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一話 始まり

 太古からの歴史を脈々と受け継ぐかのようにその建物はそこにあった。周りが幾ら時代の流れに沿い進化する中にあってもこの建物は決して変わらない。

 重厚な樫の扉を開け中に入ると円形の机がいくつも並んでおり、それを囲みながら様々な姿形をした者達が酒盛りを交わし、飯を食い談笑をする。誰一人として今し方入ってきた少年に耳目を向けようともしない。

 それもそのはず、ギルドなんてものは元来から人の往来が多くその一人一人に一々注目していたら気が参ってしまう。少年が木製の台に区切られた受付に足を運ぶ際にも後方で樫の扉が開く際の澄んだ鈴音がギルド内に響いた。

 ギルド―――と言っても商人が集い商いを円滑に進めるための商業ギルドでは無く腕に自身のある者が生業とする冒険者を支援する冒険者ギルドは冒険者の風貌から一見殺伐とした雰囲気や荒くれ者の集団と見られがちだがそんな事は無く、それこそ騎士団には劣るが一般的な礼式を弁えたものは多い。

 少年はそんな者達の間を縫うように受付へと向かう。

 受付には五人の女性が等間隔に並んでおり、比較的男が多いこのギルド内にささやかながら華を添えている。

 暗黒色のフードが付いた足元ギリギリまであるだぼだぼのローブを着た少年が一番左端の受付嬢に話かけると受付嬢はにっこりと微笑んで返事をした。 


 「こんにちは、ナキ君。今日はどんな依頼を受けに来たの?」


 少年ナキがこのギルドに来る度に一番左の受付嬢に話しかけていたらいつの間にか親しくなっていた。


 「もうここでの用事は終わったからそろそろこの国を発とうかと思って」


 「あら、それじゃあここも寂しくなるわね」


 その言葉の意味がよく分からずナキは少し首を傾げてしまった。今だって辺りから笑い声が絶えず聞こえ、飲み物を飲む音や食べ物の咀嚼音さえ聞こえてきそうな状況なのにナキ一人がいなくなっただけでそこまで劇的に状況が変わるとは思えないが。

 その疑問を察してか受付嬢のお姉さん、アデーレさんはまた微笑んだ。

 そして今度は声を潜め少し身を乗り出してくる。それにつられナキも少し体を前に倒す。


 「ほら、ここって仕事柄ガタイのいい男が殆どじゃない。だから君みたいに若くて可愛げのある男の子って結構貴重なのよ」


 「はぁ、そういうもんですか」


 自身の容姿が優れているとも劣っているとも思わないナキはそのようなことを聞かされても乾いた返事しかできない。

 

 「そういうもんよ。それなら商人の護衛何かがいいかしら」


 流石に長い間受付嬢をしている人間は違う、こちらの意思を的確に汲み取ってくれる。

 原則依頼の達成の成否を報告するのは一部の例外を除き依頼を受けたギルドでなければならない。その一部のひとつに護衛依頼というものがある。護衛依頼とはその名の通り護衛―――対象は普通の商人から富豪、珍しい場合は貴族まで様々な人間を目的地まで安全に送り届ける事をギルドに依頼したものである。これらの依頼は近場ならいいものの、大抵は街から街へ移動する際護衛をつける。一度依頼を受注すると何日も拘束される事から護衛依頼は目的地の街近郊のギルドホールで依頼の成否を報告できる。


 「ワーステイルに向かうから、そっち方面の依頼があればいいんですけど」


 「そうねぇ」


 細く形のいい顎に手を当て手元の依頼書の束に視線を走らせる。


 「残念ながらワーステイルに向かう依頼は無いわね」


 「そっか」


 今ナキがいるのはメンフィス王国の首都メンフィシニアの中でも最大規模のギルドでありここならばワーステイル王国行きの依頼もあるのでは、と淡い期待を抱いていたが打ち砕かされてしまった。


 「ワーステイルに急用が無ければもうしばらくこっちに居てもいいんじゃない?」


 「そうは言ってももうここでやることは済ませたし、明日一応ここに顔出してそれでも依頼がなかったらもうこの国を出でますよ」

 

