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第一話『冥王の地にて、氷は目覚める』【後半】

はじめまして、またはお久しぶりです。

本作『冥王の地にて、氷は目覚める』は、

極寒の地で暮らすひとりの魔女と、現代から突然召喚された青年との出会いから始まる、静かで少し不思議な物語です。


第一話では、彼女・ノアの暮らしや、過去、そして召喚の夜――

そして、異世界からやってきた拓真と出会うまでを描いています。


氷のように凛としていて、でもどこか脆くてやさしい。

そんなふたりがすれ違いながらも、少しずつ心を通わせていく過程を、ゆっくり丁寧に紡いでいけたらと思います。


それでは、物語のはじまりをお楽しみください。

拓真の叫びが、氷原に反響しながら夜を裂いた。


静けさは音をたてて崩れ落ち、世界がわずかに軋む。


その場に立ち尽くすノアは、両手を胸の前で小さく構え、あたふたと声を漏らした。


「えっと、あの、その……ご、ごめんなさい……その、あなたが来るとは……っ」


「いやいやいやいや、俺こそ訳がわからないって!」


拓真はラーメンを持ったまま、腕をぶんぶんと振り回しながら辺りを見渡した。


凍てつく空気。銀白の地面。見知らぬ星空。そして、目の前でおろおろする銀髪の少女。


足元には光を失いつつある魔法陣。手にはインスタントラーメン。しかも、裸足。


「これ夢だよな!? ていうか俺、どっかのVチューバー番組にドッキリで呼ばれたとか!?」


「V……ちゅーばー……?」


ノアの頭上に浮かんだ疑問符が、夜気にほのかに揺れる。


「……なんですか、それ? 魔術の一種……?」


「違う!! 全然違うから!!」


深く息を吸い込んで冷静になろうとした瞬間、湯気の立つカップから漂う香りが鼻を突いた。拓真は盛大にむせた。


「げほっ……くそ、湯戻し終わってないし……!」


「それ、食べ物なんですか?」


「うん。現代文明が誇る信頼の一杯。俺の相棒、インスタント麺だよ。三分で世界を平和にするやつ」


「三分で……平和……?」


ノアは真剣な面持ちで頷いた。


(やばい……文化の壁が万里の長城すぎる……)


