第八話 「心を癒す?魔法」
荒々しく音を立ててドアが開くと、ヒメカがフラフラと入ってきた。
「や、やっと・・・解放された・・・」
よろよろと数歩歩くとペタンとヒメカは床に座り込んで、部屋の天井を見て嘆く。先にチーム部屋に戻っていたメンバーが椅子から立ち上がってヒメカを迎える。
「もぉ・・・試験なんかよりも、散々な目にあったわ・・・味方に最大の敵がいたわ・・・」
「あらあら~、ヒメカちゃんったら。お疲れ様やね~」
「マリアさ~~~ん。マジ、もぉ、ムリ」
マリアが頬杖をついて少し困った顔をしていると、ヒメカが休ませてと言わんばかりにマリアのむちむちとした太ももへダイブする。
「わっ・・・!あらあら~。よ~しよし。頑張ったんやね~!」
「うん!」
マリアがヒメカの頭を撫でながらゆっくり地面に座ると、再びヒメカはマリアの太ももに顔を埋める。
「ふかふか枕で休ませて~」
「ふふふ。ヒメカちゃんは甘えんぼさんやなぁ」
満面の笑みでヒメカがマリアの膝枕を堪能していると、マリアは微笑みながら、ヒメカの髪の毛をゆっくりと撫でていく。エリオもマリアの隣にしゃがんで声をかける。
「ヒメカ、おかえり。無事でなにより!」
「エリオ~。よくも見捨てたわね・・・!もぉ、後で覚えてなさいよね!」
「ぼ、僕はそんなつもりじゃ・・・!」
ヒメカはマリアの太ももに顔を埋めたまま、エリオの声のしたほうを器用に指さす。エリオがしどろもどろに答えると、ふんっとヒメカは鼻を鳴らして一蹴する。
「マリネはどうしたんだ?ヒメカ」
「知らない!レヴィンが探しにいけばいいでしょ!」
「あっ、あらあら~」
マリアの後ろで腕を組み、仁王立ちをするレヴィンにヒメカは首を振って、マリアのぷにぷにとした太ももに首を振りながらダイブしていく。
「あらあら~、さすがにちょっと恥ずかしいわぁ」
「おい、ヒメカ」
マリアに甘えまくるヒメカを離そうとレヴィンがヒメカの肩に手を置いた。しかし、ヒメカは素早く顔を上げ、レヴィンのほうを向いて猫の威嚇のような声を出して睨むと、レヴィンもお手上げと言わんばかりに肩からさっと手を離す。
「お、おぅ・・・」
「ふふふ、戦場では勇敢なレヴィンも、女の子には手も足も出えへんね」
レヴィンが手をこまねいている状況を見て、マリアは口元に手を当ててレヴィンを見て微笑む。その言葉と視線にレヴィンは頬をかいて、マリアから目を逸らした。
「マリアが嫌じゃなければいいぜ」
「うっわ~。もぉ、キモい。マリアさんにデレデレしちゃってさ」
いつの間にかヒメカがマリアの太ももから顔を上げて、レヴィンの顔をじとっと見る。マリアは困ったといわんばかりにヒメカとレヴィンを交互に見ていた。
「ヒメカ、そろそろいい加減に・・・!」
エリオが勇気を出してヒメカとレヴィンの間に入って止めようとした。しかし、レヴィン同様に威嚇する猫のモードになってしまい、エリオも沈黙してしまった。
――ガラガラ、ダンッ
突然、勢いよく部屋のドアが開くと、マリネが勢いよく駆け込んできた。光の速さでレヴィンとエリオをどかし、マリアの横で腕を組んでヒメカを睨みつけてみせた。
「ほーぅ?ヒメカ。マリアを独占するとはいい度胸してるじゃない?ウチよりも先に!」
「ちょ、ちょっと・・・!やっとチームのみんなが揃ったんだから、そろそろ反省会やりましょうよ!」
慌ててエリオがマリアとマリネの間に入って交互に見て言い聞かせる。それに続くようにレヴィンも口を開いた。
「エリオの言う通りだぜ、マリネ。すぐ試験が始まっちまうだろ」
オロオロするエリオと対照的にどっしりと腕組みをしたレヴィンが二人でマリネの後ろに立つ。しかし、マリネは呆れながら頭を抱えて首を振り、二人を追い払うように手の平を払った。
「あーぁ。これだからエリオとレヴィンは。すーぐ邪魔するんだから」
「ほらほら、レヴィン?マリネちゃんもヒメカちゃんもお疲れなんよ。ちょっとくらい休ませてあげんと」
「マリア・・・!」
その言葉にヒメカは目を輝かせてマリアを見つめると、マリネはヒメカの背中を引っ張って、マリアから引きはがそうとする。
「え~ぇ、ずるいぞ!ヒメカ!ウチと代わって!ウチがマリアの太ももで休む番!」
「やだ!!」
「ひゃっ・・・!」
ヒメカはマリアの太ももに顔を埋めて首を振る。マリアはヒメカの突然の行動に驚いて、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「ほーぅ?」
