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歌う花と聞こえた言葉

 身支度を終えたのでネヴィラと一緒に部屋を出ると、扉の前で護衛の仕事をしていたカーディーンとリークと合流する。私はカーディーンの肩に飛び移った。

 いつもなら私が肩に飛び乗ればひと撫でしてくれるカーディーンなのだが、ネヴィラを見た瞬間に、言葉も出ないくらいびっくりしていた。


「おはようございます、カーディーン様」

「ネヴィラ……それは」


 カーディーンが言葉に詰まった様に、戸惑っている。

 そんなカーディーンにネヴィラは晴れやかな表情で告げた。


「国の為、家の為、そして……私が私の為に自分で決断したことです」


 ネヴィラがカーディーンをまっすぐ見つめる。ネヴィラの勝気な灰色の瞳には迷いがなく、カーディーンの薄い青の瞳はどこか不安と……なんだろう困惑している様に感じた。

 しばらくネヴィラと見つめ合っていたカーディーンが何か大切なものを飲み込んだような表情をしたあと、小さく微笑んで口を開く。


「そうか。……その首飾り、そなたによく似合っている。花が咲き誇るこのペルガニエスで、私が見た一番美しい花がそなただ」


 カーディーンとネヴィラを交互に見ても、何か二人が大事な決意をした様なこと以外よくわからなかった。そしてカーディーンの頬が熱を持っている。……カーディーンの体温が高いなぁ。

 あとでリークと二人になったらこっそり聞こうかな、と私は心の中で呟いた。



 さて。ネヴィラが着飾ったと言っても道中は基本的に馬車の中だ。

 出発前にエウアンテスが私達に挨拶に来て、着飾ったネヴィラをとても褒めていたけれど、そのエウアンテスもやたらと緊張しているように感じたのは気のせいだろうか。ネヴィラが美しすぎて緊張しているだけならいいのだけれど。

 私はカーディーンの肩の上で角馬の振動を感じている。カーディーンは周囲の警戒をしていた。

 相変わらず私は乾いた砂埃が巻き上がったり、小さな虫がカーディーンめがけて飛んでくるのからカーディーンを守ったりと小さな活躍はあったものの、警戒していたような襲撃などはないまま、予定調和にお昼休憩を終えて宮殿へ着々と近づいている。

 先ほどの休憩中にこの後、歌う花の群生地へと到着する手はずになっているとカーディーンに教えてもらったので、私も気持ちをしっかりと引き締めて何かあった時の為に備えよう。


 任せてね、カーディーン。ネヴィラもカーディーンも私が守ってみせるから!

「あぁ、そなたが頼りだ」


 そんなやりとりをカーディーンとした後、途中で馬車が止まった。館があるわけでもない、風が吹いたら心地よさそうな見晴らしの良い道だ。


「ここから少し歩きます。馬車は長い草に足をとられて進めませんので恐れ入りますが、御足労いただきたく存じます」


 エウアンテスからそんなお願いをされて、馬車を道の脇に寄せて止め、エウアンテス、ネヴィラとネヴィラの従者、カーディーンとリークと私と部下の人数人を連れて丘を登る。カーディーンの部下数名とペルガニエスの護衛は馬車を守るために残ることになった。丘と言ってもタリテロ・グロンポーノほどはっきりした高さはなく緩やかな坂を歩いていると言った感じだ。見晴らしはとても良い。


「ここがお見せしたかった『歌う花』の群生地です」


 丘の一番高いところまで到着した先頭のエウアンテスがくるりと振り返って、少し後ろを歩いていた私達に言った。

 エウアンテスの背後、丘の向こう側に見えたのは、大小の輪が一面にみえる不思議な光景だった。坂の様に緩やかに下る丘に絨毯を広げた様に花が咲いていた。ただ、絨毯と言うには花の背の高さが不揃いで、見ていてなんとも不思議な違和感を覚える群生地だった。

 薄黄緑色の輪が私達の方を向いていくつもいくつも立っているようだ。なんというか、沢山の花を見たという感動は薄い。ペルガニエスに来て初めて見た花の絨毯の時の様な目に焼きつく様な美しさは感じなかった。

 想像していた花とあまりにも違っていた為、思わず口に出してしまう。


 これ、花なの?

「えぇ、これが『歌う花』別名『鳥鳴き花』です」

「この様な形の花は初めて見ました」


 私の疑問にしっかりと頷くエウアンテスには申し訳ないけれど、私の知っている花と全然違う。

 見た目も花にみえないし、その花特有の匂いもないし、つるりとして見えるわっかのせいでまったく食欲がわかない。

 私とだいたい同じ感想らしく、ネヴィラも不思議なものを見たと言う顔をしている。エウアンテスがくすりと笑って足元の歌う花の茎をつまんで摘んだ。小さくぷつりと音を立てて摘んだ花をネヴィラに渡す。

 ネヴィラが受け取ってしげしげと眺めるけれど、茎がついていなければ花と認識できないだろう。ネヴィラはその花をあちこちそっと触っている。


「さわり心地は確かに生花ですね。この輪の部分は肉厚な花弁の感触に似ています」


 ネヴィラが面白そうな表情で花を触っているので、肩に飛び移って私も近くで眺める。

 やっぱり本物の花なのだろう。


 でもこの花歌ってないよ?


