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観測者は感情を知らない  作者: 白鐘
第一章 境界
4/26

4 白


「ヒマ〜」


「平和の証左だ」


──そう、思っていた。


マスター、書類を閉じる。

沈黙。

窓辺。

――白が、いるはずの場所。


空っぽ。


だが

そこだけ

世界が静かだった。




………

……


午後の事務所。

まだ名前も決まっていない看板が、壁に立てかけられている。


マスターがチョークを持つ。


「ふむ、名前を定めようか」


さらりと書く。


境界堂。


ファニーが腕を組む。


「なんか強そう」


シエルは頷く。


「概念的に正しい。俺たちの立ち位置そのものだ」


マスターは振り返る。


「大仰なことはしない。小さな怪異で十分だ」


そして一拍。


「最初の依頼は僕から」


ファニーが目を丸くする。

「え?」


「白いのが、帰らない」


間。


「……白って、あの白?」


「結界核」


「猫って言え」


窓辺。


風が入る。

カーテンがわずかに揺れる。


ファニーが何か言いかける。


そのとき。


ちり、

と鳴りかけて、止まる。


シエルが一瞬だけ視線を窓へ向ける。


マスターだけが、ほんの少しだけ目を細める。

そして言う。


「大事な子なんだ」


マスターは立ち上がる。


「探そう」


それだけ。




だが外に出た瞬間。


路地が静かすぎる。

風もない。

音が吸われる。


ファニーが足を止める。


「……なんか、嫌な感じ」


シエルが目を細める。


「干渉はない。ただ……」


言いかけて、やめる。


路地の空気が、わずかに重い。


屋根の上。

白猫が座している。

金の瞳。


逃げぬ。

鳴かぬ。


ただ見ている。

視線が重なる。


その瞬間。


胸の奥が、ひやりとする。


なにかを暴かれた感覚。


次の瞬間、空気が戻る。


風が吹く。

音が帰る。


ファニーが息を吐く。


「……今の、なんだったの」


屋根の上から、声。

落ち着いた、低い響き。


「確認じゃ」


二人、硬直。


シロがゆるやかに尻尾を振る。


「境界に立つと名乗るなら、揺らぎに耐えねばならぬ」


ファニーが指をさす。


「しゃ、しゃべってる!?」


「前から喋っておる」


あくび。


「お主らが聞こうとせなんだだけの話じゃ」


シエルが冷静に問う。


「何を測った」


「重さじゃ」


金の瞳が、静かに三人をなぞる。


「存在の、重さ」


マスターに視線が止まる。


「お主は軽い」


言い切る。


「軽いが、逃げはせなんだ」


間。


「それでよい」


シロの金の瞳が

もう一度だけ

マスターを測る。


「……ふむ」


尻尾がゆるりと揺れる。


「ここ三年で

力が弱くなっておると思えば」


小さく鼻を鳴らす。


「異能を乱発して

さらに己を削るとはの」


「愚かじゃ」


ファニーが眉をひそめる。


「削る?」


シエルの視線が

マスターに向く。


そのとき。


ほんの一瞬だけ。


マスターの輪郭が

揺らいだ。


陽炎のように。


すぐに戻る。


シロは静かに続ける。


「早う気づくのじゃ」


路地の奥を

顎で示す。


「ぬしの大切なものは

そこにある」


「己を固定するには

重しが要る」


金の瞳が

わずかに細まる。


「削るだけでは

守れぬぞ」


ファニーがむっとする。


「合格ってこと?」


「まだ芽じゃ」


ふわりと屋根から降りる。

着地は音もなく。


「境界とは、揺れる場所じゃ。揺れぬ者は折れる」


シエルが小さく頷く。


「合理的だ」


「情も持て。石になるでない」 


ファニーを見る。


「お主は熱い。焦がしすぎるでない」


そしてマスターへ。


「人になりたいのなら、恐れよ」


静かな声。


「恐れを知ってなお、立て」


沈黙。


シロは路地の奥へ歩き出す。

振り返らない。


数歩進んで、足を止める。


「重さは増える」


風が、また一瞬だけ止む。


「名を持ち、縁を持ち、選び続ければな」


マスターは何も言わない。


シロの声は、淡い。


「重くなりすぎた存在は、世界が支えきれぬ」


金の瞳が、わずかに細まる。 


「潰れるか。消えるか。削れるか」


沈黙。


「それでも立つなら――境界におれ」


白い背が、闇に溶ける。


音が戻る。


ファニーが小さく呟く。


「……なんか、縁起でもない」


シエルは静かに言う。


「警告だ」


マスターは看板に目を向ける。

境界堂。

チョークの粉が、まだ指に残っている。


軽い、と言われた。


それでも。


指で文字をなぞる。

消えないように。


「重くなるのは、これからだ」


独り言のように。


けれど、逃げない声音。


事務所の灯りが、揺れずに灯っている。



境界堂。


はじめての依頼は、


試験という名の挨拶だった。




マスター

「ちゅ~るは総合栄養食だよ」

ファニー

「猫限定な!」

シエル

「人は食べるな」

マスター

「……境界だね」

ファニー

「なんでも境界にするな!」

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