バラバラな私たちの旅
「私が聖女です!その証拠に……やぁっ!」
指先から真っ白な光が放たれる。いつの間にこんな手品を……いや、違う。これが魔法か。
「おおっ!この聖なる力!確かにあなたこそ異世界から現れた聖女様!我々を救ってくださる方!」
「そうなるともう一人は……ただのおまけか。こっちはもういいだろう、おい!」
私の周りを兵士たちが囲んだ。無理やり引っ張られるわけではなく、しかし変な動きはできないように私を別のどこかへ連れていくようだ。
(このまま離れ離れ?まさか……)
ひとまずは逆らわずに部屋を出た。そもそもいきなりこの場所に来てしまい、わけがわからないままだ。一通り説明をされてはいるものの、理解も納得も全くできていない。
「私はこれからどこへ?」
「聖女様は華々しい道を歩むが、お前は不要な人間……暗い地下の牢で死んでもらう。いらないやつを間違って異世界から連れてきたと知られたらいろいろ面倒だからな」
「………マジか………」
私を見送る時のあいつの表情はいつも通りだった。普段は小さな虫やちょっとした物音にも驚いて飛び上がるのに、この異常事態が始まってからあいつはずっと落ち着いている。
(どうなってるんだ?急がないと時間がないぞ……)
魔法を自在に使いこなし、自分は選ばれるが共にいるもう一人は消える。この展開が事前に全てわかっていたからあんなに冷静だったとすれば……。
(損な役を押しつけられた?あいつはそんなことをするような………いや………)
この窮地で始めて私は気がついた。あいつのことをほんとうの意味で知っているとは言えないと。親友どころか友人ですらなかったのではないかと………。
私の名前は『北山 紗緒』。どこにでもいる会社員だった。給料はもっと欲しいと思っていたけど残業や休日出勤はあまりないホワイトな職場で、現状に不満はなかった。
『試合終了!横浜アンノーンローズが2対0で快勝!先発の太刀川は開幕から負けなしの12連勝!』
「やった!今日も勝った!」
「横浜サイコー!」
仕事が終わってから野球観戦を楽しめるほどの余裕もある。応援しているチームが勝って、疲れも吹っ飛んでいい気持ちだ。
「安心して見れたね。いい試合だった」
隣りにいるのは『加藤 和子』、私の同僚だ。横浜ファンだったことがきっかけで仲良くなり、最近はこいつと二人で球場に行く。
「序盤は少し危なかったけど……」
「まあそれくらいはドキドキしないとつまらない。相手にも見せ場を与えてやらないと」
私から見ればあんなものはピンチのうちに入らない。でも加藤は顔を手で覆ってしまい、指の隙間から恐る恐る眺めていた。気が小さいにも程がある。
「加藤くん、週末はどうする?また競馬場に行こうか?」
「……ごめんなさい。ちょっと用があるから……」
仕事のあとの誘いは快く応じてくれる。しかし休みの日は断られることが多く、今日もだめだった。
「わかった。なら他のやつに声をかけるよ」
せっかくの休日まで職場の人間といっしょでは息が詰まるか。仕事終わりに付き合うくらいがちょうどいいと思われているようだ。具体的な理由を挙げずに断るというのは、まあそういうことだろう。
加藤さんと深い仲になるのはやめたほうがいいと忠告してくる連中がいる。一見大人しく真面目だけど実は休みの日、怪しげなことに手を染めているという。過激な政治活動、変な宗教の集まり、謎の薬の開発など、噂にはきりがない。
話がいろんな方向に進みすぎていて、とても信じる気にはならない。しかしあいつの裏の顔を全く知らないのも事実だ。
(しつこく聞けば教えてくれるかもしれないけど……そういうことじゃないんだよなぁ)
実のところ、加藤が休日に何をしていようが構わなかった。これまで通り会社ではいっしょに昼飯を食べるし、球場で大きな声を出して盛り上がる。
私が残念なのは、加藤にとって私はそこまでの存在だったということだ。もし周りから見れば怪しくても、自分がいいものだと思っているのなら私を誘ってほしかった。私は野球以外にも競馬やプロレスなんかにあいつを連れて行こうとした。
