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火の神の神殿と伝統料理

 朝、カーディーンの首元からもぞもぞ起き出して部屋の模様が違うぞと首をかしげた。


 あ、そうだ。移動してきたんだった!


 私が起きたのは、昨日泊まったメポロスに一番近い休憩のための、お屋敷の部屋だった。

 出発した日から数日経ち、途中の道ではカーディーンのいつもの小さな災いがでたりしたくらいで、特に何もなく平和に終わった。

 私の中で道中一番印象に残っているのは、一番最初に泊まった休憩場所の床が半分草の絨毯で天井が面白いお屋敷だ。朝起きてあの部屋へ向かったら、朝の晴れ晴れとした青空の下、白い布がはたはたと隙間から吹く風にゆられて、そこから覗く空がとても綺麗だったのだ。この部屋をアファルダートに持って帰りたいと言った私に、ネヴィラもカーディーンも同意していた。


 そして朝食を食べてから向かったのは馬車ですぐの目的地、メポロス神殿だ。

 てっきり宮殿やお屋敷みたいな豪華で大きなものだと思っていたのだけれど、特別な豪華さはなく、大きくてちょっと変わった神秘的な作りの建物だった。壁は白いがペルガニエスには珍しく屋根が赤色なのは、火の神様だからなのかな?

 それにしても、ものすごい存在感を放っている。

 なんと山のふもとにある大きな岩の上に神殿がぴったりと乗っているのだ。壁が岩と一体化しているような部分なんて一体どうやって建てたのだろうと考えてしまう。ネヴィラ達はここまで登ってくるのだって結構大変そうだった。

 あっけにとられる私は、ハッと思いだしてリークの用意した私のクッションに座って神殿に入る。すると神殿に入ってすぐ、予想していた通りクレイウスの指示で待機していたらしき案内役のエウアンテスが待っていた。


「……此度は案内役を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します」


 形式通りの挨拶の後、相変わらず香草の匂いと被り物を纏った占い師姿でゆっくりと言う。ただ今日はあまりけだるげではなさそうだ。どことなく肩がこわばっている様に思う。

 ただネヴィラと目が合うといつものように分かりやすくびくっとしているので、相変わらずネヴィラの雰囲気に圧倒されるその姿にちょっとだけ安心した。

 そしていつもの調子に戻ったエウアンテスが、案内の前にまずネヴィラと私に前回のことを謝罪した。


「大叔父上の此度の振る舞い。さぞ御気分を害したことでしょう。元はと言えば私の軽率な言葉のせいです。私が責任をとれる立場になかった事を、これほど悔いたことはありません」

「どうぞ頭をあげて下さいエウアンテス様。私も此度の事を赦す立場にございません。謝罪を受け取ることは出来ませんが、私はエウアンテス様の説明をとても好ましく思っております。この地へ赴くことも、とても楽しみにしていました。今回も様々な事を教えて下さいませ、ね?」


 ネヴィラがあえて軽やかな声で言えば、ネヴィラの意を汲んだらしいエウアンテスがほんの少しだけ安堵したようにほっと微笑んだ。


 私も神様に会うの楽しみにしてたんだよ!

「ネヴィラ様のお優しさに感謝いたします。不肖エウアンテス、精一杯案内を務めさせていただきます」


 私がくぴーと鳴けば、私の声を聞いたエウアンテスが私にもにこりと微笑んだ。


 私一行は、エウアンテスともう一人、この神殿の管理者だという人の案内で一緒に神殿内を歩く。

 神殿の中はとてもわかりやすい。華美な装飾などは一つもなく、とにかく丈夫に造られたのだろうといった雰囲気を感じた。

 神殿内にはわかりやすく珍しい装飾品などは一切ない。その理由については案内しながらエウアンテスが話してくれる。


「我らにとって神殿とは、火の神ピュレイオンに供物と祈りを捧げる場所です。そこに人間の美術品は必要ないので、王宮や離宮に比べてとても簡素な造りであると言えるでしょう。そのかわりに特別頑丈に作られています。記録によれば三度ほど、この神殿は神の怒りによって灰と土の中に埋もれたそうですが、都度掘り起こされて今なおこの姿をとどめております。

 特に今から向かう祭壇のある部屋はひと際神聖なもので、火を放っても燃えず、剣で切りつければ刃が毀れ、鎚を打てども欠けることなしと言われております」

 すごいね!でもそんな硬い石、どうやって柱にしたの?