 「残念ね、ここ最近この国に入ってくる商人は増えてるんだけど反面出て行く商人が減っちゃってるよのね」


 この国は一、二ヶ月前からかなりの量の商人が入ってきているらしい。かく言うナキもメンフィスに入ってくる時は商人の護衛をして来た。

 するとメンフィスに入ってきた時の事を思い出したナキはほんの瞬きほどの間だけ渋面を作った。普段なら誰も気づかないような変化なのだがアデーレは目聡く気がついた。


 「どうかしたの?」


 「あ、いや、入国した時の事を思い出して」


 まさか気づかれるとは思っていなくて返事に少し詰まってしまった。


 「どんなこと?」


 「ことって言うよりは雰囲気………ですかね。この国に入った時少しピリピリするような、肌が粟立った気がしたと思うんですけど。三ヶ月も経っているんでもう慣れましたけど」


 そういえば自分が護衛した商人は鉱石類や金属類を主に売買していたな、などとどうでもいいことまで思い出した。

 ふとそこでアデーレが目を見開いているのに気がついた。


 「ナキ君も同じ様なこと感じたんだ」


 「同じようなこと?」


 問い返すと以外な答えが返ってきた。


 「うん、私もここ最近変な空気が街に漂ってるなとは思ってたんだけどね。Bランクの冒険者も同じ事思ったって言うなら強ち私の感も捨てたもんじゃないかな」


 「俺以外にも変な空気を感じ取った人いたんですか。てっきり気のせいかと思ってたんだけど」


 「私の場合はなんとなく嫌だなー、って感じただけよ」

 

 一度胸の内に入り込んでしまった不安は中々払拭できない。そんな空気を感じ取ったアデーレは半ば強引に話題を変えてきた。


 「そういえばナキ君ももうそろそろAランクに上がれるんじゃない? 昇級試験受けてみる?」


 ランク制度、これはギルド側が冒険者の実力にあった依頼を斡旋しやすいように造った制度だ。Eから順にD、C、B、Aと来て一番上にSが来る。今現在のナキのランクはB、昇級の条件としては規定数以上のランクと同じ依頼をクリアする事と、ギルドが設ける試験に合格すること。尚この試験は一度失敗すると一年は受けることが出来なくなる。

 基本的にランクが上がれば上がる程報酬は高くなるのだが、しかしナキは首を横に振って拒否の意を示す。


 「どうして?」


 不思議そうに尋ねてくるアデーレにナキはこう告げた。


 「Aランク以上になると戦争への参加要請がしつこくなるって聞いたから」


 「そっか、それなら仕方無いわね」


 「買い物の予定もあるんで今日はもう帰ります、アイラだけに買い物させるわけにはいかないんで」


 「あ、そっか。今日はやけにナキ君の左肩が寂しいなとは思ってたんだけどあの妖精の子がいなかったからか」


 茶化したようなその言葉に苦笑で返事をしつつナキはギルドを後にした。


 ギルドの扉の直ぐ横、出入りする人の邪魔にならないように一抱えもある袋が二つ空中に不規則に揺れながら浮いている。否、二つの袋の上にポツンと蝶のようなものを生やした小さな妖精が華奢な腕で袋を落とさないように懸命に持ち上げている。

 ギルドの扉から微かに鈴の音が聞こえ顔を上げると、扉の中から漸く待ちかねていた人物が姿を表した。

 

 「遅い!」


 その人物を見るやいなや妖精であるアイラは怒りや抗議を帯びた声を発した。

 すると扉から出てきた人物は少し驚き、そして人の邪魔にならないように脇に避けてからごめんと謝った。


 「全くもう! 直ぐに合流するから先に買い物行ってきてくれって言ったのはアンタなのに全部アタシが買っちゃったじゃない! 重いったらないわよ!」


 矢継ぎ早に文句を一通り言ったあと、ん、と言って二つのビニール袋をナキに渡した。左手でそれを受け取るとアイラはナキの左肩に腰を下ろした。掌よりもやや大きいだけの妖精にとっては人の肩や頭などは良いベンチとなる。ナキも何も言わず肩を貸してやる。


