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4.公爵家での生活

「おはよう、セシル。よく眠れた?」

「おはようございます。旦那様。お陰様でゆっくりできました」

「アレックス、でいいのに」

 そう言ってアレックスはクスリと笑う。

 朝の柔らかな日差しが窓からたっぷりと入る廊下を歩きながら、セシルはアレックスのその笑顔に目を細めた。


 王家によく見るハニーブロンドの髪は朝日できらきらと輝き、優しくこちらを見る瞳は深い海のようなロイヤルブルー。こちらも王族に多い色で、アンドリューも同じ色を持ってはいたが、セシルはアンドリューよりも綺麗な色だと思った。セシルが思わずその美しさに目が離せないでいても、アレックスが笑みを絶やすことはない。


 あの日、セシルがウェッジウッドの領地に着いてから早3日。アレックスの女嫌いという噂は嘘ではないかとセシルが確信するには十分な時間であった。

 馬車の前で眩い笑顔で迎えてくれたのがこの地の当主であり、女嫌いと聞いていたアレックスだとわかったときは感情の出ないセシルですら驚きで何度か瞬きをしたくらいだ。


 さらにはその日のうちに提示されたのは婚姻届。これにもセシルは驚きを隠せなかった。

 婚姻することになんの文句もない。そのつもりで公爵家に来たのだから。ただ普通は数か月から数年設ける婚約期間をすっとばしてすぐに婚姻ということに驚いただけだ。いや、正確には国王から打診を受けてセシルが受諾した時点で婚約は成立しているため、2週間ほどではあるが婚約期間はあった。ただその間全く顔も合わせていないためにセシルにとってはないも等しい婚約期間なのだ。

 

 確かに国王からすぐにでも婚姻を結びたい旨聞いてはいたが、これはあまりにも早すぎるのでは、というのがセシルの率直な感想である。

 それでも婚姻を急ぐ理由はわからないが、それは早いか遅いかの違い。そう思い直してセシルは求められるまま婚姻届にサインをした。だから二人はもうすでに夫婦。


 その時にアレックスから名で呼んでほしいと言われたが、まだそこまで関係性を築けていないセシルは名を呼ぶことができずに旦那様と呼んでいる。

 アレックスとしても駆け足で婚姻関係を結んだことは自覚している。だからこそ婚姻はまだ書類上だけ。準備が整えば式は挙げるつもりだが、本当の夫婦となるのはセシルの気持ちが整うまで待つつもりでいる。


 ただアレックスが書類上だけでも婚姻を急いだのは、アンドリューの気持ちが変わってまたセシルを王都へ呼び戻された堪らないから。これに尽きる。

 いくら王弟とはいえ、今は公爵家当主として王家に忠誠を誓っている身。王命とあらば、それに従うほかないのだ。アレックスからしてみれば、やっと手に入れたセシルの傍にいられる権利をそうやすやすと手放したくはない。その対策としての婚姻なのだ。婚姻関係を結べば王家とはいえ、離縁してまで呼び戻すことはできないから。





「セシル、今日は君が好きな果物を朝から採ってきたんだ。デザートはそれを使って作ってもらったよ」

 アレックスがそう言ったタイミングで、デザートのイチゴのタルトが出された。

 セシルが来てから朝昼夕と食事は一緒にとっている。執務が忙しくはあるが、アレックスとしては食事くらいはセシルとの時間を大切にしたいと思っている。他愛のない話をしたり、セシルの行動や表情を見てその小さな変化を見つけるのがアレックスの何よりの楽しみだ。


「旦那様がですか?」

「もちろん。今日はイチゴが熟れていてね。きっと甘くておいしいよ」

「ありがとうございます」

 セシルは感情を抑える訓練をしてからというもの、自分の好き嫌いもわからなくなっていた。それは食べ物であれ身に着けるものであれ、様々な物に対する好みによっても感情が揺れるから。だからこそ、そのこと自体を考えないように生きてきた。


 それなのに今目の前で食後のお茶を楽しんでいるアレックスからは、この3日の間にセシルの好きなものをいくつか指摘されたのだ。考えたこともなかったことを言われたセシルだったが、それでも無意識に好んで食べていたことを気づかされた。アレックスは食事をしながらもセシルの決してわかりやすくはない小さな表情の変化を見抜いていたのだ。


 食べ物に関してはもう一つ。お茶の時間に毎回といっていいほど出されるチョコだ。チョコとは南にある異国でできる実から作られるお菓子で、この王国ではなかなか手に入らない貴重なもの。それがこの公爵家では毎日のように出てくる。


 今日もイチゴのタルトの乗ったお皿に花を象ったチョコが添えられている。セシルはそれを手に取り口に入れる。甘い香りが鼻を抜け、とろりと舌の上で溶けるチョコに懐かしさが胸に広がる。

 セシルにとってチョコという食べ物は特別なもの。胸にしまい込んだ幼いころの楽しかった思い出がよみがえる。

 今はもう顔も思い出せない大事な人との思い出。優しくて、いつも励ましてくれて、いろんなことをセシルに教えてくれた人。神々しいほどの美しさを持つその人との交流はセシルの胸に今も大事に残っている。



 氷の女神のいとし子になってからというもの、セシルは王城で感情を抑えるために訓練をしていた。それは幼いセシルにとって辛く大変なものだった。上手くできなくて何度も訓練を抜け出して王城の庭の隅で泣いていた。そんな時に出会った人物に食べさせてもらったのがこのチョコだった。初めて食べたチョコは甘くておいしくて、涙が止まるほど。

 辛い時悲しい時、それ以外でもセシルはその人に会いに何度も王城の庭に行った。その度に優しく迎えてくれたその人は必ず最後に一粒のチョコを食べさせてくれたのだ。ただ残念なことに美しかったことは覚えているが、顔の詳細までは全く思い出せないのだ。それでもその人の笑顔がセシルの胸に春の陽だまりのような暖かさをもたらせてくれたことは覚えている。


 そんなチョコの思い出に耽っていたセシルはふと視線を感じて顔を上げる。そこにはにこにこと甘い顔でセシルを見つめるアレックスがいる。

 セシルはその顔に思わずドキリと胸を高鳴らせた。その綺麗な笑顔が、輝くような金色が、セシルの思い出と重なったから。


 だが、直後にそんなわけがないと自嘲する。セシルの思い出の大事な人は簡素ながらも上質な布で仕立てられたドレスを着た女性だったから。

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