第二話
たくさんの作品から見て下さり、ありがとうございます!
本日二回目の投稿です。
最後まで読んで頂けると、嬉しいです。
泣き腫らしたその後は、当然の事ながらすっきりした。
ついでに池の水で、涙で濡れたぐしゃぐしゃな顔を洗い流す。
こうして、その安心感に何度か足を運ぶようになっていた。
泣きたい時、一人になりたい時。
つまり、ほぼ毎日だった。
その場所が何に使われているのか。
他にも誰か知っていて、訪れている者がいるのか。
最初は様子を見ながら通っていた。
次第に通い詰めるようになり、早数ヶ月。
誰一人として、翠蘭以外の者と鉢合わせる事はなかった。
誰もいない。
この場所だけが、唯一の憩いの場。
そうやって、どうにか毎日を乗り越える事が出来ていた。
今朝も翠蘭は、悪い物を吐き出す為に、この場所へと訪れていた。
すると、いつもはしない物音がする。
かさりかさりと草を踏む音。
最初は、猫か何かだと思った。
こんな早朝に、人なんて来るはずがない。
しかし、その音は動物のような素速い音ではなく、それはそれはゆっくりだった。
近づいたと思ったら止まり、また近づく。
完全に止まったと思い、さすがに振り向いた。
(誰!?)
視線の先には、自身と同じくらいの男の子が、しゃがむようにして静かに様子を見ていた。
向こうもこちらを警戒するように、小さな体を屈みながら前進していたようだ。
翠蘭はその少年にとても驚いたが、その涙を止めるには時間を要した。
何をしてくるでもなく、声をかけてくるでもなく、その少年は、じっと翠蘭を見つめたまま動かなかった。
翠蘭があまりにも、泣きじゃくっているからだろうか。
そのうち、毒素の吐き出しに、きりがついた翠蘭。
ある程度、感情も落ち着いたが、しゃっくりだけは未だ跳ねていた。
少年はゆっくりと近づき、そっと翠蘭の横にしゃがみ込むと、竹筒に入った水を差し出してくれた。
「え… ?」
「少し甘くしてあるから… あ、毒は入ってないよ」
この際、毒が入っていても良いと思った。
翠蘭はその優しさだけで、心が潤った。
「ありがとう… 」
翠蘭はカラカラになった体を、潤すように口から流し込んだ。
何だか懐かしい味がした。
「甘い… これは、蜂蜜?」
「… っ! よくわかったね。君もこれを飲んだことが?」
「あ、う… ん?」
翠蘭は余計な事を言ってしまったかと思ったが、いつものように近くにある溜まり池へと進み、顔を軽く流した。
更に少年は、翠蘭に手拭いまで差し出してくれたのだ。
「本当… 何から何までありがとう…… ねぇ? 何も… 聞かないの?」
「ここはそう言う所だから… 汚く、残酷な場所。君みたいな子が、たくさんいるのは知ってる。嫌いだこんな所。でも何より、何も出来ない自分が… 」
「… ? あなたが何故咎められるの? でも、私もよ。何も出来ない自分が嫌い。でもそれは、まだ自分に力がないだけなのよ。力がなければ、つければいいだけのこと… まぁ、そう簡単にいかないことも重々承知よ。でも… 私は絶対… 絶対に絶対に、こんな場所から抜け出してやるんだから!」
先程まで、ぐずぐずに泣き腫らしていた少女の表情が変わった。
そんな彼女が、いきなりそんな事を言うもんだから、少年は驚きに驚いた。
真っ直ぐな強い眼差しは、本当に真実に変えるのではないか。
彼は、瞬時にそう思った。
翠蘭も翠蘭で、そんな事を人前で初めて口にした。
しかし、何故かその少年に言っても、害はないと思ってしまったのだ。
彼の優しさが翠蘭をそう、動かしたのかもしれない。
「あなたは? 出ないの?」
「へ?」
「ここから、出たいと思った事はないの?」
「そうだね。出たいよもちろん。でもそう簡単にいかないのは、僕の方だよ。君ほど、その勇気もない。今の自分には… 」
