7 トラブル
!本日の同期トラブル!
症状:感情位相ズレ大事故
被害:人格バランス崩壊
保護者:状況未把握
朝。
静か。
……のは一瞬。
ファニーが腕を組み、冷ややかに言う。
「この配置、非効率です」
マスターとシエル、同時に固まる。
マスターはソファの端で膝を抱えている。
「足音がうるさい……ドア閉めた?」
シエルは妙に柔らかい目で二人を見る。
「……無理はしないでください」
沈黙。
三人同時に気づく。
「「「入れ替わってない?」」」
\ 同期・位相反転 /
ファニーは完全ロジックモード。
「感情分布が再配置されていますね。面白い」
マスターは過敏すぎる。
「その“面白い”が怖い!」
シエルは小さく笑う。
「あなたは、ずっとこうだったのですね」
マスター、顔を上げる。
「やめて。観測されるの落ち着かない」
そこへ。
クロード入室。
一歩止まる。
「……誰だ貴様らは」
ファニー、即答。
「我々です」
「嘘をつけ」
マスターがびくっと肩を震わせる。
「怒ってない?」
「怒っていない」
シエルがそっとマスターの隣に座る。
「平気です」
クロード、二度見。
「なぜお前が慰め役だ」
「自然とそうなりました」
ファニーが淡々とクロードを見る。
「現状を説明しますか?」
「頼む」
ファニーがホワイトボードに図を描く。
三つの円。
矢印ぐちゃぐちゃ。
「以上です」
「分からん」
「いつもこんな感じです」
マスターが小声。
「いつもこんな感じなんだよ……」
シエル、くすっと笑う。
「今日はよく見えます」
クロード、深く息を吐く。
「元に戻る見込みは」
「あります。たぶん」
\ 同期・ぐらつき /
マスターが急に立ち上がる。
「待って戻る感覚きた」
シエルが瞬き。
「振幅が再整列」
ファニーが目を閉じる。
静止。
次の瞬間。
「うわっ!?なにこの冷静さの記憶!!」
「うわっ全部聞こえてた!!」
「……興味深い」
三人、同時にクロードを見る。
「見るな」
「ちょっとだけ優しかったよね?」
「観測済みです」
「保護者みたいだった」
「違う」
でも耳が少し赤い。
入れ替わり事故。
派手に崩れて、
少しだけ、互いを知る。
そして今日も、
保護者は巻き込まれる。
!本日の同期トラブル!
症状:感情位相ズレ+精神年齢急降下
被害:理性ログアウト
保護者:強制出動
昼。
入れ替わりの余波がまだ揺れている。
ファニーが机に肘をついたまま、やけに静か。
マスターは落ち着かず、視線が泳ぐ。
シエルは二人を観察しすぎて逆に不安定。
\ 同期・ぐらつき継続中 /
「……なんか、変」
「うん……重い」
「波形が安定しません」
その瞬間。
ぷつん。
糸が切れる。
ファニーが床に座り込む。
「やだ」
声が小さい。
マスターが壁際に後退る。
「こわい……」
シエルが袖を握る。
「……おいていかないでください」
理屈が落ちる。
役割が消える。
残ったのは、いちばん奥。
\ 同期・幼児退行確定 /
三人、ちんまり固まる。
そこへ。
クロード入室。
状況確認、三秒。
沈黙。
ファニーが見上げる。
「怒らない?」
「うるさくしない」
「ちゃんとします」
クロード、固まる。
「……何があった」
答えは返らない。
三人とも、ただ不安そうに見ている。
クロードが一歩近づくと、
三人同時に少し身を縮める。
止まる。
深呼吸。
クロードがゆっくり膝を折る。
視線を合わせる高さまで下がる。
「怒らない?」
「怒らない」
「ほんと?」
「本当だ」
三人、同時に瞬き。
マスターが小さく袖を掴む。
ファニーが額を押し付ける。
シエルが距離を詰める。
三方向から捕まる。
クロード、動けない。
「……離れろ」
離れない。
しばらく静寂。
やがて、波形がゆっくり戻る。
呼吸が整う。
ファニーが瞬きをする。
「あれ?」
「……戻った?」
「安定しました」
三人、クロードを見る。
近い。
異様に近い。
ファニー、跳ねる。
「ち、違うこれは事故!!」
「不可抗力!!」
「記録は破棄します」
クロード、立ち上がる。
「覚えていろ」
「「「え」」」
「私が膝を折ったことを忘れるな」
耳がわずかに赤い。
三人、顔を見合わせる。
少しだけ笑う。
大事故。
でも。
理屈が消えたあの瞬間、
確かに“保護者”はそこにいた。
「次は事前に報告しろ」
「事故に予告ないの!」
「保護者忙しいねぇ」
「役職が固定化しています」
「違う」
否定はする。
でも、誰ももう疑っていない。
!本日の同期トラブル!
