第七話 「ボーダーに滑り込んだ魔法」
ヒメカは両手を祈るように組んで、ボサボサの髪の男性ににこやかな顔を見せる。反対にマリネはつまんなそうな顔になっていく。
「ノーラン先生!!ナイスタイミング!!!もぉちょっと遅かったら私!!助かってない!!!」
「またこんなところで油売ってたのか?」
ノーランは頭をポリポリと掻きながらヒメカのほうを見た。
「そんなわけないじゃないですか!!マリネに・・・!」
「はいはい。ほれ、さっさと戻らんか。俺が怒られるんだよ、めんどくせぇ~」
そう言うとあくびをして、ヒメカの言葉を遮るノーランにヒメカはじとっと睨みつける。すると、そっと肩に手が置かれてヒメカが振り返ると、怖いくらいの満面の笑みをマリネは見せた。
「そーよぉ?ヒメカは何を言ってるのかしらね?敵がいるわけでもないのにー」
その笑ってない笑顔がチョー怖いんだよ!!というか、敵はマリネ、あんたしかいないんだってば!!!!って言えるくらい強くなりたい・・・。
「ヒ、メ、カー?何か言いたそうねぇ?」
「な、何もないわよ!ほら、ノーラン先生の言う通り教室に戻るわよ!!」
マリネが強引に顔を目と鼻の先まで近づけてきたが、ヒメカは手のひらで押して、当たるか当たらないかの距離で防ぐ。お構いなしにマリネはヒメカの手を握る。
「そんなことより、ウチとの楽しい時間が先よねー?」
「おいおい、めんどくせぇ~ことすんな」
「いたっっー!!!」
ノーランはマリネに軽くチョップを頭にお見舞いすると、マリネはフグのように頬を膨らませる。
「はーぁ。そんなんだからノーラン先生はモテないんですよー?乙女心が分かってなさす・・・」
マリネの言葉を最後まで言わせずにノーランは再度チョップをお見舞いした。マリネは頭を摩りながら渋い顔をしてノーランを見る。ノーランは髪の毛を掻きながら大きな溜息をついた。
「お前なぁ~。俺は雇われの先生の身だっての。めんどくせぇこと言ってね~でさっさと戻るぞ~」
「ほ、ほらっ!もぉ、先生に迷惑かけちゃダメじゃない!マリネ、戻るわよ!」
「僕もそう思います!ノーラン先生と一緒に戻りましょう!」
ヒメカとエリオが先生に便乗して教室へと歩を進めようとすると、マリネが立ち上がり口を開く。
「どーぉしてもダメですか?」
マリネは藁にもすがるように目を輝かせてノーランを見つめた。ノーランは数歩進んでから、マリネのほうを見やる。
「俺は~、”今は”俺が怒られるからやめろって言ってんだよ、マ、リ、ネ、くん」
ノーランはそう言うと、手のひらをひらひらと仰ぎながらまた教室のほうへと歩き始めた。一方マリネは、不貞腐れて膨らんでいた頬がだんだんと元に戻っていき、口角が上がっていく。
「ほ、ほーぉ!?いいことを聞いたねぇ!!!!」
「ちょ、ちょっとおおお!!!先生!!?!?」
「あ、あれ・・・?」
ヒメカは、はあ?と言わんばかりに目を見開いてノーラン先生に駆け寄り、ノーランを追い抜いてから振り向く。遅れてエリオも駆け寄った。
「ノーラン先生!?助けてくれたんじゃ!!!」
「ノ、ノーラン先生!マリネさんを止めてください!!!じゃないと・・・」
「ん?スマン。俺がめんどくせェことにならなきゃそれでいい」
ノーランはヒメカに目をやることもなく、肩をポンポンと叩くとそのまま歩いていった。ヒメカとエリオは食い下がるようについていく。その反対側にはいつのまにかマリネが追いついていた。
「てことは・・・終わったら?」
「そんなもんはお前らの勝手だ。好きにしろ~。ほらさっさと教室に戻るぞ~」
ノーランは止まることなく歩いていく。ノーランの言葉に上機嫌なマリネは、目をキラキラと宝石のように輝かせ、ステップ気味にノーランについていく。反対にヒメカとエリオは足取りが重くなり、虚ろな目になっていった。
「はーぁい!それなら文句はないわ。ヒメカが言う通り帰りましょうー?」
「先生のバカああああ!!!!!」
ヒメカの叫び声が虚しく響き渡るも、マリネが素早くヒメカに近寄って、お姫様抱っこし、エリオを引きずりながらノーランについて教室へ帰るのだった。
「はいはい、みんなお疲れさん。今回の試験の結果を発表するぞー」
ざわめく教室で教壇に立つノーランが、手を叩いて生徒たちの会話を止めた。生徒たちは席でソワソワしながらノーランのほうを見つめる。
「試験前にも説明したが、この試験では四十人いるこのクラスを八チームに分けて競い合ってもらったな。そんで、ダメージの量で順位をつけて、上位チームと下位チームを一つずつ合併して、四つの師団を作ることになる。ま、純粋にチームの力比べのお試し試験だったってわけだ」
そう言うとノーランは教壇の上にあるバインダーを開いて、一度視線を落とすと閉じて、みんなのほうを見る。
「それじゃー、上位チームから発表するぞー」
その言葉を聞いて、生徒たちは先ほどまで騒いでいたとは思えないほど、ヒリついた緊張感を漂わせた。
ヒメカは固唾を飲んでノーランを見つめる。
「・・・・・・となんと3位は同率でレオチームとマリネチーム、以上だ。お疲れさん。じゃあ次は下位チームな」
えっ・・・?私のチーム上位なの!?エリオは落とされて、私もダメージ受けちゃってたじゃない?他のメンバーも捕まってたのに!?マリネはどんな魔法を使ったのよ!?
