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旅の準備と夕陽の部屋

 そしてクレイウスに動かされた予定の日がやってきた。

 といっても予定そのものは前から決まっていたことでさして珍しい事をするわけでもない。

 ネヴィラがメポロスと呼ばれるペルガニエスの神様ピュレイオンが祀られている神殿へと赴いて神様に挨拶し、その後タリテロ・グロンポーノと言う名前の劇場と呼ばれる場所でお芝居を眺めてペルガニエスの宮殿へと戻ることになる。

 これには数日を要し、ナディスとネヴィラが完全に別行動で連絡を取り合えなくなってしまうため、あんなに何度も細かな打ち合わせを行っていたのだ。

 私とカーディーンはこれまでと同じようにネヴィラについて行くことになる。カーディーンはナディスを守る部下の人達とも色んな打ち合わせを行っていた。

 皆が忙しそうに出発前の最終調整を行う中で、私はネヴィラと一緒に沐浴をしている。

 ネヴィラは朝早くからお湯で体を温めたり、水で清めたり、体をほぐす為に全身を従者の女性に揉ませたり、髪を何度も梳いては飾りをつけたりと美しさを磨くことに余念がない。


「ペルガニエスの素晴らしいところは広い浴場で贅沢に湯水を使える事ですね」


 とは一緒に水浴びをした時にネヴィラが言った言葉だ。水源豊かなペルガニエスの宮殿が誇るお客様用の浴場は、アファルダートの感覚からでは考えられないほど贅沢に水とお湯を沸かす為の薪を惜しまず使ったものなのだと言う。

 大貴族のお嬢様であるネヴィラでもこれほどの贅沢はアファルダートでは出来ないのだと教えてもらった。

 ちなみにネヴィラの身支度に付き合っている今、もちろんリークは不在である。本来ならばこういうときはモルシャを筆頭に女性の鳥司が私に付き添うのだが、今はリーク一人しかいない為さすがに身支度中のネヴィラが使う部屋には入ることが出来ない。

 なのでこの時間を利用してリークは私の為の準備をせっせと行ってくれている。

 ところで信用できる人手が足りないので、リークは寝る前に私の身の回りの世話だけでなくカーディーンの世話も兼任するようになった。もともと通訳士として文官の仕事を兼任しつつ私の行く所に共にきてなんでもしていたリークだが、ここにきてカーディーンの身の回りの世話も増えている為、かなり疲労が溜まっている様に見える。

 カーディーンがわりと手のかからない王子だとはいえ、異国で慣れない仕事が増え、私のこともたった一人で付きっきりのリークへの負担がかなり大きくなってきた。あと単純に聞き慣れない役職と本人の美しさのせいでものすごく注目を集めているのが辛いようだ。

 まぁアファルダートの宮殿だとリークよりも綺麗な王族がたくさんいたので、皆リーク位の美しさでは動じることもなかったが、ここだとかなり目立つようだ。リークが倒れてしまう前に早くなんとかしてあげたいなと思う。

 カーディーンもリークの負担については理解しているので部下の人を雑用を手伝えるよう何人か付けていたけれども、鳥司としての仕事が出来るのはリーク一人しかおらず、とにかく大変なので、私はリークが準備しやすい様に大人しくネヴィラとおしゃべりする仕事を務めているのだ。

 ネヴィラは前日私が朝から一緒にいたいとお願いすると、はしたない姿で私と一緒にいることは出来ないだとか、きちんとおもてなし出来ないとか申し訳なさそうに言っていたのだけれど、私が一緒にご飯を食べて水浴びをして女性の身支度を見学してみたいとお願いすると、私の望みならばと快く招いてくれた。

 なので本日はカーディーンとではなくネヴィラと一緒にご飯を食べて、一緒に水浴びをしたのだ。

 ネヴィラの沐浴は肌に良いとされる匂いも見た目も美しい花を浮かべたりして、花から絞り取った汁を塗り込んだりだとか、カーディーンよりも様々な工夫を凝らしていて見ても嗅いでも楽しいものだった。

