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5.好きなもの探し

 寒さ厳しい王国最北端にあるウェッジウッド領の冬は長い。

 セシルがこの領地に来た頃は冬が始まったころだった。雪がちらつき、地面や屋根にうっすら雪が積もっていたくらいだったが、今は冬真っただ中。外は毎日のように吹雪き、窓から外を覗いても真っ白で見えないほどだ。


 そんな寒さ厳しい場所ではあるが、公爵家の邸内は温かく穏やかな時間が流れている。暖色系の色合いの壁紙やカーテンに、落ち着いたデザインの調度品が置いてある部屋。

 ここはセシルがこの邸に来てから好みに合うよう改装させたセシルの部屋だ。つい最近できたばかりのここで、たっぷりと睡眠をとったセシルが侍女と共に朝の準備を終えてから部屋を出る。

 そこにはちょうど隣の部屋から出てきたアレックスの姿。それはいつもの朝の風景。


「おはようセシル」

 セシルを見てアレックスが柔らかく微笑む。

「おはようございます」

 それにセシルはほんの少し口角を上げて応える。最近セシルがよくする表情だ。それをみてアレックスがまた笑みを濃くする。いつもの無表情ではなく、かといって作られた笑みでもない。そんな自然と出た表情をするようになったセシルをアレックスはとても嬉しく思っていた。


 食堂へ向かう間は他愛のない話をし、席についてからは美味しい食事を共にとる。そんな穏やかな日常。


 だが、いつもと違ったのは食後のお茶が出てきた時。

「旦那様」

「何だい?」

 セシルから話しかけてくるとは珍しいなと思いつつ、そんな感情はおくびにも出さないアレックスはセシルに優し気な視線を向けた。

 だがそんなアレックスも次の言葉によって固まることとなる。


「わたくしはいつから訓練に参加しますか?」

「…………………………ん?」

 笑みを象ったまま固まったアレックスは、たっぷりと時間を置いてからもう一度聞き直すことにした。


「すまない、セシル。今訓練に参加、と聞こえたのだが?」

 咳ばらいを一つして姿勢を正したアレックスが聞き間違いではないかとセシルに確認を取るも、当のセシルはそんなアレックスなどどこ吹く風だ。表情を一切変えることなく小さく頷く。


「はい。いつから訓練に参加すればよろしいかと伺いました」

 聞き間違いではなかったことに、驚いたように目をぱちぱちとさせるアレックス。そうしてみるとどこか幼くも見える。


「え……っと、なぜセシルが訓練に参加を?」

「わたくしはそのためにこちらに来たのではないのですか? 氷の女神の力でこの北の地を護るために」


 セシルの言葉にアレックスは天を仰ぎたくなった。自分の言葉足らずを反省するとともに、セシルに自分の想いが全く通じていないことを思い知った。

 過酷な幼少期を経ての婚約破棄。自分がそこに付け込んで急ぎ婚姻に持ち込んだという自覚をしているからこそ、セシルにはまずはこの地に慣れてもらうためにも心穏やかに過ごして欲しいと思ってきた。それは自分の想いよりもセシルの気持ちを最優先しようと思ってのことだった。

 セシルを大事に想っているアレックスがセシルを戦いの場に駆り出すなんて間違ってもあるはずがないのだ。だがそれはアレックスが考えているだけのことで、その想いさえ口にしていないのだからセシルに伝わっているはずもなく。アレックスは今まさにそのことを痛感したのだ。


 女神の力がどれほど強大といえ、魔物によってこの地に起きる災害には自分や領地の兵士たちの力でなんとかしていく。それができるだけの実力もあるし、そのための鍛錬も欠かすことはない。それは目の前のセシルを護るため。昔から変わらないアレックスの思いがそこにあるから。

 だが、それほど大事に思っているセシルにこのような思い違いをさせてしまっていることはアレックスの怠慢だった。


 アレックスは席を立ってセシルの傍まで行き、そっと手を取りながらその場に跪いた。


「セシル? 君が来てからひと月になるけど、ここでの生活はどうだい?」

「とてもよくして頂いています」

 セシルの言葉にアレックスが頷く。


「食事は口に合うだろうか」

「問題ありません」

「寒さは平気かい?」

「常に部屋を暖かくして頂いているので、問題ありません」

「ほかに何か望むことはあるかい?」

「いえ、先ほども申し上げましたが、皆様にはとてもよくして頂いていますので」

「ゆっくりできている?」

「今までにないほど」

「良かった」

 セシルの言葉にアレックスがふわりと笑う。安堵したようなそんな笑顔だった。


 セシルがここに来て、何かを不自由だと思ったことはなかった。ただ穏やかに日々が過ぎていく。だが今までのセシルの生活から、セシルはその穏やかな日々を受け入れるだけということができなかった。

