第十話 「使いたくない魔法」
日差しが強く教室を明るく照らす。生徒たちの声が廊下まで聞こえている。
――ガラガラ
勢いよく教室のドアが開くと、大きなあくびとともにノーランが入ってきた。教室にいる全員の視線など気にもせず、頭をポリポリと掻いて教壇に立つ。
「ん?どした~?何かあったか?」
「ノーラン先生、今何時だとお思いで?」
「ん~?・・・だいたい八時だな」
ノーランは時刻を言ってから教壇の後ろの壁にかけてある時計をのけ反りながら見た。短い針はほぼ九を指しており、長い針は十を指している。
「よし、間に合ってるな」
時計を見てもなお、ノーランはニコッとするだけで持ってきた手帳を開いて授業を進めようとする。しかし、ノーランに納得している者は誰も教室にはいなかった。マリネやマリアは乾いた笑いを漏らし、ダニエルやレオはノーランのほうすら向かず、窓の外を眺めていた。ノーランが手帳から顔を上げてみんなのほうを見ると、不満そうな反応に首を傾げる。彼の反応にいの一番にヒメカが反応し、机から身を乗り出してノーランを指さした。
「もぉ、全然間に合ってないわよ!?」
「あらあら、ノーラン先生はお寝坊はんどすなあ」
「先生・・・それはさすがに無理がありますよ・・・」
あまりの騒ぎようにノーランはヘラヘラとしながら片手で謝る。
「わりぃ、わりぃ、ちょっと人生について考えていたら、時間を見間違ってたらしい。あはは、よくあるよな!」
「なわけあるかー!」
「そ、それは先生、ちょっと厳しいですよ・・・」
「まあまあ、落ち着けって。そろそろはじめるぞ~」
教室のみんなが先生の苦しい言い訳に各々突っ込んでいく。ノーランは咳払いをして場を収める。すぐには収まらず、ノーランがさらに大きな咳払いをすると、ようやく生徒たちは静かになった。ある二人を除いては。
騒めくクラスメイトたちとは違い、レオとミズキは席をぴったりとくっつけて、自分たちの世界を堪能していた。レオは背もたれにガッツリ体を預け、頭の後ろで手を組んでもたれかかっている。その胸元にミズキはスッと入り込んで幸せそうにうっとりとした表情を見せていた。
「んだよ、センセー遅れてくるなら、俺らも遅くくりゃよかったぜェ」
「ほんとね~、レオ。ゆっっっくり二人でこの時間過ごせたじゃん~。もったいな~~~い」
レオが天井に向かってあくびをすると、ミズキもレオを見て同じように小さなあくびをしてから、ぷくっと不満そうに頬を膨らませる。
「・・・・・・レオ、ミズキ、静かに・・・・・・」
「おお、ダニエルは先生の味方だな~、うれしいぞ~!後でアメちゃんをあげよう!」
ダニエルの言葉にノーランは頷きながらアメを差し出すも、ダニエルは見向きもしなかった。
「いらない」
素っ気ないダニエルの言葉にノーランはガクッと肩を落とした。そんなノーランを見てミズキが口に手を当て、堪えきれない笑みを零しながらノーランを指さす。
「センセー、超だっっっっさ!アタシがさ、誘い方教えてあげよっか~~?」
「いいねェ?ミズキいいこと言うじゃねぇか」
「でしょでしょ!」
ミズキの言葉に、さっきまで眠そうにしていたレオもノーランのほうを見てプッと笑いを零した。乗ってきたレオにミズキはさらにヒートアップし、口元に人差し指を当てながら、ノーランを上目遣いで見つめる。
「あ、でもでも~、見た目から直さないとダメじゃんね!いっそ人生からやり直しちゃう~?そっちのほうがカンタンに~、カッコいい感じになれるかも~~!」
ミズキがノーランにトドメの一言を浴びせると、ノーランは指を鳴らして、姿を消す。
「ミズキくん。君は俺を怒らせたな?」
「・・・えっ・・・うそ・・・!?」
「・・・・・・なっ!?」
ミズキはおろか、隣にいるレオも呆気に取られるほど様変わりしたノーランがいつの間にかミズキの机に座っていた。彼女の瞳の先には鋭い刃先が突きつけられている。先程までの空気が一変し、教室にいた全員が驚きを隠せなかった。
刃先から辿るとだんだん刃が太くなり、大きく湾曲していく。柄は細長く、びっしりと髑髏が並んでいる鎌をノーランが持っていたのだ。それだけではない、先ほどまで髪の毛がボサボサで見るからに猫背だったノーランが、髪をワックスで固めたようなオールバックになっており、背筋もピンと伸びている。さらには、細く垂れていた目も刃先のようにキリっとした鋭利な視線へと様変わりしていた。
「ほーぉ?どうしたら、一瞬でそんなカッコよくなれるんだ?」