ヒメカは勢いよく隣の席のマリネを見ると、マリネは余裕そうににっこりと手を振る。ヒメカはハハハと唇をヒクつかせた。
「んーン?ヒメカはウチがいるチームが負けるとでもー?」
してやったりといわんばかりにマリネはニヤッとしてヒメカを見つめる。
「そ、そんなことは思ってもないけど・・・。それにしてもどんな魔法使ったのよ!!!」
「んーン?ウチは何にもしてないわよー?」
「でも、私たちのチーム結構ダメージもらってたじゃない!」
マリネはヒメカのぷにぷにの頬をツンツンとしてにっこりと笑顔を見せる。
「そーぉ?でも試験ってリーダーが受けたダメージ量と与えたダメージ量が特に重要ってノーラン先生言ってたじゃない?」
顎に人差し指を当てて上を向きながら考えるヒメカの姿を見て、マリネはクスクスと笑う。ヒメカは不満そうに頬を膨らませる。
「た、確かにそんなこと言ってたような・・・」
「ヒメカってば聞いてないもんねー?そういう話。ま、リーダーだとダメージ受けるとその分得点引かれちゃうから、ウチはヒメカを囮にしてたんだよー」
「う、うるさい!なんでマリーの身代わりみたいになってんのよ!」
ヒメカは何かを思い出したようにはっと目を開いた。
「えっ、でも、最後、マリネはダニエルに追い込まれてたわよね?」
「そーぉね。ダニエルから一発貰わないようにだけ、気を付けてればよかったし、楽勝ー楽勝ー」
マリネはVサインをそれぞれの手で作り、ニヤリと八重歯を見せながら小悪魔のようにマリネが笑う。そんなマリネを見てヒメカは顔を引きつらせながら笑顔を取り繕う。束の間、ヒメカは怪訝な表情を浮かべた。
「えっ・・・?あのチームってダニエルがリーダーじゃないの?」
「ん―ン?違うよ。レオがリーダーなんだよ、あそこ」
「へ、へぇ・・・」
「だから、ヒメカがレオを怒らせてひきつけてくれたからこそ、ウチが悠々と倒せたんじゃない!チャンスさえあれば上位入れると思ってしねー」
「ほんとマリーが敵じゃなくてよかった」
「そーぉでしょ!?時間切れまで持っていけたら、レオを倒した得点で逃げ切れるって計算だったしねー」
ヒメカは眉をひそめたが、マリネが黒の時計を見せてきたのを見て、ハッと思い出す。
あっ・・・!!!そうだ、黒の時計をつけなおした時に時間を見てたし、ダニエルって子にやられそうになってた時も私に時計を見せてたわね・・・。確なんて恐ろしい子・・・。敵じゃなくてよかった・・・。
「さーぁ!ネタバラシもして、ヒメカも安心できたことで・・・ね?」
ニヤニヤしながら両手の指を立ててじわりとにじり寄ってくるマリネに、身の危険を察知したヒメカが辺りを見渡す。気づけば教室から生徒たちが出ていき残っている生徒のほうが少なかった。
「ひっ!!!!やめなさいよっ!!!!・・・・・・ね!ノーラン先生!」
「だーぁめ!!!二人の時間だもの!」
ヒメカはノーランに助けを求めるように手を伸ばすも、マリネはさせまいと腕をつかんで降ろさせる。ノーランは力なく手のひらを仰いだ。
「ん~~。もう終わったし、いいぞー?」
「さっすが!さ、先生公認だよね?さぁ、ウチの部屋にいこっか?」
「ああああああ!!!!ノーラン先生のバカああああ!!!!」
座っているヒメカをマリネは無理やりお姫様抱っこして颯爽と教室から出ていった。エリオとチームメイトが話している横を通ると、エリオは引きながら笑いつつ、チームメイトたちは呆れかえっていた。
「な、何やってんだ!アイツらは・・・。反省会はどうした!」
「そっとしておいてあげてね~。マリーちゃんのご褒美たいむなんよ」
「ヒメカ・・・、僕には応援しかできない・・・!ファイト・・・!マリネさんの気が済むまで自由にさせてあげて、僕らはチームの部屋で待ってよ?」
「そ、そうなのか・・・?」
「ほおら、行きますよ~」
「お、おう」
エリオとチームメンバーはただただ見送るしかできず、教室から出てチームの部屋へと向かっていくのだった。




