第一話 「心を蝕む私の魔法」
『憂う心の隅から 漆黒の雨が降り注ぐ
心の蔵から指の先にいたるまで 冷酷な黒に染まれ
溺れ 藻掻き 苦しみ 渇望せよ
汝らの未知の力を 凝視せよ 刮目せよ
我が身を使い 模倣せよ 顕現せよ 再現せよ
比類なきその力で まだ見ぬ世界へ 我を導け
目と心へ 憎悪を 羨望を 焼き付けよ
誰とも知らぬ心に 蝕まれぬよう
己の意思が 打ち砕かれぬよう 貫徹せよ』
「蝕む反抗心!!!!!!!」
――当ったれええええ!
心で叫びながら、睨みつける二人のほうへ人差し指を向けた。人差し指の先に渦巻く黒の炎の玉がバチバチと火花を散らして大きく膨らみながら飛んでいく。
「や、やめろおおおおお!このクソアマあああああああ!!!」
「いやああああ!いっっっっっったいの無理ぃ~~!」
絶望する二人を他所にクソアマと呼ばれた女の子が、黒い火の玉が当たるほんの少し手前で手のひらをギュッと握ると、大きな花火のようにドカンと弾けた。
――1――
輝く一桁の数字。
ほんの数秒前まで絶望と絶叫が入り交じった表情をしていた二人は、一瞬にしてその表情は嘲笑に変わり、魔法を放ってきた人物に向かって指をさした。
「っぷ。派手な見た目と釣り合わねぇ、クソ雑魚な魔法はよォ!!」
「くっさっ。ほんとね?めっっっちゃド派手な魔法だったからぁ、もうレオ死んじゃったと思っちゃった」
「勝手に俺を殺すなっての、ミズキは俺を信じれないのかよォ?」
もぉ、なんでこんなダメージしかでないのよぉ。がっくりと肩を落とし、溜息をつく。
レオはミズキの額を人差し指で弾く。ミズキは後ろに反った反動を利用して食い気味に目を光らせながらレオに顔を近づけた。レオはミズキを抱きかかえると、ミズキがレオの唇に人差し指を当てて、トロンとした目で見つめる。
「あっ!でも、でも、レオと一緒に死ぬのはいいカナ!?」
「そんなんでいいのかよォ?こんなやつにやられるんだぜェ?」
「そんなのやだぁ。こんなやつに殺されるのなってまっっっぴらごめんだっうの!」
「それなァ!デケェのは乳だけにしとけっての!なんだよダメージ1ってよォ!」
「あっっっっっははは!ほんとそれ!アタシの足元にも及ばないじゃない!」
いつになったらド派手に弾けてくれるんだっての。もぉ。
魔法を打った少女は拳を握って、苦虫をつぶしたような顔をした。
一方レオは、笑い転げるミズキを立たせ、目の前にいる少女のほうを向かせて、指さした。
「ミズキ一人でも片手で倒せんじゃねェ?」
「ほんとだよねぇ!一瞬このクソビッチに殺されるんじゃないかってヒヤヒヤしたっつうの。アタシの心配返してよね~?」
もぉ。一か八か時間稼ぐか。遅いんだよなぁ・・・。あいつらは・・・。
魔法を撃った女の子は振り返って大きな果実を揺らしながら距離を取っていく。
「オイオイ、当て逃げかァ?ダセェなほんとによォ!」
「まぁ?ちょっっっっとくらいなら追いかけっこ付き合ってあげましょ?少しくらいは楽しませてよね?」
「ふっざけんな!大人しく私の魔法でやられといてよ、もぉ」
「現実見ろよなァ?どこの世界に1ダメージで死ぬバカがいるかってんだ」
「アホでもわかることがわかんないの?あっ!そうだよねぇ?今じゃ追われるだけの獲物だもんねぇ?ほんっっっっっとカスだねぇ!」
レオの肩にミズキが手を乗せると、レオはさっとミズキをお姫様抱っこをし、そのままピンク髪の女の子を追いかける。
「きゃっ!レオかっこいい~!」
「さ、これから楽しい狩りをしようぜェ!」
「うんっ!」
いちゃついてんじゃねぇよ。戦場とデート場を間違えるほどの低能なやつに追いかけられるなんてほんといや。もう一発お見舞いしてやるか、もぉ。それにしても、あいつらどこほっつき歩いてんだか。なんで私だけこんな目にあうのよぉ。
ピンク髪の女の子は目と鼻の先にあった丸太を蹴り上げて、二人との距離をさらに取った。クルっと二人のほうを向き直して、頬の横で人差し指を立て、ドス黒い炎の渦がグルグルと蠢き炎の玉を形成する。
「今度こそお見舞いしてやるよ!!」
