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観測者は感情を知らない  作者: 白鐘
第二章 蜘蛛
16/30

5 制御実験


三位一体 制御実験


―第一次同期「接続」―


境界堂地下訓練室。


中央、簡易結界。

床には淡い三角陣。

クロードは包帯の上から手袋をはめる。


「時間制限三分。異常時は即遮断」


シエルが端末を起動。


「脳波同期率、段階上昇方式。強制固定は行いません」


ファニーはストレッチ中。


「今回は寝ないからね、マスター」


マスターは笑う。

エメラルドは澄んでいる。

だが深度がある。底が見えない色。


「触るだけだよ。引っ張らない」


三人、位置につく。

三角。

呼吸。


一拍。


――接続。


空気が一段、重くなる。

音が遠のく。

視界の端に、細い光糸が浮かぶ。


だが今回は違う。


糸は外から来ない。

内側から伸びる。


ファニーの鼓動。

シエルの解析波形。

クロードの制御圧。


三つが、マスターの中で一点に集まる。


圧。


だが侵食ではない。


共振。


シエルの声が遠く響く。


「同期率二七%……上昇安定」


ファニーが歯を食いしばる。


「うわ、これ、熱い」


クロードは低く。


「焦るな。合わせろ」


マスターは目を閉じる。


あのとき。

蜘蛛に触れられた層。


そこに、今は仲間の波形がある。

孤立値ではない。

接続点。


彼は、意識的に“結び直す”。


糸ではない。

絡まぬ線。

視界が白く滲む。


その奥。

一瞬。


《再観測条件、整合》


誰の声でもない、解析の気配。

マスターは笑う。


「聞こえてるよ」


クロードが即座に反応。


「外部干渉か」


「違う」


マスターはゆっくり言う。


「境界の反響」


同期率三四%。

床の陣が淡く光る。


ファニーの声が震える。


「これ以上、行ける」


「推奨値三五%。越えれば未検証領域」


「三五で止める」


マスターは一瞬、迷う。

伸ばせる。

確信がある。

だが。


「……三五で止めよっか」


ぴたり。

圧が止まる。

呼吸が戻る。

空気が軽くなる。


接続は、解かれる。

三人同時に膝をつく。


静寂。


シエルが先に立ち上がる。


「成功。侵食兆候なし。残響極小」


ファニーが笑う。


「できたじゃん」


クロードはマスターを見る。


「無理をしなかったな」


「保険、好きでしょ?」


視線が交わる。

エメラルドは穏やか。


だが。

窓の外。

誰にも見えない層で蜘蛛は記録する。


《三点同時観測。逆探知波形、確認》


蜘蛛側の解析が、一瞬だけ乱れる。

白の奥で、計測値が揺らぐ。


事務所の中。

マスターは小さく息を吐く。


「……触り返した」


ファニーがにやり。


「ね?」


シエルが端末を閉じる。


「三位一体、限定的実用可能」


クロードが短く言う。


「次は四分だ」


「増やすんだ」


「慣らす」


マスターは立ち上がる。

ふらつかない。

今日は、立っている。


「次は、起きたまま奥まで行こう」


エメラルドが、静かに深く光る。

実験は成功。

だが。


観測は、双方向になった。


蜘蛛も。

こちらも。

もう一方通行ではない。




―第ニ次同期「収束」―


円形の結界。

シエルが淡々と説明する。


「接続は段階制。共有は情報のみ。感情同期は禁止」


ファニーが手を差し出す。


「いけるよ、きっと」


マスターが頷く。


「僕は整流役。流すだけ」


クロードは外周監督。


「無理をするな」


開始。


呼吸を合わせる。

まずは視覚。

ファニーの視界が流れ込む。

鮮やか。

動きが速い。


次に聴覚。

シエルの解析音。

微細な振動。

数字の雨。


マスターはそれをまとめる。

濁らせない。

混ぜない。

ただ、束ねる。


波形が揃う。

同期率40%。

安定。


ファニーが目を輝かせる。


「見える!シエルの補正ライン!」


「あなたの反応速度、補助可能です」


「……いける」


クロードがわずかに身を乗り出す。


「試せ」


模擬標的、展開。

半透明の敵影。


通常なら個別で対処。

だが今回は。


三人が同時に動く。


ファニーが踏み込む。

シエルが軌道修正。

マスターが力を束ねる。


