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終電  作者: 下東 良雄
9/13

交差する時間

「さぁ、終電だ」


 戸神市駅のホームのベンチから立ち上がった晴彦。

 しかし、その手にカバンは無かった。ノートパソコンの入ったカバンはベンチの上だ。


 晴彦は会社での日常を思い出した。


『これとこれ、明日の朝までにやっとけよ』

『客の都合なんか関係ねぇんだよ! つかえねぇな、このグズ!』

『定時? 残業代? ウチの会社にそんな制度はねぇぞ』

『死ね! 契約取れなきゃオマエに生きてる価値なんかねぇ!』

『ほら、土下座して「給料泥棒で申し訳ございません」って謝れよ!』


 そして、家での日常を思い出した。


『え、帰ってきたの? ちっ……帰ってくんなよ……』

『娘の進路なんて知らないわよ。アンタ父親でしょ、何とかしなさいよ』

『一緒に腕組んで歩いてた男? 誰でもいいじゃない』

『朝帰りして何が悪いの? アンタに関係ないでしょ』

『もっと稼いでこいよ! 安月給の甲斐性なし!』


 寂しげに微笑む晴彦。

 ホームの端へとゆっくり歩を進める。

 向こうから電車が接近してくる。


 ファァァァァーン!


 晴彦に気付いた彰人が警笛を鳴らす。

 しかし、晴彦はホームの端から退く様子がない。


「人生の終電だ。オレが死ねばみんなが幸せになる」


 キィィィィィーッ!


 彰人は緊急ブレーキをかけたが、数十トンにも及ぶ重量の電車の車体はかんたんに止まらない。線路と車輪が火花を上げながら速度を落としていくが、まだ時速数十キロは出ている。間に合わない。


「幸せにな」


 笑っている娘の顔を思い浮かべながら、晴彦は迫りくる電車に飛び込んだ。


 ドンッ


 キィィィィィー…… プシュー


 電車がようやく止まる。

 運転席の窓からホームを覗き込む彰人。


 晴彦は電車に轢かれておらず、ホーム上に押し倒されていた。

 押し倒したのは、娘の夏美だった。

 夏美は、晴彦を抱き締め、身体を震わせていた。


「お父さん! あんな遺書みたいなメールで永遠にお別れなんて! 絶対に! 絶対に許さないからね!」


 声を震わせながら、夏美は叫んだ。


「夏美……」


 倒れている晴彦の胸に顔を埋める夏美。


「……お父さん、もう離婚しなよ……転職もしようよ……」

「…………」


 晴彦は何も答えられない。


「……きっと私のために我慢してくれてるんだよね……でも……そんなお父さんを見てるの、私、すごく辛いよ……」


 娘の本当の気持ちに触れた晴彦。


「……お父さん、ふたりで暮らそうよ……私もバイトと家事でお父さんを支えるから……」

「い、いや、しかし――」


 晴彦の言葉に被せる夏美。


「……お願いだから私を頼って……お願いだから……」


 晴彦のシャツが夏美の涙で濡れていく。

 そんな娘を強く強く抱きしめる晴彦。


「……情けないお父さんでごめん……ごめんな、夏美……」

「……そんなことない……情けないことなんてない……」

「……夏美……お父さんを助けてくれるかい……?」


 顔を上げた夏美は、涙をこぼしながら笑顔で大きく頷いた。


「優しい娘さんで良かったですね」


 彰人が晴彦に笑顔で話しかけた。


「ご迷惑をおかけしました……」

「念のため、事情聴取をさせてください。駅員の指示に従っていただけますか?」


 晴彦と夏美は駅員とともに駅事務室へ。彰人は電車の運行を再開させた。


 晴彦と夏美は駅員に事情を説明。幸い自動改札機も破損しておらず、また遅延した電車も最終電車ということで、鉄道会社の厚意により損害賠償請求などはなかった。しかし、自殺未遂を起こしたことは事実であり、その点については、後日鉄道会社から書面にて正式に厳重注意を受けることになった。



挿絵(By みてみん)



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