 今日は移動が多くなる明日からは満足に見目を整えるのがさらに難しくなるだろうとのことで、いつもより入念に美しさを磨いているのだと言う。

 カーディーンの身支度はかなり手早いしすぐ終わるのだが、ネヴィラの身支度はとても時間をかけて念入りに色んな事をしているので見ていて結構楽しかった。

 私があれは何?これは何の道具なの?と聞けば、ネヴィラが嬉しそうに教えてくれる。そして私とお喋りしているネヴィラの周囲では、従者の人がいろんな道具を持って動き回っているのだ。

 とりわけ私が動物の毛から作ったという頬に粉を乗せる太い筆と言う道具をいたく気に入ってひっぱって遊んだり、筆で撫でてもらう心地よさが気に入ったと言うと、ネヴィラが「気に入って下さったのならば差し上げます」と言ってくれた。ネヴィラは自分が使っている筆ではなく同じ新品を用意してくれると言ったのだけれど、この微妙な使用感が気に入ったのでこれがいいとおねだりしたらにこにこと譲ってくれた。あとでリークにもらった筆で羽を撫でてとお願いしたら、ものすごく上等な品でとんでもなく高価な物でおもちゃにするような道具じゃないと言われた。ネヴィラの所に色んな種類の筆がいっぱいあったし、ネヴィラがさらっとくれたから軽い気持ちで貰ってきてしまった。ちゃんとお礼は言ったけれど、あとでもう一度お礼を言った方がいいのかな?カーディーンに相談しておこう。

 そんな感じで私がネヴィラと過ごしつつ朝の時間を過ごし、リークやカーディーンと合流してメポロスへ向かうことになった。



 道中はネヴィラと従者の人が同じ馬車に、そしてネヴィラの他の従者と荷物が別の馬車二台ほどに乗る。その周囲を角馬に乗ったカーディーンとその部下達。さらに周囲をペルガニエスの護衛が固めている。私はカーディーンの肩に乗っている。もしかしたらクレイウスが来るのではと思っていたが、来なかったのでちょっとほっとした。馬は乗れないリークは先頭のネヴィラの馬車の御者席の隣に座っている。私の言葉に伝える必要性からそこになったらしい。御者もリークもどことなく居心地が悪そうな顔をしていた。

 ペルガニエスに来る道中でネヴィラに教えてもらったように火の神ピュレイオンは火山と呼ばれる山に住んでいるので、その神殿も火山の近くにある。

 今回私達が向かうのはペルガニエスの王族も来る貴族用の神殿で、ペルガニエスにある神殿で一番権威ある場所なのだそうだ。どうやら神殿とは複数あるらしい。

 警戒を十分に取っていた為か、道中で何かが起こる様なことは特になかった。強い風によって舞い上がった乾いた砂がカーディーンの目に直撃しそうになった時は私が魔力の膜で防いだり、飛んできた葉っぱを壁を張ったりと守護鳥らしく仕事をする場面も少しだけあったが、これは砂漠に出るときはよくあることなので想定の範疇だ。葉や花弁が風に乗って飛んでくるってアファルダートではまずない光景なので、やっぱりペルガニエスは植物が多いなぁと道中の広がる絨毯の様な緑を見て思った。

 どこまでも続く様な緑の向こうが段々と盛りあがっていき、岩や木々を巻き込んで見上げる様な高さになる。

 大地が宮殿を見下ろす様な高さにあるってすごいなぁ。


 思わず感嘆の声が漏れてしまった。これが火の神様がいるというメポロス火山かぁ。

 名前は神殿と同じメポロス山。神殿と同じというよりも、神殿が山から名前をもらったのだろう。

 メポロス山はまだ遠目だけれども、青い空を背にものすごい存在感でここですよ!とばかりに主張していた。砂漠にも砂で出来た山や崖の様に切り立った岩があったけれど、大きさが全く違う。あの一番上に届くにはどれだけ飛ばねばならないのだろうと考えるとうずうずする。上から眺める景色はさぞ気持ち良いことだろう。神様が許してくれるなら飛んで登ってみたいと思った。

 そんなことを考えつつきちんと整備された王族が使う道を進んで無事に到着したのは、本日過ごすお屋敷だ。

 主に王族が利用するという大きなお屋敷で、大きなマスイール邸と比べてもさらに大きくて立派な邸宅だった。ペルガニエス風建築は他の建物と変わらないが、ひとつ特徴的だったのが半分室内とでも言うべき部屋だ。


 わぁ、すごい!部屋なのに空が見えるよ!!