「あっははは!ヤケになってやんの!」
「どぉぉせまた1ダメージだろォ?わかってんだっての!」
レオが足を止めると、ミズキはぴょんと飛び降りて、レオの肩に手を置いた。二人してピンク髪の女の子を見ながら口元に手を当てて笑いを堪える。
「じゃあ、当たってみればいいじゃない!それで白黒ハッキリするでしょ?」
「っふ、なめられたもんだぜェ」
「ねぇ?あがいたってムダだっつうの」
「まァ、やられる前に一回やってみろよ、止まってやるからよォ?」
「きゃっ!レオやっっっさしい~!」
「てめぇの遺言が詠唱になるんだァ!感謝しろよなァ!」
「うるさいっ!!」
歯ぎしりを立てながら二人のほうへ人差し指を指すと、炎の渦は二人のほうを目がけて火花を散らしながら飛んでいく。
バカで助かったわね。詠唱長いんだから挑発してのってくれないと困るのよね、もぉ。これでちょっとは時間を稼げたはず。あいつらぁ~~!!ほんと早くきなさいよね、もぉ。爆発にも気づかないなんて目ついてるのかしら。
「目を瞑ってなァ!」
「うんっ!」
「もぉ・・・!!最後までいちゃついてんじゃねぇ!!!」
手のひらを開いてギュッと握り締めると二人の目の前が爆発した。レオは素早くミズキの前に立って爆発を受ける。
――1――
レオは片手で煙を払った。ミズキはレオの胸元に隠れてニヤニヤしながらレオのほうを見つめる。しかし、すでにその隙をついてピンク髪の女の子は背を向けて走り出しており、さらに距離を離されていた。
「あァ?小賢しい真似しやがって」
「ほんっと、つっっっっつかえないクソアマだね?」
「そうだよなァ!そんなしょうもないことしかできねぇから囮くらいしかできないんだろォ?さァ、死ぬ準備はできてんだろうなァ!?」
「あぁん!レオのかっっっこいい姿みたいなぁ~~!」
「いいぜェ!さァ!パーティーの時間だァ!」
『己が信念を 誇示せよ 自負せよ
我が拳をもって 破壊せよ 粉砕せよ
積み上げた 瓦礫 死体 数こそが己が自信
我が拳の 力の源となりて
凝縮せよ 硬化せよ 硬変させよ
壁よりも高く 闇よりも硬く 勝利の音色を響かせよ
過去など捨て 現在を砕き 未来を切り開け
蹂躙せよ 浸食せよ 強奪せよ
己が拳で 高く 貫き 道を切り開け』
「貫く自尊心!!!!」
レオは左手で右手を指先から腕をなぞると、次第に腕が黒く染まる。黒く染まった腕はパキパキと音を立てながら太く固くなっていく。
「この拳で、お前の理想ごと潰されちまいなァ!」
レオが威勢よく地面をけり上げてピンク髪の女の子のほうへ飛んでいく。
「レオの言うことはアタシの人生、アタシのしあわせ!だ、か、ら、あんたなんか一瞬でぶっっっころしてやる!!感謝してよね、アタシとレオが痛みすら覚える間もなく一瞬でやっつけてあげるんだから」
『願うもの 欲するもの 愛するものを我が手に
窮地を脱する力を 我が手に宿し 彼の者へ分け与えよ
放たれる力は 愛情 慈愛 愛念 全てに愛を与えよ
思わざる者には 羞悪 嫌悪 憎悪 全てに罰を与えよ
己が愛するものには生を 己が罰するものには死を
世界の理は 我が慈愛の心で 闇夜に終止符を
愛しき者たちに 祝福を 賛美を 栄光を もたらせ』
「際限ない愛!!!!!」
ミズキは人差し指を唇にそっと当ててから手のひらを返して息を吹きかける。すると、三つの光が手のひらから放たれた。二つの光は弓矢となって防御する間も与えないほど素早くピンク髪の女の子に当たり、少女は吹き飛ばされて地面に倒れた。残りの一つの光はハートに変形して、レオの足に張り付いた。レオのスピードはみるみる加速して、ピンク髪の女の子の元へと瞬く間にたどり着く。
「じゃあなァ!1ダメしかだせねェことを後悔してろ!!」
「ざぁこ!」
「クソ・・・」
あーあ、もぉだめね。そんなコンビ技出してくるなんて想定外。ほんとついてないなぁ。もぉ。あんな気持ち悪いカップル見せられて落ちるなんて本当に最悪な日だなぁ...。
ピンクの髪の女の子は諦めたように顔をすっと降ろして、ギュッと目を瞑った。




