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7.溢れる感情

「魔の森の現地調査、ですか……?」

 昼下がりのお茶の時間。何気ない会話のなか切り出された魔の森の現地調査の話にセシルの声が緊張を含んだものに変わる。

 それに気づいたアレックスがなんてことないとばかりに微笑んで頷く。

「そう。毎年暖かくなった頃に定期的な調査を行っているんだ」


 アレックスの言葉は嘘ではない。大きな目的としては静かすぎる魔の森を自ら赴いて調査することではあるが、それがなくとも毎年この季節に現地調査は行っているのだ。

 セシルに余計な心配をかけたくないアレックスは魔の森の異変のことは伏せて、ただ調査に行くという事実を告げるだけにしただけ。


 だがセシルの表情は固く、そのまま何かを考えるように俯いた。それを見たアレックスは手に持ったカップを置き、セシルの元へ歩み寄ると少し強張ったセシルの手を取って跪く。


「セシル……」

「いつ行かれるのでしょうか」

「1週間後に」

 思っていたよりも早いその回答にセシルの瞳が揺れる。


「ほんの数日で戻るよ……」

 そう言ってセシルの手を両手で握りこみ、視線を合わせるアレックス。


「だから、そんなに心配そうな顔をしないで」

「心配……」

 アレックスに言われて初めて、セシルは自分の心情を自覚した。魔の森と聞いて体が強張ったのも、言葉がすぐに出なかったのも。驚いたというよりもっと複雑な感情が心を支配していたから。

 だが、今アレックスから言われた心配という言葉がセシルの胸にすとんと落ちた。


「こんなことで取り乱すなんてウェッジウッドの女主人として失格ですね……」

 幼いころから感情を失くす努力をしてきた。それなのに今は色々なことに感情が揺れてセシルは困惑していた。


「そんなことない。心配してくれるのは素直に嬉しいよ」

「嬉しい……、ですか?」

 セシルがきょとんとした顔をアレックスに向ける。アレックスはその表情すら愛しくてくすっと笑う。様々な表情を見せてくれるのはそれだけ自分に気を許してくれているからとも思うし、もっとたくさんの感情に触れたいと思っているくらいだ。


 だが、そんなアレックスとは反対にセシルの表情が暗くなる。

「わたくしは、この地にきてから感情が揺さぶられているのを感じています。今まで氷の女神の力を制御するため感情を抑える努力をしてきました。なのに、今は色んな感情も芽生えて……。このままでは女神の力が誰かを傷つけるのではないかと……。わたくしはそれが怖いのです」


 セシルが怖がるのは理由がある。女神の力は絶大。まだ感情を抑えられなかった幼い頃は女神の力を抑えきれないことが多く、よくあたりを凍らせていた。それだけでも両親やセシルの力を知るわずかな侍女たちに迷惑をかけたと思い悩んでいた。その思いは積み重なり、ある日とうとう感情が爆発した。それはいつまでも制御できない自分自身への怒りだとか、そんな力を授けた氷の女神に対する嘆きだとか、色んな感情が混ざったものだった。

 

 一瞬の出来事だった。身を刺すような冷気があたりを包み込み、セシルを中心にして周りが一気に凍り付いた。今までと違ったのはその氷が人に対しても襲い掛かったこと。今まではせいぜい床や家具が凍り付くくらいでその力が人に向かったことはなかった。それがその日の女神の力は人や物に限らず手あたり次第凍らせたのだ。その光景に余計にパニックになったセシルに女神の力を制御することは不可能であった。それはセシルの魔力がなくなるまで続いたのだ。幸いだったのはセシルの魔力がそれほど多くなかったこと。セシルが魔力を使い切り気を失う直前に目にしたのは凍った手を差し伸べる両親の手であった。

 

 セシルが目を覚ました時には、両親たちは何事もなかったかのように振る舞っていたが、その腕にけがを負っていたことにセシルは気づいていた。その両親の思いに応えるためにも強くないといけない、そして今後は決して大事な人たちを傷つけまいと誓ったのだ。


 決して忘れることができないその過去の出来事にセシルの手が震えるが、怖いという感情すら持ってはいけないと戒めるようにその手をぎゅっと握りしめた。


 そんなセシルの手を優しく撫でるアレックス。

「セシル。私は、いろんな国から女神にまつわる書物を集めてきた。セシルをこの地に迎える前からずっと」

「書物……」

 アレックスの言葉を復唱して視線を合わせるセシルにアレックスが穏やかにほほ笑みながら頷く。


「女神の力は感情に左右される。確かにそれはどの書物にも書いてあった」

 やはり自分は感情を抑えなくてはいけない。そんなことを思ったセシルにアレックスは「ただ」と付け加える。


「いとし子の意に反して女神の力が暴走するまでになるには、いとし子の負の感情が強く出た場合だと言われている」

「負の……?」

「怒りや悲しみ、そういった感情かな。でもその感情を持つだけでは力が暴走することはない。たしかに色んな感情を持つことで女神の力が出るけど、いとし子の思いに反して人に危害を与えたりまではしない。そもそも女神の力はいとし子を護るために使われると言われているからね。セシルに危害を加えようとした者がいればその力は使われるだろうけど」


