戦車
首尾は上々だった。
私は魔法の儀式の効果をありありと感じることが出来た。
彼女は話に食い付いてきて、私の冗談に何度も笑った。最も、それは私の冗談が面白かったのではなく、魔法のせいかもしれなかった。
二代目林家三平の独演会のCDを聞かせていても、お腹を抱えて笑っていたのかもしれない。
何れにせよ、どちらでも良かった。それが魔法のおかげだろうが何だろうが、彼女を手に入れることが出来ればそれで良かった。
私達は、次の日曜日にプライベートで会うことになった。
実は、彼女が講師をしているカルチャースクールのイベントで、生徒達の作品がとあるカフェに展示されることになっていて、そこに彼女の作品も数点が展示されるので見に来て欲しいということだった。
私は自分も丁度その日の予定が空いているのだと彼女に告げ、簡単な約束をした。
幸いにして、次の日曜日には年上のガールフレンドは来ない。
思ってもみなかった絶好のタイミングだが、これも魔法のおかげだろう。魔法の力はこちらが意図した以上の結果をもたらしてくれるのだ。
それをデートと呼べるのかどうかは少し怪しいが、私はねだっていたおもちゃを親に買ってもらった子供のように、ある種の達成感と全能感を感じていた。
魔法が効力を発揮し始めているのだ。もう彼女を手に入れたも同然とすら感じていた。
この子は年上のガールフレンドとは違う。普通の、ごく当たり前の、普通の女の子で、私の理想なのだ。
年上のガールフレンドが一方的に電話をかけてきて、二時間か三時間か濃密な時間を過ごした後で余韻と香水の香りだけを残して帰っていくのが現実なら、いつも心と心で繋がっていて、たわいもない言葉がかけがえのないものになるようなそういった関係が続いていくのが理想であって、それが彼女との関係なのだ。
そして理想を現実に変えるのが魔法の力である。
私は彼女からカフェの名前と場所と時間を教えてもらって、意気揚々と帰宅した。
相変わらず学校の授業の方は最悪だった。最近の女子高生は誰も不規則変化動詞の活用など覚えたりはしないのだ。
もちろん私も期待はしていないのだが、目の前に現実を見せられるとそれなりにショックを受ける。
それでも、私の心は希望に満ち溢れていた。
しかし、私が家に戻ったとき、その希望は再び憂鬱に覆い隠されてしまった。私はあることを忘れていたのだ。
どうしてその日に限り年上のガールフレンドが来ないのか、その理由に思い当たった。
カフェの名前だ。会場となるカフェの名前に見覚えがあった。
そこは庭に色とりどりの花を咲かせる草木を植えてあって、その庭が有名なのだ。
週に一度絵画教室が開かれ、生徒たちが季節の花々をスケッチしたりして過ごす。
そのことを私は年上のガールフレンドから聞かされたことがあった。
そして私のガールフレンドは時々そこの教室に通っていると!
年上のガールフレンドが通っている教室とは、私が恋をしている美術の先生が教えている教室だったのだ。
次の日曜日ガールフレンドが私の家に来られないというのは、展示会があったからだったのだ。
そこに私は行く約束をしてしまった。
このままでは、愛する先生の前で年上のガールフレンドと鉢合わせしてしまうではないか!
どうしよう。もっと注意すればよかった。急に用事が出来たと言って断ろうか?
しかし、せっかく憧れの人と近付けるチャンスなのに!
私は頭を抱えたままフラフラと家の中を歩き回り、気付くと祭壇のある部屋に入っていった。
魔術はうまくいったと思ったのだが、何か見落としていたことがあったのだろうか?
そんな疑念が頭に浮かんだとき、声が聞こえた。
「その通りだよ」
私が顔を上げると、赤い服を着た小さなピエロが宙に浮かんでいた。
「その通りだよ。君は大事なことを見落としていた」
いつの間にこんなにはっきりと喋れるようになったのだろうと訝しみながら、私はそいつを見た。
「君は今、いつの間にこんなに喋れるようになったのだろうと思って僕をみた。でも僕は君に喋れることぐらいは僕にだって喋ることは出来る。君の得意な英語だって喋ることが出来るよ。今の君にぴったりの言葉は、Have mercy! 神様お助けを」
ピエロは私が昔好きだった外国のテレビドラマのセリフを言った。
ここでその言葉が出て来るということは余程そのドラマに詳しいか、余程私に詳しいかそのどちらかしかない。
「僕は君から生まれたんだ。君が作り出した。ここで毎日瞑想して魔法の儀式をして、君の想像の中で、君の夢の中で生まれたんだ。君も知っての通り、想像するとは創造することだ。だから僕は君であり、君は僕でもある」




