火の神の物語と決意の首飾り
神殿を出発し、メポロス山から元来た道とは少し違った道を通って、私達は次の目的地であるタリテロ・グロンポーノへと向かっている。
へぇ~じゃあこの道はいくつかある王家が使う通り道なんだね~。
「左様でございます、カティア様。私達がメポロスに向かう時に使った道も、また決まった順路なのです」
休憩の時にエウアンテスに教えてもらったのだけれど、私達が今回使った道は王族がメポロスに向かう時に使う道の内のひとつらしい。
こういう道は複数あって、どこへ向かうにもいくつかの道が用意されているのだそうだ。だから道中の休憩場所にも王族が使う屋敷などがあって、私達もそれを利用できたから快適な移動になったのだと言う。
でもなんでいくつも道を用意しているの?
「ひとつは安全のため、ひとつは王族の気分やその時の気候によって選べるように、最後のひとつは仲の悪い王族同士が道で鉢合わせしない為……と、言われておりますね。他にも小さな理由はいくつもございますが、大きな理由は今あげたみっつになるかと」
なるほど。ペルガニエスならではの事情が色々とあるらしい。
道が複数あると言うことで、クレイウスがネヴィラの予定を動かしたの意味がようやく理解出来た。この道を変えたのだろう。
休憩中は道端の花を口いっぱいに頬ばったり、主に私の疑問にエウアンテスが答えると言う形で過ごした。ネヴィラはたまに合の手を入れたり、私を眺めてにこにこしたり、自分も質問したり、アファルダートとの違いを教えてくれたりしたので、なかなか楽しかった。
あと私にとって重要なのが、カーディーンの目の届く範囲という約束はあるものの空を自由に飛びまわることが出来た。ここ数日ずっと私としては大人しくしていたので、とっても嬉しかった。遮るものなくのびのび飛ぶのってすごく気持ちが軽くなる。
もちろん私も完全に気を緩めているわけではないので、カーディーンに何かあっても私がすぐに飛んで守れる範囲を自分の中で確認しながら飛んでいた。完全に自由ではないけれど、私にとっては有意義な時間だった。
タリテロ・グロンポーノは緩やかな丘の上にあった。
へぇ~不思議な形をしているんだね。
と言うのがタリテロ・グロンポーノを見た私の第一声だった。
全体的に石造りの場所で、半分ほどで真っ二つになった器の様に中心に行くにつれてへこんでいる。すり鉢型という形だそうだ。器で言うところの底にあたる部分が舞台と呼ばれる場所で、そこで演者や奏者が色んな出し物をするらしい。観客は周囲に掘られた溝に似た長い石の椅子に座ってお芝居を見るそうだ。
壁画の様な壁があるけれど天井はなく、背後には空と丘向こうの山と低い位置に街が少し見えて、心地よい風を感じることが出来る場所だ。
劇場は貴族以外の市民にも開放されていて、大衆演目として楽しまれているらしい。
「アファルダートには弾き語り……のような奏者はいても楽と沢山の人間が集って一つの物語を演じると言う役割を持った者はいないので、こういった文化はアファルダートにも広まれば娯楽として人気が出ることでしょう」
アファルダートでは一人の人間がひとつの物語を語り聞かせる形が主流なのだと言う。なので演じ分けの上手な者、語り口調の達者な者が人気なのだそうだ。逆にペルガニエスではいかに物語の人物一人になりきって演じることが出来るか、その人物に近しい見目をしているかなどが重要と言う違いがあるらしい。
何度か芝居と言う物を見たことがあるらしいネヴィラがそう教えてくれた。
「本日はペルガニエスで昔から親しまれている火の神ピュレイオンに纏わる演目をご用意しております。物語がはっきりしていてわかりやすいので、初めてご覧になるカティア様にもきっと楽しんでいただけるかと存じます」
エウアンテスがそう前置きしてくれたので、私もくぴーと鳴いて返事をした。
そして舞台から一番丁度良いという席にネヴィラが絨毯を敷いて座り、私はリークが用意したクッションをネヴィラの隣に置いて座った。
本日は私たち一行の貸し切りなので、ネヴィラの従者がネヴィラの傍に控え、カーディーン達は立ち見と呼ばれる状態でお芝居を見ることになった。
私、途中で寝ないか心配だなぁ……。
お芝居、面白かった!
「そうですか。それは何よりでございます」
お芝居が終わっての私の感想に、エウアンテスがほっとしたように微笑んで答えた。
寝ないか心配だった私だったが、杞憂に終わって良かった!
