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四話 決意

 アナスの町にある、取り立ててあげるような特徴が何も無い屯所だが、朝日が昇り始め住民達が起き出し今日一日が始まるという時だというのに屯所内は祭りのように騒がしくなっている。

 その渦中にいるのは一人の翁。屯所内の通路を老いを感じさせぬ品位ある歩き方をしている。他の兵士と違いメンフィス王国が支給している鎧を纏わず、琥珀色を主体とした東方の衣装に身を包んでいる。対して翁の背後に侍りながら歩いている男はしっかりとした鎧を身に纏っている。

 白く長い立派な髭をさすりながら歩いていると、時々すれ違う屯所内に在中している兵士が憧れと尊敬、畏怖とを混ぜ合わせた視線と共に腰を直角に曲げ挨拶をする。

 その男達が向かう先は―――


 時は遡り、ナキが屯所内の尋問室に通されてから暫く経った頃尋問室の扉がノックされ開いた。

 

 「や、元気かい?」


 片手に丼を持ったナナト・フーベルトが締まりの無い顔と共に入ってきた。簡素な机と一対の椅子。観葉植物なんて洒落た物は無く只々閑散としている部屋に何時間も拘束されていたナキは疲れ果てていた。

 ずっと座らされ先程までキツい口調で尋問されていたナキの体は伸びをするとバキバキと不穏な音をたてた。

 

 「こんな所に何時間も座らせれて尋問されて元気な奴が居たら見てみてえよ」


 机の上に突っ伏して首だけをフーベルトの方へ向け見やる。


 「ごめんね、ホントは僕が尋問出来れば良かったんだけどなかなか許可がおりなくてね。お詫びと言っちゃあなんだけどこれ食べる?」


 そう言って丼をナキの方へと差し出す。


 「後でお金払えって言わないよな」


 おざなりな口調でフーベルトに問うた。心身共に摩耗して口調に気を遣う気力も無かった。


 「そんな事言わないよ」


 丼をナキの近くに置いてフーベルトはナキの向かいに腰を下ろした。


 「じゃ、もらう」


 起き上がり、丼を引き寄せ開けると中には白米と卵が絡まった大きめの鶏肉がゴロゴロと置いてある。親子丼だ。丼と一緒に備えられていた割り箸を割ると鶏肉と一緒に白米と卵を口の中に放り込み―――まずいことを思い出した。


 (アイラに晩飯渡すの忘れてた)


 目の前の男に食堂であった時に感じた事が余りにも大きく、またその後にアイラにからかわれた事もありそのままふて寝してしまったのだ。

 アイラが朝飯も食べられるか怪しい時に自分だけ食べてもいいものか、と思ったのだが用意された親子丼が予想以上に美味しくアイラの事は仕方なく一時忘れる事にした。

 ナキが人心地ついた頃を見計らってフーベルトは話を切り出した。


 「あの三人組の事、聞いていいかな」


 その言葉を聞いた途端満腹の余韻に浸っていたナキの表情がめんどくさそうに歪んだ。

 

 「それならさっきの厳しそうなおっさんに全部話した、信じ無かったけど」


 「そう言わずにさ、もう一回確認したいからさ」


 めんどくさそうに溜息を漏らすと先程から詰問された続けた内容をフーベルトにも話した。


 「あの三人は護衛の依頼主兼対象であってそれ以上でも以下でも無い。それにあの暗い奴らを殺したのもいきなり襲いかかってきただって」

 

