7 監視
境界堂。
ノックはない。
電子ロックが短く鳴る。
カチ。
ドアが静かに開く。
黒いコート。
やけに規則的な靴音。
床がきっちり鳴る。
無機質な視線がまっすぐ部屋を測る。
「定期監査を行います」
ファニー、小声。
「絶対うそ。定期の顔じゃない」
「抜き打ちの顔だな」
クロードは立ったまま。
「予定にはない」
「予定にある監査は、監査とは呼びません」
にこりともしない。
視線がマスターに止まる。
一秒。
三秒。
マスター、手を振る。
「どうも、三十五歳です」
「未登録能力体」
「語弊あり」
「未来否定、確認済みです」
空気が、ひとつ冷える。
クロード
「報告は上げた」
「はい。だから来ました」
端末が卓上に置かれる。
ホログラムが展開。
数式。
観測ログ。
揺らぐ未来線。
「制御未完」
「再現性不明」
「観測不能領域、拡張傾向」
マスター、覗き込む。
「なんか僕、すごそうだな」
「黙ってろ」
「少年型能力体。登録審議対象です」
静止。
「……は?今なんて?」
「僕、少年?」
「マスターは三十五歳です」
「成熟度の問題です」
「え、精神年齢?」
「能力成熟度」
淡々。
「管理下に置きます」
クロードの指先が、机を軽く叩く。
「本人の意思は」
「未成熟です」
空気が張る。
マスター、ゆっくり立つ。
「僕、未成熟?」
「はい」
間。
マスター、ちょっと考える顔。
「伸び代ってこと?」
「そこ前向きにとる!?」
クロードの声が低く落ちる。
「管理は不要だ」
「機関が判断します」
視線がぶつかる。
火花は見えない。
でも鳴っている。
「出頭命令。即時」
端末が鳴る。
クロードの個人回線。
静寂。
「僕も行く」
「対象は貴方ではありません」
「待機だ」
「でも」
「これは、俺の拳の問題だ」
一瞬だけ、監察官の視線が揺れる。
「クロード監察官。感情優位」
メモを取る。
「記録します」
「今の絶対悪口」
「事実の記録です」
クロード、コートを掴む。
監察官が先に出る。
ドアの前で一度だけ振り返る。
「監視は味方です」
「敵じゃない保証は?」
「保証はしません」
ドアが閉まる。
静寂。
マスター、ぽつり。
「少年、かぁ」
空白体、内側で。
『……二度目だな』
「なにが?」
『いや。観測中』
クロードが振り向く。
「動くな」
マスターの拳が少し震える。
でも。
「……了解」
ドアが閉じる。
■ 機関本部
無機質な会議室。
照明が白すぎる。
クロード、直立。
対面。
保守派幹部・藤堂。
監察官。
記録係。
藤堂が資料を押さえる。
「未来否定は危険だ」
クロード。
「使い方次第だ」
監察官が端末を操作する。
「揺れが広がっています」
ホログラムに未来線が走る。
「再発した場合、都市単位での影響も否定できません」
クロード。
「仮定だ」
藤堂。
「可能性だ」
資料が机に滑る。
クロードの視線が一瞬だけ落ちる。
端に小さく印字。
観察記録:学園教員 新渡戸
視線が戻る。
藤堂が資料をめくる。
一瞬だけ、眉が寄る。
「……訂正は、まだ早いか」
そして資料を閉じる。
「少年型能力体。登録審議にかける」
その言葉だけ、
部屋の空気がわずかに固まる。
クロードの眉がわずかに動く。
「三十五歳だ」
監察官。
「能力成熟度が低い」
「制御未完」
「管理外」
言葉が積み上がる。
クロードの目が細くなる。
「本人の意思は」
藤堂が静かに言う。
「未成熟能力体に完全選択権は与えられない」
沈黙。
クロード。
「監督責任は俺だ」
藤堂が息を吐く。
「……昔からそうだ」
監察官が端末を操作する。
「監視強化」
「行動報告義務」
「再発時は即時拘束」
静か。
冷たい。
クロード。
「……継続でいい」
藤堂。
「反論は」
「ある」
間。
「だが今は飲む」
短い沈黙。
藤堂。
「監視は味方だ」
クロード。
「敵にもなる」
沈黙。
藤堂の指が、資料の端を整える。
そして静かに言う。
「……直人は、昔からそういう男だった」