(他人に過ぎない……か。友達だと思っているのは私だけだった………)
二人で歩いていた帰り道、突然目の前が真っ暗になった。そして気がつくと日本ではない、いや……時代も違うどころか全く別の世界に飛ばされていた。服や所持品はそのままで、なぜか外人たちと会話ができる。そして加藤は魔法を使い、私を闇に渡した。
この地下牢から脱出する方法を真っ先に見つけないといけないのに、余計なことばかり考えていた。
「あいつに話を聞く必要があるな……」
加藤は絶対に何かを知っている。この謎の世界について、魔法の出し方、元の世界に戻る手段……聞きたいことは山ほどある。
「その機会があれば、だけど………ん?」
二度と会うことなく私は殺されて終わり、そんな最悪のシナリオを思い描いていた時だった。いくつかの足音が迫ってきた。
「………」
「おおっ!加藤!よかった、ここから出してくれるように言ってくれ!」
王子様と呼ばれていた偉そうな男と数人の兵士を連れていた。こいつらはすでに加藤の言いなりだろうし、ひとまずここから出られそうだ。
「……………」
「あ……あれ?」
何か様子が変だ。こんな冷たい目をしているこいつは初めて見る。加藤のほうが背が高いとはいえ、いつもより上から見下ろされているように感じた。
「………あなたはこの世界にいてはならない存在です。召喚された人間が同時に二人……混乱と災厄をもたらすでしょう」
「は……は―――――――――??何言ってんの!?」
後ろにいる男たちが言うならまだわかる。でもお前は私と同じでこの世界に来たばかりだろうが。そんなことがどうしてわかるんだ。
「明日の朝に処刑しましょう。せめて一晩は心の準備のための時間が必要でしょう」
「さすがは聖女様!無価値な者にも慈悲の心を忘れない……なんと高潔で神聖な人なんだ!」
「美しすぎる!女神が人の姿をしているぞ!」
ここにはバカとアホしかいないらしい。意味もなく処刑するのにどこが慈悲なのか、説明してもらいたい。この世界は知性が極端に低いようだから、学校や会社では平均以下の私でも天下を取れるかもしれない。
「彼女を一人にしてあげましょう。明日になれば死を受け入れ、安らかな気持ちになっているでしょうから」
「こ、こら!ちょっと待て!そんなわけあるか!」
男たちと共にさっさと帰ってしまい、何をしに来たのかまるでわからない。突然始まった新たな世界での生活が早くも明日で終わりそうな私に対し、あいつは輝く未来が約束されている。ただ、それを勝ち誇るために顔を見せたという感じでもなかった。
「まずいな……こっちで死んだらむこうに帰れる、そんな甘い話はなさそうだし……ん?」
足元に丸められた紙が落ちていた。そこにはぎっしりと文字が書き込まれていて、内容を見る前に筆跡で加藤のものだとわかった。
(これを私に渡すために来たのか……)
こっそりと置いていったということは、他の連中に見られたら困る内容なのだろう。
「どれどれ………ん?」
『この世界はゲームの世界、私は物語も登場人物も全て知っている』
読んでいる漫画や小説、やっていたゲームの中に入ってしまうなんて物語もあると聞いたことがある。私はこんなゲーム知らないから、ほんとうに加藤に巻き込まれただけのようだ。
『いきなり私が魔法を使って驚いただろうけど、実は紗緒ちゃんも魔法が使える。私たちは二人とも聖女の力を持っていて、ゲームの主人公なのは紗緒ちゃんのほう!』
「えっ………」
『どんな魔法でもここからは簡単に脱出できる。お城を出たら『偶然』野生の白い馬がいるから、それに乗れば街まで勝手に行ってくれるはず』
物語を知らない私のために、どう動けばいいか書いてあった。しかし何もわかっていない私が主人公側とは……。
『このゲームは恋愛がメイン、でもバトルも真剣にやらないとゲームオーバーになる。誰でもいいから気に入った人と仲良くなれば強くなれるシステムで、いっしょに仕事したりデートしたりすればいいよ』
「……ゲームだから何でもありなのか?いくらゲームの中とはいえ……」