 「ホントにそれだけ?」


 「何なんだよアンタもアイツも。それだけそれだけって、主語も補語も抜けきった説明じゃそれ以外言えねえだろ」


 「それもそっか、うーん」


 腕を組難しそうに唸るフーベルト。そして何か決心したように頷くと口を開いた。


 「これは他言無用にして欲しい事なんだけど―――」


 フーベルトの雰囲気が急に変わる。ヘラヘラした雰囲気もドロドロした雰囲気も感じず代わりに肌がちりつくようなピリピリとした雰囲気を感じた。


 「あの三人組メンフィス王国第三王子ザグラス様の暗殺の首謀者なんだよね」


 「はぁ?」


 突拍子の無い発言にナキはつい呆けた面をフーベルトに晒してしまう。


 「おっさんふざけてんの? てか今日の昼……違うか昨日? この際どっちでもいいけど、会った時は何も知らないって言ってたじゃないか」


 「ごめんね、内容が内容だけに一般の人に知らせるわけにはいかなかったんだ」


 「まあそうだろうけど、それにしたってそんな話はメンフィスの何処でもやってなかったぞ」


 「特秘の情報だからまだ一般人には知られていない事だよ。うちらの隊でも知っているのは僕含めて数人しか知らない事なんだ。だから重ねて言うけどこの事は誰にも話さないで欲しい」


 「そういう事なら」


 「ありがとう。それで、それを踏まえてなんだけどあの三人組は君にとってただの依頼主兼対象だったんだね」


 「もし俺が仲間だったら今ここにいないと思う」


 「それもそうだね」


 「俺からも一つ質問いいか」


 「僕に答えられる範囲なら」


 「あの三人が犯罪者なら俺らを襲ってきた暗い奴らは―――」


 「そうだねこっちの特殊部隊の者達と認識してもらって構わないよ」

 

 そこまで聞いてナキには一つの疑問が浮かんだ。


 「商人になりすまして国を出ようとしたってか」

 

 「そういう事だね」


 一つの疑問が解決すると別の疑問が浮上してくる。


 「どうしてこの居場所が分かったんだ?」


 「何処の門を使ってメンフィスを出たか調べた後はしらみつぶしさ」


 「おっさんも苦労してんだな」


 「国の威信がかかってるからね。………結局逃げられちゃったけど」


 言い終わると同時に苦笑いを浮かべる。

 ただ、ナキの表情は何処か腑に落ちない、と言った表情だった。


 「どうしたんだい?」


 「別に何でも。それより話が終わったならそろそろ帰っても?」


 「ああ、そうだった。これを伝え忘れていたけど、僕の部下が君の荷物を押収しに行ったんだけどこれ以外何もなかったって話だけど」


 フーベルトが取り出したのはナキのギルドカードだった。金属の質感に横に長い長方形のカードで左上にはナキの写真が貼り付けてある。

 

 「これがあれば買い物は出来るから問題は無いから大丈夫だ」


 ナキはフーベルトからギルドカードを受け取った。


 「便利だよねえそれ。本人以外は使えないんだから」


 「そうだな」


 それだけ言って部屋をナキが腰を浮かしかけた丁度その時、部屋が勢い良く開けられた。


 「じゃまするぞ」


 ハスキーボイスと共に部屋に入り込んで来たのは初老の男性。長い白髪に髪の色と同じ色を持った立派な髭、琥珀色を主体とした東方の衣装に身を包んでいる。


 「おや? 先生こんな所に一体何の用です?」


 どうやらフーベルトの知り合いのようだが、この老人は一体何物だろうか。老人なのに老人らしからぬ雰囲気を放っており、無い筈の刀を探し手が空をきる。


 「なに、アレの件で捕まった奴が居ると言うからちょっと面を確認しにな。ふぅむ、こやつがそうか」


 そう言って近づきながら無遠慮に腰を浮かしかけたままだったナキの顔を見る。おまけでナキは椅子に再び腰を下ろすハメになった。たっぷり一分程ナキの顔を見た後ボソリと呟いた。


 「餓鬼じゃの」


 髭をさすりながら離れるとそのまま尋問室からも出て行ってしまう。

 ナキがあっけにとられている間にも扉は乾いた音を立てて閉まって行く。


 「なんだったんだあの爺さん」


 扉が閉まるのと同時にナキはそんな事をつぶやいていた。


 「あはは、ゴメンねえ。あの人昔からマイペースでねえ」


 「おっさんの知り合いなのか? あの爺さん」


 「この国の兵士、騎士なら誰でも知ってると思うよ。何せ剣鬼と恐れられるメンフィス王国七騎士師団総団長クスノキ・オウハとは彼の事だからねえ」


 その言葉にナキは目を大きく見開いた。

 剣鬼と言えばメンフィス王国にその人有りと名を轟かせ、戦闘において負け知らずと言うのはワーステイルにいた頃から頻繁に聞いていた。

 ナキは驚きと共にしかし、納得もした。無意識の内に腰に手を伸ばしたのはオウハが放ている気迫に自身が負けたからだろう、と。

 

