9 観測
―縁日の帰り道。
ファニーが掲げる。
「見てこれ! 大当たり!」
黒い脚、八本。
安っぽい光沢。
マスターが止まる。
笑顔、固定。
「……大丈夫」
一拍。
「これは、おもちゃだ」
「苦手なの?」
「合理的に脚が多い」
「理由が雑」
少しだけ、視線が揺れる。
「昔、少しね」
シロがじっと見る。
ぽす。
胸ポケット。
「……近い」
カチ。
脚が、わずかに動く。
シロの瞳が細くなる。
「観測しておるの」
「ただの玩具だ」
即答。
――その夜、境界堂。
机の上に、黒い脚。
マスターはそれを見下ろす。
「境界堂に害はない」
言い聞かせる。
窓の外。
街灯の下、影がひとつ揺れた。
………
……
…
暗転。
「特別観測記録:突撃!?最高幹部クロード」
――これは、本編とは関係のない、
とある最高幹部の災難である。
朝の境界堂。
窓からの光。
机の上に黒い蜘蛛のおもちゃ。
触れていないのに、少し斜め。
マスターはそれを視界の端に入れたまま書類を揃える。
ファニーはソファの背に座って足をぶらつかせている。
シエルは窓辺、腕組み。
「怪異ゼロだ」
「逆に怪しい」
「嫌な静けさじゃの」
一拍。
ドアが、ノックなしで開く。
逆光のシルエット。
黒スーツ。
「観測任務だ」
場の温度が下がる。
ファニー、指差し。
「ラスボス休日出勤!」
……
…
舞台中央、街角。
ファニーとシエル、紙袋を抱えて歩く。
ドン。
袋、破裂。
リンゴ三つ、放物線。
長ネギ、水平回転。
クロード、一歩前。
無音。
片手でリンゴ三つ。
反対の手でネギを空中で止める。
静止。
通行人が背景で二度見。
ファニー、叫ぶ。
「なんでそんなキメ顔でネギ持てるの!?」
クロード、ネギを縦に持ち直す。
「訓練だ」
「何の」
「……総合的な」
ネギの先が少し震えている。
……
…
境界堂に戻る。
クロード、ソファの端に座る。
背筋が壁と平行。
ファニーはわざと正面に立つ。
「なあ」
「何だ」
「友達いないだろ」
シエル、咳払い。
一瞬の間。
「……部下はいる」
空気、凍結。
マスター、ペンを持つ手に力が入る。
パキン。
全員、音に反応。
「妬いてんの?」
ファニー、にやり。
マスター、完璧な笑顔。
「妬く? 何に?」
だが折れたペン先からインクが滲む。
シロ、卓上に跳ぶ。
徳利、コトリ。
「飲め」
マスター、受け取る。
一気。
「……ウグッ」
三秒。
顔が赤くなる。
「あははははは!」
机を叩く。
「クロードが特売コーナーでネギ持ってた!」
クロード、目線を逸らす。
耳がほんのり赤い。
「やめろ」
ファニー、床で腹を抱える。
シエルは壁を向いて震えている。
シロ、満足そう。
「次」
徳利がクロードの前に滑る。
「断る」
五秒後。
なぜか持っている。
一気。
静かな間。
「……リンゴ係とは何だ」
真顔。
全員、崩壊。
クロードだけが理解できていない。
……
…
バラバラバラバラ。
天井の蛍光灯が揺れる。
窓ガラスが震える。
ファニー、天井を指差す。
「え、まさか」
シエル、無言で窓へ。
黒い影が屋上に降りる。
縄梯子、するり。
クロード、何事もなかったように立つ。
「では、失礼する」
「派手すぎるだろ!!」
マスター、額を押さえながら笑う。
「観測、過剰だねぇ」
クロード、梯子に足をかける。
サーチライトが室内を横切る。
逆光。
「……線は越えるな」
軽い声。
だが風圧で書類が舞う。
机の上。
黒い脚が、くるりと向きを変える。
ヘリ、上昇。
静寂。
ファニー。
「うち、国家機関だったっけ?」
シエル。
「今さらだ」
マスター、窓の外を見る。
「騒がしい観測員だ」
シロ、尻尾を揺らす。
「増えたの」
―完。
………
……
…
マスター「みかんが好きだねぇ」
ファニー「急に平和!」
シエル「柑橘は安全圏だ」
マスター「脚がない」
ファニー「まだ言ってる!」
シロ「次はタコ焼きかの」
全員「脚が増えるな!!」




