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観測者は感情を知らない  作者: 白鐘
第一章 境界
8/27

8 嫉妬


休日。


三人と一匹で出かけた先は、商店街の小さな縁日。


ファニーは射的で無双。


シエルは金魚すくいで理詰め攻略。


そして店主のおばちゃんたちに囲まれる二人。


「かわいいわねぇ」


「お兄さん、彼氏さん?」


マスターは少し離れた場所でラムネを持っている。


完璧な笑顔角度、口角3度、目尻2度。


だが。


ファニーが他の若者とハイタッチ。

シエルが真面目に説明されて頷く。


その度に。


ラムネ瓶のビー玉が、かちん、と鳴る。


シロが横目で見る。


「……ほう」



……


境界堂。


扉が閉まる。

静かな室内。


ファニーは戦利品を机に広げる。


「楽しかったな!」


シエルも珍しく穏やか。


「悪くなかった」


マスターは黙っている。


立ったまま。

言葉を探すように。

固まっている。


空気が、少しだけ硬い。


シロがため息。


「まったく、ふがいないの」


金色の瞳がきらり。


「ファニー、食器棚の左から2番目に入っている日本酒を持って来るのじゃ。こやつに飲ませよ。」


「え、飲ませるの?」


「何が起こるのですか…?」


とぽとぽ。

杯が満ちる。


「僕は別に――」


言い終わる前に、持ち上げる。


一気。


喉が鳴る。

一瞬だけ、眉が寄る。


「……強いね」



一拍。

二拍。


そして。


「……あっはははは!」


爆発。

声量、倍。


机を叩いて笑う。


室内の空気が、固まる。


ファニーがゆっくり振り向く。


シエルの瞬きが止まる。


シロだけが、満足げに目を細めた。


「笑い上戸じゃ。溜め込んだ本音が漏れるぞ」



嫉妬、解放。



マスター、頬が少し赤い。

目が柔らかい。


「いやぁ、面白いねぇ」


「な、なにが?」


ファニーが恐る恐る。


マスターが指をさす。


「君たちが楽しそうに他人と話しているのが!」


笑顔。

でも目が正直。


「合理的ではないのに、胸がざわついた!」


シエルが固まる。


「それは……」


マスター、続ける。


「僕が守るべき対象が、他の誰かに笑いかけるとだね、

妙に落ち着かない!」


机をばしん。


「非効率! 非論理的!」


ファニー、顔真っ赤。


「それって……」


マスター、ぱっとこちらを見る。


「独占欲というやつかな!」


言い切った。

笑顔全開。


シロがうむ、と頷く。


「ようやく人間らしいの」


シエルが静かに問う。


「……嫌だったのか」


マスター、一瞬だけ真面目な顔。

そしてまた笑う。


「嫌というより」


少し声が落ちる。


「置いていかれる気がした」


空気が止まる。


酔いのせいか、本音が軽い。


「僕は人と深く繋がるのが下手だからね。

君たちが他で完成すると、僕の役目が消える気がした」


ファニーが、ゆっくり近づく。


「バカ」


ぽす、と額を小突く。


「役目とかじゃない」


シエルも隣に立つ。


「俺たちは選んでここにいる」


マスター、瞬き。

笑いが、少しだけ震える。


「……対等、だったね」


シロが尻尾を揺らす。


「ほれ、まだあるぞ」


もう一杯。


「定義、酔いは深まる」


自分で言って飲む。


「あっはははは!」


完全解放。


ファニーが肩を支える。


「マスター重い!」


シエルも反対側を支える。


「自覚はあるか?」


マスター、二人の肩に頭を預けたまま。


「うん。ある」


珍しく素直。


「僕は君たちが好きだよ」


直球。

爆発。


ファニー、真っ赤。

シエル、停止。

シロ、満足。


「よし、今日も街は安泰じゃ」


境界堂。

嫉妬も、酔いも、笑いも。

全部ひっくるめて三人分。




夜更け・事務所ソファ


笑い上戸は継続中。 


マスターはソファに座らされている。

両隣にファニーとシエル。


物理的拘束。

シロは机の上で審判顔。


「ほれ、とくと語るが良いぞ」


マスター、ふにゃっと笑う。


「語る? いいとも!」


危険信号。


ファニーが小声で。


「やばいスイッチ入った」



マスター、シエルを見つめる。


「君さぁ」


指先で頬をつつく。


「今日、金魚すくい上手かったね」


シエル硬直。


「合理的だった」


「うん。でもさ」


少し真面目な目。


「誇らしかった」


静かに落ちる一言。

シエルの呼吸が、止まる。


「君が他人に褒められているのを見て」


ふっと笑う。


「胸が、むず痒かった」


シエル、撃沈。



くるり。

今度はファニー。


「君はさ」


髪を一房、指に絡める。


「笑うと場が明るくなる」


一拍。


「だから今日は」


ほんの少し、眉が下がる。


「皆が君に集まるのが当然だと、わかっているのに」


小さく。


「僕だけの特等席じゃないのが、少し嫌だった」


直球すぎる。

ファニー、蒸発寸前。



二人の手を、ふわりと掴む。

酔っているからこその無防備。


「でもね」


笑う。

角度なし。


「取られる心配をするほど、僕は信頼されていないわけじゃない」


目が柔らぐ。


「君たちは戻ってくる」


一瞬、声が低くなる。


「僕の隣に」


沈黙。

