力〜Lust〜
この人がここのカフェのママか、と思った。
エプロン姿で日焼けした腕を出していると、土につながる仕事をしている人が持つ特有の落ち着いた感じが出ているが、顔立ちはすっきりとした品のいい感じで、神秘的な雰囲気を漂わせている。
黒いフード付きのマントか何かを着せて大振りの数珠の付いたネックレスでも付けさせたら、占い師か何かのようにも見えるだろう。
先生が、内緒にしておいて欲しいんだけど、と前置きしてから、手短に事情を説明した。
美術部のみんなで撮っていたのだろう、先生のスマホのフォルダに入っていた写真を見せると、ママは、あっといった表情を浮かべて話し始めた。
「実はね、先生。この子、前にここに来たことがあって。ここは先生の絵もいくつか飾らせてもらってますし、以前に展示会をしたときの生徒さんの作品もそのまま残ってたりしてますでしょ。それを興味を持ってじっくり見てた女子高生の子がいたんですよ。気になって話しかけたら、自分も美術部で絵を描いているって言うもんですから。私もそういう子ならと思って、じゃあ、あなたの描いた絵を持ってきてくれたらここで飾ってあげるわよって、思わず言っちゃったんですよ。先生のクラスの展示会のときは外しとけばいいかなって。そしたらね、先週の日曜日に持ってきたんです。自分が描いた絵を」
そう言って、ママは奥から縦横五十センチばかりのサイズのキャンパスを持ってきた。
何やら細かいタッチで、細部まで描き込まれた油彩画だ。
真っ先に目を惹くのが、裸の女性。まだ少女と言っていいような幼い体型の全裸の女だ。
それが獅子のような逞しい四つ足の動物のようなものにまたがっている。
全身を大きく後方へ仰け反らせて、左手で掴んだ手綱を強く引っ張ったような格好になっているため、獅子の首は後ろへと仰け反っている。
右手は天に向かって伸ばされ、何かを掴もうとしているように見える。
顔は完全に上を向いているために、女の表情は見えない。
特徴的なのは獅子の顔だ。首の上に、無表情な七つの顔が塊ってくっ付いている。
そのどれもが男の顔だ。年を取ったものから、幼い少年のような顔まである。
「印象的な絵ですよね。この人はお父さんなんですって」
ママが真ん中あたりのあご髭を蓄えた男性の顔を指差して言った。
長期海外出張している、浮気性の父親。年上のガールフレンドの夫だ。
「それから、ちょっと言いにくいんですけど」
ママがチラリと私の方を見たような気がした。
「この若い人の顔、この子のお母さんが連れてきてた人に妙に似ている気がするんですよね」
年上のガールフレンドの私以外の不倫相手のテニスのコーチのことだろうと思った。
だとすれば、ここにある七つの顔は、すべて母親と関係があった男の顔なのであろうか?
七つの顔のうちの三つは、私の知らない顔であった。
父親の顔よりも年上に見えるものもあれば、私より少し上くらいの年齢に見えるものもある。
あとの二つは、私が良く知っている顔であった。そのうちの一つは、何より、私に似ていた。
細密描写がそれほど高い域に達していないため、知らない人が見れば気付かないかもしれないが、自分で見るに、それは見れば見るほど私の顔に見えた。
そして、もう一つは、あの顔だった。
私が魔術修行をしたことで生み出したエーテル実体、赤い服を着たピエロの顔だった。
ピエロのようなフェイスペインティングこそ、施されてはいなかったが、それは見紛うことなき、あの顔だった。
一体、どうして年上のガールフレンドの娘が、私が生み出したものの姿を知っているのだろう。
この顔はあの子の想像の中で生み出されたものなのだろうか?
先生がその絵を取り、奥に向かって歩いていった。
奥はギャラリーゾーンになっており、 明日の展示会の作品がすでに飾られている。
先生は真っ直ぐにその中の一つの作品の前まで進み、手に持った絵と比べた。
「なんか、似てるわね」
壁に掛けられている絵は、今、先生が持っている絵と同じような構造をしていた。
こちらも絵の中央にライオンが描かれている。
ライオンは穏やかな表情でこちらを向いており、その背中には、妙齢の女性がしなだれかかり、ライオンの首に優しく手を回している。
女性の表情はうっとりと恍惚に身を委ねているようにも見えるし、ライオンを手懐けた全能感を表しているようにも見える。
女の顔は、昨日、水晶の中に見えた女の顔に見えた。誰がこの絵を描いたのか明らかだった。
「お母さんのほうの絵ですね。先生が以前、仰ってましたよね。絵を描いている人で、人物の顔を描かせると自分の顔を描いちゃう人が多いって。ちゃんとモデルさんを見て描かせて、体はすごく精密に描ける人でも、顔だけはいつも自分の顔を描いてしまう人が多いって」
ママが丁寧に説明してくれた。




