3.女嫌いの公爵様
まばゆいほどの金色の髪と深いロイヤルブルーの瞳。誰もが見惚れる美貌に鍛え上げられた体躯。
王国屈指の魔力を保有し魔法の才にも恵まれている。それは火・水・風・土・光・闇の6種あるうち、優れた魔法士でも3種扱えればよいとされるところ、水と闇以外の4種の魔法を扱えることでもわかる。
そんな容姿も身分も能力も文句の付け所がない。それがこのウェッジウッドの現領主であるアレックス・ウェッジウッドだ。そんな彼だからもちろん令嬢たちが放っておくわけがない。
だがこのアレックス、どれほど令嬢からの人気が高かろうが女性と二人でいるところを見たことがないと皆が口をそろえるほど女性と個人的な関わりを持ったことがない。
女嫌いの公爵様、人は彼をそう呼ぶ。
アレックスが女性を苦手にしていることは事実。それは彼の生い立ちが関係してくる。アレックスは先代の国王と王宮メイドをしていた母親との間の庶子である。
アレックスの母親であるソフィアは元々、先代国王の正室であるイザベラの侍女であった。イザベラの激しい気性を一番近くで見てきたソフィアは先代から側室になるよう言われても頑なに首を縦に振らなかった。
それは我が子をイザベラやイザベラの子である第一王子の派閥から護りたかったことと、自分自身にそんな王位争いの中に割って入ることができるほどの胆力を持っていないことを自覚していたから。元々子爵家の令嬢とはいえ、そういった覇権争いとは無縁の長閑な田舎の領地で育ったため、平和に我が子と暮らしたい、彼女の願いはただそれだけだった。だが、そんな母親の思いも空しく王位継承権を持つアレックスを狙う者は多かった。
正室であるイザベラは王の寵愛を受けたソフィアに対し激しく嫉妬し、その子供であるアレックスともども亡き者にしようと画策してきた。それは第一王子派の者たちも同じくである。
そんな者たちの手によって何度も生死を彷徨ったアレックスが、イザベラやその侍女のようないわゆる貴族の女性を恐怖に思うのは自然のことであった。優しい顔で近づいてきては平気で自分を陥れてくる。笑顔の裏で何を考えているかわからない貴族の仮面をかぶった女性が何よりも信用できなかった。
イザベラに執拗に狙われるソフィアやアレックスを不憫に思った先代王は、二人を王宮の離れに住まわせることにした。それでも王宮の敷地の中。油断できないとばかりにアレックスは母と自分を護るため自らを偽り、息をひそめるように生きてきた。
やがて年の離れたイザベラの子である第一王子が立太子し、安心したのもつかの間。アレックスが13歳のとき、元々体の弱かったソフィアが息を引き取った。
失意の中、アレックスに残されたのは自分や体の弱い母へ散々な嫌がらせをしてきたイザベラたちに対する憎悪のみであった。毒を仕込まれるのは日常茶飯事で、アレックスが無事でいたのはその身に保有する高い魔力と光の魔法を扱える所以であったのだが、魔力量も少なく魔法も火しか扱えないソフィアはそれに耐えうる能力がなかったのだ。だからこそ早くに命を落としたのだとアレックスが思うのは無理はなかった。
そんな闇落ち寸前のアレックスを救ったのは偶然出会ったある少女と、立太子した兄であった。
ソフィアが亡くなってすぐ後に国王が倒れ、立太子した兄が25歳という若さで王位を継承した。そしてそれはその直後のこと。新国王となったアレックスの兄が玉座についてすぐ行ったことは実の母親であるイザベラの断罪だった。
イザベラはアレックスだけでなくほかの側室やその子たちも手にかけていたのだ。それらの証拠を突きつけた新国王は一切の躊躇なくイザベラの処刑を行った。
その潔さに。その手腕に。アレックスは素直に感嘆した。その後すぐに謝罪にきた兄と打ち解け、後に王宮の外から王国を護るという約束までするまでに至る。それはアレックスがウェッジウッドへ行くことになったきっかけの1つでもあるのだが、それ以上に大きな理由がある。
それはある少女との出会い。アレックスにとっては欠け外の無い出会いであるが、何を隠そうその少女こそが幼き日のセシル・シルバーストーンであった。
アレックスが母親以外で唯一気にかけた異性の者。幼いながらに頑張るその姿を愛しく思い、数か月だけだったがずっと傍に寄り添った存在である。
