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あなたのための月の守護鳥  作者: 七草
ヒナ~成鳥期
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王妃の昔のお話

 頬はぷくーっと膨れている。今、私の機嫌はとっても悪い。

 なぜなら、カーディーンが私を置いて行っちゃったからだ!


 午後からはお休みだから一緒にいられるよって昨日言ってたのに、お昼御飯を食べた後、従者みたいな人がやって来てカーディーンと何かをおしゃべりしたらどこかにいっちゃったんだよ!


 昨日作ったお手製綱渡りでぷらんぷらんしながら、ぷんすか頬を膨らませている私に、モルシャが穏やかに言った。


「まぁまぁ砂様は何を怒っていらっしゃるのですか?」


 私はぷらんぷらんしながら答えた。


 カーディーンが私を置いて行っちゃったこと!


「では砂様はカーディーン様に怒っていらっしゃるのですか?」


 私のぷらんぷらんが少し弱くなった。


 違うけどー……。……だって、せっかくカーディーンといっぱいいられるはずだったのに……。


 私はぷらぁーんとしながら尾羽をぺしょんとした。


 それに……怪我だってしてたのに。


 私が言うと、モルシャは柔らかく目を細めていった。


「お優しい砂様。カーディーン様も申し訳なさそうになさっておいででした。ですから、今は砂様が楽しいことをして過ごしましょう。楽しく遊んで、元気にカーディーン様をお迎えしてあげるのが一番よろしいかと存じます」


 モルシャがそういうので、何か気分を変えて遊ぼうかと思った。

 けれど、今日の私はカーディーンとたくさんおしゃべりする気分だったのだ。せっかくだから誰かとおしゃべりしたい。


 あ、ファディオラ!ファディオラに会いに行く!!


 私が言うと、カーディーンの従者はびっくりと、鳥司はぎょっとしたような顔で私を見た。

 モルシャだけが笑みを崩さないまま、おっとりと頷いた。


「畏まりました。それでは王妃様の元に使いを送りましょう」


 このまま私が会いに行った方が早いよ!


「左様でございますね。ですが、王妃様が砂様に会うお時間を作れるかどうかがわからないのですよ。だから一度、今から会いに行けますか?と聞かないといけないのです」


 ふぅん。人って忙しいんだね。


「申し訳ございません。それではすぐに尋ねてまいりましょう」


 そう言って、モルシャはカーディーンの従者にお願いしてエッケンの先触れを出した。

 従者が先触れの際に持参する書状を書いていた。


 あれなに?


「先触れの際には、誰が誰の元へいつ向かってもいいですか、と書いたお手紙を出すのです。あれはいわば、砂様から王妃様に今から遊びに行ってもいいですか、というお手紙の様なものですねぇ」


 お手紙!私がサインする!!


 手紙には偉い人がサインをするのだと鳥司に教えてもらったことがある。私の手紙なら、私がサインするべきだろう。そしたら私が偉くなる。

 ぱたぱたと従者が書状を書く机に飛んで行き、そのままインク皿に着地して両足をインクに浸した。浅いお皿だと思っていたけれど、意外とたくさんインクが入っていたらしく、足首までインクに浸かってしまった。まぁ、いいや。

 私はそのまままた飛んで、書状の上に着地する。

 両足からじわりとインクがにじんで紙に染み込んだ。

 そのまま五、六歩歩くと、私が歩いた場所に緑のインクで私の足跡が残った。うむ、なかなか。

 従者はモルシャに「どうしよう……」みたいな顔をしていたけれど、モルシャは「先触れの書状に本人がサインするのは最も正式な手続きの方法でございますね」ところころと笑っていた。

 その後、モルシャが「砂様のサインはわたくし達には読めませんので、翻訳したものをもう一通したためておきました」と言って、従者が二通の書状を持って先触れに向かった。


 そしてしばらく待った後、ファディオラから手紙のお返事が来た。

 いっぱい文字が書いてあるけれど、私は読めない。要約すると「歓迎します」って文章らしい。なのでさっそく手紙を持ってきたファディオラの従者に先導され、王妃の宮という場所へ向かった。



「よく来て下さいましたね、砂殿。このような格好で申し訳ないけれど、歓迎するわ」


 長椅子に座ったファディオラが、そう言って私を招き入れた。

 ファディオラはちゃんと服を着ているし、首と手首をきちんと隠している。こんな恰好の意味がよくわからなかった。


 こんな恰好ってどんな格好なの?ファディオラはちゃんと服を着てると思うけれど?


 私が尋ねると、ファディオラはふと気付いたかのように、小さく笑って言った。


「あぁ……わたくしのリオラはね、わたくしがいつでもきちんとした綺麗な服を着ていないとだめって言っていたの。わたくし達王族だって、常に正式な服を纏っているわけではないわ。私室にいる時、リラックスしたい時は少しゆったりした服を着ることもあるのですよ。

 けれどリオラはわたくしに、ほとんど常に正装のままでいてと言い続けていたの」


 それは……ファディオラが疲れない?