 「それで依頼はあったの?」


 宿屋に戻る途中で不意にアイラが聞いてきた。


 「残念ながらワーステイル行きの依頼は無かったよ」


 「それなら早く帰れるのかしら?」


 「一応明日も確認するけど、それでもなかったらそのままこの国を出るかな」


 その言葉を聞くとアイラは小柄な体で目一杯伸びをした。

 

 「ねえナキ、アタシお腹空いちゃった。宿に戻る前に何か食べましょ」


 街の商業通りにチラホラとある時計を見ると針は両方頂辺を示していた。十二時きっかりに昼飯を食う人こそ少ないものの、立派な昼時である。この時間なら飲食店もギリギリ混む事はないだろう。


 「そうだな、アイラは何か食べたいものあるか」


 「うーん、あ! あそこのお店がいいかな。可愛いし雰囲気良さそう」

 

 アイラの指差した先には一軒のカフェが建っていた。ナキにはあの建物の何が可愛いのか判断がつきかねたが、今の時代様々な種族が交流するのだから種族間の美意識や認識の齟齬を指摘するのは無粋と言うものだろう。それ以前にナキは男でアイラは女、同種族、異種族に関わらずこの二つの性別の間に横たわる溝は人智どころか、英知を用いても解明できない事もナキは理解していたので、その店に入る事自体に抵抗は無いのだが、近づいて見るとその考えは見事に消え失せてしまった。


 「やっぱこの店に入るのやめないか?」


 「どうしてよ?」


 心底不思議そうに聞くのだが、そう言われるとナキも少しだけ答えづらさを覚えた。


 「だって、ほら、ここの店って女性しかいないじゃん」


 店内を店に設置してある大きなガラス窓から覗き込むと見事に女性ばかりなのである。それも客のみならず店員すらも目に見える範囲では全て女性だ。店には男性禁止のお布令こそないものの、どうしても気まずさが湧き出て気後れしてしまう。


 「別に男が駄目ってわけじゃないでしょ」


 そう言って常時開けてある店内の扉をくぐり店へと入ってしまった。

 これ以上抵抗の意思を示すのは、女性ばかりの空間にいられるわけが無いと宣言するような気がして、それはナキのくだらないプライドを少しばかり傷つける羽目になる。観念してナキは店内へと足を踏み入れた。

  

 結果的に言うと店の料理は美味かった。のだが、まだまだ成長途中といったナキの体では甘い物だけで腹がふくれるはずも無かった。

 基本妖精は甘い果物とお菓子が大好きだ。反面肉や魚等を嫌う超が付くほどの偏食主義の種族でもある。アイラも例に漏れず甘い果物とお菓子が好きなのである。故に気づくべきだったのだ、妖精が気に入った店がどんな店なのかを。

 ケーキを主に扱っているその店はやはり女性向きの店だった。運ばれてきたのはふわりと甘い匂いを仄かに醸し出す四つのケーキで、目をつぶっていたなら春の麗らかな日差しの元に咲く満開の花畑と勘違いしていたかもしれない。そんなケーキ内三つ、いったい体の何処に収まっていくのか不思議に思う位の量を胃袋に収めていた。

 一方ナキも甘い物は好きなのだが、流石に昼食代わりに幾つも食べれるはずもなく結局は腹を好かせたまま店をあとにした。

 店を出る時にサービスで貰った棒付きの飴細工をアイラは美味しそうに舐めている。


 「味はまあまあね。細工はナキの方がずっと巧いけど」


 中々嬉しい事を言ってくれる。ナキは肩に乗っているアイラの頭を人差し指で撫でてやると少しくすぐったそうにして身をよじった。

 ナキも貰った飴細工が無くなる頃、不意に鼻がいい匂いを捉えた。肩に乗ったアイラの姿を横目で見ると少しだけだが顔をくしゃっと歪めている。どうやら肉が焼ける匂いもしているのかもしれない。

