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燻ぶる不安と熱の匂い

 ネヴィラとエウアンテスがカーディーン達の元へと戻ってすぐ、用事はすんだとばかりに私達は馬車へと戻り、そのままペルガニエスの宮殿へと戻ってきた。


 カーディーンがネヴィラと番う約束をしたってどういうこと!?

「落ち着きなさい、カティア。順を追って話してほしい」


 部屋の扉が閉まるとすぐにカーディーンに詰めよった私に対し、カーディーンはまず従者から水を受け取って飲み干して一息ついてからそう言った。


 私は落ち着いてるよ!エウアンテスとも約束したからずっと我慢してたもん!


「エウアンテスとの約束?ふむ、わかった。カティアも私も互いの持っている話が知りたいことだろう」


 その通りだと私は大きくうなずいた。道中はエウアンテスが一緒だったし、話をするには移動中で落ち着かないしで、私はすぐにでもカーディーンに聞きたい気持ちと戦いつつ、そわそわしつつもカーディーンを守ることに集中して周囲を警戒していた。

 部屋に着くまでも私はずっと我慢していた。もうここならば話してもいいだろう。


「だがこの話は少し長くなることだろう。そして私もカティアも疲労が溜まっている。そうであろう?早く知りたい気持ちはあるだろうが、まずは心を落ち着けて互いに身を清めよう。カティアの美しい翼が砂だらけだ。私も水で軽く汗を流したい」


 互いに砂まみれだ。とカーディーンは私をなだめる様な口調で撫でながら言った。

 カーディーンに聞きたい事はいっぱいあるのだけれど、さすがにずっと緊張を強いられていた移動から戻ってきてすぐだ。普段あまり休ませてと言わないカーディーンが先に一息入れる時間が欲しいと言うなんてよっぽど疲れているに違いない。

 そうだよね。カーディーンはずっと護衛のために気を張ってたんだから疲れていて当然だ。

 そう考えると先に話してなんて自分勝手なことはとても言えず、私は申し訳ない様な気持になりながら、カーディーンに湯浴みを促した。


 カーディーンが部下の人達に指示を出してから隣の部屋へ水浴びに向かった後、私はリークに丁寧に体に着いた砂ほこりを落としてもらった。リーク自身は簡単に自分の砂をはたき落した後、部下の人達が運んできた私達用の荷をほどいたりしている。私は邪魔にならない様に大人しく部屋の中を飛び回ったりしてもやもやする気持ちを振り払ったりしていた。

 荷物の中にも結構砂が入りこんでいたみたいでリークは一生懸命砂をはたき落していた。アファルダートの乾いた軽い砂と違って水分豊富なペルガニエスの砂ははたき落とすのが難しいとぼやいていた。そのかわり布の目の中まで入り込んだりはしていないようだ。

 そうなのかと思いつつリークが荷ほどきしている荷物にもぐりこんだら、私にまた砂がついてしまいリークから怒られた。


「せっかく一番にカティアを綺麗にしたのに。砂のついた荷に潜ったらまた砂がついただろ」

 ごめん。砂の違いを知りたくってつい……。

「はぁ、いいよ。ほら、こっちきて。もう一回砂を落とそう」


 申し訳なさに尾羽を下げつつしょぼしょぼとリークの元へ飛んで、もう一度砂を落としてもらう。

 その間、道中の事についてリークと少しだけおしゃべりをした。


 ね、リーク。道中何もなくてよかったね。まぁ災いはいつも通りあったけど。


 私がリークに砂埃を丁寧に落としてもらっている時にそう言えば、リークがちょっと不安そうな表情で呟いた。


「俺の気のせいかもしれないんだけれど……なんかカーディーン様の血の災いが強くなっているような気がしないか?」

 そういえば……なんか私いつもより守護鳥らしいと思ってたんだけど、リークが言うなら気のせいじゃないのかなぁ。


 相変わらずペルガニエスでもちょくちょくカーディーンを困らせている災いは今回も続いており、リークの言う様になんだかアファルダートにいる時よりも、私が活躍する場面がどうにも増えている様に感じるのだ。

 基本的に血の災いは王族にしか命の危機がないけれど、今回はカーディーンの乗る馬や私も危ない場面が多々あった。まぁそこは間接的に狙われていた影響の様だけれど、どう見ても人為が関わる余地のないカーディーンの災い自体も、アファルダートの時より回数が増えている気がする。

