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観測者は感情を知らない  作者: 白鐘
第三章 選択
25/27

5 検証


第5話「検証」


■ 境界堂・朝

障子越しの光。

味噌汁の湯気が、まだやわらかく揺れている。


四人分の朝食。

白ごはん。

焼き魚。

卵焼き。

漬物。


マスター、味噌汁を一口。

ずず。


「……うん」


もう一口。


「やっぱり味、ないねぇ」


箸が止まる。


「え」


シエル、即座に分析視線。


「塩分濃度、通常。出汁も正常です」


クロード、腕を組む。


「感覚遮断か」


マスター、焼き魚を食べる。

もぐ。


「食感はある。あ、温かいのはわかる」


「でも、味は空白」


静かな一拍。


「ならば、感情同期で検証する」


「朝から実験!?」


「喜怒哀楽で反応を見る」


「感情ビュッフェ?」


「ふざけるな。まずは喜」


一斉に視線。


「嬉しい感情を発生させろ」


「雑っ!」


「トリガーが曖昧です」


「各自、最も効率の良い方法を選べ」


沈黙。


マスター、湯のみを置く。

二人を見る。

少しだけ優しい顔。


「ファニー、シエル」


「大好きだよ」


一瞬で赤面。


「っうあ!朝から直球!」


「処理、過負荷……!」


その瞬間。

マスターの目がわずかに見開く。


「あ」


味噌汁を飲む。

ずず。


「……甘い」


「味噌汁が!?」


「なんかこう、コーンポタージュ寄りの甘さ」 


卵焼きを食べる。


「うん、ショートケーキ方向」


クロード、静かに頷く。


「次、怒」


「切り替え早い!」


「怒れ」


「えーっと……」


シエルを見る。


「やーい、頭でっかちー!」


「……不快」


空気がぴりっとする。


マスター、焼き魚を一口。

ぴく。


「辛い!」


「黒胡椒増し増し!エビチリ方向!」


「魚だよ!?」


「辛味系へ変換」 


「次、哀」


シエル、無表情で。


「ファニーの大事なプリンを昨夜食べました」


「え」


「最後の1個だったのに!」


本気の涙目。


マスター、漬物を口へ。


「うっ」


「酸っぱい!」


「梅干しレベル!はちみつ欲しい!」


「なんで漬物が梅干しになるの!?」


「感情入力強度と比例か」


「最後、楽」


沈黙。

マスター、三人を見る。

少し考える。


「……楽しいねぇ」


ほんの少し笑う。


「朝からこんな実験してるの」


ごはんを一口。

もぐ。


「あ、ピザ」


「米だよ!?」


「マルゲリータ系。バジル香るやつ」


満足顔。

クロード、結論。


「他者感情に連動し、味覚が疑似再生されている」


「では、無感情状態で再度摂取」


マスター、深呼吸。

無表情で卵焼きを食べる。 


もぐ。


「ないねぇ」


静か。


さっきまでの賑やかさが、少しだけ遠のく。


「さっきの甘いのは?」


「外部感情入力による代替知覚」


「つまり、お前自身の感情では味を感じていない」


マスター、少し考える。


「僕、自分の感情薄いのかな」


一瞬、空気が冷える。


「そんなことない!」


「……否定します」


「……検証は以上だ」


マスター、ふっと笑う。


「じゃあさ」


「いっぱい楽しくなれば、いっぱい美味しいってことか」


「前向き!」


「合理的帰結です」


「面倒な体質だ」


マスター、ごはんを掲げる。


「感情朝食、継続だねぇ」


「ネーミング!」


「分類不能です」


湯気はまだ立っている。

でも朝は、ちゃんと温かい。



■ 境界堂地下訓練室


重い扉が閉まる。


低い振動音。

白い照明。

床には幾何学模様の刻印。


ファニー、きょろきょろ。


「朝ごはんのあとにここ来ると胃がびっくりするんだけど」


クロード、中央へ。


「次は異能の出現法則の検証を行う」


シエル、端末を展開。


「現状、マスターの能力は

① 情動の揺らぎ

② 発話

③ 定義付け

と連動している可能性が高い」


マスター、床にあぐら。


「うん。今までは“定義ワード”をキーにしてた」


指で空中に線を描く。


「例えば、削る、とか。否定、とか」


床の一部が、わずかに歪む。


「無意識で使うな」


歪みが戻る。

マスター、笑う。


「だから次はどうしよっかなって」


立ち上がる。

両手を広げる。


「ファイヤー!」


……。

静寂。


「何も出ない!」


「関連性ゼロワードは非推奨」


「くっ、ロマン却下」


「真面目に考えろ」


少しだけ空気が締まる。

マスター、顎に手。


「じゃあさ」

「未来、変更」


床が、ぴり、と震える。

全員一瞬構える。

しかし何も起きない。


「出力未達」


「感情振幅が足りん」


マスター、ふむ。


「気持ちもセットか」


目を閉じる。

朝の検証を思い出す。


嬉しい。怒り。哀しい。楽しい。

空気がわずかにざわつく。

ファニー、少し不安げ。


「無理しないでよ?」


マスター、目を開ける。


「じゃあ逆にさ」


「何も選ばなかったら、どうなるんだろ」


「どういうことだ」


「選択放棄は制御不能の恐れ」


ファニー、小さく呟く。


「……選択しない?」


空気が止まる。

マスター、ぴたりと動きを止める。

ゆっくり振り向く。


「それだ」


その瞬間。


照明が、わずかに瞬く。

床の刻印が淡く光る。

でも、何も壊れない。

何も削れない。


ただ。

空間の“揺れ”だけが消える。


クロード、目を細める。


「……干渉が消失した?」


シエル、解析走らせる。


「異能出力、ゼロ」


「しかし、未来分岐の揺らぎもゼロです」


「え、どういうこと?」


マスター、ゆっくり手を下ろす。


「いつもはさ」


「どれかの未来を選んで、他を削ってた」


一歩踏み出す。


足音がやけに静かだ。

空間の揺れがない。


「でも今は」

「選ばない」


空気が、均等。

凪。


「……干渉が消えた?」


「……揺れが、消えています」


「つまり?」


マスター、少し笑う。


「僕が何もしないとさ」


「世界も、何もされない」


間。

クロード


「諸刃だな」


「暴走は防げますが、介入も不可」


「それって」


「うん」


一拍。


「ヒーロー失格かもねぇ」


でもその目は、少しだけ軽い。


「でもさ」


「選ばないって選択も、アリじゃない?」


地下室の空気が、静かに戻る。

警告音なし。

歪みなし。

破壊なし。


ただ、可能性が並んでいるだけ。


「……検証は一旦終了だ」


「データ保存完了」


ファニー、マスターの袖を引く。


「朝ごはんの続き、食べよ?」


マスター、笑う。


「うん。今なら」


少しだけ目を細める。


「ちょっと味、するかも」


照明が落ちる。

地下室に残るのは、

まだ選ばれていない未来。


マスター「梅干しは、はちみつ漬けしか認めないよ」

ファニー「味覚がおこさまっ!?」

シエル「酸味耐性、極めて低値」

クロード「だからショートケーキ変換か」

マスター「甘い未来を選んでるだけだよ」

ファニー「言い訳かわいい!」

シエル「結論。おこさま」

マスター「却下だねぇ」

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