 「ついでに言うと僕の剣術の師匠でもあるんだ」


 なるほどとまたもナキは納得する。一瞬だがオウハとフーベルトの気迫に似通ったものを感じたのだ。

 今度こそはと思いナキは腰を上げた。もう話す事は無いしもう会うことも無い、そう思いながら。


 屯所から出ると朝日が昇り始めていた。

 ただでさえ長時間拘束されたと言うのにこれからアイラに晩飯の事でお小言を言われるとなると、清々しい朝の天気とは真逆の暗く重い気分になっていく。

 

 「あ、待ち合わせ場所決めるの忘れてた」


 腰に返された刀を挿しながら、とりあえず昨日の宿屋への道を歩く。宿屋まではまだ距離があり話相手もいないとなると思考は自然とアスフィール達三人の事へ傾いていく。

 あの三人が王子を殺そうとしたとはにわかには信じ難い話だが、フーベルトの様子からは嘘は感じ取れなかった。腹の探りあいは得意では無いがあの状況でフーベルトが嘘を付く必要性を余り感じられない。ナキの口が軽かったら大変な事になるからだ。それにアデーレも似たような事を言っていたのを思い出される。

 依頼の不自然さ、それがアデーレがナキに忠告した内容だった。ナキが諦めて帰ったあの日の夕方トーラがあの依頼を持ち込んできた。そこまではまだいい、よくある事だ。問題は依頼の受注期日だった。夕方に依頼に来て翌日の正午までが期日だというのだ。これが護衛依頼でなければさして気にする事でも無かったのだが、護衛依頼となれば話は別だ。相手が商人なら尚更だ。商人は万全をもってして旅に望む。そんな商人が期日の短い依頼をもって旅に挑むとは考えづらい。その商人が期日の短い依頼を出したのだ、アデーレ疑問に思うのは当然だろう。当然ながら期日が短いと依頼を受ける人が出ない可能性もある。そして翌日騎士が怪しい依頼が無いか聞いてき、それがアデーレの疑問を更に深めた。

 それでアデーレはナキにああいったのだ。


 『ひょっとしたら今回の依頼を受けると犯罪に巻き込まれるかもしれない』と。


 何を馬鹿げた事をと思う者も多いだろうが、犯罪を犯した者がギルドで護衛依頼を発注し商人と身分を偽って出国する事はままあるのだが、それでもナキには分からない事があった。

 どうやって関所を抜けたのか―――、それがナキには分からなかった。実際目の前で見ても呼び止められたり、不審がられたり、といった節は見られなかった。それに秘密にしていたと言ってもの手配書の一枚や二枚作ってそれを見せ無かった事も気になる。

 あの場でフーベルトに聞いた方が良かったかもしれなかったが、ナキはこの件に深く関わるつもりは無いので首を突っ込みすぎるのは良くないとも思った。

 

 「ま、終わった事とやかく考えても仕方無いわな」


 そう言って欠伸をする。そういえば全然寝ていない事に今更ながら気がつく。何処か別の所に宿をとって一眠りしよう。そんで近くのギルドに依頼破棄の事を伝えよう―――考えに耽っていたせいか目の前が疎かになっていて急に現れた小さな人型に驚いた。


 「おわっ! て、アイラか」


 「なによう、アタシじゃ悪いの?」


 「ちげえよ。ま、何にせよ会えて良かった」


 「そうねナキは時々抜けてるから、それを踏まえて行動したアタシに感謝しなさい」


 「ありがとよ」


 そう言って小さい頭をポンポンと軽く叩いてやる。どうやら昨夜の突然の出来事で晩飯を食いそこねた事を忘れているようだ。その証拠にナキに会っても晩飯の事で五月蝿く言わない。

