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再設計

 喧騒が去った後の廊下を格納庫へ向かって歩く、カップ容器の珈琲飲料を嗜み、ながらに携帯端末から呼び出した複数のホロウィンドウを操作して履修した事柄を復習する、復習して感嘆する。この数ヶ月ばかりは本当に驚くことばかりだった、僕の機体のことも然り、アガットのことも然り、隻腕の女のことも然り。非常扉を潜って闇の中に足を踏み入れる、ホロウィンドウの明かりを頼りに配電盤を操作して格納庫の明かりをつけた。徐々に照らされて姿を現した機体は違和感を覚える程度に、されど確実に軽量化を施されスリムになっていた。スタンドに立て掛けられた機関銃も以前に比べれば細身になり、突貫工事感もなくなってより一つの武器として成り立っているように見えた。

 眺めていたホロウィンドウの一つに機体状況が各種詳しく表記されており、一番大きく記されたものに目が止まった。機体損傷率二十パーセント、機体図でジェネレータとブースターに当たる箇所が赤く点滅している。実物を目にすれば一目瞭然、機体背面、特にブースターが熱と衝撃で変形しきっていた。機体の改修は終わったものの、これらのパーツは以前の戦争で失った機体を含めて一度に大量発注しているため、届くまではそのままだという。

 冷え切った梯子を登り、パイロットスーツやグローブを身に付けぬまま操縦席に座る。

「あれからもうどれだけたったか、まるで昨日の出来事だな。」白い息を吐く。

 そんなことをぼやいていると非常口が開く音がした、誰かと思って振り返ればいつぞやのバーで一発殴ってきた男だった、汚れたつなぎ姿で同じく珈琲飲料や携帯端末を手にしている。

「誰かと思えば、そいつはまだ動かないぞ。」誰かさんのせいでな、と珈琲飲料を呷りながら近場のワークデスクに腰掛ける。汎用機にこんな仕打ちをするのはお前が初めてだろう、とも言って。

「この珈琲中々いけるな。」カップ容器を掲げて話題を逸らす。

「当たり前だ、マスターが数量限定で入れてくれる特別な珈琲だぜ、不味いわけがない。」端末をパソコンに繋げて作業を始めた、残業らしい、因みに手当は出ないとか。それもそうだ、もう昔のようにはいかないのだから。

 この男とも随分と仲良くなったものだ、初対面で目の敵にされ酒瓶で殴られ罵倒され、最悪の出会いだったというのに、アガットという人物一人がいるだけで全て丸く収まった。それだけでなく今後を見据え戦闘スタイルを含めた改修のための案をまとめてくれた上に手続きまで済ませてくれた、あの男は何から何まで完璧過ぎた。


 そうだな、何から話すべきか。あれはジャガーノートを倒した約三週間後の話だ。


 僕は約一ヶ月ぶりに自室を訪れていた、隻腕の女と過ごしたあの部屋ではなくその隣、僕とルームメイトだったアガットが過ごした部屋だ。造りは今の部屋と全く同じで違いがあるとするならば、個人の生活スペースから細かい収納まで全てに限って清潔感があるということ。誰かさんが空けた缶ビールや下着が散乱しているなんてことはないし、酒臭くもない。後はいたはずのルームメイトがいないちょっとした喪失感、それだけだ。一ヶ月も経たないうちに知らせがあるであろう次の依頼に備えてここも誰かが使うことになるはずだ、今回はそのための荷物整理に来ていた。自分の荷物は粗方隣へ運び終えているためアガットの荷物を整理することになる訳だが、どうも忍びない。何せアガットは僕を庇って死んだ、僕が殺したも同然なのだからそんな僕が彼の物に触れていいものかと、終始そんなことに悩まされていた。彼がよく身に付けていたパナマ帽子、少し煙草が臭うコート、蜂が刻印されたジッポー。今思えば懐かしい、初めてバーに連れられて見た優雅に酒を嗜む姿は今でも鮮明に覚えている、四六時中酒に浸るどこかの誰かさんとは大違いだった。

