5 確認
「怪異は、嘘をつかない」
「人と違ってね」
………
……
…
コンクリートの匂い。
白線で区切られた簡易フィールド。
マスターは壁にもたれて腕を組んでいる。
「今日は確認だ。戦闘じゃない」
ファニーがすぐ反応する。
「えー、派手なのやろうよ!」
シエルはタブレットを操作しながら淡々。
「基礎が崩れている人間が派手を望むな」
「誰が崩れてるって?」
軽く火花。
マスターは小さく息を吐く。
「まず能力の共有。連携前提だ」
ファニーはフィールド中央に立つ。
手を振る。
空気が歪む。
瞬間。
床に赤い紋様が走る。
「私のは“感情増幅系”。
トリガーは私の感情」
彼女が笑うと、
紋様が明るくなる。
怒ると、
衝撃波が生まれる。
仕組みは単純。
感情をエネルギーに変換する。
強み。
瞬発力と爆発力。
弱み。
メンタルに依存する。
「要は私がノれば強い!」
「不安定とも言う」
「うるさい!」
衝撃波がシエルをかすめる。
マスターが指を鳴らす。
「定義、衝撃は減衰」
波が静まる。
シエルは静かに前へ。
足元に幾何学模様が展開する。
青白い光。
「俺のは“構築系”。
演算式で現象を再現する」
空中に半透明の壁が出現。
次に小型の光弾。
精密。
無駄がない。
理論を組み上げ、再現する能力。
強み。
安定性と精度。
弱み。
計算時間と集中。
「感情に左右されないのが利点だ」
「面白みない!」
「戦場に娯楽を求めるな」
二人の視線が向く。
マスターは少し面倒そうに手を上げる。
「僕は“定義”」
壁に触れる。
「定義、ここは砂」
一部が崩れ、さらさらと落ちる。
すぐ戻す。
「限定的書き換え。範囲と精度が課題」
ファニーが目を輝かせる。
「チートじゃん!」
「代償がある」
それ以上は言わない。
シエルは観察する目。
「理論破壊型……興味深い」
課題。
シエルの壁で防御。
ファニーが前衛突破。
マスターが状況修正。
スタート。
ファニーが突撃。
感情が高まりすぎる。
出力過多。
シエルの壁にヒビ。
「ちょ、ちょっと!」
マスターが即座に。
「定義、衝突は分散」
衝撃が四方へ逃げる。
三人、無傷。
静寂。
ファニーがにやり。
「いけるじゃん、私たち」
シエルも小さく頷く。
「理論上は」
マスターは二人を見る。
ほんのわずかに口元が緩む。
「……まあ、悪くない」
まだ重くない。
まだ混ざらない。
でも。
三人で動いたとき、
確かに“隙間が埋まる”感覚がある。
ファニーはそれを楽しいと感じる。
シエルは合理的と判断する。
マスターは。
少しだけ。
安心する。
地下から上がると、事務所はいつも通り。
古いソファ。
謎に観葉植物が元気。
ファニーは冷蔵庫を開ける。
「ご褒美アイスないの?」
「訓練は義務だ」
シエルが即答。
マスターはコーヒーを淹れる。
湯気が立つ。
その湯気を見て、少しぼんやりする。
今日の連携は悪くなかった。
三人で動いたときの“収まりの良さ”。
それが胸の奥に残っている。
ファニーがソファに倒れ込む。
「ねえマスター。私、今日ちゃんと役に立った?」
軽い声色。
でもほんの少しだけ、本気。
マスターはカップを置く。
「立ってたよ。前衛は君が最適だ」
ファニーは満足げに笑う。
シエルはそれを横目で見て、小さく言う。
「感情出力の波形は安定させろ。今後の課題だ」
「はいはい参謀殿」
空気は穏やか。
まだ、何も壊れていない。
………
……
…
怪異の討伐依頼。
対象は“残響型”。
廃ビルに現れる音の怪異。
正式分類は
反響寄生種
攻撃性は低いが、精神を揺らす。
現地。
廊下に足音が増える。
三人なのに、十人分。
ファニーが顔をしかめる。
「これ、地味にイヤ」
シエルが即座に壁を展開。
「音波干渉を遮断する」
だが怪異は壁をすり抜ける。
物理ではない。
マスターが前へ。
「定義、足音は三つ」
空間が静まる。
足音が整理される。
怪異が姿を現す。
歪んだ影。
ファニーが踏み込む。
「うるさいの嫌い!」
感情増幅。
衝撃が怪異を圧縮。
シエルが即座に演算。
「構築、収束式」
光の檻。
マスターが最後に触れる。
「定義、ここは静寂」
影は消える。
戦闘終了。
小規模。
だが初の実戦連携。
ファニーは息を弾ませ笑う。
「勝った!」
シエルは冷静。
「想定内だ」
マスターは少し遅れて頷く。
確信する。
三人なら、いける。
まだ、そう思えている。
事務所ホワイトボード前。
シエル主導。
「まず前提。三能力は補完関係にある」
図解。
ファニー
→ 瞬間最大火力
シエル
→ 安定制御・構築
マスター
→ 書き換え・調整
「問題は暴発リスク」
ファニーが腕を組む。
「私そんな暴れ馬?」
「事実だ」
「うるさい!」
マスターがまとめる。
「君は推進力。
シエルは制御。
僕は調整弁」
少し沈黙。
シエルが言う。
「理想は三位一体」
ファニーがにやり。
「合体技ある?」
マスターは壁を見る。
少し考える。
「将来的には」
この時はまだ。
未来の影は薄い。
ただの可能性。
希望のほうが大きい。
……
…
駅前の小さな定食屋。
蛍光灯が白すぎる。
揚げ物の匂いが平和。
ファニーが大盛りを前にして宣言する。
「初任務成功祝い!私の奢り!」
「未成年に経済的主導権を与えるな」
シエルが即座に釘を刺す。
「細かいなあ!」
マスターは湯のみを回している。
静かに。
二人のやり取りを眺めている。
ファニーがふと聞く。
「ねえ。さっきの最後の定義、あれさ」
「ん?」
「ちょっとだけ、マスターの声遠くなかった?」
手が止まる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
マスターは目を伏せる。
「気のせいだよ」
笑う。
自然に。
だが。
湯のみを持つ指先が、ほんの少し透けている。
誰も気づかない。
窓の外の街灯が、彼の影を落とさないことにも。
その夜。
事務所。
ファニーはソファで寝落ち。
シエルは資料整理。
マスターは一人、地下訓練所へ降りる。
静寂。
白線の中央に立つ。
ふと、呟く。
「定義……」
続きが出ない。
代わりに思考が滑る。
もし。
「定義、僕は無い」と言えば。
―――どれだけ楽だろう。
その瞬間。
空間が歪む。
足元の白線が彼を避ける。
呼吸音が消える。
世界が彼を“対象外”にしようとする。
階段の上で。
シエルが立ち止まる。
「……?」
違和感。
地下に降りる。
マスターは立っている。
普通に。
「何をしている」
「確認」
短い返答。
だがシエルは見る。
一瞬だけ。
彼の輪郭が、背景と同化したのを。
何も言わない。
ただ覚える。
危うい。
そう判断する。
マスター「アイスはバニラ味一択だねぇ」
ファニー「は? チョコミントでしょ。歯磨き粉とか言ったら殴るよ?」
シエル「甘味論争は統計的に不毛だ。だがバニラは基礎式として優秀だ」
マスター「基礎式って言い方やめようか」