 女神のいとし子という自覚を強く持って生きてきたから、この場所での自分の価値を見出そうとしていた。


 幼い頃は、王妃となりアンドリューとともによりよい王国を築いていくことが氷の女神の祝福を受けた自分の歩む道だと思っていた。だが婚約破棄という出来事でその道は途絶えた。そして今は。新たな婚姻先として国王から示された道。それがこの護りの要であるウェッジウッド領であった。そこからセシルが自ら導き出したのが自分の持つ氷の女神の力による王国の護りの強化だったのだ。


 だが、その答えはどうやら違うようだとセシルはアレックスを見て思う。


「セシル。私はセシルを大事に想っている」

 いつになく真剣な表情にセシルの胸がドキリと鳴り、その吸い込まれそうな青い瞳から目が離せなかった。


「ずっと頑張ってきたセシルにはここで心穏やかに過ごして欲しいんだ。大事なセシルを戦いの場に駆り出すなんて考えたこともないし、これから先何があってもないから」

 セシルの指先にアレックスの唇が触れる。その瞬間指先から全身に熱いものが駆け巡り、セシルは思わず握られていない方の手で胸を押さえた。


「この邸にあるものはなんでも好きにしていいよ。本を読むのもいいし、興味があるのなら料理だって、庭だって好きにしていいよ。それに欲しいものがあったら遠慮なく言って欲しい」

「は、はい………」

 さすがというべきか、セシルの表情は変わらない。だが内心はかなり困惑していた。今まで感じたことがないほど動悸が激しくて苦しいほどだし、さらにはアレックスの言葉。今まで感情を抑えることばかり考えてきたセシルが考えたこともないことばかりなのだ。

 そんなセシルに気づかないアレックスはぼそりと呟く。


「色々やってみるのもいいかもしれないな」


 よく聞き取れなかったセシルがアレックスの顔を見るのと、アレックスがにこやかにセシルを見るのとが同時だった。 

「そのなかでセシルの興味がひかれるものが出てくる可能性だってある。私もまだまだセシルの好きなものを知りたいし」

 その楽しそうな様子に今度はセシルが何度か瞬きをする。それもまたセシルの素から出る表情だ。アレックスの提案に驚いたのと、その笑顔の眩しさから出たもの。


 セシルはこの地に来てからというもの、今まで感じたことのないほど自分の感情が揺さぶられていることに気づいていた。

 経験がないからそれが何を意味するかわからないが、アレックスといると胸が温かくなったり、時々きゅうっと痛くなったり。もしや病気では? と度々思ってきたが、セシル付の侍女たちはみんな口をそろえて「それは病気ではございません」と言って嬉しそうにほほ笑むからセシルもそれ以上心配することはやめた。それでもアレックスといると感じる胸の動悸が治まることはないのだが。



「よし、試してみようか?」

「え?」

 握った手をそのままにアレックスがセシルを立たせ、恭しく礼をする。


「ではまずは図書室へご案内いたします、姫?」

 冗談めかしてそう言いながらアレックスはセシルを連れて邸内の図書室へ向かった。




 セシルにとって図書室とは勉強をするために利用する場所でしかなかった。王太子であるアンドリューの婚約者になってからというもの、いずれは王妃となるための勉学に必要な本を借りるための場所。だから王城の図書室で借りるものは歴史や語学、諸外国のマナーなどの本ばかり。


 それが今、セシルの目の前には今まで読んだことがない題名が書かれた本が積み上げられている。

『剣と竜』、『愛するものと永遠に』、『婚約破棄から始まる溺愛生活』、『愛せないと言ったはずの旦那様が甘すぎます』などなど。


「これは、子供人気の高い本で挿絵を描いたのが今は画家としても名高い人物で、この挿絵を見るだけでも価値があるよ。それでこれはメイド長おすすめの恋愛小説で、こっちはセシル付きのミラも読んでいて続刊が出るたびに購入を要望される本……。セシル?」

 セシルの動きが止まっていることに気づいたアレックスが本を重ねる手を止める。


「あ、申し訳ございません。こういった本を見るのは初めてでして……」

「興味がひかれるものがないなら、とりあえず片っ端から読んでみるのはどうだろう? その中でセシルが気に入るものとか出てくるかもしれないしね」

「は、はい……」

 セシルはぐるりと周囲を見渡す。

(片っ端から……?)

 王宮の図書館ほどではないにしろ、ここの蔵書の数にセシルはただただ目を丸くするのみだった。

繁忙期のため、なかなかアップできず申し訳ありません……><

亀並みですが更新は頑張っていきます!

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