 感傷に浸りながら遺品を整理していた時、不意にキーカードを認証する音がした、続けて扉が開く音も。この部屋を利用する人は限られている、また飲んだくれに絡まれてしまうのかと少し億劫になって振り返った、しかし扉の向こうを目にした時、僕は自分の目を疑うことになる。だってそこにいたのはボロボロになって草葉や泥、己の血で化粧したアガット本人だったのだから。驚きのあまり僕は手に持っていた物を落としてしまう、対して状況を察した彼は少し気まずそうにしていた。

「あー、その、なんだ……。生きてたよ、なんとか、な。」首に手を当てながら述べる。

 本物だ、本当にアガットだ。短い期間だったがルームメイトとして過ごした僕だからわかる、生きていたんだ。そう理解した途端喉の奥から込み上げてくる何かがあった、今言うべきか否か逡巡するものが。口を開きかけて言葉が出ないままでいた。

 すると、廊下の方から息を呑む声がした。音のした方へ僕らの注意が向いた途端、アガットが何者かにラリアットを受け床に転がる、間髪入れず寝技をかけられた。刺客か、しかし彼が狙われる理由なんて……、と言うのは僕の早とちりだった。その体格と左腕がない点で、今アガットに全力で抱きついている女がどこの誰なのか理解した。

「よしてくれビリー、骨が、折れてるんだ。」苦痛に喘ぎながら訴える、相変わらず君はこんな時間から飲んでいるんだね、とも言って。それでもビリーと呼ばれた彼女は離れず、負傷している彼を抱き枕に泣きじゃくった。

「生きてて、良かった……。」

 意外というか衝撃だった、酒を飲んでばかりで結局反省も意味をなさなかったあの人がこんなにも毒気を抜かれて子どもっぽくなってしまうなんて、まるで別人を目の当たりにいている気分だ。

 苦痛の列度に耐えかね視線で助けを求めてきたアガット、しかし僕は唖然としてしまってどうすることもできずその苦しみが終わることはなかった。最終的には騒ぎを聞きつけた警備員数名と医療従事者数名によって幼児退行した隻腕の女と負傷したアガットが引き剥がされ事態は収束した。


 あれからしばらくして診察からちょっとした治療、それらを終えて全身が包帯になったアガットが部屋に帰ってきた。その間僕はというと烈火の如く押し寄せてきた異物的情報の波に呑まれ、ジャガーノートの一戦以来まともに使ってこなかった頭をフル回転させ過去に使っていたベッドを支えに情報整理を行っていた。現在進行形で難航している。

「おれがいなかった一ヶ月、ほとんど変わってなかったみたいだな。」嬉しいように対岸に腰掛け、落ちていたパナマ帽子を拾い被る。

 おれがいなかった一ヶ月、その言葉にハッとして喉まで出かかっていた言葉が、あの瞬間からずっと言いたかった言葉が口を突いて出た。

「ごめんなさい。」身体にはまだ逡巡が残っていて面と向かうことはできなかった。僅かに笑けていたアガットの表情が引き締まる、それが視界の隅に映った。

「僕のせいで、あなたを危険な目に合わせてしまった。あなたの友人たちも傷つけてしまった。……本当に、ごめんなさい。」僕にできる最大限の謝罪だった。彼の機体が僕の代わりに砕けた記憶、彼を慕っていた男にバーで殴られ罵られた記憶、今でも鮮明に浮かぶ。あれが僕にとっての罰だったんじゃないかとも思えた。鋭い眼差しが僕を刺す、重圧がのしかかる。何を言われるか想像もつかない、代わりにやっぱりこの人は本物なんだ、なんて場違いなことを考えていた。

 ため息が一つ響く。続けてもういい、とも。

「もういいよ、そこまで反省しているなら同じ轍を踏むことはないだろうさ。」

 振り返ればアガットの目に笑みが戻っていた。

「本当に、いいのか……?」遠慮がちに尋ねる。

「同じ失敗をしなければね。」コートを弄ってジッポーと煙草を取り出し、ひとつ断りを得てから火をつける。美味そうに一口含み吐き出す、姿も香りも全てが懐かしかった。

「大事なのは失敗から何か一つでも学ぶことだ、タブーなのは何も学ばずのうのうと過ごすこと。失敗したからには大きな代償が付き物だが、だからと言って失敗をするなとは言わない、成功には失敗や代償が付き物とも言うしな。わかるな?」