 ならばこのチャンスを逃さない内にアイラに飯を食わせて晩飯の件はうやむやにしよう。


 「アイラ、朝飯何食いたい?」


 なんてこと無い、何時もの朝のような会話だった筈なのに何故かアイラの肩がピクリと動いた。


 「えー、あー、うん、何でもいいかな」


 珍しい事に何でもいいときた。普段なら朝から甘い物を要求するアイラが何でもいいと言った。怪しいとナキは直感的に思った。


 「お前何か隠してないか」


 一体全体どの口が言えた義理だろうか、ナキは完全に自身の行った行為を棚に上げている。


 「べ、別に、何も隠してないわよ」


 ナキと目線を合わせようとせず外方を向いていかにも怪しいが、ナキ自身も隠し事をしている身だしこれ以上深く追求するのはやめた。


 「ま、いいか。それよりも荷物は何処置いたんだ?」


 「あの三人が使ってた馬車ごと一応隠行の魔法で隠してあるわ。見られると不味い物もある事だしね」


 「ありがとな」


 今度はアイラの頭をクリクリと撫でてやる。少しくすぐったそうに身をよじった。

 馬車は宿の裏側に商人用の馬小屋が設置されておりそこに停められていた。

 馬車の表面を薄く滑らかな魔力が覆っており、それが光の軌道を反射させずに受け流しているので一見すると馬車は見えないが、注視すると馬が身動きするのを僅かながらだが捉える事が出来る。


 「悪いけど隠行の魔法は維持したままにしてくれないか」


 「いいわよ」

 

 馬車に乗り込むと中は思ってたより遥かに狭かった。道中雨が降らずに良かったなとナキは切実に思った。

 人が二人腰掛けられる程の長椅子を除いて他は防腐処理された果物で埋め尽くされている。ナキの荷物は長椅子の上に置かれていた。

 一度帯を解き刀を外してから、ローブを上から着込む。昼夜問わず動きやすい服装をしていると一々着替え無くて済むのがいいのだがアイラはどうもそれが嫌いならしくナキはいつもお小言を頂戴していた。

 

 「ものぐさがってないでちゃんと着替えなさいって何時も言ってるでしょ」


 「はいはい、分かりました」


 現に今も叱られているのだが、ナキは慣れたもので風に吹く柳のようにひらひらと受け流している。

 

 「ちゃんと聞いてるのっ」


 「聞いてるって」


 適当に返事をしながら帯を締め直し刀を挿し直す。

 腰を右に左に回して感触を確かめ、特に問題が無いのを確認する。

 次にカバンの中身を確認する。まず最初の層に着替えが入っている。どうやらアイラが拾って入れてくれたようだが急いでいたのか無造作に突っ込まれている。その下の層には少量の携帯食料、地図、着替えと携帯食料を取り出した先には人差し指位の大きさの小瓶とメンフィスで契約した護衛依頼の契約書が折りたたまれている。

 ナキが最初に手にとったのは小瓶の方だった。中には太陽の光を皓皓と反射して輝く月と見紛うばかりの白い砂粒が敷き詰められており、その上に皓皓と輝く砂とは正反対の乾いた血のように赤黒い花の蕾がポツンと弱々しく植えられている。

 

 「良かった割れてないな」


 もしこの花の小瓶が割れて中身が零れおちてしまったらまたメンフィスに舞い戻らなければいけないところだった。


 「アタシがそんなヘマするわけないでしょ」

 

 ふんすぅ、と小さな胸を張り威張る。

 小瓶をカバンに戻し今度は契約書の方を手に取った。

 これからナキ達がすることはこの契約書を持って近場のギルド―――この場合はヒクスの街かコルトの街にあるギルドに依頼に不備があった事を報告しなければならない。ただ依頼の不備を報告する際手間の掛かる報告をしなければいけないのでなるべく避けたいのだがこのまま報告しないとなると更に手間のかかることプラス違約金を払わないといけなくなる。

 

