月
「良かった。もう会えないかと思った」
そう言ったのは、私が密かに憧れている若い美術の先生だった。先生は昼間と変わらない格好をしていた。
「娘はどうしたんですか?何か手掛かりは見つかりましたか?」
その質問には答えずに、先生は私に抱きついてきた。
「何も言わずに帰っちゃうんだもん。探したわ、私の愛しい人」
私は肩を掴んで、真っ直ぐに先生の目を見て話した。
「先生、どうかなさったんですか?しっかりして下さい。娘は見つかりましたか?」
「娘なんてどうだっていいのよ。私はただ、あなたと一緒に居たかっただけなの。娘を探すなんて口実に過ぎないのよ。それなのにあなたは娘を探すなんて言って、出て行っちゃったでしょう?私、寂しくてしょうがなかったのよ。ずっとあなたが好きだったわ。初めて見たときからずっと。四月に赴任してきて、みんなの前で紹介されて。あなたを見つけたときに衝撃が走ったわ。気付いてないかもしれないけど、あなたって可愛い顔してるのよ。美術部の生徒たちの間でも人気があったの。私、絶対この子たちには負けないんだって思ってた」
先生は私の着ているナイトガウンを脱がせた。下着のシャツの中から手を入れ、捲り上げて胸を出させて、顔を埋めた。
「いつも石膏を使ってデッサンをしながら、これがあなたの裸だったらいいなって、ずっと思ってたのよ。私、デッサンしても顔は描かないの。家に持って帰って、あとであなたの顔を描き足してたのよ。そういうのが家に何枚もあるわ。いつもそれを見て一人で慰めてたのよ。変に思わないでね。あなたのこととなると、私、おかしくなるの」
先生は私のシャツを脱がせると、首に両手を回して私をベッドに引き込んだ。
私の身体は、いつの間にかダビデ像のような、均整の取れた逞しい身体に変わっていた。
私は特にこれといったトレーニングなどはしていない。おかしいなと思ったが、さっき飲んだカティサークが回ってきて、何かを考えるのが億劫になってきた。
いつの間にか、二人とも裸になっていた。
月明かりに照らされた先生の身体は、見たことのない程、幻想的で綺麗だった。
胸は凹凸が少なく、そのおかげで、陰影が出来ずに、月の光が肌の隅々にまで行き渡って、身体中が微かに銀色の光を放っていた。
そうか、今日は満月だったんだ、と私は思った。
長い黒髪に指を通して持ち上げた。何筋かが滑らかにまとわりついて、はらはらと白い身体の上に落ちて、黒い筋を描いた。
私が先生のお腹を撫でると、それはだんだんと膨らんできた。
妊娠線が出来、臨月の妊婦と同じくらいまで大きくなった。乳棒が張って、乳首の色が濃くなる。
先生の顔は恍惚の表情を浮かべていた。陶酔し、快楽に浸り切っている。
股の間から、するりと赤ん坊が産まれた。
赤ん坊の目はすぐに開き、自分でへその緒を切った。
先生の身体を這い、乳房まで行くと、口に咥えた。
左の乳房を咥えると、中の乳を一心不乱に吸った。
張っていた乳房は、中のものを出し尽くすと、また元の大きさに戻った。
同じように右の乳房を咥えると、中の乳がなくなるまで吸った。
両方の乳房が元通りの大きさに戻ると、先生は目を開け、上体を起こして赤ん坊を抱き上げた。
「あなたの子よ」
うっとりとした表情を浮かべ、こちらを見上げる。
「君の子でもある」
私は言った。彼女は首を左右に振った。
「私の子ではないわ。だって、私とあなたとは交わってないもの」
彼女の言っていることの辻褄は合っていたが、だとしたら、これは彼女の子であっても私の子ではない。
「君の子だよ」
赤ん坊が言った。もう話すことが出来るのだ。
「この女は君のことを愛していないよ。この女だけじゃない。年上のガールフレンドだって君のことを愛してはいない。君の周りにいる女性で、君を愛している女性は誰もいないよ。だって、君はいつだって自分のことしか考えて来なかったからね。でも僕は君を愛しているよ。僕だけはずっと君を愛してる。だって僕は君の子供だからね。僕だけは君を裏切らない。いつまでも、いつまでも、君を愛し続けるよ」
いつの間にか彼女は消えていた。
ベッドの中で、私は一人だった。
赤ん坊は宙に浮いて、こちらを見下ろして、ずっと何かを喋り続けていたが、何だかどうでもいいことのように思えた。
ウイスキーが回って、うまく物事を考えられなかった。
さっきまで女の人がここにいたような気がする。
確か、どこか遠い場所で裸の少女と会って、それから、いつもの年上のガールフレンドと合って、憧れの先生と会って、先生は裸で、子供が産まれて、子供が産まれた?僕等は愛し合っていたのか?
今日起こった出来事を整理して考えたかったが、考えれば考えるほど頭が痛かった。やがて私は眠りについた。