「なら、この先その勇気がもし出なかったとしても、私が必ず、あなたを助け出してあげる! ここから抜け出させてあげる! これはお礼よ。今日、あなたに助けてもらったお礼!」
「この程度で? 大袈裟過ぎない?」
「あなたはそう思っても、私は… 私にはそのくらいの価値があったから… 」
そう言いながら、翠蘭は少年の姿を改めて見た。
「それにしても… あなたは、とても綺麗な格好をしてるわね? 下働きには見えないけど… うーん、一体何が辛いの?」
「毎日がつまらない」
「つまらない?」
「そう、退屈で人間という醜さに、つくづく愛想がつく。騙し合い。奪い合い。腹の探り合いばかりだ。そんな酷くなるばかりの世界に、ずっといなきゃいけないなんて… 」
「そう… あなたもあなたなりに、大変なのね。でもそれならまだ良い方よ。まだ体で感じた事はないでしょ? こんな傷を体験した事は?」
そう言って、翠蘭は自身についた傷を見せるようにして、腕を捲った。
「… っ! 酷いっ… 」
「もっと酷い時は、これが体中にあるの。まぁでもこれも慣れてきたわ。きっと少しの辛抱だから」
「… くっ、すまない」
「ふふ、だから何であなたが謝るの? あ、ねぇその髪紐、とても綺麗よね? 少し見せてくれない? あっ見るだけよ? 取って奪おうなんて、これっぽっちも思ってないから」
両手を横振りにしながら、安易に口走った言葉に後悔した翠蘭。
「大丈夫。わかってるよ」
そう言いながら、笑みを浮かべた少年は、少し伸びた髪から結い紐を解き、翠蘭へと渡した。
何ともいえないその作りは、前世でも見た事がなかった。
エメラルド色の紐と、細くあしらわれた金糸が美しく絡み合い、まるで離すことない強い意志が伝わるようだった。
翠蘭にとっても、ちょうど良い長さだった。
「ねぇ、少し遊んでも?」
「え? あ、うん」
その言葉に、形が崩れない程度に、紐の端と端を結び、大きな輪っかを作った。
「手を握って、拳を上にしてくれる?」
少年は言われるがまま、右腕を差し出した。
差し出された少年の手首に、輪をかけると、更に一周分ぐるりと紐を巻き、翠蘭が一言ずつ言葉を出していく。
「今、力不足な私達は、ここからはまだ逃げることができない。でも… 」
そう言いながら、翠蘭は小指と親指に絡めた紐を、更に左右の中指を使って、紐を交互に絡めた。
そう、まるであやとりをするかのように。
翠蘭が作った複雑な紐達。
その真ん中を、少年の右腕に通す。
「私が… 」
そして、それを引っ張りながら、願いを込めて言う。
「いつか… 」
するりするりと、手首から完全に離れる紐。
「ここからあなたを、出してあげるから」
今では、少年の右腕に縛られる物は何もない。
その摩訶不思議な状況に、少年は目を輝かせるばかりだ。
それは、ただのトリックに過ぎなかった。
ただの子供騙し。
それでも彼にとっては、心が開放された気がした。
「ねぇ君… 名前は?」
「翠蘭。あなたは?」
「… ルオ。そう呼んでる」
「ルオね!」
「歳は同じくらい?」
「多分七歳ね」
「多分?」
「えぇ多分よ」
「そう… まぁそれなら、僕の二つ歳下だね」
「あら? 背は私と同じくらいなのに… 」
「うるさい」
「ふふ、男の子だもん。これからたくさん伸びるわ。ルオ、また… 会えると良いわね」
そう言って、すっかり乾いた顔に気合を入れると、翠蘭はその場を後にした。
既に上がった太陽が、風で揺れる水面を反射させる。
(翠蘭か… また… 会えるといいな)
少年はそう願ったが、それから二人は会う事はなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
突っ走って書いてしまっているので、文章が乱れていることもあるかと思います。
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