私は恋愛ゲームをやったことはない。とりあえず好感度を上げていけばいいようで、『攻略対象』になっている数人の名前と簡単な説明が書かれていた。
(なるほど……あいつ、こういうのが好きだったのか)
例えば町人のふりをして民の生活を学ぶ若き国王。昼間は上司に頭が上がらない一般兵士でも、夜になれば法で裁けない悪人を始末する凄腕の達人……どこかで聞いたような上様や仕事人だな。
(世界観やキャラクターは洋風、でも作るのも遊ぶのも日本人だからな……)
私たちの常識がそのまま通用する世界なら、案外生きていくのに苦労はしないかもしれない。
『最後に……順調にシナリオ通り進めば、紗緒ちゃんはちょうど一年後にこの城に帰れる。そこで真の聖女になって、ハッピーエンドは約束されている!頑張って!』
メモ書きはここで終わっていた。周りの目を盗みながら短い時間で書いただろうに、とても充実していた。
「シナリオ通りか……まるで私が画面の先にプレイヤーに操られてるみたいだな………ん?真の聖女?」
引っかかる言葉だった。私が聖女として認められたら、加藤はどうなるのだろうか。私が主人公役なら、あいつはきっと悪役だ。主人公を牢屋に入れて殺そうとした憎き敵で、最後の戦いに敗れて全てを失う未来が定められている。
「わざわざ大逆転劇の負け役になろうとするなんて……」
物語通り行動することで自分が悪役になり、私を生かそうとしている。変なことをしたらストーリーが変わり、ゲームを知っている加藤でもどうなるかわからなくなる……それを恐れたのだろう。
「いくら今はイケメンたちにチヤホヤされていても……一年後に破滅するとわかっていたら楽しくないはず……いや、だからこそやりたい放題できるって考え方もあるかな?」
加藤が演じようとしているキャラクターは、『友人を地獄に落としてでも華々しい世界を楽しもうとするどうしようもない女』だ。聖女の地位を利用して贅沢の限りを尽くすのは目に見えている。
「でもあいつは堅実なタイプのはず……一瞬の快楽と引き換えに身を滅ぼすようなやつじゃない。しかしこんなゲームを遊んでいたのだから……」
表に出さないだけで、そういう欲を秘めていることはよくある話だ。一年間で一生分の楽しみを満喫しようと決めたのかも。
「考えれば考えるほど加藤という人間がわからなくなってくる………だったら!」
あいつが何を望んでいるか、考えるだけ無駄だ。そしてストーリーに任せていたら私の願いが叶うことはない。ならば私がどう動くべきかは決まった。
「お疲れでしょう。続きはまた明日にしましょうか?説明することはまだたくさんありますから」
「……そうですね。今日は休ませてもらいます」
「あなた様と共に来たあの者の処理は我々にお任せください。朝の陽が上がるまでには………あっ!?」
ちょうど私の話をしていた時に私が現れたのだから、当然兵士たちは驚いた。外に出たいと思ったら勝手に手から炎が出て、簡単に脱獄できた。加藤のメモ通りだった。
「えっ……紗緒ちゃん!?」
その兵士たち以上にびっくりしていたのが加藤だ。私が地下牢から逃げられる力があるのはわかっていても、城を出ずに王の間に戻ってきたことは全くの想定外だったらしい。
(だとすればむこうも私を全然知らないな)
私はこんなゲームをそのまま体験することに興味はない。これから出会うかもしれない『攻略対象』たちにも用はない。加藤和子が大好きなこの世界だからこそ、加藤和子のことをもっと知って近づくことができる………私が楽しみにしているのはそれだけだ。
「どうしてここに………?」
「こうするためだよ!」
眩しく輝く光を放てば、加藤以外の連中の目は見えなくなった。聖なる力を持っていないからだ。
「今のうちに……よいしょっと!」
「きゃっ!」
身体能力もパワーアップしている。加藤を軽々と抱え上げて、窓から飛び降りて脱出なんて真似もできた。これは爽快だ。
「紗緒ちゃん!こんなこと……」
「おっ、見ろ!ホントにいたぞ、白毛馬だ。サラブレッドに比べたらデカいし、二人乗っても問題ないだろ」