 私としてはもうカーディーンとネヴィラとリークと、あとナディスも固まっていてほしい。そうすれば私がカーディーンを守って、カーディーンがさらに他の人達を守ればいいのだと思う。けれどカーディーンは王家の災いに他の人たちを巻き込むのをよしとしない。「王家の試練は王族の責務。私の試練に他の者を巻き込んではならない」と言って譲らないので、ペルガニエスに来てからは特にネヴィラやナディス達とは必要な場合以外は出来るだけ距離をとっている。

 そのくせに私をネヴィラの守護につけようとするのだ。だから余計に危ない目に会っている気もして、道中はカーディーンにひっついていた。最初はネヴィラと一緒にいてくれと言われたのだけれどそこは私が譲らなかった。一緒にいて良かったと思ったものだ。


「今回は同じ警護に着くペルガニエス側の人員を警戒する意味も兼ねて、いつもより間隔を広く開けてカーディーン様と信頼する武官が配置されていた。だからカティアと乗っていた馬くらいしか巻き込まれなかったものの、アファルダートにいた時なら考えられないくらい災いが多い。もちろん間接的な攻撃が混じっていた事もあるが、それを抜きにしてもいつものように傍近くに俺や部下がいたら、巻き込まれて怪我をしかねない規模で頻繁に落石や眼や口を狙った砂埃や礫が飛んできたりするなんて……。それにあの壺だってそうだ」


 リークが言う壺とは戻ってきてすぐに起きた出来事で、私が少しネヴィラとお喋りしている時に少し離れた場所にいたカーディーンの傍で、壁のすぐ横にあった誰も触れていない大きな壺が突然割れた時はびっくりして悲鳴をあげた。カーディーンが纏っていた大きな布を使ってうまく防いだけれど、やっと無事に戻ってこれたと思っていただけに、あの時は全身の羽がぞわりとしたものだ。


 大丈夫だよ!私がちゃんとカーディーンを守ってたでしょう?カーディーンもなんてことない顔で対処していたし、そばにリークがいたら、私もカーディーンもリークの事をちゃんと守ってあげるからね!


「あぁ、そうだな。ありがとう」


 不安そうなリークを元気にしたくて翼を広げて大げさに明るく言ってみたけれど、私にお礼を言って微笑んだリークの表情は、やはりどこか不安なままだった。



 少しして、カーディーンが湯浴みから戻って来て、水を二杯程飲んで落ち着いたところで私はカーディーンに飛びついて開口一番に尋ねた。


 もういいよね?もうお話してもいいよね?


「あぁ、待たせてすまなかったな。水を浴びて私も少し落ち着いた」

 水浴びしてきたの?お湯を使えばよかったのに……。

「急いでいた故、汗を流すことが出来れば十分だ」


 防具を外して汗を水で拭って簡単に着替えてさっぱりとしたカーディーンは、ゆっくりと長く息を吐いて長椅子に腰かける。そして膝の上で詰め寄る私を指でちょいちょい撫でつつ口を開いた。

 まずはカーディーンがエウアンテスとの約束を知りたいと言ったので、私がなんとか順を追ってエウアンテスが私の言葉を理解出来るようだと伝えると、リークもカーディーンも驚いた様に目を丸くした後、考え込むように黙り込んでしまった。


「そうか……エウアンテスは鳥司の能力を備えていたか」

「マスイール様のご息女といい、ペルガニエスにも鳥司の能力を持つ者が二人も見つかるだなんて思いませんでした」


 リークがなんとも言えない表情で言えば、カーディーンもふむと考えるように呟く。


「ペルガニエスの占い師全員がカティアの声を聞けるのか、エウアンテスだけがそうなのかがわからぬな」

「エウアンテスは優れた占い師との話ですが、隔絶した力の持ち主と言うわけではないと伺っております。そうなればある程度の占い師皆が鳥司と考えてもよさそうですね」

「ただ、占い師に鳥司の能力が使える者がいたとして、それを知る術もなければ知る利もない。占い師を集めてカティアと話をさせたところで何にもならぬ。下手にカティアを利用しようと画策する者が現れるくらいならば確かめぬ方がよかろう」


 エウアンテスの能力についてはそんな感じで話が終わった。あと、一応ネヴィラとエウアンテスの間の話を私が勝手に話していいのかがわからなかったので「言った方がいい?」と聞いたのだが、それはこの後皆で集まって聞くことになるらしいから必要ないとのこと。今はネヴィラの身支度待ちなんだそうだ。

 本当ならば一番に話をすべき大事な話なのだが、高貴な女性のネヴィラがいくら兄のナディスと道中一緒だったカーディーンが相手とは言え、移動から帰って来たばっかりの姿でというのは好ましくないらしい。ネヴィラの疲れを癒す目的も兼ねて、この休憩時間が設けられたようだった。