 匂いを頼りに目的の場所まで辿り着くとそこにはやはり肉屋の屋台があった。

 近づく度に肉の匂いは強くなっていくのだが、アイラはそれに文句は言わない。

 妖精は気分屋で我儘な一面を持つが、他種族と交流する際のマナーは確りと弁えていた。

 甘い物を食べた後の飯はいかがなものかとも思うが、仕方がない。もう時刻は午後一時を回っていて背に腹は代えられない。肉屋で串焼きの肉を二つほど購入するとかぶりついた。分厚い肉に少し辛いソースが良く効いていて美味しい。ものの数分で全ての肉を平らげてしまった。少々昼には物足りない部分もあったが、これで夜まではもつだろう。

 串を手近なゴミ箱に捨てるとナキはアイラに聞いた。


 「折角だから何か買ってくか?」


 肉屋があったのは商業通りの中でも更に人で混み合っており、辺りを見回すと様々な物が売られている。露店でナイフや小型の武器を売っている者、衣服を売っている者等それは多岐に渡る。

 アイラは辺りを見回すとある一角を指差した。


 「あ、アレがいいな」


 アイラが指を差した先には幾つかの籠の中にポツポツと数個の果物があるだけの簡素な八百屋らしき店だった。

 言葉は悪いが薄汚い店でとても繁盛するような店には見えないのだが不思議な事に話を聞いてみると、在庫も綺麗に無くなっており今店に出ている品で最後だそうだ。

 二つ林檎を買うと一つは肩に乗っているアイラへと渡す。

 小さい手で確りと林檎を受け取ると、不思議とアイラの周りに風が集い綺麗に林檎を寸断する。切り口鮮やかな林檎は十六等分されアイラの周りをフワフワと漂っている。それをまだ入るのかという勢いで林檎を食べ尽くしていく。

 ナキもシャリシャリと音のする林檎に齧り付く。


 「やっぱ果物はワーステイルの方が美味いか」


 不味いわけでもないが特段美味いわけでもない林檎だが腹は膨れる。だが、やはりと言うべきかアイラは少々不満なようだった。

 味に関しては仕方のない事だろう。ワーステイルの特産品は豊かな土壌で育った野菜や果物などと一次産業が主な収入源になっている。それに比べメンフィス王国は魔法を応用し、様々な機械を開発する魔法科学が発達している反面食物は余り育たず、食料の生産は余り高くは無い。


 「そうね、同感だわ」


 そうしてナキ達はまた街を周り始めた。


 翌朝部屋に置いてあった帯をローブの上から締めるとそこに刀を左に佩く。軽く体を動かし異常が無いか確認するとアイラが肩に乗る。

 昨日の内に買い込んでいた保存食類を詰めた肩がけのカバンをかけ宿をチェックアウトする。

 ギルドにつくとアイラは外で待ってると言ってナキの肩から飛び、扉に横で空中停止をした。どうやらこの前アイラとアデーレが会った際にナキの知らない何かがあったようでやたらとアデーレの事を避けていた。

 早く帰ってきなさいよ、と言うアイラの言葉を背にナキはギルドへと入っていった。


 中はあいも変わらず昨日のように賑わっていた。

 アデーレがいる左端の受付へ行くとそこには先客がいた。ガラの悪い男でナキより背が頭一つ分高い。おまけに鎧で体を固めていてやけに体がごつく見える。どうやら絡まれているようだが、ここでは余り珍しくはない。アデーレも慣れたもので適当にあしらっているのが目に見えている。というのに男はと言うと諦める気配は微塵も無い。これでもし男が手を出そうものなら嬉々として止めに入れるのだが、ギルド内での暴力行為は重大な規約違反となり余程の事が無い限り許されない。

 仕方無いので違う人の所へ行こうとした時男のイラついた声が聞こえてきた。

 

 「てめぇ」


 男は自分の怒りが理不尽以外の何物でもないのに気づかない男は今にも掴みかからんばかりの勢いを体から発している。それに気づいた幾人者人達が何時でも動けるように準備をしているのがありありと伝わってくる。