「えぇ、とっても疲れるわ。だからある日尋ねてみたの。どうしていつも綺麗な服を着てなきゃいけないの?って」


 私が続きを促すように見つめると、ファディオラは懐かしむ様に教えてくれた。


「『私のイブラは一番美しいの!いつだって美しい宝石と服を纏って、きらきらしていなきゃだめなの!』って言ったの。

 どうやらリオラの兄弟達と、誰の守護相手が一番美しいかでケンカをして、わたくしが一番美しいんだとリオラは譲らなかったようよ。当時の王族の中では、わたくしは一番お金持ちではあったけれど、美しくはなかったの。他に美しい者達は沢山いたのですもの。それでもリオラはわたくしが一番美しいって譲らなくって、リオラが人間の少女であったなら、きっと怒って泣いていたでしょうね」


 けれど、一番美しくなくたっていいじゃないとファディオラが言えば、リオラは「私のイブラは一番美しいんだから!私が選んだ、私の大好きなイブラなんだもの!王だって虜にして見せるんだから!!」って言ってきかなかったらしく、王族の中では己の容姿はたいしたことがないと思っていたファディオラは、リオラの心からの言葉が嬉しくて、王様を虜には出来ないけれど、せめてリオラの望むとおりに豪奢な服を誰よりも美しく着こなして優雅に笑っていようと、リオラの望むとおりに常に美しい服を纏っていたらしい。

 そうしたら本当に王妃になって、リオラは「ほら私の言った通り、イブラは王だって虜にする美しさなんだから」と誇らしげに言ったらしい。

 もちろん政治的な思惑が全くないとは言わないけれど、王から見初められ、王の御魂名を送って求婚されたのはわたくしだけなのよ、とファディオラは少し照れたような誇らしげな表情で言った。

 ちなみに王様にはファディオラの他に、現在二人の妃がいると教わった。

 ……なるほど、どの時代も守護鳥は自分の守護相手の美しさを自慢して競うらしい。


 ねぇファディオラ。イブラってファディオラのこと?


 私が気になったことを尋ねると、ファディオラはちょっと目を丸くした後、優しく「そうよ」と教えてくれた。


「わたくしの御魂名よ。砂殿は御魂名を知らないのね」


 ミタマナって何?


「わたくしの正式な名は、ファディオラ・イブラ・ファーリン・アファルダート。砂殿が呼ぶファディオラという名は、わたくしの公の名よ。基本的に皆はわたくしをこの名で呼ぶわ。そしてファーリンはわたくしの幼名。基本的には家族がわたくしを呼ぶ名前よ。そしてイブラが御魂名。これは基本的に名乗ったりしないの。よほど正式な場所で、位が上の相手に最上位の礼節を尽くす時や、婚姻の時に名乗る程度かしらね。

 御魂名はそのまま、魂の名前、私の心は貴方のものと言う意味よ。この名前を教え、呼ぶことが許されるのは婚姻を結んだ相手や、王族なら守護鳥だけね。特に相手の御魂名を権力を盾に無理やり聞いたり呼んだりすることは、耐えられない侮辱や屈辱なのです」


 ファディオラはさらに、御魂名と言うのはアファルダートの民の首に住んでいると言われるその人を守る神の使いの名前で、その名前を教えるから命を捧げるという意味を持ち、その神の使いがいるから首を隠すのだと教えてくれた。


 そうなんだー。……あれ?さっき私、勝手に御魂名呼んじゃった気がする。


「そうね。砂殿はまだ幼いのですし、知らなかったことですもの、今回はわたくしは怒ったり致しませんよ。けれど次からは、御魂名を聞いても相手が呼んでいいと言うまでは決して呼ばないとわたくしと約束してくださるかしら?これはとっても大切な人間の決まりごとなのです」


 わかった、約束する。勝手に御魂名を呼んじゃってごめんね。教えてくれてありがとうね、ファディオラ。


 私がファディオラの手に額をぐりぐりすると、ファディオラは「リオラもよくそうやって謝ってきましたね」と笑って私を撫で、許してくれた。


 ファディオラにごめんなさいをして、そこから二人でお茶をした。私は花蜜をうまうまと飲んでいた。

 私がカーディーンにおいてけぼりにされて怒った話や、兄弟達とのケンカの話、ファディオラからはリオラの昔話を聞いたりしながら和やかに時が進んだ。

 すると、先ほどまで私の送った手紙を愛らしいと褒めてくれていたファディオラが、急に胸を押さえるようにして呻き始めた。そのまま激しい咳をする。


 ファディオラ?ファディオラ!?どうしたのっ?


 ファディオラの従者達が一斉に駆け寄った。

 私がおろおろしていると、ファディオラはすばやく寝室に運ばれて、医師が呼ばれた。

 医師が、まるで待機していたかのような速さでやって来て、ファディオラを診た。

 ベッドの上のファディオラは青白い顔をしていた。

 ファディオラの従者の一人が「王妃様はとうとう、リオラ様の加護が切れてしまわれたのだ」と言っていた。

 私達はいても邪魔になるだろうからと、モルシャとともに、静かにその場を辞した。


 長い廊下を歩くモルシャの手の平の上で、私はファディオラは大丈夫だろうかと考えていた。

 モルシャは一言「御魂名のことをお教えしておらず、大変申し訳ありませんでした」と言ったけれど、ファディオラについては何も言わなかった。


 私はカーディーンが帰って来ても、ずっと「リオラの加護が切れた」という言葉がひっかかって、帰ってきたカーディーンに、元気におかえりと言えなかった。


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