばれることなどないと思っていたから完全に抜けていた」
少し勉強し直すべきか?とカーディーンは顎に手を当てて考えている。
カーディーンとモルシャからは深刻な様子はうかがえない。モルシャと鳥司に至っては、ちょっと喜んでいるような節すらある。
その二人の様子に、私は確認の意味を込めておそるおそる二人に尋ねた。
私……禿げない?
「禿げない。羽が抜けているのは新しい羽が生えてくるためだ。そなたは成鳥になる準備の期間に入ったのだ」
「しばらくは羽が抜けて気持ち悪くてうまく飛べないでしょうが、全ての羽が成鳥の羽に生え換われば、今よりもっとたくさん飛ぶことが出来ますよ」
そっか……でもかゆい……むずむずするぅ~。
私がかりかりと頭を掻くと、またぱらりと羽が抜けた。
こうして私の成鳥になるための準備期間が始まった。
生え換わりの間は、私に様々な変化が起こった。
まず羽が抜けるのは言うに及ばず、私は常にかゆみと苛々にさいなまれた。
ご飯や飲み水も違うものが与えられ、そのご飯の味が気に入らなくて、私はずっとモルシャに不満をぶつけていた。
これ美味しくないから食べたくない!いつものご飯出してよっ!
「申し訳ございません。羽が生え換わるまでは、こちらのお食事をお召し上がりになってくださいませ。このバーリブの葉はとても栄養がございます。生え換わりにはとても体力を使うので、普段のお食事では足りないのです」
モルシャが申し訳なさそうに言っても、私の苛々はおさまらない。
それでも食べないとお腹が減るので、ファディオラの花蜜が残っている間はそれに混ぜて、なくなってからはカーディーンが持ってきてくれるムーンローズと一緒に我慢して食べた。
そして日中はうとうとすることが多くなった。
私はどちらかと言えば、今までは活動的にあっちこっち飛んだり遊んだりするのが好きだったのだが、生え換わりの間はよくお昼寝していて、あんまり飛ばなくなった。
飛んだら飛んだでバランスを崩してうまく飛べないので、酷い時などたまにぽてんと墜落してしまうことすらあった。
カーディーンも私によくしてくれているのだけれど、とりあえずカーディーンを見つけたら苛々しているので、思いっきり腕の内側や耳を噛むようになった。カーディーンは黙って噛まれている。
だってなんか不公平なんだもん!私がこんなにかゆくて美味しくないご飯で羽がぼろぼろ抜けていっているのに、カーディーンはすごく平気そうだもん!
私がそう言って怒ると、カーディーンは申し訳なさそうに私を撫でながら言った。
「代われるものならば代わってやりたいが、これはそなたが成鳥になるための儀式だ。生え換わるまでの辛抱だ」
そう言って穏やかに私のくちばしを撫でるカーディーンの手や指は、私の噛み痕で血がにじんでいる。
そして私が噛むからか、やたら疲れるからか、最近私は夕日が沈んで辺りが暗くなるころには眠るように促されるようになった。
生え換わりの間はカーディーンのベッドではなく、普段は使っていない籠に移され、灯りを遮る濃い色の布をかぶせるようにして就寝の挨拶を受けた。
あたりが真っ暗になると、うとうとする。
眠い意識の中で、わずかにあいた布の向こうから、わずかにカーディーンとモルシャの会話が聞こえた。
私は耳を澄ませて様子をうかがった。
「―――……では他の守護鳥殿達も生え換わりの時期に入っているのか」
「左様にございます」
「ふむ、これは確か一月ほど続くのであったか……。砂殿もかなり自分の体の変化に戸惑っているようだ」
カーディーンは従者に傷の手当てを受けているようだ。
「おおよその目安でございますので、早く終わることもあれば長くかかることもございます。ですが、これまでの記録からすると、歴代の砂様はほとんどが月様方より生え換わり期間が短い様でございます。月様方より御身体が小さいからか、魔力の少なさを補うための身体能力の高さゆえと言われております」
「なるほどな」
「恐れながら、カーディーン様におかれましては砂様のために耐え忍んでいただいておりますが、砂様があまりにも強くお噛みになられた場合は『痛い』という意思表示をされることも大切でございます」
「たしか生え換わりの時期の噛みつきだけは、ひたすら耐えろとあったと記憶しているが?守護鳥の生え換わりの時期は、候補の王族にとっても忍耐を示さなくてはならない時期だと」
「おっしゃる通りでございます。いたずらに叱ったりするのはなりません。守護鳥はペットとして飼っているわけではございませんので、しつけと言う意味で叱ってはなりません。我々鳥司も、守護鳥様に知識をお捧げすることはございましても、しつけなどと恐れ多いことは致しません。
守護鳥様には我々の言葉を理解し、語りかけて下さるお力がございます。そして、カーディーン様も貴い御身でございます。あまりにも砂様がカーディーン様をお噛みになるようでしたら、カーディーン様も痛いのだと示すことは大切でございます。お優しい砂様はきっとカーディーン様に申し訳なく思っているはずなのです。ただ、ご自身の変化に戸惑い、行き場を失くした感情をぶつけていらっしゃるのだけなのです」
「そなたの進言を受け入れよう」
「恐れ入ります」
私は、そんなやり取りを夢うつつに聞いていた。
そうだよね。カーディーンだって痛いはずだ。あっちこっち血が出ていた。
カーディーンに申し訳ない気持ちと、だってかゆくて苛々するんだもんという葛藤がぐるぐるした。
今私はあちこち禿げたり、なんかぴこぴこした小さな毛みたいなのがでてきている。モルシャ曰く、このちっこいぴこぴこが成鳥の羽らしい。
抜けた羽より小さいんだけど……?
ちゃんと綺麗に生えそろってくれるのか、それはいつなのか、不安でたまらないのをカーディーン達に全部ぶつけている。
謝った方が……いいんだよね?う~でもかゆいの!苛々するの!!今は絶対無理だからっ!
考えているとまた眠たくなって、私はそのまま目を閉じた。
なるべく生え換わりが終わって、早くカーディーンやモルシャ達にごめんなさいしなきゃ。