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明かされた秘密とエウアンテスの願い

「え、エウアンテス様はカティア様のお言葉が聞こえるのですか!?」


 突然エウアンテスから驚きの告白があり、ネヴィラが驚きのままに声をあげた。


「私も占い師のはしくれです。カティア様の様な不思議なお声を聞くことはある意味、私の能力の応用ですので。こう見るとカティア様の通訳士の方と、占い師とは力の使い方こそ違えど似たような存在なのかもしれませんね」


 本題に入る前に意外な共通点を知って、私もネヴィラも驚きのあまり言葉が出なくなってしまった。

 ということは今まで私がリークにだけ話しかけたつもりだったり、リークがあえて通訳せずにいた言葉を、エウアンテスは知っていたと言うことだ。……考えれば私のちょっとした疑問などにエウアンテスが都合よく答える様な話などをしてくれた事がちょこちょこあったけれど、あれはエウアンテスが妙に察しが良かったわけではなく、私の質問に答えてくれていたんだ。

 リーク以外はわからないからと色んな事を言っていたけれど、大丈夫だろうか……。

 私が今までの事を思い出すようにぐるぐると考えていると、私より先に衝撃から立ち直ったらしいネヴィラが、呼吸を一つ整える様にしてから改めて口を開いた。


「意外な事実を教えていただきましたが、この話はいったん後回しに致しましょう。本題はこの事ではないのですよね?」

「えぇ、これはカティア様にお願いをする為に明かした事なので、私がネヴィラ様に話したいことは別にあります」


 そういえば私からリークに教えないでねっていうお願いだった。私はエウアンテスに了承の意を示す為に一声鳴いた。


「それではまず大叔父上の手札からお伝えいたしましょう」

「取引に応じた私が言うのはおかしなことかもしれませんが、エウアンテス様のお立場でクレイウス様の手の内を勝手に明かしてよろしかったのですか?それともクレイウス様の御指示?」

「指示ではありませんね。ただ秘せよとも言われていないので、私の意思でネヴィラ様にお伝えしたことになります。どの道、いずれネヴィラ様は知ることになったのでしょうから、それが少し早くなったところで些細なことです」


 こわばった表情で様子を窺うネヴィラに、エウアンテスは気負うことなくさらりと答えた。


「まず前提知識の確認ですが、ネヴィラ様方は大叔父上が持ちこむつもりのネヴィラ様と釣り合う身分の求婚相手を御存じない……という認識であっていますでしょうか」

「えぇ、その通りです。恥ずかしながら、クレイウス様に縁ある方で私と年齢も身分も釣り合う殿方は、血統図を探しても見つかりませんでした」


 血統図って何?


 知らない単語に私が思わず呟くと、私に視線を合わせたエウアンテスが教えてくれる。


「ペルガニエスでは王家が複数存在します。なのでその血筋こそが一番重要で、どの両親からどれだけの血を受け継いだか、誰と婚姻して子供が何人産まれただとか、いつ亡くなったかを記録しておかねばなりません。現存する王族を名乗る事が出来る者を示す図、それが血統図です」


 エウアンテス曰く、例えてあげるなら枝分かれした植物の根ような図であるらしい。根を張る様に枝分かれした図に名前が書いてあり、枝分かれした名前を根元へと辿っていけば、どれだけ立派な祖先という花に行きつくが大切なのだそうだ。両親とその祖先からなる複雑に絡み合う根を辿ってどれだけ立派な花にいくつ辿り着くかが威信の象徴であるらしい。もしかしたら似た様なものはアファルダートにもあるのではないかとエウアンテスは言っていた。

 私がお礼を言って一声鳴くと、エウアンテスが恐れ入りますと一礼する。突然エウアンテスが血統図の解説を始めたのでネヴィラは不思議そうな顔をして黙って聞いていたが、私がお礼に一鳴きしたのを見て納得したように一人頷いていた。私がエウアンテスに尋ねたのだろうと理解したようだ。