「これは珍しい造りですね」


 ネヴィラが驚いている事からも一般的ではない造りなのだろう。

 広い部屋の半分は緑色の背の低い草と色鮮やかな石をはめ込んであり、四方にはきちんと壁があるのに天井がない。

 正しくは天井がないと言うよりは白い布がかかっていると言うべきだろう。三角の布が角の根元みたいな部分は壁の天井に、角の先みたいな部分を中庭にある長い柱の頭に結ばれている。天井の布だけを見れば夕長の祭りで見た出店がこんな感じの日除け布を立てていた。まるで部屋が上を向いて口を開けたみたいだ。ただし上の口は三角で、下の口は四角で絶対かみ合わない不思議な形をしている。

 柱は壁より高いのでそこに結ばれている布も壁から上に向かっている。するとそこには風の通り道があるのでそよそよと風が吹くととても気持ちいい。

 今は陽が落ちかけているので白い布は丁度良く橙色に染まっている。その下にある草の絨毯も、白い家具も、全部橙色だ。布の透かし模様から草の絨毯や、石細工の床に落ちる模様がとても綺麗で幻想的だ。布と壁の隙間から覗く空も今は黄金色だけれど、朝に見たら青空が見えることだろう。白い布から見る青空もまた絵になるに違いない。明日の朝が楽しみだ!


 私の嘴が下だけ四角くなったみたいな天井のお部屋だね!

「さようでございますね。夕陽の強い日差しを柔らかくして、でも光と空を感じられるように建てられたのでしょう。部屋の床半分が植物の絨毯だなんてなんて贅沢なのでしょう!」


 ネヴィラを始めカーディーンやリークなどアファルダートから来た者達は、この部屋を見てとても感動していた。踏んでしまうのをためらって草の上に置いてある長椅子に座れないと言っていたので私が一番乗りで飛んで座る。そして思う存分草の絨毯を踏みしめて歩きまわる。そんな私の姿を見て、ネヴィラやその従者の人達がおそるおそる手で草の感触を楽しんだ後、ようやくカーディーンとその部下の人達が部屋の確認のために、ものすごく慎重な足取りで草を踏んであちらこちらを見回っていた。

 カーディーンがペルガニエスの者達から聞いた話によると、雨の日や夜は柱から布を外してそのままかけてしまうらしい。そうすればちょうど嘴を閉じたような形になるので、雨や、夜の冷たい風が入らない様になるのだと言う。また朝になったら柱にくくりつけられるらしい。

 さすがに植物の絨毯があるのはこの部屋だけらしいので、他の部屋はペルガニエス風の白と青が基調の部屋だった。

 夕食を取った後は、カーディーンと一緒の部屋で過ごす。カーディーンは立派な浴場でお湯につかってくるというのでしばらく別行動になった。私は湯気とお湯がだめなので別の部屋でリークと沐浴だった。その後運動がてら部屋の中を飛び回って遊んだ。

 それにしてもカーディーンにしては長いお風呂だった。堪能していたのかな?戻ってくるのが少しゆっくりだったように感じる。お湯でほかほかになったはずなのに、戻ってきた時に飛び乗った手の平は冷たくなっていた。

 ところでカーディーンの部屋はネヴィラと同じ扱いの上等な客室だ。広さも十分で調度品も沢山あるので私は到着してすぐに探索を済ませてある。

 一通りのことをすませて一息つく時間になった。ところで私はとても気になっている事がある。


 カーディーン元気ないね。

「カティアには私がそう見えるか」


 カーディーンは一見いつも通りの態度で将軍として色んな指示を出したりしているけれど、よく見ればいつもより吐き出す呼吸が長い。溜息と言うわけではないのだけれど、いつもより深く呼吸しているのだ。


 不安なの?

「不安か……。そうだな、少し疲れが出ているのかもしれん」

 ……そうだね。私も頑張ったから疲れたもん。

「あぁ、カティアは私を守ってよく活躍してくれた。感謝する」

 私、カーディーンの守護鳥だからね!


 疲れもあるけれど、私にはどことなく不安と言うか緊張しているように感じた。

 でも部下の人達が周囲にいる今は将軍のカーディーンが不安だなんて言えないのかもしれない。私はカーディーンの言葉に乗って、くふーと胸を張った。


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