じっとして長い話を聞いているとすぐ寝ちゃう自覚があったので不安だったのだが、面白い導入にぐいぐいと引き込まれてしまった。
火の神は自分の山に祈りに来る一人の美しい乙女に恋をした。けれど火の神が恋した乙女には想い合う恋人がいた。
二人の恋は周囲の人間に反対されて、引き裂かれそうになっていた。二人を不憫に思った火の神は山に逃げ込んできた二人に祝福を与えて水の中にかくまった。
火の神に守られて、二人は水の中で結ばれた。二人に火の神から祝福によって、二人の恋が実った水の中に美しい花が咲いた。花があまりに美しいので、周囲の者は二人の仲を認めるしかなかった。火の神によって祝福された本物の恋を引き裂けば、この花は枯れ果てて二度と咲くことはないだろうと言われたからだ……と言った内容だった。
物語の中で、恋仲の二人が追っ手から逃げる場面なんて思わず「逃げてー!」と叫んでしまったほどだ。
あれ?そういえばこれに似た話を最近聞いた気がする……。
「私も似た話を聞いた事がございます。水恋花に纏わる話がたしかこの様な内容だったかと」
私の疑問にネヴィラが思い出すかのようにつぶやけば、エウアンテスが私達を見ておやと声をあげた。
「お二方とも御存じでいらっしゃいましたか。御推察の通り、この話は水恋花の物語です。物語によって細かい部分は違いがあるのですが、今回はもっとも人気のあるものを選びました」
エウアンテスによると、火の神が乙女に恋をしていたかどうか、祝福が花だったのか、話の中心が火の神か乙女かはたはた別の人物なのか、そして最後の結末等色々と種類が違うらしい。
背後が自然ってのも丁度火山のお話にあっていていいと思う。
「左様でございますね。同じ芝居でもその日の天候でまた雰囲気がぐっと変わると言うのが面白いです」
私とネヴィラが感想を述べて、あと演じた人達に労いの言葉をかけてからタリテロ・グロンポーノを出発した。
到着した時は綺麗な青空だったのに、いつのまにか綺麗な夕焼け空になっている。
そしてここから宮殿への道中が、クレイウスが変更した『歌う花』がある場所へ寄り道する順路らしい。
自然、カーディーンや部下の人達に緊張が糸の様にぴんと張る。ネヴィラもさきほどまでのゆとりを纏った雰囲気ではなくなったし、エウアンテスも何かを考えているように見えた。
緊張感を持ったまま進んだが、そのまま本日滞在する屋敷に到着してしまった。
歌う花は今日見るのではなかったようだ。リークに聞いたら元々今日は花は見ないと教えてくれた。なんだか皆がぴりぴりしているから勘違いしてしまったようだ。つまり、帰り道はずっとこの緊張感のまま移動するのかぁ……。
屋敷に到着した途端、リークなどはあからさまにほっと安堵の息を吐いていた。
私も真似してふぅと深い息をこぼしたくなった。
……もう何日も、何日も皆が緊張していて、落ち着かない。
「まぁ、予定の流れとしてはここが一番何かあるかもしれないからなぁ」
何度目かの夜、滞在した屋敷でずっと溜めこんでいた不安を、私は頬を膨らませてもらした。
私が思わずつぶやくと、リークが仕方ないとばかりに私をなだめつつ全身を揉み洗う。
食事を終えて、私はリークと一緒に就寝前の沐浴をしていた。
私はネヴィラと同格の貴人なので立派な部屋をもらっている。そこにカーディーンとリークと一緒に眠る予定だ。リークはいつもなら隣にある従者用の部屋をもらうのだけれど、何かあった場合に備えて帰りの道中では同じ部屋に寝具を持ち込むことになったらしい。リークは「こんな立派な部屋で寝るなんて落ち着かない」と零していた。
私はゆっくりと沐浴をしたけれど、カーディーンは付属の立派な浴場は使わず、部屋で綺麗な水につけた布を固く絞って体を拭くだけで済ませていた。今日はついにお湯ですらなくなった。お湯がアファルダートほど贅沢品ではないのだから、せめてお湯を使った方がいいと思うのだけれど。
ねぇカーディーンは宮殿に着くまでお風呂に入らないつもりなの?