 頷いた。僕は失敗してアガットという代償を払った、その上で学び同じ失敗をすることなく成功を収めることができた、ジャガーノートを仕留めることができた。だけど本当にこれだけで良いと言えるのだろうか。

「それでいい、学びがあればな。何かあれば遠慮なくぶつけに来い、これでもルームメイトで先輩だ、全部受け止めてやる。」いや今は元ルームメイトになるのか、とも言いながら。

「本当に、何から何まで……、ありがとう。」しみじみと彼の言葉を受け取った。

 やっぱりこの人は本物だ、この一言に尽きる。

「さ、辛気臭いのはここまで。せっかくだ飲みに行こう、一杯奢るよ。生存と再会、それと後輩の成長を祝ってな。」おもむろに立ち上がってコートを羽織る。僕の元気な返事を待って、彼は部屋を後にした。

 リニアモーターカーよろしく磁気を利用した高速移動が特徴の高速バスに揺られてあっという間にバーへ辿り着く、入店し何となしに二人でカウンターに着くとグラスを磨いていたマスターが意表を突かれた表情を見せた。

「生きてたのか、これは祝わなきゃな。」少し待ってなと言って裏の厨房へ消える。アガットが煙草に火をつけ煙を吐き出す頃に戻ってきた、手には棚では見ない瓶を持っていた。

「こいつはサービス、戻ってきた時のために残しておいたんだ。」そう言って二人分のグラスにロックで注いでくれる、ウイスキーだ。アガットは何ともないように一口飲んでみせ感嘆する。

「アイリッシュか、いい物を取っておいてくれるじゃないか。」そのままの口で美味そうに煙草を吸う。

 対して僕は躊躇した、正直に言って酒は好まないし飲まない、ましてやアルコール度数の高いものを割もせず飲むなど。そんな僕を見かねたマスターがニヤッと笑ってみせる、どうやら普段の仕返しも兼ねているらしいと悟った。やられた、この席でいらないと追い返すのも忍びない、飲むしかないのか。勇気を出して一口含んだ、果物やスパイス、その他様々な香りがしてほんのり甘さも感じる、喉を通せば香りが一気に鼻を抜けてアルコールが喉を焼く。咽せた、一口飲んだだけで咽せた。

「坊ちゃんにはまだ早かったようで。」などとマスターに弄られ、水が配られる。アガットがマスターを軽く諌め、僕は一刻も早く口内と喉を水で洗うべくと一気に飲み干した。その間に手元のウイスキーに炭酸が注がれる。

「お詫びにもう一つサービスしますよ、ご注文はありますか?」勝ち誇った様で尋ねられた、すかさず僕はスパゲティミートボールを注文する、案の定嫌そうな顔をされた。

「お祝いなんだ、ほどほどにやってくれ」少し遊びが過ぎる、仲が良いのは嬉しいが、とにこやかにウイスキーを飲んだ。

 そんなやり取りをしていると、不意に後ろから響く声があった。

「アガット……生きてたのか?一ヶ月も音沙汰なかったから心配したんだぞ!?」聞き覚えのある声に驚いて振り返る、はやりそこにいたのはバーで殴ってきた背の高い細身だが筋肉質の男だった。そんな彼も僕には目もくれず一目散にパナマ帽子の男へ駆け寄った。負傷のなどの身体心配をしていたようだが、

「人造人間には危機的状況下での生命維持くらい造作もないことだよ。」と一蹴されそれでも食い下がるの繰り返しだった。それより、と一言おいてアガットは尋ねる。

「ビークイーンはどうなった?」

 男は肩を落とした。

「鹵獲は防げたんだが胴体部を中心に跡形もねェ、あれじゃあ修復も不可能だ。」本当にすまない、と苦しそうに呟いた。

「そう謝らないでくれ、気になってた程度だ、誰も悪かないよ。おれも歳だしいい機会だ、そろそろ引退して後継人を育てることにするよ。」

 そう言って僕を一瞥する、ウイスキーの炭酸割りでも咽せていた僕を。ここで男はようやく僕の存在に気がついたようだった。驚きの声をあげて、気まずそうに頭を掻き、最終的に例の出来事について謝った。

「あの時はどうかしてたよ、結果的にはアガットも生きていたみてェだし……その、すまなかった。」

「いいよ、怒ってないし、むしろ感謝してる。」予想外の答えだったのだろう、彼は困惑していた。その気持ちはわかる、人造人間なんてそんなものだ。けれど彼の叱咤がなければ今頃死の嵐に呑まれて戦場の一部になっていただろう、だから感謝している。