「わたくしを護る……」

「そう。たとえばセシルが小さい時、悲しい時や嬉しい時に氷の力が出る場合があるけど、人が傷ついたりはしなかったんじゃないかな?」


 言われてセシルは昔の記憶を辿る。

「子供のころ、悲しいことがあったときは周りが凍って……」

 うまく制御できず泣いていた時のことを思い出し、セシルの脳裏にその光景がよみがえる。


「あの時は綺麗な花のような結晶が周りにできて……、寒かったけれど………綺麗で泣くのも忘れるほど……」

「慰めてくれてたんだね」

「そう、だったんですね……」


 確かにあの日、説明ができほどの感情を持て余して何もかもが嫌になった日以外で誰かを傷つけるような力が出たことはなかった。ただ幼いセシルが泣けば吹雪が舞い寒さで人に迷惑をかけたりはしたが。

 それでもそれがセシルを宥めるためのものだと思ったら見方も変わってくる。


「だから、セシルに色んな感情が芽生えても大丈夫なんだよ。私はセシルの笑った顔はもちろん、怒った顔もいろんな表情が見たいと思っているよ。泣かせることなんてしないけど、でも悲しいことがあったときやつらいことがあったとき、どんな時でもセシルに寄り添いたいと思ってる。感情が揺れることによって女神の力が漏れることはあるだろうけど、その力さえも私は愛しているよ。その全てがセシルだと思っている」

「え……、あ、愛……」

 突然のアレックスの言葉にセシルが動揺する。両親や良くしてくれる使用人たちとは違うまた違う想い。そういうものがあることは理解しているけれど、今まで感情を抑えてきたセシルにとってはまだまだ未知の感情だ。それでも今のその言葉でくすぐったいようなでも嬉しいようなそんな複雑な感情が胸を占めていることは自覚している。


「セシルには大事に想っていることは伝えたけど、この私の好きだという気持ちはセシルを困惑させるだけかと思って伝えるのは控えていたんだ……」

 そう言うとアレックスは立ち上がり、握っていた手を引いてセシルを立たせた。そしてセシルに視線を合わせたまま胸に手をあてる。


「私はセシルが好きだ。君と過ごしたこの数か月でもどんどん愛しくなって、大事にしたいずっと傍にいたいって強く思うようになって。この先もっと嬉しいことや楽しいことをふやしていってもらいたいと思ってる」

「旦那様……」

「アレックスと呼んでほしい……」

 首を傾げるアレックスにセシルは胸が高鳴るのを感じる。前はまだ関係性が築けていないと言えずにいたアレックスの名。だが今はもう断る理由はなかった。

「あ、アレックス様……」

 たどたどしくはあったが、セシルはアレックスの名を呼ぶ。そんなセシルの様子に愛しさが募るアレックス。


「触れてもいいだろうか……?」

 アレックスは手を広げ、じっとセシルを見てその返事を待つ。

 その様子がとても幼く可愛いく思えたセシルの口がゆっくり弧を描き、そして小さく頷いた。


 ぎこちなくセシルの腰に手を回したアレックスはそのままセシルの身体を抱き寄せた。そのままお互いの体温を感じながらいると、おずおずとセシルの手がアレックスの背に回る。

 嬉しさのあまり声が出そうになるのをこらえながらアレックスはセシルの頭頂部へ頬を寄せた。


 触れられる恥ずかしさとか温もりが嬉しいとか胸が鳴りすぎて苦しいとか、様々な感情がセシルから溢れ出る。でもそれは温かな感情だった。自分と同じくらい力強く打つアレックスの鼓動を聞いてセシルの表情が嬉しそうなものへと変わる。


 やがて二人の周りをキラキラとした銀色の小さな氷の結晶が舞いだす。それはセシルがこのウェッジウッドに来て初めて女神の力を顕現させた瞬間だった。だがそんな状況になろうとも部屋の温度も下がろうとも、アレックスもセシルもそんなことは気にならないほどお互いの体温だけを感じていた。


「アレックス様……、お気をつけていってらっしゃいませ」

「はは、行くのは来週だよ……。でもそうだな。出発の時もこうやってくれたら何があっても大丈夫な気がする」


かなり更新遅くなりました……。

ノロノロ亀なみの更新です(-_-;)


もう少し早く更新したいとは思っています。

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