星
「そのことを知って、あなたは傷付いてくれた?」
「少しね。いや、結構傷付くものだな。僕は君のことを何とも思っちゃいないんだ。ただ都合のいい相手とだけ見ていたんだ。僕の好きな人は他にいるんだよ。僕の同僚の、若い美術の先生だ。でも、君に僕の他にもボーイフレンドがいるって知ったとき、自分でも意外なくらいに傷付いたよ」
私は正直に全てを話そうと思った。
いつの間にか私も裸になっていた。二人を隔てるものは何もないのだ。
これまでは愛撫という殻を被っていた。もはやこの身体を愛撫することはないのだと悟った。全てを話そう。
そして、話すことは離すことだ。
「僕にはまだ君に言っていないことがある。本当に好きなのは年上の女性じゃないんだ。おそらく自分が女子高の教師になったのも、きっと自分の本当の好みが分かっていたからなんだろうな。僕はわざと、彼女たちの悪いところばかり見るようにしていた。さっき君の娘にあったよ。元気だった。心配ない。僕たちよりも、人生というものが何であるかをよく分かっている。彼女は僕等の関係を知っていたよ」
いつの間にか、空には星が瞬いていた。
「君はもう、僕に会うべきではないと思う」
「あの子のことは大好きよ。多分、世界で一番好きだと思う。私たち親子ってよく似てると思うの。自分の分身のように思ってる。でも、私の人生で一番辛かった時代は、結婚して、あの子が産まれてからよ。旦那は家に帰って来ないし、高校時代の友達がそれぞれ人生を謳歌している中、私はマンションの一室に閉じ込められてあの子と二人っきりで過ごしたの。これっておかしいと思わない?人生で一番辛い時間が、この世で一番好きな人と過ごす時間だったなんて」
「あの子と過ごす時間はまだこれからだよ。これからまだ、長い時間が残ってる。でも、僕とはもう終わりだよ。僕との時間はどこにも行かない時間だ。そういう時間は突然終わる。僕等は今の時間が永遠に続くと勘違いしてしまう。でも、三年生の終業式が来たらもう学校に来ないように、どんな時間も終わるときが来るんだ」
「そう、あなたとも終わりなのね。楽しかったわ。私のボーイフレンドの中では、かなり良かった方よ。さよなら。もう二度と会わないでね」
「娘は帰ってくるよ。心配ない」
「知ってるわよ。これでもあの子の母親だから」
そう言うと、彼女は消えた。
私はベッドの上に、一人取り残された。
寂しいことはなかった。いつもの夜だ。
これまでだって、彼女は日曜の午後に二、三時間ここで過ごしていただけなんだから。
彼女がここで夜を過ごしたことなんて一度もなかった。
夜、寝るときに、彼女の肌が恋しいと思ったことは一度もなかったことだ。
私は寝ようとしたが、ちっとも寝付けなかった。
やれやれ。今日はどうしちゃったんだろう。今になって、彼女の肌が恋しくなるなんて。
強烈に彼女にここにいて欲しいと思う。だが、もう彼女はこの部屋には来ないのだ。
今頃、どうしているだろう。自宅マンションで娘と水入らずで過ごしているのだろうか。
あるいは、夜は別のボーイフレンドと過ごしているのかもしれない。
だから私とは昼間にしか会わなかったのかもしれない。
これから彼女はどうするのだろう。また、私のような昼間用のボーイフレンドを見つけるのだろうか。
あるいは海外から旦那が戻ってきて、夫婦の愛を取り戻すのだろうか?
私は戸棚まで歩いていって、普段は飲まないカティサークの瓶を取り出した。
グラスに半分ほど注ぎ、一気に飲み干す。それを三回ほど繰り返すと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
どこの誰だか知らないが、世の中のカティサークを発明した人に、感謝の意を表する。
私は自分が何も身に付けていないことに気付いた。
それでか、と思った。私は最低限下着でも身に付けていないことには眠れないのだ。いつも寝汗を掻いて起きてしまう。
私は下着を身に付け、ナイトガウンを羽織った。
魔術用の祭壇が設置してある部屋に行き、椅子を持ってきて、その前で座った。
もう一度瞑想して、エーテル界に行かなくてはならない、と思った。
行って、あいつを、あの赤い服を着たピエロと対決しなくてはいけない。
確かに、あいつは私をコントロールしようとしている。そして私は負けそうになっている。
このままだと、人生の全てをあいつに奪われるだろう。
でも、私にだって自由意志がある。私は自分の人生を自分で生きるために魔術を使う。
一定のリズムに合わせて呼吸を行う。吸って、止めて、吐く。また止める。それを八回繰り返して立ち上がる。
祭壇の蝋燭に火をつける。その火を香炉に入れ、インセンスを炊く。
インセンスはフランキンセンスとホワイトセージ。強い浄化の力を持つ二つのハーブを掛け合わせてある。
煙が部屋に充満し、私は十字を切った。上から、下。右から、左。
魔術を終え、寝室に戻ると、彼女がいた。