鞍や鐙、手綱も着けられている。毎週のように競馬を見ていたし、乗馬経験がなくてもどうにかなるはずだ。
「よし、いくぞ!しっかり掴まってろ!」
こうなったらもう加藤も私といっしょに行くしかない。共に馬の背に跨がった。
「う…うん!」
「おふっ………」
そこ以外にもたくさん場所はあるだろうに、躊躇わずに二つの胸を掴んできた。指摘すると気まずくなりそうだから何も言えず、そのまま馬を走らせた。
「……よし!城がどんどん遠くなっていくぞ!なあ加藤くん、これからどうなるかわかるか!?」
「二人で行動するシナリオなんかなかったから、わからないよ。とりあえず最初の村に行けば、うまく修正できるかも……」
「ふーん………ん?」
突然空気が重くなった。夜の闇とはまた違う暗さも手伝って、とてつもなく嫌な予感がした。
「ヒヒーン!!」
馬も怖くなったようで、足を止めてしまった。私たちを振り落とさなかっただけ偉い。
「なんだ?これもゲームのイベントなのか?」
「いや……こんなの知らない。お城を出たら何事もなく最初の村に着くはずなのに……」
このゲームをかなりやり込んでいるはずの加藤もかなり不安そうな顔をしている。ただのゲームと現実の違いならよかったが、そうはならなかった。
「誰かいる………あっ!?ま……魔王!?」
一人の男が私たちの目の前に現れた。二本の立派な角と大きな翼は、確かに普通の人間には見えない。
「ほう……ひと目見ただけで俺が誰だかわかるのか。しかし俺もお前たちのことは知っている!別の世界からやってきたという聖女だろう?見ていたぞ」
これが魔王か。だとするとゲームのラスボスか?
「加藤くん、こいつ、強いの?」
「あ、ありえない………攻略推奨レベルは90、限界まで育てても運次第で負けるのが魔王………こんな序盤に出てくるなんて………」
今の私たちは何もしていないのだから、レベルは1と考えるべきだろう。しかし恋愛ゲームじゃなかったのか、この世界は。
「お前たちなど最初は無視するつもりだった。ある程度強くなり、俺のもとにたどり着くなら挑戦を受けてやってもいい……そう考えていた」
「………」
「しかし聖女が二人、手を組んでしまえば恐ろしいことになるかもしれない。できるだけ早く芽を摘んでおくべきだと思い、わざわざ来てやった」
後で加藤に聞いた話だと、魔王は城の様子を監視していた。兵士たちの中に姿を変えた魔物が潜んでいて、その魔物の見たことや聞いたことが魔王と共有されていたそうだ。
「……ストーリーに強引に逆らっちゃったせいだ……やっぱり無理にでも紗緒ちゃんを一人で行かせればゲームの通りに……」
「ストーリー?ゲーム?何のことだ?」
魔王はこの世界の秘密を知らないらしい。これでは話し合いで解決とはいかないか。
「力の差は歴然だ。せめて一度は攻撃する権利をやろう。さあ、かかってこい」
余裕の構えだ。防御すらせずに私たちの攻撃を受けるつもりのようだ。
「なあ加藤くん……あいつの弱点は?」
「だいたいの攻撃は通る。でもそれはレベルを上げて、威力の高い魔法や技を使ったらの話。今の私たちが何をやっても……」
「やってみなきゃわかんないだろ!たぁっ!」
強化された身体能力で試してみたいことがある。魔王に向かって突進した。
「聖女のくせに捨て身の体当たりか?まあいい、あえて受けてやろう。こんな攻撃を防いだり避けたりしたら部下どもに笑われてしまう。魔王様も案外臆病ですね、とな!」
「それならありがたくいかせてもらう!フン!」
筋骨隆々な魔王の身体を空高く放り投げた。こんなことができるのはこのパワーに加え、魔王が受けの態勢でいてくれるからだ。
「どんな攻撃でも……むっ、これは!?」
魔王を空中で上下逆さまにひっくり返し、その頭を私の両足で挟んだ。そのまま体重を乗せて準備は完了だ。
「こんな技知らないぞ……何をするつもりだ!?」
「黙って受けてみろ!落下開始っ!」
この技は私も自分でやったことはなく、見ただけだ。しかし乗馬と同じように、数え切れないほど見てきた動作をイメージ通りにできる力が今の私にはある。だったらこれしかない。