 男の腕がアデーレの手を掴み力を入れた瞬間、周囲の人が腰を上げ動こうとした中一番早く動いたのはナキだった。いつの間にか男の背後に立っていたナキは男の肩に手をかけた。


 「何だテメェ」


 漸くナキの存在に気づいたようで男が首だけ回してナキを睨む。

 

 「そこまでにしなよ、おっさん」


 ナキ自身正義感が強いわけでもないが知り合いが目の前で危害を加えられそうになったのだ、憤りを感じないわけではない。

 男はおっさんと呼ぶには若すぎた気がしたがあえて挑発を込め、おっさん呼ばわりをした。

 案の定男は気が長い方ではない為かアデーレの腕を離しナキの手を振り払おうとした瞬間、ナキは力を込め男の肩を押さえつけた。


 「なっ」


 男が驚きの声を上げるがナキは力を緩める事無く更に力を入れた。膝が徐々に折られ地面へと膝を屈する。その顔はあたかも強制的に姫に忠誠を誓わされる騎士の様に恥辱に塗れていた。

 男の背が下がる度にナキも腰を落とし目線を合わせる。

 男の膝が地面についたとき不意にナキの力が弱まった。その隙を見逃さずナキの手を振り払うと出口へと駆けていく。その際、ナキの横を通り過ぎる時に鎧に王冠を剣で貫いた模様が刻まれているのが見えた。そして出口に手をかけるとナキの方を睨みつけ覚えてろよ、とドスの効いた声でナキに吐き捨てた。

 完全な負け犬の遠吠えである。

 男の姿が見えなくなると辺りは再び喧騒を取り戻し始め、誰も彼もがナキから視線を外した。アデーレを除いて。

 ナキが近づくとアデーレは昨日と同じ笑いながらナキに話しかけた。


 「助けてくれてありがとね」


 「別に大丈夫ですよ、それより何絡まれてたんですか? ナンパ?」


 「だったら嬉しいんだけどねえ」


 年取るとあんな奴でも口説かれたら嬉しいのか、と思ったが天地がひっくり返ってもその言葉は口に出さないだろう。ナキだって円滑な人間関係を構築するための努力はしているつもりだ。だというのに―――

 

 「あら、年を取ると誰にでも口説かれるのは嬉しいとでも思ってるの? ナキ君」


 まさか微妙な表情の変化でそこまで読み取られるとは思ってなかったので思わず、顔の表情を触って確かめてしまう。それが決定的となったのかアデーレがくすりと笑った。

 

 「あはは、ナキ君は素直だねえ」


 さして不快といった表情も見せずに笑いながらナキを見つめた。


 「それで今日はワーステイルへの依頼だったわね」


 えっと、と呟きながら手元の依頼書の束の護衛の箇所を捲る。通常ギルドの依頼は一日平均五十の依頼が成否に関わらず報告される。そして一日百を超える依頼がギルドに舞い込んでくる。そのため昨日まで無かった依頼が今日には発行されている、ということもままあることなのである。

 ふと、ある依頼で指が止まっているアデーレを見た。その顔には不安と猜疑心とあと一つ、言いようのない漠然とした感情が僅かにだがにじみ出ている気がする。


 「どうしたんですか」


 カウンター越しに依頼書を覗き込むとそこには以下このような内容が記されていた。

 

 依頼対象者―――商人二人に御者一人、いずれも女性

 依頼内容―――三人をワーステイル王国首都テイニアまで無事に護衛する事


 追加要項に細かい契約条項が書かれていたがそこにナキは微かながらだが妙な違和感を覚えたが特筆して珍しい事は書かれていない、至って普通の依頼に見えた。ランクもBで丁度良く報酬も普通だ。割には会っているのだが一体何を渋っているのだろうか。


