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第一話 

ある秋の夕暮れ。

着込んで来なかった今朝の自分を恨みつつ、バートは足早に駅へ向かっていた。 


「くふぅ......さぶいさぶいさぶいぃぃ」


ポケットに手を突っ込み、数十メートル先の曲がり角を睨みながら、間抜けな声を漏らす。


彼はバート・ヒロイ。

ここ、"ヨコハマコクーン第二都市"に住む14歳だ。成績は悪くない。友人もそれなりにおり、スポーツも決して苦手ではない。


これと言って不自由ない生活を送り、言ってしまえば"丁度いい"彼なのだが、この日ばかりは彼も判断を誤ったようだった。


「いきなり寒くなるんだからさぁ...もぅ」


明日は下にもう一枚重ねるか、なんてことを考えつつ、先刻睨んでいた門を曲がった。


次の瞬間、彼の目の前には、真っ黒な空間が広がっていた。いや、正確に言うならば、それは黒い空間なのか、壁なのか、はたまた何もない"無"なのか。


とにかく、適切な語彙に迷うような、視覚が奪われたと錯覚する闇がバートを待ち受けていた。


「...........ほ?」


呆気に取られるバート。すぐ引き返そうと後ろを振り返るが、彼の後方も同じく闇が包んでいた。と言うよりも、先程までいた下校ルートは消え去り、彼は完全に真っ黒な空間に取り残されていた。


「え、え?え、ちょ...これ俺どこに」


慌てて足元に目をやると、見覚えのあるアスファルトの地面の上に彼は立っていた。

が、その地面も闇に飲み込まれつつあり、彼が立つその面積は残り僅かなものだった。


ジリジリ闇に消えゆくアスファルトを見てパニックに陥る彼の耳に、甲高く不快極まりない音が注ぎ込まれる。闇の奥からだ。


「やばい!!なんか言ってる!!!!」


例えると、リコーダーで狙った音が出ず不発した際の外れた音に、古びたドアをゆっくり開け閉めした時になる蝶番のギィーとなる音、これらを足して二で割ったような音。


不快な音とともに、明確に迫り来る真っ黒な闇。それは霧のように、モヤのように、バートを呑み込もうとしていた。


その一部がついにバートの指先に触れ、彼が「つっっっっめたッッ!!」と叫んだその瞬間、深い闇に一つの穴が空いた。


正確には、闇の向こうで眩い光がピカッッッと走った。それと同時に


「目を瞑って息を止めろ!」


という、荒々しい声が響いた。


バートはどうする事もできなかった。


「言う通りにしろ!僕は助けに来た!」


荒々しい声はそう続けた。


思わずギュッと目を瞑り、直感的に息を吸わずに呼吸を止めたバートの身体は、次の瞬間、ふわっと浮き上がった。そして、浮かんだ彼の背中は強く何かに叩きつけられた。


「良いと言うまでそうしてて。30秒で終わる」


息は乱れつつも、先程より少し穏やかに努めたあの荒れた声が、バートの耳元で聞こえた。不安を感じさせまいとしているのだろうか。バートは訳も分からず、石のように動かず、ただ目を閉じて息を止め続けた。


もう何秒経っただろうか。そう思った頃


「よし、もういいよ。」


という声とともに、バートはトントンと優しく右肩を叩かれた。


ハッと目を開けると、先程の曲がり角の地面に彼は仰向けで寝転がっていた。

辺りにはリュックの中身が散乱しており、朝買ったメントスは見るも無惨に砕け散っていた。


ポカンとするバート。そして前を見上げた先には、見た事のない一人のスーツ姿の男性が立っていた。


身長はまあまあありそうだ。180cmはある。

短髪で、もみあげから顎に掛けて生えた髭は綺麗に整えられている。眉は垂れ下がっており、かわいらしい印象だが、それと反して目はキリッと力強かった。年齢は30-40代くらいだろうか。


男は手を差し伸べつつ、こう発した。


「バート・ヒロイ君だよね?今日は2058年の10月7日で合ってる?」


バートは反応できない。


しばらく間を置いて、スーツの男はこう続けた。


「驚くな、とは言わない。でも冷静に聞いて欲しい」


そう言ってバートと目線を合わせる。


「僕は"2080年"から来た。22年後の君を知っている。――それで」


男は詰まらせたように、一拍置いたのちに続けた。


『君は殺されるんだ。それを止めに来たんだよ、僕は』


静寂が続いたのち、バートは深く息を吸い込んで、フゥーーッと吐いてから、ようやく言葉を発した。


「あ、多分人違いじゃないすか。」


次の瞬間、バートは全速力で逆方向に走り出した。


「あ、おい!待てバート......君!!!」



バート・ヒロイとディアン・シオン。

この二人が出会いが、運命の歯車を動かした。


(つづく)

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