 私がエウアンテスに尋ねると、エウアンテスがにこりと笑って口を開いた。


「強い風が輪を通らねば音が鳴らないのです。手に持って勢いよく振ったり息を強くふきかけてもなりますが……あぁ、丁度良い風が来ましたよ」


 エウアンテスの髪が揺れ、ネヴィラの髪が揺れて風がそよそよとやってきた。風はここちよくやって来て、段々大きくなっていく。


「ここは丁度強い風の通り道で、丁度この時間に何度か強い風が下から吹いてくるのです」


 エウアンテスのその言葉が聞こえるか聞こえないかの時、ひと際強い風がきた。

 すると、風と一緒に向こうの方の歌う花から音がするのだ。


 高く低く、大きく小さく。

 まるで鳥が一斉に鳴いたような音が、風と共に花を撫でる様に倒して耳元を駆けていくかのように空へと舞い上がる。

 タリテロ・グロンポーノで聞いた音楽や、宴の席での楽曲とは違う、てんでばらばらな叫び声の様な音が、でも不思議と不快ではなく体に響いた。


「すごい……」


 その様子に、アファルダートの皆は驚きのまま固まって誰一人動けなかった。

 ネヴィラが思わずと言った風にぽつりと零した。

 感嘆のあまり、言葉が出てこなかったのだろう。

 この感動は、初めて珊瑚樹林を見た時に少し似ている気がする。

 自然が造り出した不思議な音。

 歌う花は見た目が派手でない分、圧倒される様な音の洪水に押しつぶされそうだ。

 風の波が草花をまるで海砂の様に見せている。


「とても不思議な……でもとっても素敵な光景です!」

「ネヴィラ様にそう言っていただけたのならば、望外の喜びです」


 ネヴィラが輝く様な瞳で心からの笑顔で語る姿は美しい。そんなネヴィラを眩しそうに見つめて、エウアンテスが嬉しそうに返す。


「ネヴィラ様、あの丘の下に参りませんか?」

「下ですか?何かあるのでしょうか」

「おそらくもう一度位強い風が吹くでしょう。こうして上から聞く歌う花もよいですが、下から聞く花もまた違った印象があるのです。せっかくここまで足を運んでいただいたのですから、両方楽しんでいただいた方がよろしいでしょう」

「わかりました。では向かいましょう」


 ネヴィラが少し離れた場所にいたカーディーンに合図すると、カーディーンも頷いてついて行こうとする。

 するとそこにエウアンテスから制止の声があった。


「お待ちください。……ネヴィラ様に折り入ってお願いがございます」


 歩きだそうとしたネヴィラを呼びとめ、ひと呼吸おいてからエウアンテスが切り出した。なんだか肩が緊張している。


「何でしょうか」


 ネヴィラの声もつられて少し硬くなる。


「どうか……私とネヴィラ様、二人きりでお話をさせていただけませんか?」

「エウアンテス殿。ネヴィラ殿の護衛として、その願いは聞き入れる事が出来ぬ」


 エウアンテスの願いを即座に否定したのはカーディーンだ。


「ネヴィラ殿のお立場を考慮いただきたい。ここは外でいつ何時何があるかわからぬやもしれぬ。何かあった時、エウアンテス殿と女性の従者だけではネヴィラ殿の安全を守ることが出来ない」

「ここは見晴らしの良い場所です。誰かが隠れて近づく様な物も、潜んで射かける様な場所もございません。それにそれでも万が一の時は私の命に変えてもネヴィラ様をお守りいたします」


 エウアンテスが食い下がるように言うが、カーディーンがさらにそれを否定する。


「ネヴィラ殿とは釣り合わないが、エウアンテス殿もクレイウス殿の親戚であり貴人を案内できる立場ある存在。エウアンテス殿を守るのも私の務めの内だ。御理解いただきたい」


 カーディーンの言葉を聞いて、エウアンテスが辛そうにぐっと眉を寄せた。


「カーディーン様のおっしゃることは重々承知の上です。……それでも、私はネヴィラ様にお願い申し上げます。どうか私と二人きりで話をさせていただきたいのです。叶うならば供の女性すら連れずに二人きりで」