 「この依頼がどうしたんですか?」


 考えても分からない事は聞くしかないので聞いてみたら少し迷った挙句にごめんねと謝られた。


 「依頼人の事は依頼を受ける前には教えられないの」


 「ならその依頼受けますよ、願ってもない」


 そう言って依頼書にサインする。


 「控えはこっちね、コピーの方はギルドが責任もってワーステイル支部に送るから」


 控えを受け取るとカバンの中へ折りたたんでしまう。

 すると受付をずれ二人は奥の方にある個室へと入る。機密性の有無に関わらず依頼人の事を話す場合はこうして個室に入り個人情報を保護する必要がある。

 その個室は簡素な作りになっていて窓一つない部屋の中、恐らく四畳程しかない部屋の中央に丸机が置いてあり、それに向かい合う形で二つの椅子が置かれている。そして部屋の隅に僅かばかりの気遣いとして観葉植物が置いてあるだけの寂しい部屋である。

 アデーレが奥の椅子に座りナキに座るように促す。その指示に従い着席した。


 「さて、まずこれが今回の依頼人の写真ね」


 そう言って三人の顔写真をナキに見せる。

 左から、一人は強気に見える人、もう一人は大人しそうな人、最後の一人は胸さえなければ男と見間違えそうな程中性的な女性だった。


 「彼女達の名前は左から順にライラ、アスフィール、トーラよ。因みにライラとアスフィールは双子の姉妹だそうよ」


 なるほど確かに良く似ている。違うのは目つき位なものだろう。


 「今回の依頼は依頼書にも書いてある様にこの三人を無事にテイニアに送ること、ナキ君のレベルなら何も問題は無いわ。ただ―――」


 と、ここで一旦は言葉を区切る。


 「これから話すことは信頼という護衛依頼を遂行する上で必要不可欠なものに致命的な亀裂を入れてしまうかもしれないわ、確証は持てないし、一個人のただの憶測、それでもナキ君には聞いてもらいたいの。いいかしら?」


 その言葉にナキは頷いた。

 ここ三ヶ月アデーレから依頼を受けていて分かった事がある。それは洞察力の鋭さと知識の豊富さだ。流石に初対面でワーステイルから来たのを当てられたのには度肝を抜いた。それはもう探偵が転職なのではないかというほどに。


 「遅い!」


 またアイラに怒られてしまった。

 アデーレの話が意外に長く気がつくと軽く一時間は経っていた。依頼の待ち合わせでの集合時間は午後一時半、ワーステイル方面の関所の前で集合と言う事になっている。

 

 「待ち合わせまで三時間ちょいあるけどどうする」


 「微妙ねぇ、どっか行くにしては短いし、近場で時間を潰すには長い」


 まさに帯に短し襷に長しといった状態だ。

 どうしようかと考え込んでいるとふとある事を思い出した。


 「なあ、一寸見てみたい所あるんだけどいいか」


 その言葉に退屈そうにしてたアイラが顔を上げた。


 「何処に行くのよ」


 「しばらく前に気になる武器屋を見つけてな、その時は忙しかったから見に行けなかったんだが、何にもやること無いなら行ってもいいか」


 肩に乗っているアイラも特に反対する理由も無いようで良いわよと頷いた。


 ギルドからさほど離れていないが路地が少々入り組んでいて人通りはさほど多くはない。


 「こういう所って隠れ家っぽくていいよな、隠れた名店って感じでさあ」


 ナキの瞳には僅かに輝いており、その瞳には少年のあどけなさが秘められている。


 「はあ、どうして男っていつまで経ってもこういうのが好きなのかしら」


 ナキの肩に乗っているアイラは抑えきれない興奮を体から漂わせているナキを見てため息をつく。

 店の外見は元から寂れているのもあるだろうが裏路地というのも相まってより一層廃れている様に見える。

 店の看板は酷い汚れと年月の経過を思わせる劣化が合わさり、読めたものではない。

 店の扉を開けると軋んだ音と共にぎこちなく扉が開いた。

 

 「失礼します」


 一応断ってから中に入ると店内は薄暗く辺りがぼやけて見える。


 「ここホントにやってるの?」


 アイラの心配そうな顔が視界の端にチラつく。

 その心配も分からなくはない、一応武器が置いてあるのは確認出来るのだが辺りに人の気配と言うものが感じ取れない。ひょっとしたら今日は休業日なのではないかと思わせる程に辺りは静まり返っていた。

