第八話
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「おい… 」
下方から聞こえたその声に、翠蘭は掠れた声で返事する。
(ま、まずい… )
振り向くのが怖い。
緊張で震えていた手が、更に震度を上げていく。
そして、ゆっくりと声のする下方を向こうとした次の瞬間だった。
感覚を失った足がぐらつき、翠蘭の体はそのまま地面へと落下した。
鈍い音と共に、体の自由が効かない。
不思議な事に、痛みは感じなかった。
感じたのは、これから起こるのではないかという恐怖心と、男の気配だけだった。
仰向けになったまま動かない翠蘭の目の前には、青年がいた。
官吏であろうか?
翠蘭は硬直した体のまま、脳内を一点に集中させた。
言い訳が何も思い浮かばない。
青年は異様な状態で、目を見開く翠蘭に近づいた。
そして顔の前で、手を広げるとひらひらと往復させ意識を確認した。
「おい… 大丈夫か?」
「あ……… はい」
咎められると思ったが、意外にもその青年は翠蘭の体を労わるように、ゆっくりと起こしてくれたのだ。
「こんな人気の無い所で、一体何をしていた?」
「ね… 本当に……… 私は何故、こんな所に… 」
「は?」
自分が、何を言っているのかわからなかった。
しかし、思考の定まらない翠蘭は、言葉を止める事ができなかったのだ。
「その… 夜空に…… ほら… 」
そう言いながら、天へと指を突き上げた。
二人の視線は、見事な程の曇天へと飛ぶ。
「何も… 見えないが?」
(しまった! 星も月も見えん!)
今にも、何かが落ちてきそうな程の暗さだった。
そしてついでに、頬に冷たい雫が落ちるのを感じた。
(あ… )
それが天からの雫なのか、冷や汗なのかすぐには理解ができなかった。
「星… か? 何も見えんではないか。… というか雨が降ってきてないか?」
(えぇえぇ。私も今、全く同じ事思いましたよ)
その雫は頬だけでなく、頭頂部や額にまで、次々にと落ちてきた。
「降ってきたな。おい、こんな所にいたら風邪を引くぞ」
青年はそう言うと、自身の頭を抑え、踵を返した。
(あ… このままおさらば、お咎めな… )
そう思ったその瞬間、腕を思いっきり引かれる感覚に陥った。
振り向いた青年が、動かない翠蘭の腕を強く引き、走り出したのだ。
「何をしている! 風邪を引くと言ったろう!」
(えぇー! ほっといてくれないのー!?)
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その雨はすぐに、本気を出し始めた。
屋根があるその場所へと、連行される。
「はぁはぁはぁ… 」
「とりあえず、それほどまでには至らなかったか」
青年はそう言いながら、服に付いた雫を払い落とした。
そして、呆然と立ち尽くす翠蘭は、未だ言い訳を考えていた。
(まずいまずいまずい… こんな明るい所に連れて来られたら、顔バレが… )
濡れた髪の毛で壁を作ろうと試みたが、そうはいかなかった。
青年が懐から取り出した手拭いで、翠蘭に渡した。
「… あ、いえ、本当お構いなく」
拒否する翠蘭に、呆れるようなため息をつく青年。
「良いから使え。それとも拭って欲しいのか?」
その言葉に、翠蘭は渋々手拭いを受け取った。
「… ありがとうございます。でも… 私は決して怪しい者ではございません。ただの宮女です。ほんと、ただの宮女。それ以上でもそれ以下でもな… 」
「そうか」
そう言いながら、解き放たれた長い指が、翠蘭の濡れた髪をすくい上げる。
少し垣間見れた表情に、ドキリと心臓が波打つ。
…チャ…
少し離れた所から、微かな音が聞こえた。
(ん? 今、一瞬扉が開いたような… あれ? ここって… )
波打つ心臓は、大波へと変わった。
無の境地を取得したはずだったのに。
詰めが甘かった。
初めての事に、対応力が付いていけていない。
アップグレードされていなかったのだ。
動揺が動揺を生み出した。
「あああああああああのっ! こっここ、ここ… こっ」
(… ? ニワトリ?)
「ここ… ってちょぉっと、まずいんじゃ!?」
「ん? 何故だ?」
「だってここは… この場所は… この国で一番… い、いちば… ん… 」
震えた声は、それ以上言葉にならなかった。
雨に濡れた、寒さゆえの震えではない。
その扉のすぐ向こう側が、次期皇帝の住まう場所だったからだ。
(まずいよ… とにかく何でも良いから、ここから離れなきゃ!)
そう思う翠蘭に対し、その青年は何だか飄々としていた。
しかし、さすがに勘づく。
(あぁそうか)
「そうだな… 場所を変えよう」
その言葉に、翠蘭は何度も頷いた。
強めに頷いた。
そして、すぐに気が付いた。
(え? 場所を… 変える? いやいやいや、ここは解散で良いのでは!? あ、そうか、尋問か。弁解はまだできていないものね… 仕方ないか)
こうして、脱走の最中に、出会った青年に連れられ、場所を移動する翠蘭。
それと同時に今宵の脱走計画は、失敗に終わるのである。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
突っ走って書いてしまっているので、文章が乱れていることもあるかと思います。
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