吊るし
母娘が同じような絵を描いていたということは、偶然の一致ではあると思うが出来過ぎているように思えた。
ただ、そのとき私が思っていたことは、この事実によって、娘の絵の中にある私の顔から先生の注意が逸れたらいいなということであった。
先生はそれが私の顔に似ていることに気付いてしまっただろうか?
もし既に気付いてしまっているとしたら、私と娘の母娘との関係を何か疑ってみたりするだろうか?
それだけは何としても避けなければならないことだった。
「何れにせよ、この絵も飾っておきましょう。またあの子がここに来るかもしれないし、ちゃんと名札を付けて飾っておくわ」
先生はそう言って、ちょうど母親の絵と向いて合わせになるところにその絵を掛けた。
「それで、ママ、そのときの様子をもっと詳しく聞かせてくれないかしら。あの子がここに来た日以来、姿を見せてないのよね。どんな様子だったとか。あの子は一人でここに来たのかしら」
「それじゃあ、お茶でも飲みながら向こうで話しましょうか。他にお客さんもいませんし」
二人はカフェスペースの方へと消えていった。
私はその場を動けずにいた。
娘の描いた絵から、目が離せずにいたのだ。
正確に言うと、絵の中の赤いピエロの顔から目が離せずにいた。
絵に描いたピエロが笑っていた。
最初、見たときには無表情だったはずだ。
じっと見ていると、絵の中からぬっとピエロが抜け出してきた。
私は最初、絵の中に潜んでいたのだろうと思った。
しかし、ピエロが抜けたあとの絵のその部分は、ぽっかりとした空洞が空いていた。
どういうことだ?あいつは私が作り出したエーテル実体だ。
絵はあくまで絵であって、物理的に絵の具が塗られているだけのはずだ。
絵の中の「本物」のピエロが抜け出したとでもいうのか?
「僕が君に作られたって?勘違いしてもらっちゃ困るな」
空気を震わせた振動が、私の鼓膜に届いた。
こないだのように脳に直接語りかけてくるのとは違う。
「かつて、僕と君とは一つだった。ある時点で、僕等は二つに分かれた。それでも、僕は君のことをいつも考え、そして一体になれるように努力してきた。僕はそうお節介焼きではないからね。君が自由に行動したければそれでいいんだ。君にだって自由意志はある。君が僕にコントロールされていると思ってしまうのは、僕にとっても本意ではない」
コントロールだって?何を言っているんだ、こいつは。
私がこいつにコントロールされているとでも言うのか?
こいつは私のハイアーセルフではないとはっきりと言ったはず。
「いつまでもそのような考えに囚われないでほしい。君は真実を見失いすぎる。ますます僕との距離が遠くなる。それどころか、君は魔術に手を出して、世界に影響を持とうとしている。君は魔術を使えるようになることは、どうだっていいよ。僕はそこを怒っているわけではない。君が正しい方向性のために魔術を使ってくれるのは、僕としてもとても嬉しいよ」
怒っている?こいつは私に対して怒っているのか?私が魔術を正しくない目的に使ったから?
私の脳裏に、先生との仲を取り持つために行った魔術のことが浮かんだ。
だとしたら、結局、私と先生は結ばれない運命なのか?
「運命?運命か。君を含めた人間はその言葉を間違った意味で使っているね。そもそも、そんな言葉など発明されるべきではなかったんだ。君たちに運命なんてものは存在しないよ。君たちはマリオネットだから」
マリオネット?操り人形?ということは、私はこいつに操られているのか?
「太古の昔、僕たちは常に繋がっていたんだ。僕たちは君たち人間を操ることによって、この世で自由に自分を表現していた。君たちにも自由意志はあると言っただろう?もちろんそれは僕たちにもあるし、自己表現することは自由意志にとって最大の自由だから。それなのに、あるとき君たち人間は、僕等との間に繋がっている糸を切ってしまったんだ。神話という装置を発明したことによって」
神話だと?どこまで話が大きくなるんだ?
「人間は神話を発明することによって、神話以前の世界を消してしまったんだ。僕たちが君たちを操っていた時代の記憶をなかったことにした。世界創世神話などというものを拵えて、世界がそこから始まったことにしてしまったんだ。まあ、エジプト神話やギリシャ神話みたいな幼稚なもののうちはまだ良かったけどね。やがて君たちは宗教を作った。完全に僕たちとの繋がりを絶ってしまったんだ」
私は混乱した頭でこいつの話を綜合した。
つまり、太古の昔、人間はこいつらの操り人形だった。
その頃の人たちは、こいつらと普通に交流していた。
それを神話を作ることによってこいつらに操られにくくした。
さらに、宗教を作ることでこいつらの影響をほとんど受けないようになった。
こいつらも我々人間に対して手が出せなくなったということか。