 どんなに廃れていようとも曲りなりにも人を殺めるための道具が並んでいる店内だ、壁伝いに慎重に歩いて行たその折に急に声をかけられたものだから二人共飛び上がってしまった。


 「いらっしゃい」


 「うおわっ!」


 「きゃあ!」


 慌てて後ろを振り向くと顔中に皺を走らせた老人が佇んでいた。

 

 「こんな辺鄙な店によく来たねえ。武器しかない店だけどゆっくりしていっておくれ」


 「は、はあ」


 早る心臓を無理矢理押さえつけ声を絞り出した結果、生乾きのような返事が出てきてしまった。


 「儂はあっちにいるから何か分からない事があったら声をかけておくれ」


 そう言って老人が指差した方向を見ると不思議とそこがぼんやりと明るくなった。そこにはボロボロの机と今にも倒れそうな椅子が置いてあるだけだった。

 音も無く床を移動すると、更に音も無く椅子に座った。こんなに古臭い椅子なのだから軽く触るだけでも軋み、崩れそうだというのに。


 「ねえ、あれって」


 肩に座り直したアイラがこっそりと耳打ちしてくる。


 「ああそうだな」


 ナキもそれに応じ息を潜め返事をした。

  

 「ゴーストの種族だよね」

 

 「珍しいな」


 通常ゴーストは人との接触を避ける。何も人を嫌っているわけではない。何もかもが人とは合わないのだ。それは生活時間であり、趣味趣向が一般の人と余りにもかけ離れているためゴーストは余り人里に住みたがらない。

 

 「なんか呪われた武器とか置いてありそうね」


 ようやく目が慣れて辺りを視認出来る様になると今まで見た事も無い程ねじり曲がった武器や、錆びのようなものが表面に浮き出ているもの、無闇矢鱈と刺やら刃が付いた棍棒等がありどれも悪い意味で目を引く。

 その中でふとナキの目に一つの武器が止まった。

 

 「なによそれ」


 布に覆われた柄を手に取ってみると特に何の変哲も無い様に見える刀に似た武器、今のご時世質の善し悪しを除けば何処の武器屋でも手に入る代物なのだが不思議とナキは何かを感じた。

 

 いつの時か自分自身で扱った様な、そんな懐かしい感覚にナキは襲われた。


 「これそんなに気に入ったの?」


 どうやら少しの間見入っていたようでアイラが怪訝そうに声をかけてきた。


 「多分」


 ふーんと言うとアイラはナキの肩から離れて刀を近くで見つめる。剥き出しの刃にアイラの顔が浮かんでは消える。


 「爺さん、この刀に鞘は無いのか?」


 芒が風に靡く様にユラユラと座っている老人に声をかける。ゴーストだけに一瞬でも目を離すとそのまま消え失せてしまいそうな危ない雰囲気だ。


 「すまんねえ、それは家に入荷した時からずっと鞘無しだったんだ。代わりにさらしでも巻いておくれ」


 刃の腹を指でなぞる。硬くひんやりとした感触がナキの手に伝わる。


 「ちょっと振ってみてもいいか?」


 「ええよ」


 アイラの少し離れてもらい刀を正眼に構え、正面に何もない事を確認してから一度、二度と刀を振るう。驚く程に手に馴染んだ刀は空気を割く心地よい響きが耳に届く。

 

 「どう?」


 素振りを終えたナキの肩にアイラが乗り調子を訪ねてくる。


 「すげぇ、すごく良い。手に吸い付く様に馴染む。体の一部になったように扱いやすい。爺さん、この刀売って欲しいんだけど、いいか」


 刀を持ったまま爺さんの方へ歩く。


 「あいよ、ついでにさらしも買っていくかい? 安くしとくよ」


 店を出ると溢れんばかりの光が目を貫き、手で影を作る。横目に見やるとアイラも眩しそうに目を細めている。幽霊で無くとも暗所に慣れた人の目は光を嫌う、それは妖精であっても例外ではない。

 手近な時計を探すと時刻はもういい時間帯へと突入していた。

 

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