マリネは机に頬杖を付きながら感心した目でノーランを見つめる。ノーランは姿勢を維持したまま、マリネに視線だけを向けた。
「めんどくさいから、あの姿なんだよ。いちいち魔法を使わせないでくれよ~」
「ふーン?そっちのままで頑張ったほうがいいと思うのに」
「うっせ、これが俺なんだよ。ほら~、今度こそみんな始めるぞ~~!全員座りな」
ノーランが再び指を鳴らすと、瞬く間に教壇へ戻っていた。いつも通りのボサボサで猫背な姿で。
「はいはい。んじゃ、今週の残りの日は各チームで練習する時間なんで、みんな頑張ってな。めっちゃ近いけど来週にはまた試験をするぞー」
教室にいた生徒たちは、ため息交じりに声を漏らす。ノーランはパンパンと軽く手を叩くと、サッと全員が口を閉じ、教室は静かになった。みんなの態度にノーランはニッと笑みを浮かべて話をつづける。
「チームの順位があるところまでは一緒だ。ただし、違うところがある。それは、この試験より先は、自分のチームだけで戦うわけではないってこと。一師団になるわけだ。師団の編成は前回の試験の結果と今回の試験の結果を踏まえた順位で編成を行うから、しっかりと励めよー」
先ほどのかっこいい面影は嘘のように消え去って、いつも通り面倒くさそうにノーランは頭を掻いたりあくびをする。ノーランの話が終わる頃には、思いがけない出来事に動揺していた生徒たちもいつものノーランの姿を見て、落ち着きを取り戻していた。中でも全く興味なさそうだったレオは打って変わって、机に片足を乗せて拳を握り締め、身を乗り出す。
「んじゃあ、俺のチームが一位もらったも同然だぜェ!」
「ほんとだよねー!レオはカッコいいもん!あ、でもレオがもっとカッコよくなったら・・・レオにキュンってなっちゃうから、アタシももっっっと強くなっちゃうもんねー!」
そんなレオの姿にミズキは目を輝かせて見つめ、何度も頷く。マリネはそんなレオとミズキをつまらなさそうに見る。
「あーぁ。うるさいなー。やられた組は黙ってなっての」
レオはバッとマリネのほうを見て指をさした。
「ほざけェ!マリネェ!今度は簡単にはやられねェからな!それに・・!」
「・・・・・・レオ?・・・・・・」
「っち、分かってるってェ!」
ダニエルが黒ブチ眼鏡の隙間からレオを鋭い視線で見つめると、レオは急に焦った様子で口をつぐむ。
ニヤッと八重歯を出すマリネの隣でヒメカはそっと視線をそらして机の上に伏せる。
うわー。あれ絶対何かマリネが思いついた!って得意げな顔してる---!もう次の試験も来ちゃうし、本当に何もないことを祈るーーー!!!
ポンポンと肩を叩かれ、ヒメカはノーラン先生かと思ってばっと顔を上げると、にっこりとしたマリネの顔が広がっていた。
「まーぁ、大丈夫だっての。ウチがヒメカを大事に大事に囮とするからさ」
「今囮って言ったなー!?もぉ、大事じゃないんでしょ!!!」
「えーぇ?違うよー。ウチの大事なお人形だもの~」
「悪化してどうする!!!」
ヒメカとマリネがじゃれ合ってるのをよそに、レヴィンとマリアがノーランの元へと歩み寄った。レヴィンは拳をポキポキと音を鳴らしながらノーランに問いかけた。
「ノーラン先生。練習期間は誰とでも勝負していいのか?」
「ん~?まあ、ケガさえしなきゃいいんじゃない?」
ノーランはあくびをしながら眠たそうに答えると、レヴィンは目を見開いてノーランに迫る。
「先ほどのノーラン先生と手合わせをお願いしたい!」
「えっ!?そいつぁ、ムリだな~」
レヴィンが拳を差し出すも、ノーランはそっと手を添えて拳を降ろさせて、手を仰いだ。ノーランの言葉にマリアが首を傾げる。
「えー、そやけどノーラン先生は来週まで授業あらへんよねえ?」
「俺には夢の旅路が待ってるんでな、すまんな」
ノーランに手合わせを断られてがっくり肩を落とすレヴィンを見て、マリアは肩をポンポンとしながら席へと戻っていく。その隙にノーランはパンパンと手を叩いて、騒がしい教室をあっという間に落ち着かせた。
「よーし、それじゃあ、解散するぞー。各自、準備して万全の状態で挑むようにー!じゃあ、またな!」
ノーランは言い残すと先ほどのだらだらとした歩きとは別人のように、猛烈なスピードで教室から飛び出して去って行ってしまった。
「はーぁ、いっつもあんな感じなんだよなー。あの先生は。というわけでウチらも行きましょか」
マリネが立ち上がると、ヒメカを筆頭にマリネについていき、教室を後にしたのだった。