クロードの目がわずかに細くなる。
会議室の空気は、
まだ固いままだった。
■ 事務所
静か。
時計の音だけ。
マスターは窓際。
守ると言った。
なのに。
動けない。
「落ち着きなよ」
「落ち着いてるよ」
足がそわそわしている。
「心拍上昇」
「体が勝手に」
椅子に座る。
立つ。
また座る。
「嫌いなんだよ、待つの」
空白体、内側で。
『焦るな』
「焦ってない」
『嘘だ』
間。
『選べない時間だ』
マスター、天井を見る。
「選べないの、嫌い」
『だから削る』
その言葉で、空気が少し歪む。
窓の外のドローンが、
一瞬だけ二重に見えた。
登録される未来。
仲間が離れる未来。
マスターの指先が微かに光る。
「異能反応、微弱」
「ちょ、なに削ろうとしてるの」
マスター、はっとする。
手を止める。
「……あぶな」
空白体、低く。
『無意識発動は精度が落ちる』
『未来は刃物じゃない』
マスター、苦笑。
「だから少年扱いなんだよなぁ」
「自覚あるの!?」
「あるよ」
少しだけ真顔。
「守るって言ったのに、今は何もできない」
静かに吐く。
「これ、きついな」
「待機も戦術です」
「知ってる」
窓の外を見る。
監視ドローンが遠く光る。
「監視は味方か」
『観測は中立だ』
『だが選択はお前だ』
マスター、目を閉じる。
未来のざわめきが止まる。
削らない。
選ばない。
ただ、待つ。
これも選択。
― 冷戦の帰還 ―
ドアが開く。
クロードが戻る。
コートの裾が少しだけ乱れている。
「おかえり!」
「外傷なし」
マスターは立ったまま。
何も言わない。
「処分はない」
一拍。
「条件付き継続だ」
「条件って?」
「監視強化。行動制限」
「登録審議は保留」
空気が固まる。
「……僕の、か」
「ああ」
沈黙。
マスターの指が、わずかに震える。
「拘束は?」
「今回はない」
“今回は”。
その二文字が刺さる。
「僕が行けばよかった」
「余計にこじれる」
「僕の問題だろ」
「違う」
即答。
「監督責任は俺だ」
マスター、顔を上げる。
「だから待機させた」
「動けなかった!」
声が少し荒れる。
「何もできなかった」
クロードの目が揺れる。
ほんのわずか。
「待つのも選択だ」
「それ、嫌いなんだよ」
空白体、内側で。
『言うな』
でも言う。
「未来なら削れた」
静止。
「ちょっと」
「危険発言です」
クロード、低く。
「削るな」
「でも」
「削るな」
強い。
初めて強い。
マスター、息を呑む。
「選べない時間を削るな」
「それも含めて、お前だ」
沈黙。
マスターの拳がほどける。
「……怖かったんだよ」
小さい声。
「登録とか、管理とか」
「離される未来が、見えた」
「見えた未来は確定じゃない」
「削らなくても、折れる」
視線が交わる。
「俺は飲んだ」
「条件付きだ」
「だが立場はまだこっちだ」
「……冷戦か」
クロード、頷く。
「そうだ」
「なんか大人の戦い」
「表は平和だ」
「中は?」
「戦争だ」
マスター、ふっと笑う。
「少年扱いなのにな」
「未成熟らしいな」
「伸び代だ」
クロード、ほんの少し口元が緩む。
「なら伸びろ」
窓の外。
監視ドローンが通過する。
マスターがカーテンを閉める。
「監視は味方か」
「利用できるなら味方だ」
「じゃあ利用するか」
空白体、静かに。
『観測継続』
事務所の灯りが残る。
監視ドローンが、
もう一度だけ窓を横切った。
でも。
四人はまだ、同じ部屋にいる。
マスター「どうも、伸びしろです」
ファニー「まだ言ってる!?」
シエル「成熟判定、保留中」
クロード「未成熟」
マスター「ひどくない?」
ファニー「三十五歳で少年扱いは逆に才能だよ」
マスター「ほら、やっぱ伸びるってことじゃん」
クロード「違う」
シエル「違います」
ファニー「でもちょっと可愛いの悔しい」
マスター「だろ?」
クロード「だから喜ぶな」
空白体、最後にぽつり。
『……確かに、まだ伸びる』