拓真は顔を覆った。


そのとき、ようやく気づく。


寒い。とにかく寒い。


「てか、これやばいって……鼻呼吸するだけで鼻の奥が凍る! この気温、冷蔵庫超えて冷凍庫だよな!?」


「ご、ごめんなさいっ! この辺りは……あの、ラグネス氷結域っていって、えっと、その……」


「いや、謝らなくていいけど!? 地面が冷たくてしもやけ不可避なんだけど!?」


その場で足踏みを始める拓真。ノアは慌てて自分の上着を脱ぎ、差し出した。


「ど、どうぞこれ! 少しでも温かいと思います! えっと、私の、なので……その、女の子の匂いとか、したら……ごめんなさいっ!」


わたわたと差し出すその姿に、拓真は困ったように笑って、素直に受け取った。


「ありがと……って、それはそれで男子的にはちょっとラッキー……か?」


「えっ、それって、いいことなんですか!?」


「いや、やっぱやめとく。なんか地雷踏みそうな話題だこれ……」



しばらくして、ふたりはようやく丘を降り、ノアの屋台兼住居へとたどり着いた。


拓真は加温術式の範囲内に座らされ、凍えた足先をようやく解凍できたように深いため息をついた。


「で……つまり、君は魔女?」


「はい。一応、《冥王星の魔女》と呼ばれています」


「うん、やっぱファンタジー世界だった……」


拓真は顔を覆いながら、これが夢ではないことを受け入れ始めた。


「それで……俺のこと、使い魔だって?」


「はい。……もしかして、間違って……ましたか?」


不安そうに眉尻を下げるノア。その表情に、責める気など起こるはずもなかった。


「本来なら、もっとこう……獣っぽい召喚獣が来るはずだったんですが……陣が、その、暴走してしまって……」


「俺はただラーメン食ってただけなんだけどな……急に光に包まれて、ドンってここに」


「……ラーメンの儀式、でしょうか?」


「違うってば!」


その後もしばらく続いた、まるで漫才のような異文化交流。


魔術とは何か、日本とはどこか、スマホは通じるのか(通じなかった)。


ノアがスマホを見て「四次元魔術書……ですか?」と真顔で訊いてきたとき、拓真は静かにうなだれた。



夜が深まった頃。


ようやく拓真は寝台に寝転がることを許され、あたたかな布団に包まれていた。


「明日になったら、村の役人さんに話をしてみます。何か、解決の糸口があると思います」


「……うん。とりあえず今日は、凍えずに眠れそう」


布団の中で返した拓真に、ノアはそっと問いかけられる。


「……ねぇ、ノア」


「はい?」


「君、なんで……使い魔なんて呼ぼうと思ったの?」


その問いに、ノアはしばらく沈黙した。そして、まっすぐな声で答える。


「……旅に出るから、です」


「旅?」


「……魔女たちを、探して。彼女たちに、“終わり”を渡すために」


その言葉が意味することは、拓真にはまだよくわからなかった。


けれど、その声に宿る静かな決意だけは、胸に残った。


「変な話だけどさ」


「はい?」


「君のアイス、ちょっと食べてみたくなった」


その一言に、ノアは目を丸くし、それから――ふわりと微笑んだ。


「……明日、作りますね。朝一番で。ちょっとだけ、特別なの」


「ラッキー……」


拓真はそう呟きながら、目を閉じた。


布団の中で静かに呼吸を整え、やがて深い眠りへと落ちていく。



――そして、翌朝。


――ぱしゅん。


弾ける氷の音が、朝の空にやさしく響いた。


拓真はその音で目を覚ました。

まぶたの裏に残っていた夢の残滓が、ゆっくりと溶けていく。見慣れない天井。どこか懐かしさすら感じる木の香り。遠くで小鳥の声すらしない、静謐な空気。


「……ああ、やっぱ夢じゃなかったか」


ぼそりとつぶやいた声が、朝の光に溶ける。


身体を起こすと、冷えた空気が肌を撫でていった。昨日よりはずいぶんと暖かい。床下からは微かな熱――ノアが設置してくれた加温術式が、静かに部屋を守ってくれている。


部屋の外からは、やわらかく甘い匂いが漂ってきた。


拓真は布団を畳み、木扉をそっと開ける。開いた先に見えたのは、小さな調理台の前に立つ、白いエプロン姿のノアだった。


「おはようございます、拓真さん」


彼女は振り返り、少し恥ずかしそうに笑った。頬にはほんのり朝焼けの赤が差している。


「……おはよう。なんか、いい匂いがする」


「朝ごはん、作ってみたんです。あの、よかったら……どうぞ」


手招きされるままに、小さな木の卓へと座る。

目の前に並べられた器には、湯気を立てる淡い紫色のスープと、ふんわりと焼き上げられた白いパンのようなもの。


「これは……?」


「スープは“エスリオの根”という芋を煮込んだものです。あったまりますよ。パンの方は、“エルニア焼き”って言って……甘い穀粉を蒸したものです」


「……いただきますって言って、いいのかな」


「はい。そういう挨拶、好きです」


ノアは微笑みながら、自分の器にも手を伸ばす。


スプーンをすくって、口に運ぶ。


「……うまい」


思わず素で出た言葉に、ノアの目がわずかに見開かれた。


「よかった……この辺の食材、あまり派手じゃないから不安で……」


「いや、むしろこういうのが沁みる。俺、コンビニ飯ばっか食ってたからさ……」


「コンビニ……? あ、魔術商店のようなものでしょうか?」


「だいたい合ってる。だいたい」


ふたりは顔を見合わせ、少しだけ笑った。



淡い朝光が、窓の氷を虹色に染めていた。


湯気、あたたかさ、静かなやり取り。


目の前の少女はたしかに異世界の住人で、彼自身は召喚されてきた“使い魔”という扱い。

それでも、この朝の光景は、妙に落ち着いていて――少しだけ懐かしさすらあった。


「……でさ」


パンをひと口かじりながら、拓真がぽつりと尋ねる。


「俺、今日って……どうすればいいと思う?」


ノアはスプーンを止め、小さくうなずいた。


「まずは、村の役人さんにお話を通してみましょう。ラグネスは閉鎖的な場所ですが、異邦人の手続きは、ちゃんとあります」


「異邦人、ね……完全に俺、向こう側の人間になっちゃったんだな」


「……すみません、勝手に呼んでしまって」


ノアは、視線を落とす。


その声に罪悪感がにじむのを感じて、拓真はすぐに首を振った。


「いや、怒ってはないよ。正直まだ頭追いついてないけど、君が悪気なくて、真剣に謝ってくれてるのは伝わってる」


「……ありがとうございます」


「ただ、今後どうするかっていうか……それがまだ見えないだけ」


ノアはしばらく考えるように口を閉ざし、それから穏やかに言った。


「無理に、帰る方法を探さなくても……いいんですよ」


「え?」


「しばらくは、ここでゆっくりして。この世界を見て……それでも帰りたくなったら、そのとき一緒に考えましょう」


その言葉は、温かくて、どこか寂しさも含んでいた。


「……ありがとう、ノア」


ふたりの間に、また静かな時間が流れる。


卓上の器からは、まだほんのりと湯気が昇っていた。



食後、片付けを終えると、ノアが拓真を振り返った。


「今日も、アイスを作ります。もしよかったら、手伝ってもらえますか?」


「もちろん。せめて、それくらいはさせてくれ。恩返しにもなるし」


ノアは少しだけ肩をすくめ、笑った。


「じゃあ、今日も一緒にがんばりましょう。拓真さん」


窓の外では、雪がやんでいた。


氷の世界に、少しだけ柔らかい光が射していた。


こうして、拓真の“異世界での一日目”が、本当の意味で始まった。


最後まで第一話をお読みくださり、ありがとうございました!


召喚、衝突、文化の違い、そして始まりの朝――

魔法もラーメンも入り混じる、ちょっと不思議な異世界スタート回でした。


「旅に出る理由」と「誰かと生きる選択」を描くために、

この物語は静かな場所から始まりました。

ノアと拓真、それぞれの不器用な思いが、少しずつ重なっていく様子を今後も見守っていただけたら嬉しいです。


次回は村の人々や世界の在り方にも少し触れていく予定です。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります!


また次の話でお会いしましょう。

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