症状:三位一体暴走フルスロットル
被害:事務所内テンション乱高下
特記事項:一名だけ完全無傷
午後。
ファニーが急に立ち上がる。
「ねえ今さ、世界ちょっと楽しくない!?」
\ 同期・即点火 /
「分かる!!床が跳ねて見える!!」
「情動出力が通常の二倍です!!」
三人、同時に回る。
同時に笑う。
同時に机をずらしかける。
そこへ。
クロード、入室。
一瞥。
「……騒音か?」
三人、止まる。
「感じないの!?」
「今めちゃくちゃ上がってるよ!?」
「共鳴していませんか」
クロード、腕を組む。
「していない」
沈黙。
三人、顔を見合わせる。
「え、嘘でしょ」
「圏外?」
「対象外判定」
\ 同期・困惑共有 /
三人同時に詰め寄る。
「なんで影響受けないの!?」
「精神的自立の問題では?」
「「「ぐぬぬ」」」
ファニーがじっと睨む。
「ちょっとくらい揺れないの?」
「孤島?」
「外部固定点」
「普通だ」
三人、同時に肩を落とす。
今度は急降下。
\ 同期・情緒低気圧 /
「なんか急に虚無」
「冷めたねぇ」
「振幅低下」
クロード、変わらず。
「落ち着いたな」
三人が顔を上げる。
「今ちょっとホッとした?」
「していない」
マスター、目を細める。
「ほんとに?」
シエル、観察モード。
「瞳孔径、わずかに変化」
「気のせいだ」
そのとき。
ファニーがわざと大げさに転ぶ。
「わー倒れるー」
\ 同期・反射笑い /
マスターが吹き出す。
シエルの口元が緩む。
ほんの一拍遅れて。
クロードの口角が、
ほんのわずかに動く。
マスター、即座に指差す。
「今ちょっと笑った?」
沈黙、二秒。
「気のせいだ」
「いや上がった!」
「〇・五ミリだ」
「誤差だ」
三人、同時ににやり。
\ 同期・勝利の小波 /
「完全無傷じゃなかったね」
「耐性あるけどゼロじゃない」
「影響率、微量」
クロード、ため息。
「貴様らの観測精度が異常なだけだ」
でも耳が少し赤い。
三人は確信する。
彼は混ざらない。
けれど、外でもない。
孤島じゃない。
ただ、波を選んでいるだけ。
ファニーが笑う。
「そのうち引きずり込むから覚悟しといて」
「断る」
「その台詞、もう保護者」
「違う」
否定は即答。
でも今度は、
誰も追及しない。
なぜなら三人は知っている。
次の波で、
きっとまた、
〇・五ミリは揺れる。
!本日の同期トラブル!
症状:三位一体高頻度振動
被害:報告書の進捗遅延
特記事項:観測対象外一名
午後。
ドアの向こうから、もう騒がしい。
クロードは入室前に一度だけ息を吐く。
入れば、三人はだいたい壊れている。
今日は笑っている日か。
高揚同期。
ドアを開ける。
ファニーが机の上に身を乗り出している。
マスターが何かを誇張して語り、
シエルがそれを理論化しながら笑っている。
三方向、同時に光量が高い。
クロードは歩幅を一定に保つ。
「業務は」
三人が一斉にこちらを見る。
その視線は、いつも一瞬だけ鋭い。
確認だ。
自分が敵かどうかの。
「やってる!」
「進んでる!」
「概ね順調です!」
声が重なる。
クロードは机上の資料を一枚取る。
……本当に進んでいる。
騒がしいだけで、手は止まっていない。
不思議な構造だ、と彼は思う。
三人は揺れる。
だが中心がある。
三角形。
自分はその外側。
影響は受けない。
受けないはずだ。
ファニーが転びかける。
マスターが笑い、
シエルが手を伸ばす。
その連携は無意識だ。
クロードは、ほんのわずかに視線を緩める。
――この三人は、壊れても戻る。
戻る場所を互いに持っている。
自分はそこに含まれない。
含まれないが。
排除もされていない。
「クロード」
マスターが呼ぶ。
「なんだ」
「さっきちょっと笑ったでしょ」
即答する。
「気のせいだ」
だが自覚はある。
口角が、動いた。
なぜか。
理由は単純だ。
三人が同時に、こちらを見ていたから。
確認ではない視線で。
信号でも、警戒でもなく。
ただ、共有したくて。
クロードは書類を閉じる。
「貴様らは騒がしい」
ファニーが笑う。
「でもいるでしょ」
「仕事だ」
シエルが静かに言う。
「それだけではありませんね」
クロードは答えない。
代わりに椅子を引く。
座る。
同じ空間に。
影響は受けない。
同期もしない。
だが、離れない。
三位一体の外周に立つ、固定点。
揺れない錨。
……のはずだ。
ふと。
三人が同時に笑う。
その波が空気を震わせる。
一瞬だけ。
胸の奥が、軽くなる。
微量。
誤差。
誰にも分からない程度。
クロードは目を細める。
「……騒音だ」
だがその声は、
ほんの少しだけ、柔らかい。
裏側。
彼は混ざらない。
けれど、立ち去らない。
観測者は、
いつの間にか円の外側に線を引いている。
その線が、
少しだけ内側にずれる日が来るかもしれない。
マスター「シュールストレミングがここにあってね」
ファニー「やめて」
シエル「事務所が死にます」
クロード「捨てろ」
マスター「えー」
ファニー「保護者命令出た!」