「実はその方法がわからないのです。残念ながら、遥か昔に造られたものなので、当時の技術が失伝してしまったのです」

 そうなんだ。じゃあ、どうして欠けたり燃えたりする事がないってわかるの?試してみたの?

「そちらは伝承に残っているのですよ。今はもう試すことが出来ないのです。本当に欠けてしまったら、修繕する方法がありませんからね。そして、それを記した伝承がこの壁画です」


 そう言ってエウアンテスが手をすっと向けて示たのは、赤い色の壁に彫られた謎の模様が描かれた壁画だった。

 壁面いっぱいにくにゃくにゃとした模様が彫られていたのだが、エウアンテス曰く、それらが先ほど話してくれた祭壇部屋の神聖さを表すのだそうだ。エウアンテスは、これが火を放つ人間の姿で、これが刃毀れした剣に驚く武人で、壊せない柱に慄く人々の様子だとひとつひとつ指でなぞりながら解説してくれた。説明されて、よぉ~く見ればそう見えなくもないかなぁと言った具合だ。

 ネヴィラやリークが感心したように眺めていたのだが、私にはすごさがよくわからない。


 この壁画を作った人は絵が下手だったのかな?


 私が不思議に思って発した言葉は、リークによって通訳されずに終わった。

 しかし私が首をかしげて不思議そうに鳴いているのを見て何か感じたのか、エウアンテスがくすりと笑って説明を付け加えた。


「この壁画が造られたのは、まだ文字が確立する前だと言われています。これは、私達が想像も及ばないほど遥か昔の祖先が、我らに伝え残そうとした言葉なのです。本来ならば出会うことすら、その存在が重なりあうことすらない時間の人々と我らが、同じ壁画を見ていると言うのは、とても不思議なことだと思いませんか」


 そう言われると、私にも何となくすごさが理解できた気がする。同じ時間にいない人が同じ場所に立って同じものを見ているって考えればすごいかもしれない!


「私達が及びもつかないほどの長い時を過ごしてきた壁画なのですね」


 ネヴィラが大切そうにその壁画をそっとなぞりながら呟いた。

 ちなみに似たような長い時を刻む石がアファルダートにもあるらしい。この石も礼典用で、長い年月を越えて受け継がれると言うのはそれだけ大切なものとして扱われるのだそうだ。

 そしてそんな説明をひとしきり受けた後、その特別な祭壇用の部屋に案内された。

 印象は、とにかく広くて白くて、ひとつひとつが大きい、という一言に尽きた。

 何本も柱があるのだが、その柱ひとつひとつが恐ろしく太いのだ。カーディーンが何人いればこの柱ひとつをぐるりと囲えるだろうかと考えてしまう。床に規則正しく敷き詰められた石材も、ひとつひとつがものすごく大きい。どれだけ大きな石から削り取ったのだろうかと考えてしまう。それが床一面にびっしりと並んでいる。

 石も柱も色を塗った感じはなく、石の素材そのまま磨いたり削ったりして柱や床にしたのであろう。全部が自然な柔らかさを帯びた白さで、とても丁寧に大切にされたのだろうことが伝わってくる。

 柱が立ち並ぶその奥へと進む。これがとてつもなく遠く感じる。高い天井とそれを支える太くて大きな柱と、同じく大きな四角い石の床。たったそれだけなのにその巨大さと一体感に圧倒されそうになるのだ。それだけで不思議と神聖さを感じる。この天井から空気が頭を柔らかく押さえつけてくるような感覚が神殿が生きてきた「年月」なのだろうか。先ほどは頭で理解したつもりだった年月の重みを、ずっしりと体で感じた。

 そんな中をゆっくりと進むと、最奥に同じ石で造られた簡易な祭壇があった。背の高いカーディーンの、目線くらいまで高さの大きな四角い石だ。

 ネヴィラが横たわるには少し足が出てしまいそうだと言う感じの横長い石に、段差を少し登ってネヴィラが従者に持たせていた供物を捧げた。捧げた供物は黄金で出来た果物、油の入った壺、つるつるした色の良い古そうな枝、岩塩、麦の木から採れた麦の束、アファルダートの反物等だ。やはり火の神様に供えるからか、燃えそうな物や食料、人が手を加えた生産物が中心だった。