 私の疑問のせいで話を中断してしまったが、その血統図なるものを確認すれば誰がどの血筋かがわかるらしく、当然ネヴィラ達もそれに目を通していたのだと言う。

 ネヴィラの言葉をもっと正しく言うならば、クレイウスに縁があって、年齢と身分が丁度良くて未婚の男性を探していたらしい。既に伴侶を何人か持っている男性は既に打診があったらしく、ナディスが様々な理由を着けて断っていたらしい。


「マスイール家が協力しているとはいえ、アファルダートの皆様では手に入る情報に限界がある事でしょう。……大叔父上がネヴィラ様に打診しようとしている一番有力な婚姻相手は、アイオヌーン家の流れを汲む相手です。王族で未婚、そしてネヴィラ様と年齢の釣り合いも取れるので大叔父上は自信を持っているのですよ」


 エウアンテスの言葉にネヴィラが驚愕の表情で反論する。


「その様な相手がいればすぐに調べがつくはずです!アイオヌーン家の血統図は真っ先に確認いたしました。私と釣り合いのとれる未婚の王族がいたら見逃すはずはありません!大体、そのような手札があるならなぜクレイウス様はすぐにその方を私に……」


 自分の発言の途中で何かに気付いたのか、ネヴィラの言葉が段々しりすぼみになる。


「アイオヌーン王家の流れを汲む男性で、名前が異なりますが……生きていれば丁度エウアンテス様と同じ年頃の方が一人いたはずです……」


 ネヴィラが自分の考えを確かめる様に、ひとつひとつ区切りながら口にする。エウアンテスはそれを黙って聞いていた。


「ずいぶんと幼い年齢で除名されていたので、幼い頃に亡くなったものだとばかり思っておりました。他の亡くなった方の表記と同じようになっていましたので……」

「そういえばアファルダートでは臣籍に降りても、他国に嫁いでもアファルダートの王族としての身分は変わらないのでしたね。それこそ亡くなるその時まで……。ペルガニエスではその王族が亡くなった場合、臣籍に降りた場合等いくつかの理由で王族籍を外されると、血統図からは皆等しく王族籍を外された年齢が記され、死んだと表記されるのですよ。たとえ生きていても、です」


「理由を書かない方がよいこともありますからね」とエウアンテスが言い、王族全体が一つにまとまっているアファルダートとは違うのでそこも勘違いを深めた要因の一つでしょうねとネヴィラの言葉を補足した。

 さらに付け加えるならばアファルダートでは十歳までは王族としてお披露目されないし、その年齢までに亡くなることが珍しくないので、幼いころに亡くなったと表記されていたので、ネヴィラ達も何も疑問を抱かなかったのだろう。

 こんなところでも結構両国の違いを感じた。


「後は……ペルガニエスの貴族事情に精通しているはずのマスイール様が知らなかったのは、この王子がアイオヌーン家の中でも秘匿された存在だったからでしょう。アイオヌーン家の中でも小さな対立がありましたので、内部分裂を恐れて旗頭となり得るその王子は幼いころに王族籍を外されて占い師となったのですよ。ですので、マスイール様が知らずとも無理はありません」


 占い師、とエウアンテスは決定的な言葉を出した。


 じゃあ、やっぱり……


 私の言葉に、エウアンテスが大きく頷いて私の言葉を引き継いで言った。


「クレイウスの手札。ネヴィラ様と釣り合う求婚相手とは、アイオヌーン家の王子とは、私の事ですよ」


 そう言ったエウアンテスの姿が、いつもの占い師の姿であるはずなのに、私にはどこか震えているような印象を受けた。

 堂々としているはずなのに、まるで十歳のお披露目の儀式で初めて王族として名乗りを上げた時の、緊張した様子だったイリーンに似た空気を纏っていた。


「エウアンテス様が……アイオヌーン家の王子だったのですね」

「えぇ、と言ってもアイオヌーンの名は手放して、王子としての名前も奪われ、今は占い師としてエウアンテスの名を持っておりますが」


 エウアンテスの話を聞いて、ネヴィラがふと気になったかのように問いかけた。


「エウアンテスと言う名は幼名を名乗っておられるのですか?」

「いいえ、エウアンテスと言うのは占い師となってから与えられた名前です。王子としての名前は名乗る事が出来なかったので」

「そんな……名を奪われるだなんて……」


 確認するようなネヴィラに答えるエウアンテスの声は穏やかだった。それに反してネヴィラがエウアンテスを見る目は辛そうだった。

 アファルダートでは一人が複数の名前を持つし、相手によって使い分ける。特別な相手にしか教えない名前だってあるのだ。それを奪われたと言うのがネヴィラ的に堪えたらしい。