 その待ち時間に私はカーディーンから、この道中の事について説明を受けた。

 そんな私は知る由もなかったが、どうやらあの歌う花の丘からの帰り道に遠まわしな襲撃があったようだ。カーディーンも部下の人もいつもみたいに警戒とかしていなかったので、なんかいつもより忙しいなぁと思いつつも全く気付かなかった……。

 カーディーンの血の災いにあわせて人為的ととられにくい攻撃をされていたようだ。

 だからずっとカーディーン達がぴりぴりしていたのか。

 どうしていつものように部下全員で襲撃に備えないのかと聞いてみれば、伴っている部下が全員カーディーンが連れてきた信頼する部下の人なわけではなく、そちらに背を預けてネヴィラやその侍女やエウアンテスに影響が及ぶのを避けた為なのだそうだ。被害が自分一人に集中している分にはその方が身を守りやすいから、ということらしい。その甲斐もあってかネヴィラやエウアンテスへの危険はなかったとカーディーンはさらりと言った。

 道理でいつもより災いが過激だと思った……。いつもの災いにしてはやたらと多いし、時折周囲の部下の人達まで危なかったからびっくりしてたんだ。


 次に私が知りたかったネヴィラといつ番ったのかという話になった。


「ネヴィラに首飾りを贈ったのは神殿へ向かう旅に出る少し前だ。出立前にアファルダートから使者が文を持ってきた。こちらの状況を知らせておいたのだが、その返事が来たのだ。王の名で、必要とあらばネヴィラと婚姻を結べと。ゆえに当主代理のナディスへ話を通し、ネヴィラに首飾りを渡して正式に求婚した」


 首飾り自体は取れる手段の一つとして念のために用意しておいたらしい。

 そういえば異性に首飾りを贈るのって求婚だって言ってたねと私が言えば、そんな話をしたなとなつかしむような声でカーディーンが笑った。

 今回用意した首飾りは王族や貴族が求婚できる年齢に達した時から常に準備をしているもので、それ自体も立派な品だけれど相手にあわせて作ったものではないので正式な物扱いはされない。けれど首飾りを一から作っていると時間がかかるので、きちんとした物が出来るまでの仮初めの形で求婚を交わす為に渡すのだと言う話も聞かせてくれた。特にネヴィラほど立派な家格の女性に贈るには相応に時間がかかる豪華な首飾りを用意しなければならないので仮初めのもので一旦約束を交わしておくのだと言う。仮初めとは言え、正式に求婚の手続きを踏んで贈った首飾りをネヴィラが身につけて了承の意思表示をしたので、この時点で正式に婚姻の約束が成立したことになる。あとはネヴィラにあわせて作った首飾りと手首隠しの飾りを贈って、それにネヴィラ側から男性用の首飾りと額布を贈ると本当の意味で婚姻関係が成立したとなるようだ。このきちんとした首飾りを用意している時間と、婚姻の祝いの宴を準備する時期を、あわせて貴族の婚約期間と言われたりもするらしい。とカーディーンとリークが教えてくれた。

 なんだか準備がいいんだねと言えば、カーディーンがあまり嬉しくなさそうに答えた。


「シャナンが私と噂になっていた段階で王家はシャナンの御魂名を確認していたので、それがネヴィラの御魂名と同じであることも把握していた。兄弟間で伴侶の御魂名が同じことは極めて珍しいがそれ自体は問題ではない。特に私とザイナーヴは異母兄弟だったしな。だがザイナーヴがシャナンを伴侶にするならば話が大きく変わる。将来ザイナーヴが王となるならば伴侶を複数迎える必要があるが、その伴侶の御魂名は決して同じであってはならない。ゆえにネヴィラはザイナーヴの婚約者候補から外れることが決定する。なのでザイナーヴの婚約者候補でなくなった時点でナディスと一緒に旅に出るネヴィラに決まった相手がいないことは懸念されていた問題ではあった。ネヴィラと婚姻を結んでグィンシム家を取り込む動きが出てくる恐れがあったからな。だから当初は王命でネヴィラと私が婚姻を結んでから出立する予定であったのだ」


 風の留め箱で色々話があったのだとカーディーンはそう言った。

 言われてみれば、ネヴィラは婚約者候補同士の御魂名が違うことは把握していると言っていたけれど、シャナンの御魂名は知らなかったようだった。けどそれはグィンシム家側のネヴィラの話で、王家側は両方の御魂名を把握していたのだろう。たとえばカーディーンとザイナーヴ、二人の父親である国王なら把握してても不思議じゃない。

 そういえば……たしかザイナーヴの求婚騒動から数日、カーディーンがおかしかったはずだ。あの時点でもうそんな話が出ていたの!?