「だって、さっきまで、わっ、私をいっぱいおもちゃにしたじゃない!」
「それはそれ、これはこれ!」
駄々をこねるマリネを見て、マリアはそっとマリネの手を握ると、マリネはハッと我に返ってマリアのほうを見つめた。
「マリーちゃん、反省会が終わったら、ね?マリアさんと約束や。だから、今はヒメカちゃんに、ね?」
「んーン。しょうがないなぁ。ヒメカ、今日だけだからねー?」
ヒメカはマリネがマリアに説得されたのをいいことに、そのままマリアの太ももを堪能していたが、次第にマリネの表情は冷たくなっていった。
「ヒメカー?」
マリネが声をかけなおしても反応せず、ヒメカがマリアの太ももを堪能し続けていると、マリネはそっとヒメカの耳元に顔を近づけてゆっくりと囁いた。
「・・・・・・ヒメカはずっとウチにまさぐられたいんだねぇ?それはそれでウチはいいけど・・・・・・ね?」
マリネの言葉にヒメカは体をゾクッと震わせ、首を振った。マリネはお構いなしに言葉をつづける。
「ねーぇ?だったらヒメカはいい子だから分かるよね?」
「あっ・・・えっと・・・」
「よろしい。じゃね。ふーン」
マリネはそっとヒメカの耳元から顔を離すと、椅子に座って呑気にどこから取り出したかわからないティーポットとカップを準備して、ゆっくりとお茶を飲み始めた。ヒメカはマリアの太ももに帰ると体をブルブルと震わせている。マリネが離れたことを見計らって男性陣二人はマリアにそっと近づく。
「マリネさん怒らせちゃったね・・・。ヒメカってば・・・。これ反省会できるのかな・・・」
「とは言え、そろそろやろうぜ」
「そやなあ。そろそろせえへんとね。せやけど、ヒメカちゃんがこないになってもうてるからねえ」
マリアが頬杖をついてうーんと考えること数秒。何かをひらめいたように「あっ」と口を開けてヒメカを見ると、頭をゆっくりと撫でて震えを落ち着かせる。震えが止まったヒメカを見て肩をとんとんと叩くと産まれた手の小鹿のように顔をあげたので、マリアがギュッと抱きしめると、みるみるヒメカの顔が元気になった。
「マリアさんには叶わないな~」
「だな」
明るい表情をするヒメカを横目にマリネはお茶を飲んでから、仕方ないなと言わんばかりに息を吐いて、机を指さした。
「はーぁ。ほら、さっさとやるよー。ヒメカ、早く座りなー」
エリオとレヴィンも席に戻ったころ、マリアに抱きしめられているヒメカを見て、飲んでいたお茶のカップをカチャンと音がなるほど激しく置いた。マリアが震えるマリネに気づくとさっと立ち上がった。
「あらら~、さ、ヒメカちゃん、一緒に座ろっか」
「はーい!」
ヒメカはマリアと手を繋いで立ち上がって、ゆっくりと席に向かうと、マリネはもう我慢できないと言わんばかりにヒメカとマリアの手を離して自分が間に入る。
「あらら~?マリーちゃんは、我慢できひん、悪い子なのかしら?」
「ぁーぁ・・・!!!」
怒っていたマリネはみるみる青ざめていき、フリフリのスカートの裾をぎゅっと握って首を振る。
「残念ねえ。反省会終わってからっていう約束やったんに。マリーちゃんの番はお預けね」
「ぇーン・・・!!!そんなああ!!!!」
「それは嫌やんねぇ?」
マリアは中腰になってマリネの不機嫌でぐしゃぐしゃになった顔を覗き込むと、マリネは小さく頷く。
「ほな、ヒメカちゃんが席に戻るまで待てる?」
マリネは同じように小さく頷くと、マリアが頭を撫でた。すると、マリアと手を繋いでいるヒメカが頬を撫でる。マリネはどこか恥ずかしそうにそっぽ向いて自分の席へと足早に戻り、顔をお茶のカップで隠しながら飲み干していく。
「さ、ヒメカちゃんも戻ろうね」
「はーい」
ヒメカはすっかりご機嫌になり、素早く席に着くと、マリアもゆっくりと席についた。
「このチーム、マリアさんには叶わないんじゃ・・・」
「・・・お、おう・・・」
エリオは苦笑いすると、レヴィンも歯切れが悪そうに同調した。そんな二人を見てマリアは頬杖をつきながら交互に見る。
「あらあら、エリオくんもレヴィンも疲れてはる?」
「い、いや!そこまでは!」
「問題ないぜ!!」
あらあらとマリアがエリオとレヴィンを見つめると、エリオは恥ずかしそうにマリアから目をそらした。レヴィンは立ち上がり、みんなを見ながら反省会を促す。
――カチャン
まだ頬が少し紅いマリネがお茶のカップを置いた。
「さーぁ、もう終わりにしよっか」
一同はびっくりしてマリネを見るのであった。