「腑に落ちないって言うなら代わりにこれを飲んでくれ、酒は飲めないんだ。」中身が半分残ったグラスを差し出した。男は少し逡巡した後、仕方ないなと半笑いに受け取った。

「なんだ、おれがいない間に随分友達が増えたじゃないか。」一人蚊帳の外にあったアガットが戯けてみせる。おれがいない間と言えば、と煙草を灰皿で揉み消した。

「あの戦争、うちが勝ったらしいが、ジャガーノートはどうなったんだ?」

 彼曰く、戦線離脱した際不遇にも戦場の外に放り出されてしまったらしい。本来なら各社の回収班が戦場へ赴き機体と共に回収される手筈になっているのだが、外にいた彼はそうもいかず負傷した身で島が広大なのにも関わらず自力でここまで戻ってきたとのこと。故にあの戦いがどのような過程を経たのか何も知らないと言うことだ。

 当事者である僕がことの顛末を話そうと声を発した時、横から響いた大声に遮られかき消えた。

「それがよ、コイツが汎用機でアガットの真似をして、ジャガーノートを空から撃ち抜きやがったんだ。アンタのレールガンで。」空になったグラスを僕に押し付けベラベラと語る男、心なしか少し呂律が怪しいように聞こえる。まさかと思ってアガットに尋ねれば、この男は酒は飲めるが呑まれやすいらしい。酒に呑まれる、脳裏に蘇るのは現ルームメイトの飲んだくれの姿、やってしまった。その後は僕を瓶で殴ったことや僕とジャガーノートとの戦いなんかを彼の主観を踏まえて陽気に長々と語ってくれた。アガットは度々相槌をうち質問をしてウイスキーを嗜みながら真剣に耳を傾けていたし、僕は届いたスパゲティミートボールに食いついて完全に馬の耳に念仏の状態だった。

 男が話し終える頃にはスパゲティミートボールを食べ終えていて、グラスも空になっていた。男の酔いも少し冷めたよう、そこでアガットは提案した。

「機体を見せてくれないか、汎用機ながら高機動機体さながに戦い、ジャガーノートを仕留めたという機体をね。」


 そうして三人は施設の格納庫へやって来ていた。実を言うと戦いを経て自分の機体を見るのは初めてだったりする、何せ二週間ほど昏睡状態にあったし人造人間らしからぬ応用を効かせた戦いをしたことについて研究者達から質問攻めにあったり身体的変化を調べようと機器を通した診察を受けたり妙に忙しかった、疲労も少し溜まっている。それらを終えて最後に片付けをしようとしていたところにアガットが帰って来たという訳だ。

 男が操作盤に手を掛け、大扉が息を吐きゆっくりと動き出す。光が刺し、隠されていた機体が顕になった。

 息を呑む、なんたってそこにあった機体は目を疑うほどボロボロになっていたからだ。前面の装甲は地面に強く打ちつけたのだろう角を潰され平たい印象を受けた、取ってつけたグラップラーは首の皮一枚で接続されていてレールガンにいたってはバラバラになっている。ブースターがあった背面は言わずもがな焼けて変形していた。個人的に一番驚いたのは脚部の破損、避け切っていたはずの銃弾が弾痕を残して右足なんかは歩くことすら不可能はほどに大破している。あの一撃で仕留められて良かったと本当に安堵した、その気持ちとは裏腹に戦いが嵩む度にこんな状態になると思えば、汎用機には高機動機体の真似事なんて不可能だと突きつけられているようにも感じた。

「これは酷いな。」アガットが唸る。

「本当だよ、これじゃかわいそうだ。」細身の男が機体へ慈愛の視線を向け、僕へは怒りの視線を向ける。仕方ないだろう、新しい機体を準備する時間もなければ代わりの人員を配置する訳にもいかないのだから、突貫でもあの状態に仕上げ奴を仕留められただけすごいと理解してほしい。

「これでよくやったよ、たいしもんだ。」肩を叩き賞賛してくれるアガット。あの戦いで彼がどれだけすごいのか思い知った、そんな人から褒められたのだから嬉しいことこの上なかった。