 「はあ、メンドくさいな」


 ぼそりと呟き何とはなしに契約書を広げ見やる。

 つらつらと書いてある内容を読むと、一番最初にこの契約書を読んだ時の違和感が今となってハッキリと分かった。

 この契約書には商品の破損に関する事が明記されていなかったのだ。商人なら誰でもする初歩的な事だが、急いで商人になりすましたのなら見落としたとしても不思議では無いだろう。

 だからと言って今これが分かったからといって何になるというのだろうか。

 契約書を元に戻しカバンの奥底にしまった。携帯食料を隙無く敷き詰め最後に服を折りたたんでカバンに戻した。

 念のため忘れ物が無いか辺りを見回すと近くに飴を入れていた袋がカバンから少し離れた所に落ちていた。やけに平べったく持ち上げてみても全然重みを感じない。

 まさかと思い袋の中を開けて、中身を見ると袋の底が見えた。


 「おい、アイラこれって」


 アイラの方を見やると僅かに肩を落とし申し訳なさそうにしている。


 「お腹減ってつい、ごめんなさい」


 シュンと項垂れるアイラを見て怒る気力が起こる程ナキは食べ物に執着しているわけではないし、元を辿ればナキが晩飯をあげ忘れたから起こった事だと自身を納得させ、逆に飴ひと袋でアイラの機嫌が悪くならずに済んだ事に感謝した。


 「いいって、別に」


 うなだれている頭をクリクリと撫でてやる。


 「ありがと」


 飴が入っていた袋も小さく畳んでカバンの上に入れた。

 

 「あとは」


 と、辺りを見回すとロケットペンダントが椅子と床の間でぶら下がっていた。


 「返せなかったな」


 ロケットを手にポツリと呟く。青色の鎖はものの見事に直されていて壊れていたのが信じられない程に綺麗だった。


 「あ、それ蓋に魔法がかかってて開かないわよ」


 「え、マジ?」


 試しに蓋の部分を指で押してみてもピクリともしない。


 「この魔法お前に解けるか?」


 アイラは意外そうに驚いた。


 「アンタがそんな事言うなんて珍しいわね。アタシが言ったら怒る癖に」


 アイラがむくれっ面でナキを見やる。ナキはバツが悪そうに頬を人差し指でポリポリとかいた。


 「もうアイツ等とは会わないだろうし、何より気になるだろ。母親の形見とは言え、魔法をかける程見られたくないものを身につけてるなんてさ」


 「なんだ、ナキも人の子なのね。てっきりこの手の類の話には興味ないのかと思ってたわ」


 「俺にだって人並みの興味位あるわ。ただ相手のプライバシーに踏み込み過ぎると後々面倒な事になるだろ。だからあえて自粛してたんだよ」

 

 「そ、ならこの魔法解いちゃってもいいわね」


 ロケットに手をかざすと昨晩解析していた情報を本にロケットにかかっている魔法を解いた。

 空間に亀裂が走ったような音が聞こえ、ピンと鈴の音の様な音を鳴らし蓋が開く。

 

 「どんな写真が入っているのかしら」


 アイラとナキが覗く視線の先に在ったものとは―――


 「普通の家族写真じゃない」


 ライラとアスフィールが並んで座りその背後に二人の両親と思われる人物が佇んでいる。

 父親らしき男は柔和な顔立ちに白い肌と線の細い体とが相まって病弱な雰囲気を漂わせている反面、女性の方は写真越しでも伝わってきそうな程闊達な雰囲気を醸し出している、褐色肌の美人だった。


