1.氷の女神のいとし子
新連載始めます。
転生でも転移でもない異世界ものです。
それほど長くはならい予定……。
だいぶ前から書き始めてはいたんですが、リアルで色々ありなかなか進まなかった(T_T)
書き溜めは少ないですが、自分を追い込むためにアップさせます!
「セシル・シルバーストーン、君とは婚約破棄させていただく」
楽し気な声や緩やかな楽曲が流れていた会場に突然そんな声が響き、その瞬間水を打ったように辺りは静寂に包まれた。それとともに会場の中央辺りから1人また1人と人が移動し、そこに残されたのは3人。ひと際上質な白い衣装を着た男性1人と、金色を基調とした可愛らしいデザインのドレスを着た少女、そして水色を基調としたシンプルなそれでいて上品なデザインのドレスを着た少女である。
周りの皆が息を呑んで中央にいる3人を見つめる。それらの視線は好奇の目や憐みの目など様々だ。
3人のうち、先のセリフを吐いた人物は白の衣装の男性だ。彼は隣にいる金色のドレスを着た庇護欲をそそるような小柄な少女に優しく微笑んだあと、目の前の水色のドレスの少女へ視線を移す。その目は先ほどとは打って変わって蔑んだ色を含んでいる。
目の前のもう一人の少女、セシルはその視線も気にした風もなくただ無表情にその場に佇むのみ。
セシルと婚約を破棄すると言ったのはこの国の第一王子であるアンドリュー・バルモア・ローゼンバーグだ。そして彼は隣の少女の肩を抱きながら、セシルを見据え口を開く。
「私はここにいるマリエッタ・ハインツと人生を共にすることにした」
「左様でございますか」
被せ気味に何の感情もないような声でそんな言葉を放つセシルにアンドリューの眉間に皺が寄る。
マリエッタ・ハインツとは言わずもがなアンドリューの隣の少女だ。金色のドレスはアンドリューの髪の色に合わせたものだろうが、髪の色や少女の雰囲気から似合っているとは言い難い。
対するセシルの水色のドレスはホワイトシルバーの髪にアイスブルーの瞳に似合ってはいるが、その彫刻のように変わらぬ表情も相まって冷たい印象をもたれるのは否めない。
セシルは表情を変えぬままアンドリューの後方へ視線だけ動かす。そこには玉座に座る国王陛下の姿。国王は疲れたように額に手を当て、そして小さく頷いた。
セシルはそれを確認してまた視線をアンドリューへと戻した。
「セシルがマリエッタに対してやった数々の嫌がらせなどを……」
婚約者がいる身でありながら子爵令嬢であるマリエッタと逢瀬を重ねた自分のことは棚に上げ、セシルにとっては身に覚えのない嫌がらせとやらの話を並べ立てるアンドリュー。セシルはまた始まったかとばかりに話しを聞き流す。
「聞いているのか!」
「いえ全く」
突然のアンドリューの大声にセシルは正直に答える。
「おまえ……っ」
その答えが気に入らないアンドリューは顔を赤くしてこめかみに青筋を立てた。
「婚約破棄でしたわね」
アンドリューが次の句を告げる前に抑揚のないセシルの声が響く。
「そうだっ! 私はお前なんぞと……」
「……ですわ」
「何?」
セシルは幼い頃よりアンドリューの前でもそのほかの人の前でもその表情を変えたことがない。常に無表情であったセシルのことを口さがない者たちは「氷の仮面をかぶった令嬢」と揶揄したりもした。
それが今、セシルはその表情を動かし綺麗に笑ったのだ。それは感情からくるものではなく、ただ笑顔と呼ばれるものに見えるよう顔の筋肉を動かしただけに過ぎない。それでもアンドリューにとっては衝撃的な出来事であった。
「な……、わ、笑った……」
驚いたと同時にその美しい笑顔から目が離せないアンドリュー。
だがセシルは、うっすら頬を染めるアンドリューにその笑みを象ったまま一言放った。
「こちらから願い下げですわ」
その瞬間、夜会の会場に冷気が充満し大理石の床がピシリと凍り付いていく。
それはセシルを中心に円形に広がり、白く凍える風がセシルを包み込む。
その風は徐々に氷の塊になり、やがてセシルの後方に綺麗な女性を形成させた。
「まさか……、氷の女神……」
「セシル様は女神のいとし子……」
周りがそうざわつき始めたころ、目の前のアンドリューがようやっと自分の犯した罪を自覚する。
「そ、そんな……」
震えながらアンドリューは自分の父である国王を見る。だがその視線の冷たさにさらに顔を青くするばかり。
「セ、セシル……君は……」
「もう婚約者でもないのですから名を呼ばないでいただけますか?」
国王陛下のいる前で、婚約破棄を言い渡しセシルはこれを了承した。この時点をもって二人の婚約は解消された。
その事実を周知させるかのようにぴしゃりと言い放つと、セシルの背に立つ氷でできた美女が人差し指をアンドリューへ向けた。
「ひっ」
その意味を悟ったアンドリューが体を震わせながら後ずさるが、凍った床に足を滑らせそのまま尻もちをつく。
「様々な伝承に載っている事実ですから王太子殿下もご存知のはず。氷の女神は非常に嫉妬深く、いとし子の相手にはいとし子ただ一人を愛する人しか認めないことを。他の女性の手のついた殿下を女神がお許しにはなるはずがありません」
その言葉にアンドリューの顔は寒さも相まって青を通り越して白くなっていく。
「し、知っていれば私だって……!」
焦ったようにそう言うアンドリューにセシルは先ほどから全く変わらぬ笑顔のままゆっくりと口を開く。
「いとし子はその身の安全から両親及び国王陛下のみ知ることができる秘匿案件。18歳の成人を迎え初めて公表することが認められるのです。そうわたくし、今日を持ちまして18となりました。……お忘れですか?」
会場の温度がますます下がり、人々が寒さに震え出したころ、玉座から国王が立ち上がった。
「シルバーストーン伯爵令嬢、すまぬが私の顔を立ててこの場はおさめてもらえまいか」
「心得ております」
セシルは目をつむり、ふうっと一呼吸置きゆっくりと気持ちを落ち着かせる。セシルの表情が元の無表情に変わり、それと同時に後ろにいた氷の女神がキラキラとした雪の結晶となりそのまま消え去った。残ったのは凍った床と冷気。
シンと静まった会場でセシルが国王陛下へ向き直る。
「国王陛下、申し訳ございませんが御前失礼させていただきます」
「あいわかった」
誰もが見惚れるようなカーテシーをした後、セシルは後ろを一切振り返ることなくその会場を後にした。
ちなみに第一王子はこの日の夜会をもって、女神の怒りを買った大馬鹿者のアンドリューと陰口をたたかれることとなる。