視界が一瞬、重なる。


「今!」


三方向からのエネルギーが一点に収束。


分散していた力が、

一本の刃のように鋭くなる。


空気が裂ける音がする。

結界の縁がきしむ。

視界が白で塗りつぶされる。


閃光。

標的、消失。

静寂。


《攻撃効率:単独時比183%》

《負荷:軽微》

《精神安定:良好》


ファニーが跳ねる。 


「やった!」


シエルが小さく息を吐く。


「理論値を超えています」


マスターは目を閉じる。

温かい。

孤立ではない。

接続。


クロードが短く言う。


「……実用だ」


終了直前。

ほんの一瞬だけ。

三人の鼓動が完全に一致する。


時間が、消える。


ぴたり、と。


その瞬間、空気が震える。

誰も気づかない。

でもログには残る。


《同期率:想定外ピーク》



―第三次同期「過剰」―


白い光。

結界、展開。


シエルが確認する。


「同期率、前回比+3%。安全域内」


ファニーが笑う。


「ちょっとだけね?」


マスターは頷く。


「整流、意識してみる」


クロードは外周。

腕を組む。


「異常があれば即遮断」


開始。

呼吸が揃う。

鼓動が重なる。

三つの波形が、ゆっくりと絡む。


最初は穏やか。

暖かい。

心地いい。


――そのはずだった。


違和。

ファニーが瞬きを止める。


「……雨?」


室内は無風。

だが確かに、湿った匂い。

シエルの声がわずかに揺れる。


「この記憶は……私のものではありません」


マスターの視界が二重になる。


知らない廊下。

冷たい床。

幼い手。


同時に。

怒鳴り声。

暗い部屋。

握りしめた拳。


さらに。


静かな机。

夜の蛍光灯。

誰もいない教室。


三層。

重なる。

境界が、薄い。


《同期率:43%》

《精神共鳴:臨界接近》


クロードが低く言う。


「止めるか」


「遮断遅延。感情同期が優先」


ファニーが息を呑む。


「これ……見えてる?」


マスターは答えない。

見えている。


全部。


彼らの幼い時間。

強がり。

孤独。

努力。

言えなかった言葉。

温度。


全部、流れ込む。

胸が軋む。


だが同時に。

あたたかい。


同期率、突破。

光が白くなる。

三人の輪郭が揺れる。


ファニーが震える。


「やだ、これ以上見なくていい!」


シエルの端末が落ちる。


「制御不能」


クロードが結界に触れる。


「切るぞ」


その瞬間。

マスターが、目を開く。

深く。

静かに。


「……切らなくていい」


クロードの動きが止まる。

マスターの声は、震えていない。


「混ざらない」


光の中で、彼は立つ。


拒まない。

奪わない。

覗き込まない。

持たない。


ただ、通す。

三つの川を、絡ませずに。

流れを奪わない。

ただ、道を戻す。


整える。


雨は雨へ。

拳は拳へ。

蛍光灯は蛍光灯へ。


流路を、戻す。


「……返すよ」


声は穏やか。

同期率、急減。


波形が離れる。

光が薄れる。

結界、安定。

静寂。


三人、息を整える。


誰もすぐに目を合わせない。

知ってしまったから。

ほんの少しだけ。


ファニーが頬を赤らめる。


「……見た?」


シエルは視線を逸らす。


「一部のみ、確認しました」


マスターは笑わない。

ただ静かに言う。


「大事にする」


何を、とは言わない。

でも伝わる。


彼は奪わなかった。

侵入しなかった。

選んだ。

自分で。


《観測対象:安定》

《異常値:共有型定義》

《収束不可》


蜘蛛は、干渉しない。

ただ、遠くで。

保留。


実験は終了。

だが距離は、少し変わった。


深くなった。


危ういほどに。


観測は終わらない。

だが、今は対等だ。


視線は、返せる。



マスター「プロテインを飲もうねぇ」

ファニー「さっきまで境界溶けてた人が言う?」

シエル「回復効率は上がります」

クロード「まず水だ」

マスター「心も筋肉だからねぇ」

ファニー「だから今それ言うな!」

クロード「糖質は控えろ」

マスター「なんで?」

クロード「太ると被弾率が上がる」

ファニー「理屈が戦闘すぎる!」

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