 「ナキ? どうしたの?」


 唇を噛み締め何かに耐えるような表情をしている。よく見れば拳をきつく握りしめてもいる。


 「なあアイラ、一ついいか」


 アイラの質問には答えずそう告げる。


 「どうしたのよ?」


 一瞬だけ怪訝な表情を表にあらわす。


 「アスフィール達助けに行っていいか」


 「はぁ!?」


 唐突な発言に、その小さな体から一体どうやって発したのかと思う程の声量が溢れ出た。


 「ちょっ、何言ってんのよナキ! 何かヤバイ奴らなんでしょアイツ等! 昨日の真っ黒い奴ら殺気立ってたし態々危険な事に首を突っ込む事なんてないじゃない!」


 「アレ騎士団の使いだったらしいぞ」


 「そんな話聞いてないわよ!」


 「さっき屯所で聞いたばかりだからな」


 「なによそれ。余計に悪くなってるじゃない」


 怒鳴り疲れたのか、小さい肺にめいっぱい空気を吸い込んで大きな溜息をついた。


 「もういいわ。疲れた。好きにすればいいじゃない」


 「アイラは先にワーステイルに戻ってていいんだぞ。これは俺の個人的な問題だから無理に付き合う必要はないぞ」


 「ナキが行くって決めたなら私も付いて行くわよ」


 「それは助かる。ありがとう」


 アイラはもう一度溜息をつきナキに問を投げかける。


 「行くのはいいけど理由位は教えてくれるわよね」


 「無事にワーステイルに着いたらな」


 「まったくもう」


 そう呟きながらナキの肩に乗っかった。


 屯所であった出来事をあらかたアイラに説明したナキが最初にしたのは家探しならぬ馬車荒らしだった。うずたかく積まれている積荷によじ登り、果物がぎっしりと敷き詰められている木箱を片っ端から開けては中身を確認し積荷を床に下ろしている。


 「あの三人探しに行くんじゃないの?」


 「つっても居場所が分かんねえ事には探しようが無いだろ。そんな事よりこの馬車の中には誰も入ってないんだよな」


 「ええ、近くに何回か兵士っぽい奴らが来たけど誰も気づかなかったわ。で、それとこれとは何の関係があるって言うの?」


 「ん、ちょっとな」


 手短に答えるとまた探し物に没頭してしまった。

 蓋を開けては閉め開けては閉めと繰り返しているともう少しで床が見えそうなところで、他の木箱の二倍はありそうな大きな木箱があった。

 蓋を開けると中に黄色くて丸い柔らかな皮に甘い匂いを放つ果物が大量に入っていた。甘い匂いにアイラが物欲しそうな顔をナキへと向ける。


 「しょうがないな。代金は会った時渡せばいいか」


 手近な黄色い果物を取りアイラに渡す。


 「ありがとうナキ!」


 嬉しそうに破顔させ、ナキの手から果物を受け取った。

 

 「これ位の大きさなら入るか?」


 黄色い果物の中に手を突っ込んで中をまさぐっていると指先に果物の皮の柔らかい感触とは別の、布の様な手触りをナキは感じ取った。


 「これか?」


 それを掴んで引っ張り上げる。その拍子に布が僅かに解け中からコバルトブルーの金属質な何かが見えた。

 布を完全に解くと中から現れたのは一振りの剣だった。

 精緻な模様が施されたコバルトブルーの鞘に猩々緋の横幅の広い鍔、瞳の様な黒い柄を持っている。

 鞘から引き抜くと鞘と同色の、しかし蒼穹のように深く澄み渡るコバルトブルーの薄い刃が現れた。それはまるで大空を刃の形に無理矢理押し込めているかのように見える。

 アイラは当然ながら果物の中からそんな物騒な物が出てくるとは思わなかったので、思わず食べかけの果物を床に落としてしまった。


 「何で剣が果物の中に入ってるのよ」


 しげしげと舐るように剣を見やり、そして鍔の中程を指差した。

 アイラは近づきそれを見やる。


 「これが答えになると思う」


 ナキが指差したその先には丸い円が彫ってあり、その中に円の下方に芒の植物が奥行深く彫られており、その奥には鋭く剣山の様に尖った山々が連なっている。

 

 「うーん、この模様何処かで見たような……」


 「ワーステイルの王家の紋様だからな。あの国に居たら目にする機会はあるだろ」


 「王家の紋様? なんだってそんな代物が果物の中に紛れてるのよ」


 「そりゃ、あいつら―――アスフィールとライラが王女でトーラが二人の護衛、恐らくは近衛辺りの兵だからだろうな」


 「王女って何であんたがそんな事知ってるのよ。それにワーステイルの王族なんて滅多に人前に出ないって評判なのに」


 「あー、それはだな………」


 とても一朝では語る事の出来無い過去を如何様にして語るかを考え始めるナキであった。


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