 だがこちらにネヴィラと釣り合う王族はおらず、こちらが断れない様な相手からの求婚はないだろうと説明して、求婚の話をなかった事にしていたのだとカーディーンは話した。

 しかし状況が変わってネヴィラが断れない相手が求婚してくる可能性が出てきた。だからカーディーンが求婚する必要があった。自国の王族で将軍位のカーディーンが求婚している事を理由に断る事が出来るからだ。

 私はくぴーとひと声鳴いた。なぜカーディーンがそう言って王命を拒んだのかなんとなく分かるからだ。

 カーディーンがそのことで悩んでいたのを私はずっと隣で見ていたのだから……。

 カーディーンは、命令とかじゃなくてちゃんと好きになってから求婚したかったんだよね。

 私は声に出さずにそっと心の中で呟いた。それでなくともシャナンがザイナーヴと婚姻を結んだばかりだった。

 そっか……王様の命令で求婚しろって言われていたんだ……。

 そういえば私あの時ネヴィラと番えばいいんだよ!って嬉々としてカーディーンに言った事があったけれど、あの時カーディーン本当はものすごく困ってたんだ……。

 今さらながらあの時のカーディーンに対する自分の言動に、ものすごく罪悪感が込み上げてきた。


 あの、カーディーン……。私、あの時何も考えないでネヴィラと番えばいいよなんて言ってごめんね。


 私なりにその時一番いい考えだと思ったからそう言ったのだけれど、カーディーンを困らせていただなんて思いもしなかった。

 私がしゅんとして言えば、カーディーンは私の嘴をちょいちょいと掻きながら小さく笑って言う。


「そなたが私の事を一生懸命考えてくれた言葉であった事は伝わっている。カティアが思い悩まなくとも良い事だ」


 カーディーンのその言葉に私は小さく鳴いた。


 カーディーンは、こんな形でネヴィラに求婚して良かったの?

「私が愚かな願いを捨て切れず拒んでいただけで、ネヴィラは私の伴侶として申し分ない女性だ。カティアが心から私の伴侶にふさわしいと言うほど素晴らしい相手なのだろう?」

 それはそうなのだけれど……。


 カーディーンは優しくそう言った。私はそこで首飾りを身につけたネヴィラとカーディーンが交わした言葉の意味を理解した。

 カーディーンはナディスに首飾りを渡した時、ネヴィラが望まないならば断わっても良いとでも言ったのだろう。求婚してさえいれば、ネヴィラに断る理由が出来る。それが大事で、求婚を承諾する必要はなかった。もちろん求婚を受けてしまえばより正式にはなるけれど、たとえ相手が王族であったとしても、自国の王族であるカーディーンの方が優先順位が高いはずなのだから十分だったのだ。

 もちろんネヴィラが求婚を受けたのはたぶんグィンシム家の意向だろう。けれど、最終的に受けたのはネヴィラの意思だと言っていた。


「ネヴィラは自身が決断したことだと私に言った。私にはそれだけで十分だ……」


 カーディーンはそう言ったが、私はカーディーンがどこか寂しそうだったのが少し引っかかった。けれど、なんて言ったらいいのかもわからなくて、結局またくぴーと力なく鳴いた。



 そしてそんな少し引っかかるものが残った話し合いの後、ナディスの使いから招待を受けてナディスの部屋に皆で集まった。

 話の内容は色々とあったが、大きな話は三つ。まずネヴィラからクレイウスがネヴィラの婚姻相手に考えていたのが隠された王子のエウアンテスだった事、そしてカーディーンが私から聞いたエウアンテスが守護鳥の声を聞く力を持つ事を伝えて互いの情報を確認し合った。

 そして最後にナディスから帰国の目途が立ち、出立に向けて動いていると話があった。


「旅より戻ったばかりのカーディーン様にはご負担をおかけしますが、王族に挨拶をして数日後にはマスイール邸へ移り、そこからアファルダートへ向けて出発する手はずになっております。

 どうもポリオノンテ家の子が時期外れの流行病に罹っているようで、あちらも慌ただしく動いているようでした」


 その流行病に効き目のある薬を大量に保持しているのがアイオヌーン家、というよりクレイウスなのだという。それでクレイウスがずいぶんと幅を利かせていたのだとナディスが忌々しそうに零した。

 ナディスがうまく事を運びきれなかった不手際をカーディーンに詫びて、カーディーンがそれを手をあげて制す。


「構わぬ。ネヴィラも移動続きになる。今夜は体をよく休めて出立に備えよ」

「お心遣いに感謝いたします」


 その後、出立に関しての細やかな事を色々と話してから、私はカーディーンと部屋に戻ってきた。


「カティアも旅路の間、よく私やネヴィラを守ってくれた。立派な守護鳥であったな」

 そう?私、すごい守護鳥だった?