 そんなネヴィラの変化に、エウアンテスはちょっと困った様に眉を寄せて微笑みながら、穏やかな声のままに話を続ける。


「私は……最初から王族でなくなることが決まっていた王子でした。生まれた時から秘匿され、幼いころからそう言い聞かされてきました。たまたま占い師の才があったので占い師となりましたが、私の出生を疎んじたアイオヌーン家の者は喜んだことでしょう。占い師は姓を捨ててなるものです。簡単に手続きをとることが出来て、王族としての私を正当な理由で正式に抹消することが出来たのですから」


 そんなエウアンテスに目をつけたのがクレイウスだったのだと言う。

 エウアンテスと、そしてアイオヌーンと繋がりを持つ為にアイオヌーンの流れを汲む女性を伴侶にし、大叔父上としての立場でエウアンテスに親身になって何かと支援をしていたそうだ。


「離宮へは私の目を養うと言う名目の元、私の息抜きの為に大叔父上が連れて行って下さったのです。大叔父上が私を手駒のひとつとする為に近づいている事は理解していましたが、それでも私に良くしてくれる大叔父上の事を私は好ましく思っていたのですよ」


 エウアンテスはカーディーンが兄弟の事を語る時の様な表情でクレイウスの事を語った。


「ネヴィラ様やカティア様には大叔父上が、さぞ強引で野心の強い自信家に見えたことでしょう。ですが私にはそれがとてもうらやましく思えたのです。私には王族として生まれた義務や責務、望みを持つことも、野心を持つことも許されませんでした」


 エウアンテスは少し悲しそうな表情だった。


「けれどそんな私が初めて得たいと願った人がいます。ネヴィラ様、貴女です」

「エウアンテス様……」


 エウアンテスがまっすぐネヴィラを見つめて言う。


「異国から来た太陽のような女性。王家の名誉と家の誇りを背負い、輝くような美しさと自信に充ち溢れ、周囲を魅了する存在感を持つ貴女に一目で心惹かれました。貴女を手に入れる事が出来るならば、私は今まで叶える事の出来なかった満たされぬ心を、初めて満たす事が出来ると思ったのです」


 熱に浮かされたような口調で、エウアンテスは言葉を続けた。


「幸い、私と大叔父上の利害は一致しています。私はネヴィラ様を手に入れたい。大叔父上はネヴィラ様と結婚した私を旗頭に立ててアイオヌーン家を支配し、ゆくゆくはポリオノンテ家に取って代わりたかった。

 大叔父上がすぐに私の身分を明かさなかったのは、まだ身分の回復が完全におこなえていないからです。現状、私は占い師のエウアンテスでしかありません。だから貴女様の案内役に私をつけて親交を深めさせていたのです」

「そんな……」


 ネヴィラとエウアンテスの間をざぁっと風が通り抜け、歌う花が鳴いた。それはエウアンテスが口実にした二度目の歌う花が鳴く強い風だったが、私達はもうそれどころではなかった。

 歌う花が静かになったところで、エウアンテスが仕切り直すように口を開いた。


「ネヴィラ様。貴女に今、結婚を申し込みます。それが私の願いです。アファルダートでは求婚の申し込みに首飾りを贈ると聞きました。王子としての身分が回復したらすぐにお贈りいたします。占い師の今の立場では、私は貴女様に首飾りを贈ることすら出来ませんから」


