探求者は迷走中
「バカだろお前。いい加減懲りろよ」
寝台でうなっている若い男に辛辣な言葉を投げつける壮年の男。
前者は刈り揃えられ青みがかった短髪で整った顔立ちの青年だが、
その顔色は随分と悪く、脂汗を垂らしながら苦しんでいる。
後者は五十代位か、頭髪は剃ったのか失ったのか不明だが、なし。
顔も体格もかなりごつく、肉体労働以外していないかのような容姿。
どちらも治癒術師、兼薬師である。教え子と師匠。
若い男がアセーボ二十四歳、壮年の男がロブレ五十五歳。
アセーボが拾い食いをして食あたりを起こし、自前で治したものの、
まだ完全には体から毒素が抜け切らず、ロブレに介抱されている。
《聖者の救済》という状態異常回復効果の神聖魔術もあるのだが、
どうやらそれを上回られてしまったらしい。
別にアセーボは貧乏という訳ではない。それなりには稼いでいる。
なぜ拾い食いなどしたかと言えば、新しい薬に使えないだろうかと、
図鑑にはない草やキノコを味見したのである。時には土までも。
ロブレの診療所に世話になるのは、もう幾度目になるだろうか。
投げかける言葉が辛辣になるのも当然と言えよう。
◆
アセーボがこんな事をしている理由もロブレは知っている。
むしろアセーボが薬師となった原点でもある。
アセーボがまだ幼い頃、疫病によって彼の住む町は大打撃を受けた。
人口の半分近くが罹患し、犠牲者には彼の父親も含まれていた。
ようやく疫病が落ち着きを見せた頃、特効薬が見つかったのである。
それは割と身近に生えていた、薬草とも認識されていない草だった。
解決策が目の前にありながら父親を含めた多くの人々が亡くなった、
その現実はアセーボに目標と使命感を植え付ける事となる。
普段見慣れたものでも、何かの難病の治療に使えるかもしれない。
事前に知っておけば、いざという時の強い武器になるだろうと。
そのためにはまず自分自身で体感せねばなるまい!と考えた末、
アセーボはあれこれ拾い食いを続けているのである。
ロブレもアセーボのその気持ちはよく理解している。しかし。
せめてネズミなりヤギなりで試してからにしろよと思う。
その事は何度もアセーボに提案もしたのだが、
「人間でないと効かない場合もあるでしょうから」
と聞く耳を持たないで拾い食いを続けている。
確かにそうだろうが、一段階挟むだけで食あたりは減るだろうに。
半ば呆れつつも、教え子の介抱を続けるのであった。
◆
アセーボの住んでいた町はもう、存在しない。
人口が減り過ぎた為に、領主が別の町へ住民の移住を進めたのだ。
アセーボの母や兄も、アセーボと一緒にその町へ移り住んでいる。
ロブレとはこちらへ来て知り合い、入門した。
当時の町は、集落といった規模にまで人口が減少している。
一応代官はいるものの、他は二十世帯余りで細々と生活している。
当時から近くに畑を持ち、移動出来ない者達が暮らしているが、
アセーボは割と頻繁に出張薬師として訪れていた。
今日も熱を出しただの、骨折しただのと患者が来ており、
かつて自分の住まいだった場所でアセーボは彼らを診ていた。
今住んでいる町からこの集落までは移動で丸一日かかる。
アセーボは神聖魔術もロブレから教わり、戦闘能力は無に等しい。
一応攻撃に使える神聖魔術もあるが、威力は微々たるものだ。
そのため、この集落を経由して別の町に向かう冒険者と共に、
相乗りの形で厚意を受け、ここまで護衛してもらっている。
今回同行した冒険者は、一風変わった報酬を渡すことになった。
神聖魔術のさわりを教えて欲しいと言われた。参考にしたいと。
基礎の基礎もいいところだったが、享受に感謝したその相手は、
知識のお礼と言って魔術を教えてくれたのである。
《解析》。体内魔素の消費は多いものの、使えば成分が分かる。
場合によっては試食の必要がなくなる訳だ。
神聖魔術と勝手が違うものの、アセーボは必死に覚え会得した。
会得したのは、食あたりで苦しまなくて済むからではない。
苦しんでいる間、何も出来なくなるのを防げるからだ。
アセーボは今後、拾い食いと《解析》を併用していくつもりだ。
ロブレはまだまだ教え子の介抱に悩まされる事だろう。
医者でも薬学者でも、実際にこんな人いたらしいですね。
《解析》を教えた人は「世界の怪剣・奇剣」の魔術師さん。
それなりに腕前が知られていて王国のあちこちへ出張している。