「だけど」と一呼吸置いてひとつ質問を投げかける。

「わかっているだろう、こんなことは続けられない。……ならばどうする、本物はどう判断する?」

 本物、彼からそう言われただけで少し心臓が跳ねた。しかしどうするか、汎用機ではあの戦いは使い用がない。ならば戦い方を変えるか、一から新しい戦術を考える、いやきっとそんな時間はない。あの戦争はまだ終わっていない、たった一度の勝敗で満足する人間ではないし依頼した両国の財政次第では無限に思えるほど続く。早さもそうだが、長期的且つ正確性の高い戦術が必要、かと言って汎用機では……。

 決定打がなく悩み続けている僕、その横で遅いだのなんだの文句を言ってくる細身の男。そんなことを続けているとアガットがひとつ提案をした。

「上に高機動機体の製造を提案するのはどうだ。」とそんな規模が大き過ぎる提案を。当然僕と細身の男は驚いた。

「そんな提案呑むのか?」

「おれだって歳だ、時効はとっくに過ぎている。何としてでも通してみせるさ。それにビークイーンの修繕費くらいはあるだろう、費用面は心配ない。」

「設計はどうするんだよ。」

「それはもちろん」男の方を見てアガットは言う。

「ビークイーンを設計したカーマインならお手のものだろう?」

 カーマインと呼ばれた男はギョッとして落胆する。

「簡単に言ってくれるなよ、設計は簡単じゃねェんだ。それに一からとなればそれこそ次に間に合うかどうか。」骨や腱がどうの各パーツの互換性や親和性がこうのぼやいている、そんな彼を軽く宥めて続けた。

「どう転ぼうと風穴が空いたエースの枠を埋めなきゃならないんだ、その候補として提案すればどうとでもなる。」

 エースの枠の定義について聞けば、幾つもの戦いを耐え抜き、敵エース機に大打撃を与えたまたは撃破した者が候補に上がる、その候補者を上層部の人間が認めれば晴れてエースの枠にはまるらしい。アガットは退役の歳を迎えた後も埋まらないエースの枠を放っておけず、仕方なく枠にいたとのこと、しかしもう昔のようには戦えないとも。

「まさかコイツをエースに推薦する気じゃあねェだろうな。」慌ててカーマインは僕を指差す。

 今アガットの中では僕をエースの枠に入れる前提で話が進んでいる、機体のこともそう言っていた。

「君もわかっているだろう、先の戦争でうちの会社はかなり消耗した、これ以上消耗しないためにも士気を保つためにも枠は埋められなければならない。」

「アンタがいるじゃないねェか、アガット、アンタが。」

 たしかにアガットが戻ればそれだけで安牌だろう、僕もそう思う。ただしそれは彼が昔のように戦える前提の話だ。隻腕の女から聞いた話では僕が彼のルームメイトなった日よりも前から、日に日に衰えているのを感じていたとか、そしてあの日ツケが回った。それくらいにはもう戦えないらしい。

「何度も言っているだろう、おれだって歳だ。」

「でも……」とカーマインは食い下がる。

 アガットは深くため息を吐いた。少し考えた後、聞き分けのない子どもを諭すように言葉を吐いた。

「おれの技術に惚れ込んでいるのはわかる、だけどおれに今度こそ死ねって言いたい訳じゃないんだろう?おれは居座り過ぎたんだ、そろそろ休みをくれたっていいんじゃないか。」

「…………わかったよ、もう言わねェ。」楽しみを奪われた子どものように口を尖らせ、泣きそうな声色で絞り出した。ありがとう、と彼の背中を摩って慰める。

「心配するな、楽しみはすぐに見つかる。何と言っても、おれを継ぐパイロットがここにはいるんだからな。しっかり支えてやれ。」

 二人が僕を見た。方や期待の眼差しで、方や疑心暗鬼の眼差しで。こんな時胸を張れる自信があれば良かったのだが、生憎あの状態の機体を見た後ではとても胸を張ろうと思えなかった、心ばかりに少し手を振る。

「仕方ねェ」鼻を啜って目元を拭った。

「その胸を張れるように俺がサポートしてやんよ。」作業用のグローブをした手が差し出された。この男に認められる日が来るとは、バーでの一件を思い返せば到底想像できなかった。でも今彼は認めてくれている、アガットがいれば全て丸く収まる。不思議だ。