 その言葉を聞いて、ネヴィラが困惑した表情でエウアンテスに問いかけた。


「エウアンテス様は……王子に戻りたいのですか?本当の名を取り戻す為に私が必要だとおっしゃるの?」

「いいえ、違う。私は、王子でなければ貴女に求婚することすら出来ないから、王子に戻りたいのです。私が王子となる事が大叔父上の目的と一致するので、私は大叔父上と共にいるのです。私は貴女への愛を貫く為、クレイウスは自身の野心を満たす為。

 今、求婚したのは私が私自身の為だけに貴女を求めていると言う、その証だと思っていただきたいのです」

「その結果、アファルダートとペルガニエスの築いてきた関係が壊れるとしても私を望まれますか?」


 ネヴィラはまっすぐエウアンテスを見つめていた。エウアンテスも揺らぐことなくネヴィラを見つめ返す。


「関係ならばもう一度築き直せばいいのです。貴女様が懸け橋となり、アイオヌーン家と絆を結び直せばいい。その為の協力は惜しみません」

「絆を結び直す、ですか。クレイウス様はそう思っていらっしゃらないようですけれど」


 ネヴィラの言葉に、今度はエウアンテスがピクリと反応する。


「大叔父上はアファルダートを愛していますよ。ペルガニエスと異なる特殊な文化や芸術、珍しい美術品などを好んで収集していますし」

「確かにクレイウス様はアファルダートの美しい物や珍味を好んでおりますが、それとアファルダートを愛しているかは別問題です。私には、クレイウス様はアファルダートを侮っている様に映りました」


 ネヴィラの言葉に、エウアンテスがぐっと押し黙った。


「……エウアンテス様の望みが純粋な私への求婚であることは理解いたしました。あえて今、求婚して下さった事が、エウアンテス様の私への誠意だと信じて、私もお返事いたします」


 ネヴィラはそう言って、風で首元にまとわりついていた髪を背中に払って胸元が良く見える様にしてからそっと豪奢な首飾りに手を添えた。太陽の光を浴びて、宝石の花がきらきらと光を放っている。


「アファルダートではエウアンテス様もおっしゃったように、殿方から女性に対して首飾りを贈ります。そして、女性側がその求婚を了承したら贈られた首飾りを身につけて応じる意思を示すのです。

 この首飾りはカーディーン様より贈られた物。私は既にカーディーン様と婚姻のお約束しております。ですからエウアンテス様の求婚は受ける事が出来ません」


 え?カーディーン、ネヴィラにいつ求婚してたの!?


 私は思わず、ネヴィラと首飾りとカーディーンに視線を行ったり来たりさせつつ叫んだ。

 エウアンテスもちょっと目を見開きびっくりした様子だった。思わずと言った様子でカーディーンを見ている。

 カーディーンはエウアンテスの視線を受けても周囲への警戒は行いつつ悠然と立っていた。

 その姿は、将軍の恰好をしていて他国であっても、ちゃんと王族だった。王の子であるかどうかを疑われ、托卵の王子と言われてきたカーディーンと、正統な王子であるのに王族と名乗れなかった占い師のエウアンテス。

 まっすぐ見つめ合うエウアンテスとカーディーンだけれど、先に視線をそらしたのはエウアンテスだった。たぶんそこに、背負ってきた何かの差があるのかもしれない。

 ネヴィラに視線を戻すと、困った様な、悲しそうな表情で小さく微笑んだ。


「私はまた……手に入れられなかったのですね」


 また、というのが何を差すのかわからないが、エウアンテスから話の始まりに感じていた震える様な空気はもうなくなっていた。今はもう、占い師のエウアンテスだ。

 私達の間を、またひと際強い風が通り抜けた。

 三度目の歌う花の鳴き声は、なんだか物哀しい様な音に聞こえた。


「それでは戻りましょうか、ネヴィラ様」

「えぇ、そうですね」


 エウアンテスが先ほどまでのやり取りなどなかったかのようにネヴィラを促して歩く。

 ネヴィラも了承の意を示してその後をついて歩いた。


 もう一度風が吹いたけれど、歌う花はもう鳴かなかった。


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