「あぁ、カティアには苦労をかけてばかりの旅路だった。無事に戻ってこられたのはカティアのおかげだ。カティアのおかげで知ることが出来たこともある。あとはアファルダートへ戻るだけだ。今少し頼りにしているぞ、カティア」

 まかせて!アファルダートへ帰ったらムーンローズをいっぱい頂戴ね!

「あぁ、両手に抱えきれないほど用意させよう」


 寝支度をしながらカーディーンがそう言って私を褒めてくれたので、私はくふーとカーディーンの頭の上で胸を張った。


 それにしてもせっかく戻ってきたのに湯を使わなくて良かったの?もう寝るだけだしせっかくだからゆっくりしてきたらいいのに。


 寝支度をする前、部屋に戻って来てから私はリークに手伝ってもらいながら水浴びをしてさっぱりした。そしてリークも私の食事を用意した後、許可を貰ってお湯を使って体を洗って少しだけさっぱりした顔をしていた。

 カーディーンも疲労しているだろうからゆっくりとすればいいのに結局帰って来てから水浴びをしただけでお湯を使わなかった。私がそう言えば、カーディーンはリークから受けとった水を口に含んでゆっくりと飲み込んでから答える。


「……いや、水の方がさっぱりとして心地よいのだ。湯に浸かるのはアファルダートにかえって落ち着いてからの方が良い」


 そう言ってリークがおかわりを注いだ杯をまたゆっくりと飲み干した。


 ねぇ、カーディーン暑いの?いつもより沢山お水を飲んでいるけれど。


 私の言葉にリークも心配そうにカーディーンを見る。

 私達の視線に困った様に言葉を詰まらせたカーディーンは、小さく息を吐いてから観念した様な口調で零すように言った。


「少し、な……体調が思わしくない。私がこのような不調に陥る災いに見舞われることなど珍しいのだが、どうやら熱がある様でいつもより喉が渇く」

 どうしてもっと早く教えてくれなかったの!すぐに医師の人を呼ばなくちゃ駄目じゃない!

「私の不調となれば出立の予定が大きく狂ってしまう。血の災いであるならばこのままアファルダートに戻ってから医師に身を預ける方が安心できるので少し無理をしていた。熱があることと疲労が溜まりやすい事を除けば行動に問題なかったのでな」


 ナディスとカーディーンの補佐をする立場にある部下達には既に話してあるから、もしカーディーンが倒れた場合でも混乱のないよう手筈を整えていると言われて、私は頬を膨らませて抗議した。


 どうして私に言ってくれなかったの!私はカーディーンの守護鳥なんだよ?

「カティアに言えば心配するだろう」

 当たり前じゃない!


 私がそう言って怒れば、カーディーンは少し嬉しそうに困った表情で答える。


「今、私の体調が思わしくないとペルガニエスの者に知られるわけにはいかなかった。だからペルガニエスの医者を呼ぶわけにはいかない。カティアとネヴィラは顔に出るからな。少しでもこちらの弱みとなることは知られたくなかったのだ」


 そう言われて言い返そうとして開けた嘴を噤んだ。

 一応、出国前にマスイール邸で口が固くて信頼のおける医師を呼んで、簡単に診てもらうつもりだと言う。

 カーディーンの説明を私は頬を膨らませながら聞いていたが、途中でハッと気づいてしまった。

 もしかしてカーディーンは、私が自分の守護鳥としての加護が弱いせいだと気にやまない様にと黙っていたのかもしれないと。だって、初めてその事を知った私はものすごく落ち込んで、カーディーンを一人にして逃げ飛んでしまうほどだったのだから。

 ペルガニエスに知られたくないという理由は本当だろう。だけどたぶん、私の事を考えてくれたのも理由の一つだ。

 リークが言っていた「血の災いが強くなっている」という言葉が頭の中で響く。

 私がぐるぐる悩みそうになっていると、カーディーンの声が頭の上に優しく降り注ぐように落ちてきた。


「隠し事をして……すまなかったな、カティア」

 ……次に辛い時は一番に私に言ってね?

「あぁ、約束しよう」


 私がいろんなものを飲み込むようにそう言えば、カーディーンが私をいたわるようにちょいちょいと指で撫でた。

 部屋の蝋燭がじりじりと燃え、少し焦げた臭いと煙が細く風に攫われて揺れる。

 私は何事もなければいいと願いつつ出立の日が早く来ることを願った。


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