4歳のセシルに出会ったアレックスは自分の持つ知識と少女の置かれた状況から女神のいとし子であることを見抜き、やがてこの王国の王妃になるであろうこともわかったうえでこの少女が少しでも心穏やかに過ごせるようにこの王国を守っていこうと決めたのだ。それがこの王国で一番厳しいとされる王国護りの要であるウェッジウッドへ行った一番大きな理由である。
その時のことをいつだったか国王になった兄に話したことがあった。「セシルと出会っていなければ今の自分はいない」と。
ウェッジウッドに行ってからというもの、魔法はもとより剣技も必死で磨いた。今まで鍛えたことがなかったアレックスからしたらそれこそ血の滲むような努力をしてきた。ただひたすら王国を守るために努力を惜しまなかった。そしてウェッジウッドにきて9年がたった、アレックスが23歳の時に先代から公爵の跡を受け継いだのだ。
それからというもの、普段の鍛錬とは別に領地経営にも心血を注いできた。ただどうしても苦手だったのが夜会だ。ウェッジウッド領は王国の防衛を担っているため、それほど貴族間の付き合いは多くはない。それでも主要な夜会や王家主催のものなどには招待状が送られてくる。
幼いころのトラウマでもあるイザベラたちのように着飾った貴族の令嬢が特に苦手なアレックスはそういった場に出ることを嫌っていたが、それでもただ一つの楽しみのためだけに夜会へ赴いた。
それがアレックス唯一気に掛けるセシルの成長である。
幼いころならいざ知らず、成長したセシルを見ても他の令嬢に感じるような嫌悪などみじんも感じなかった。それどころかどんどん綺麗になっていくセシルが眩しかった。そのころからすでにセシルは特別な少女ではあったが、甥であるアンドリューの婚約者だ。いずれは王妃となると信じて疑わなかった。自分はせめて北の地からセシルの住む王都を護っていこうと心に誓っていた。だからこそ表立ってセシルと挨拶を交わしたこともなかった。幼かったセシルは自分のことは忘れているだろうし、気づかれもしないと思っていたのだ。だからいつも影からそっと見守るだけに留めていた。
なのに。
「アンドリューとセシル嬢は婚約破棄するかもしれん」
それは1年に2度ほどある王宮での夜会の後のこと。いつものように国王へ領地のことを報告し、そして他愛のない話をしている時だった。疲れたように額を手で押さえながら項垂れる国王を見て、アレックスは思わず口に出していた。
「もしそうなったら陛下……、いえ兄上。どうかお願いです。私にセシル嬢を任せてはもらえないでしょうか」
少し前からアンドリューの問題行動はアレックスの耳にも入っていた。優秀なセシルにアンドリューが劣等感を持ち、それを理由にセシルとはまるで正反対の子爵家の令嬢にご執心なことなど。そんな話を聞くうちにいつの間にかアレックスの心はセシルへの想いを消せなくなってきていた。大事にする気がないのなら、私にその立場を譲れとずっと言いたかったのだ。
氷に限らず女神は非常に嫉妬深い。自らが祝福をしたいとし子にはいとし子のみを愛する者でないと伴侶と認めないことは周知の事実だ。ただいとし子であることを公表できないためにその相手、つまりアンドリューには前もって注意をできないことが頭の痛い問題であった。国王もそれとなく子爵令嬢との仲のことは注意してきたのだが、反対されればされるほど自らに酔っているアンドリューには逆効果だった。
だが、自分なら。ずっと大事に想ってきたのはセシルだけ。北の領地は寒さ厳しい場所ではあるし、魔物の襲撃もないとは言い切れない。それでも絶対に守るし、不便はさせない。自分の傍で心穏やかに過ごしてくれるのならそれ以上のことはなかった。
いつになく真剣な表情のアレックスに、国王はしばし考えそして頷いた。
「アレックスであれば、身分、能力どちらも申し分なかろうて」
その言葉にアレックスは深く頭を下げた。
これが、婚約破棄騒動の起きる1週間前のことであった。
大幅修正しました。
土日は用事があり、結局火曜日までかかってしまいました。
4話も少し修正したいので数日後の更新予定です。