 僕は彼の手を取った。

「メカニックのカーマインだ。」

「僕は……」僕は、数合わせ用に作られたただの人造人間、まともな名前なんてもらってない。強いて言うなら………………気恥ずかしいがあれくらい。

「ファイアレッドだ。」

 それを聞いたカーマインは鼻で笑った。

「よろしくな、燃える軌道の男。」

 これを機にカーマインは機体と操縦技術を診てくれるようになった。ジャガーノート戦の映像や仮想戦闘からデータを採って機体設計を見直してくれた、流石に一から設計という訳にはいかず汎用機を軽量化しグラップラーの軌道力に追いつくよう再設計したものだ。これの製造をアガットと協力して上層部に掛け合ってくれたし、僕の戦う様を観て辛口のダメ出しをくれた。

 そんなこんながあって夜を迎えた、長い一日だった。アガットとカーマインの提案で飲みに行くことになり、格納庫から出口を目指して歩く、宿舎スペースを通り過ぎた。すると、医務室の方からトボトボとこちらへ向かってくる人影を見つけた。戦争を代行するくらいなのだから施設も雇用人員もそれなりの規模がある、施設内で人とすれ違うなんてざらだ。だから僕はそれほど気にしなかったのだが、隣の二人はそうではなかったようで歩みが止まった。不思議に思っていると人影の方から声がかけられる。

「アガット……!」人影が駆け寄ってきてパナマ帽子の男にラリアットよろしく抱きつく、アガットは今度こそそれを受け止めた、コートから煙草の臭いが舞う、隻腕の女だった、泣き腫らした目からそれこそスズメの涙が流れる。

「よしよし、ビリー、おれはここにいるぞ。」子どもをあやす父親みたく宥める。個人的には人造人間がそこまでするのもなのかとは思いつつも微笑ましいと感じていたのたが、

「あちィあちィ、噴かしまくったジェネレータかよ。」と側にいるカーマインは首を扇いで鬱陶しそうにしていた、不思議だ。ただこの廊下で屯していては邪魔になりそうだ、通りすがりの人造人間達が野次馬になりつつある。近場にあったアガットの部屋で話そうと提案し四人で二人用の部屋に収まった。

 部屋に入っても尚、隻腕の女はアガットから離れようとしなかった。その気持ちもわからなくもない、感動の再会が側から見れば方や重傷者と方やレスラーだった、そのため鎮静剤を打たれて強制的に引き剥がされたのだから不満も溜まっているだろう。

「ビリー、そろそろ――」「やだ。」なんてやり取りを抱きついたまま何度繰り返したことか、流石に満足した様子で隻腕の女は離れた。気まずいような気恥ずかしいような空気が漂い始める、そんな時にふと僕は気になったことを口にした。

「二人って付き合ってたりするのか?」

 途端にカーマインが吹き出す、コアラの親子みたくなっていた二人は目を見合わせて何かを察したような感じだ。状況が掴めずただ一人困惑していると、ゲラが止まらないカーマインが煽りを含めた口調で説明してくれる。

「人造人間に恋愛感情なんてあるわけねェだろ、常識的に考えて。二人の前じゃあよくある勘違いだけどよ、久々に聞いたぜ。」未だ笑いが止まらないカーマイン。

 その通りだと思った、実際問題僕にだって言えることでこの一ヶ月と数週間をルームメイトとして隻腕の女と過ごし頼れる姿やだらしない姿、無防備な姿を何度も目にしたが胸がときめくこともなければ欲情することもなかった。これは人造人間を造るに当たって設けられた規約が関わっていることだが盲点だった。

「その辺にしといてやれ、ある意味じゃあ避けては通れない道だ」とアガットが軽く諌める。室内が和気藹々とした雰囲気に包まれた、空気が和む。恥ずかしかったが、空気を変えるには必要な犠牲だったと結論付けてこの感情を見送った。

「そういえば、伝えることがあったんだ」と隻腕の女が呟いた。

「次の戦争の日程が決まった。」

 空気がひりつくのを感じた、三人の視線がアガットの胡座の上に座る隻腕の女に注がれる。

「一ヶ月後、こちら側の一戦目は防衛だ。」

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