「くらえっ!!脳天杭打ち、パイルドライバ――――――ッ!!」
こんな高さから落とすパイルドライバーは漫画の世界でしかありえない。しかもプロレスの試合のパイルドライバーとは違い、相手を守ってやることはしない。地面に頭を串刺しにするつもりで放つ、危険な殺人技だ。
「タァ―――――――――ッ!!」
「ゲギャ――――――………」
完璧な手応えだった。まさかこんな技、ゲームの主人公は使わないだろう。ありえないことをするからこそ、奇跡が起きる。
「まさかこの俺が………ゲヘッ」
なかなか整った顔をしていた面影もなく、頭と首を破壊されて魔王は事切れた。重い空気が元に戻り、不自然な闇も消えた。
「あの噂は本当だったんだ……!レベル1で魔王に即死技を使えば成功するっていうのは!」
「えっ?そんなのあったの?」
「でもレベル1じゃそんな技は覚えていないし、そもそも魔王との戦いまで進めない。ありえない話だったんだけどね」
裏技、バグ技というやつか。そんな遊び心があるゲームなら、聖女がプロレスをしても驚かない。探せばリングも見つかるかもしれない。
「終わってから言うのもあれだけど……あの魔王、殺しちゃってよかったのか?」
「全キャラクターを攻略した後に出てくる隠しキャラだったけど、私はあまり好きじゃなかった。倒さないと私たちがやられていたし、あれでいいよ。最大の敵がいなくなったから、かなり楽になった」
加藤がそう言うなら問題ない。再び馬を走らせた。
「加藤くん……もしかして週末の誘いを断ることが多かったのは、このゲームをやりたかったからか?」
「リアルイベントもたくさんやってたからね。あ、野球や競馬は楽しかったけどプロレスは全然興味がなかったから断ってただけだよ」
そうだったのか。もし元の世界に帰れたとしてもプロレスはだめか。
「会社の連中が政治や宗教、怪しい科学にハマってるとか言ってたが、それは………」
「う〜ん、間違ってはいないね。まあ全部ゲームの話なんだけど………」
加藤は困った顔で説明し始めた。ゲームのエンディングはたくさん用意されていて、第三王子と共にクーデターを起こして支配者となる、教会のトップと組んで新たな神として君臨する、現代の知識を利用して科学の力で世界を乗っ取る……様々なものがあるという。
「とても人気があるゲームだからね。メインキャラごとに大きな集まりがあったんだよ」
「そうなのか。全然知らなかった」
普通のニュースでも度々話題になるほどのゲームらしい。まあ加藤もプロレスについてはほとんど知識がない。ちょっとしたズレがあるだけだ。
「ところで……海と山、どっちが好き?」
「山」
「紅茶とコーヒーは?」
「紅茶」
思っていた以上に私たちはバラバラだった。だからといって、そのせいで仲良くなれないということはない。互いの好き嫌いを尊重しながら前に進んでいけばいい。
「あれ?そっちは村の方向じゃないよ?」
「いいじゃないか。もうストーリーはめちゃくちゃになったんだ。馬の気持ちに任せよう」
ゲームの主人公の人生をそのまま演じるのは気に入らない。知識を利用して主人公以上に成功するのも面白くない。全く知らない場所に行って知らない人たちに会うのが本物の人生であり旅だ。
「………そうだね。そのほうが面白そう!」
「ああ、決まっている未来なんかつまらない!さあ、行くぞ!」
これはバラバラな私たちが一つになる物語だ。他人に興味がない風に見えて、自分を犠牲にしてでも私を助けようとした加藤和子。サバサバしてるように見せかけて、実は執着心のある私。こんな私たちが距離を縮めるためにこの異世界は使えそうだ。
「でも紗緒ちゃん……決まっている未来はつまらないって言うけど、横浜戦は確実に勝てる太刀川が先発する時ばかり観に行くし、競馬でも堅い『鉄板レース』が好きだよね」
「……それはそれ、これはこれってやつだよ」
適当なくらいがちょうどいい。一番大事な思いさえ貫けば。
The Folk Crusadersよ永遠に!