「何があるかわからぬからな。用心するにこしたことはない」
とのことらしかった。
従者の人達も今までが何もなかった分この帰り道が一番気を引き締めているらしい。
とにかく早く宮殿に戻って落ち着きたいと、そんなことを考えていつもより固いカーディーンの頬にぴっとりとくっついた。
なんだか昨日より頬が熱い。ずっと張り詰めた状態が続いているから、緊張で体温も上がっているのかもしれない。若干熱かったのだけれど、離れたくなかったのでひっついたまま就寝した。
翌朝、いつもよりも早く起きたカーディーンは朝ご飯も身支度もさっと済ませてしまった。
私は鱗石の首飾りを着けて、ネヴィラの部屋へと訪問することになった。カーディーンにお願いされたからだ。
さすがにいくら護衛でも、よっぽどの事態でもない限り身支度を済ませていない女性の部屋へ入ることは出来ない。
「カティアにはネヴィラの無事を確認したらそのまま身支度中傍にいてネヴィラを守ってほしい」
でもそうしたらカーディーンが一人になっちゃうじゃない。
「私は身を守る術があるし、リークとともになるべくネヴィラの部屋の傍で警戒しているから何かあればすぐ駆けつけるし、逆にカティアが私の元に来ることも容易いだろう。ネヴィラを直接守るのは同性のカティアにしか頼めない。引き受けてくれるか?」
……わかった。でも何かあったら絶対に私を呼んでね?
「あぁ、もちろんだ」
何度目かになるやりとりをして、私はネヴィラの部屋から呼び寄せた従者の女性の手へと飛び移る。
こういう時は副官のササラがいればよかったのだが、と珍しくカーディーンが零していた。
ササラなら同性だから部屋に入って堂々と護衛出来るからだ。ササラとマフディル、元気だろうか。ものすごく懐かしい。
そんな話し合いをカーディーンとして、ネヴィラの部屋へと向かった。
おはよう、ネヴィラ。準備が出来るまで、私が守ってあげるからね!
「ようこそお出で下さいました、カティア様。十分なもてなしが出来ず不自由をおかけいたしますが、どうぞ御自分の部屋だと思っておくつろぎくださいませね」
リークが入室できない為、噛み合わない挨拶を交わしつつも、私はネヴィラの従者が用意してくれたクッションの上に座ったり、部屋を探索しつつネヴィラの身支度を見守っていた。
ネヴィラももう何度目かになる身支度中の私の訪問に慣れた様で、私の好きにさせてくれる。
相変わらず色々な道具がいっぱい並んでネヴィラが段々色んな布や装飾品を着けていくのを見るのは楽しい。この旅の間はアファルダートの王族代理であることを強調する為か、アファルダートの伝統的な衣装を身にまとっている。
「次は首飾りを。……あの箱を持って来て頂戴」
「畏まりました」
ネヴィラの指示で従者が立派な木箱を持ってきた。どうやらあの中に首飾りが入っているらしい。最後に首飾りを着けて完成の様だ。
あれ?あの箱どこかで見たような気がする……。
尋ねようにも、リークは部屋の外なので部屋の中では誰も私の言葉が聞こえない。
従者が持ってきたのは繊細な彫り細工が美しい磨かれた木目の木箱だ。
ちゃんと見えなかったけれど、側面にも蓋にもびっしりと植物の意匠が凝らしてあり、高価なものなのだと一目でわかる。
ネヴィラが蓋を開けると、見事な首飾りが入っていた。丁寧な仕種で従者がネヴィラの首に着ける。
アファルダートで好まれる大振りな意匠で、緑と白の宝石で出来た大きな花が黄金で連なっていくつも咲き誇り、首をぐるりと一周する様な形の首飾りだ。宝石の花ひとつひとつに雫型の青い宝石が着いていて、ネヴィラのふとした仕草で揺れるときらきら輝いてとても綺麗だ。
ネヴィラは旅の間、神殿やタリテロ・グロンポーノでもてなされている間以外、あまり豪華な宝飾品はつけていなかったのだけれど、今日はとってもきらきらな首飾りをつける様だ。そしてもちろん首飾りだけ豪華だとおかしいので他にも手首や耳に宝飾品を足して宮殿にいるときと変わらない飾り具合になった。
きれーい!
「いかがなさいました?カティア様」
それ、きらきらしてて綺麗な首飾りだね。
「まぁ、お褒めいただいているのでしょうか。ありがとうございます」
私がくぴーと鳴きながらネヴィラの周囲を回って尾羽をふりふりしていると、ネヴィラは私の楽しそうな様子を見て何かした好意的な解釈をしたようだ。奇跡的に会話が通じた。
ネヴィラがそっと私に手を差し出してきたので、その上にひょいっと乗る。
ネヴィラがちょいちょいと私の背を指でそっと撫でるので、くすぐったさにきゅーっと目をつむると、ネヴィラがにっこりとほほ笑むように私に語りかけた。
「この旅を無事に終えて、アファルダートへ帰りましょう!」
うん!