「エウアンテス様、それは……」

「もし私の願いを聞いて下さるのならば、私から願いの対価として大叔父上の手札を一つお話しましょう」


 ネヴィラの言葉を、はじめてエウアンテスが遮った。

 まっすぐにネヴィラを見つめる瞳には、怖いくらいの迫力がある。


「手札とは?」

「ネヴィラ様が私の願いを聞き入れて下さるのならばお伝えしましょう。叶わぬのであれば、どうか私の戯言と思って下さい。そして、もう一度音色を堪能したら馬車へと戻ります」


 どうしますか、とエウアンテスは再度ネヴィラに問う。

 ネヴィラはものすごく葛藤している表情で黙りこんだ。


「ネヴィラ様の悪い様には決していたしません。お約束いたします」


 エウアンテスが重ねて言った。

 そして、ネヴィラはゆっくりとエウアンテスを見つめて言う。


「わかりました。けれど、私にも譲れない部分があります。それを飲んで下さるならば願いを聞き入れましょう」


 そうしてネヴィラが条件を出して、エウアンテスと歌う花の音が下から聞く事が出来る場所に向かう。

 場所はカーディーンが事前に周囲を確認して大丈夫と判断した所で、ネヴィラは女性の従者を一人伴うこと。ただし従者は耳をふさいで声が聞こえないようにする。

 カーディーンや周囲の護衛は声が届かない範囲にいること。声は届かないがネヴィラ達の姿は見える場所にいること。そして私がネヴィラと一緒に話を聞くと言うことだ。私に関してはカーディーンから付け加えられた条件で、カーディーンから私にお願いされた。私なら何かあっても魔力の壁でとっさにカーディーンが駆け付ける為の時間を稼げるから、と。

 私はカーディーンも心配なのでその提案には異を唱えた。


 ネヴィラを守りたい気持ちはわかるけれど、カーディーンに危ない事があったらどうするの。

「私は見える距離にいる。何かあってもカティアの翼ならばすぐに私の元に飛んでこれるだろう。何、朝ネヴィラの部屋へ向かうのと変わらない。むしろ壁や扉がない分やりやすいだろう」

 確かに、言われてみればそうだね!


 と言うやりとりを経て私はネヴィラの肩で一緒に話を聞くことになった。

 エウアンテスとしては侍女も私も遠慮してほしそうな感じだったけれど、そこはネヴィラもカーディーンも譲らなかったのでエウアンテスが折れた。


 そして私はネヴィラとエウアンテスと一緒にカーディーンが確認した安全な場所へと移動した。

 ネヴィラの従者が少しだけ離れた場所で耳をしっかりと塞いだのを確認してからネヴィラがエウアンテスに水を向ける。


「ここは上よりも少し風が強いのですね」

「ここで向こうから来た風が集まり坂を上る様に上がっていくのです。歌う花はある程度強い風でなければ、あれほどの音は出ないのです」


 ネヴィラは風にそよぐ長い黒髪と衣服の裾をそっと押さえながらそう言えば、エウアンテスは風の吹く方向を指さしながらそう言った。


「高低差もありますし、普通の声で話していれば草と風の音でカーディーン様方の方へ声が聞こえることはないでしょう」


 エウアンテスの言葉に、私はカーディーンをちらりと見た。

 カーディーンが「ネヴィラが何を言っているかは口の動きでおおよそわかるが、肝心のエウアンテスの口の動きが見えぬな。これでは何を言っているか聞き取れぬ」と隣のリークに言っているのがちゃんと聞こえた。

 ……うん、私にはこの距離でもはっきりと声が届くのだ。私って守護鳥だけど野生なので。


 私にはちゃんとカーディーン達の声も届いてるけどね~。


 誰にも聞かせるつもりのない独り言だったのだけれど、どうやらリークに届いたようだ。ちょっと目を丸くして隣のカーディーンに私の言葉を伝えていた。

 この距離でも聞こえるんだなぁとぼんやり考えていると、エウアンテスが口を開いた。


「カティア様は素晴らしい能力をお持ちなのですね。ですが、どうか私とネヴィラ様の会話はカティア様の心に秘めていただけませんか?」


 どうみても私へ向けられた視線と言葉に、私はきょとんとエウアンテスの方を見た。


 え?今のって私に言ったの?

「はい」


 リークは隣のカーディーンには私の言葉を伝えたが、距離のあるネヴィラとエウアンテスには伝えていない。私の言葉は音を出しているわけではないので、ネヴィラやエウアンテスが聞きとれるはずはない。

 だというのに平然と私に言葉を返したエウアンテスの様子に、怪訝そうな表情でネヴィラが口を問う。


「エウアンテス様先ほどから何を言っているのです?……まさかカティア様とお話なさっているのですか?」

「えぇ。カティア様のお言葉は私にもはっきりと聞こえておりますよ」


 ……えぇ!?

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