空気が熱い。


シロ、満足げ。


「ようやく自覚したか」


マスター、さらに追撃。


「定義、独占欲は共有可能」


意味不明能力発動。


ぎゅっと両手を握る。


「だから」


照れもなく。


「嫉妬しても、離れないでね」


完全ノックアウト。

ファニー、顔真っ赤。


「は!? 離れるわけないでしょ!」


シエルも低く。


「俺たちは選ぶ側です」


マスター、にこにこ。


「うん。知ってる」


そして。

ぱたり。

二人の肩にもたれて、寝落ち。


静寂。


ファニー、震え声。


「ねえ……これ素面で言わせる方法ない?」


シエル、冷静を装いながら。


「録音した」


有能。


シロが尻尾を揺らす。


「明日の朝が楽しみじゃの」



境界堂。


嫉妬は爆発し、

信頼は定着し、

告白は酔いに紛れた。


……


翌朝。

マスター、ソファで目覚める。


「……頭が割れる」


シロが机の上から冷酷に告げる。


「昨晩の記憶は?」


「日本酒以降が曖昧だ」


ファニーとシエル、無言。

視線が重い。


マスター、違和感を察知。


「なぜ二人とも距離が近い?」


ファニー、にやり。


「別に?」


シエル、淡々。


「戻ってくる、らしい」


マスター停止。


「……何の話だ」


ファニー、スマホを掲げる。

再生ボタン。

公開処刑タイム


『僕は君たちが好きだよ』

『特等席じゃないのが少し嫌だった』

『嫉妬しても、離れないでね』


クリア音質。

立体音響。


マスターの顔色が、ゆっくりと白から赤へ。


「……削除を要請する」


「却下!」


「証拠は保存済み」


マスター両手で顔を覆う。


「定義、昨夜は無効」


シロが即座に否定。


「却下じゃ」


逃げ場なし。




マスターがまだ赤いまま言う。


「……君たちはどうなんだい」


視線が鋭い。


「僕が他の誰かと笑っていたら」


空気がぴくり。

ファニーが即答できない。

シエルも視線を逸らす。


マスター、静かに追撃。


「嫌だろう?」


沈黙。


ファニー、ぼそっと。


「……嫌だ」


シエル、低く。


「当然だ」


マスター、わずかに微笑む。

今度は計算なし。


「それを嫉妬という」


二人、同時に赤面。


しかし。

立ち上がった瞬間。

ふらり。


「うっ」


ファニー即キャッチ。


「うわ、重っ!くさっ!」

シエルも支える。


「自業自得だ」


マスター、肩を借りたまま。


「……役目が消える気がした、か」


自分の発言を反芻。

静かに言う。


「だが違ったな」


二人を見る。


「役目ではなく、選択だった」


そのまま小さく笑う。


「選ばれているのは、悪くない」  


ファニー、ぽすっと額をぶつける。


「やっぱ素面のが強いわ」


シエルも頷く。


「酔っていない方が破壊力がある」


シロ、満足げ。


「これで均衡完成じゃ」


マスターは二人に支えられながら呟く。


「……定義、今日の昼食はうどん」


「優し!」


「甘い」


でも誰も離れない。





――エピローグ――



境界堂。


夕暮れ。 

事務所の窓から差し込む橙色の光。


机の上には依頼書の束。


ソファには丸まる白い影。


街は今日も平和だ。


シロが尾をゆらす。


「ふむ。均衡は良好じゃ」


ファニーは椅子の背もたれに逆向きに座り、ぶらぶら足を揺らす。


「なんかさ。最初は守られてるだけだと思ってたけど」


シエルは紅茶を置きながら続ける。


「今は違う」


階段の音。

マスターが降りてくる。


いつもの整った笑顔。

口角3度、目尻2度。

完璧。


でも。

ファニーがにやり。


「その顔、作ってるだろ」


マスター、瞬き。

シエル、静かに。


「自然に笑っていた時の方が良い」


一瞬、沈黙。

そして。


ふっと。


角度のない笑み。

ほんの少し不器用な、でも確かな笑顔。


「定義、今日はそれでいこう」


シロが満足げに目を細める。


「ようやく人の顔じゃ」


外では子どもたちの笑い声。

商店街の灯り。


下水道の怪異は消え、

浅い繋がりは戻り、

深い繋がりはここにある。


マスターは窓の外を見る。


「守る」


小さく呟く。

そして二人を見る。


「だが、一人ではない」


ファニーが肩を叩く。


「当たり前だろ」


シエルが隣に立つ。


「対等だ」


シロが机に飛び乗る。


「三位一体」


静かな空気。

だが温度はある。

境界堂。


民間の怪異、小さな困りごとを解決する。


だが本当は。


欠けたものを、少しずつ埋める場所。


守る者が守られ、

笑えなかった者が笑い、

嫉妬が信頼に変わる場所。


マスターが依頼書を一枚手に取る。


「さて」


柔らかな声。


「次の怪異は何だろうね」


ファニーが拳を鳴らす。

シエルが頷く。

シロが尾を揺らす。


街の夜が深まる。


物語はまだ始まったばかり。




マスター「お酒は苦手だねぇ」


ファニー「嫉妬しても離れないでね、って誰?」


シエル「特等席がどうとか」 


マスター「それは僕ではない」


ファニー「録音再生する?」


マスター「……やめたまえ。少し重い」


シエル「成長か」


マスター「二日酔いだ」


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