 ネヴィラが捧げている間、私も守護鳥としてきちんと神様に挨拶をしなければと、胸を張って真面目な顔で大人しくしていた。

 月の兄弟達のお澄まし顔を意識しながら、なんとかじっとしている。なんとか守護鳥らしさは取り繕えたと思う。

 あとはその場で神殿の管理者から、火の神ピュレイオンに纏わる話を聞いて終了となった。


 神殿での用事はこれで終わったのでメポロスを出発するのだが、出発前にこの神殿で食事をとることになっていた。

 別室で待機する私達の前にお昼の料理として出てきたのは、立派な海の魚を味付けして壺に詰めて、火山に埋めて大地の熱でじっくりと火を通したという、火の神ピュレイオンにちなんだ伝統的なおもてなしの料理だ。

 出てきたときはびっくりした。使用人の人が熱そうな壺を運んで来たと思ったら、なんとそれを目の前で道具を使って割ったのだ。がしゃんと音を立てて壺が割れ、中からでてきたのは壺と同じ形の白い塊だ。私やネヴィラがなんだこれはと見ていると、使用人は白い塊を別のさらに移してその塊を杭でこつこつとまた割り始めた。

 塊が割れると、その中からほくほくと湯気を立てた大きな魚一匹が見えた。


 あれ?魚に草の模様がついてる!


 驚いて目を凝らすと、模様にみえたのは魚に張り付いていた植物だ。魚と一緒に調理した香草なのだろう。それを使用人が皿に取り分ける。

 取り分けると皮の切れ目からふっくらとした白い身が見え、そこからなんとも言えない良い香りが広がっている。身はほろほろとして、簡単に崩れそうなほど柔らかい。ごくりと誰かの喉が鳴るような音が聞こえた気がした。

 それをお皿に形よく盛りつけ終えると、その皿に隣で別の人が一生懸命すりおろしていた果実を魚が見えなくなるまで乗せたのだ。


 え、せっかく盛りつけたのに何をしているの!?


 びっくりする私達にエウアンテスが説明してくれる。


「この果実は酸いの実と言ってとても香りのよい果実ですが、そのまま食べると酸っぱくて、とても人が食べれた物ではありません。それをすりおろすことで酸味が少し和らぎます。ただし実は皮をむいて空気に触れた瞬間から、すぐに変色してしまいます。その為、食事をするその直前にすりおろします。

 魚は、朝一番に取れた一番立派な海の魚です。本来少し海の臭いがするのですが、臭い消しの香草と一緒に壺焼きでじっくりと熱を通すことによって香りよく、口に入れるとほぐれるほどに柔らかな食感になります。魚を包んでいた白い塊は塩で、壺と塩が大地の熱をじっくり伝え、焼くのとも煮るのとも異なる、旨みが油やスープに逃げずにぎゅっと食材に閉じ込められる調理法です。それに酸いの実を山の様に乗せて、その香りや酸味を丁度良く移すのです。どうぞ中の魚のみをお召し上がりください。お好きな方は酸いの実を少し身に乗せて召し上がりますが、味に慣れていない方は酸いの実はない方が、魚の味を楽しんでいただけるかと存じます」


 カーディーン達護衛の者や従者も別室で交替しつつ同じ料理を食べると言う。リークは私の分として用意された花が乗った器を私に出してから、カーディーンと入れ替わるようにそっと退室した。

 私は花をうまうまと食べる。このお花も悪くない。

 壷焼きはネヴィラにも好評だったようで、ネヴィラも美味しいと頬を緩めていた。ネヴィラは酸いの実を乗せて食べるのも好みだったようだ。


「壺を使った料理はアファルダートにも存在しますが、塩の塊で包むと言うのは初めて聞きました。淡白な身に香草の香りと酸いの実の酸味と丁度良い塩加減が良くあいますね」

「ネヴィラ様にそう言っていただければ望外の喜びにございます。この料理の優れたところは食材を選ばないところにあります。ほとんどの肉や海の幸で調理することが出来るのです。火山に埋めた、四足以外の肉を調理したものだけが、ピュレイオンにちなんだ伝統料理と呼ばれる決まりがございます。今回は魚を使いました。壺での塩焼き自体は家庭料理として、祝い事などに供されることがあります」


 エウアンテスの説明をなるほどーと聞きながら、私も酸いの実をちょっとだけ食べさせてもらった。

 ちょっとだけ食べて、体中の羽がぶわっと逆立った。


 く、口の中がぎゅってした!

「大丈夫ですか、カティア様……」


 ネヴィラが心配そうに見ているが、私は酸いの実をちょっと食べてはぶるぶると体が震える感覚を楽しんだ。

 これはこれで美味しいかもしれない……。

 そうしてお昼を楽しんだら、メポロス神殿を出発した。


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