第十話
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そして翌晩。
亥の刻が迫ろうとしていた。
昼間は近日ほどではなかったが、それなりに忙しかった。
昨晩のこともあり、寝不足だった翠蘭。
行きたくない気持ちが九割を超えている。
しかしだ、どうせすっぽかしても、すぐに見つかる可能性は十分にある。
なので翠蘭の足は渋々と、その場所へと向かっていたのだ。
脱走現場に到着すると、そこには既に昨日の青年が、壁をまじまじと見るようにして立っていた。
「ご、ごきげんよう… 」
そう言いながら、翠蘭は青年へと近づいた。
そして、昨日のこと、主に目撃した龍の事について、詳しく聞かれた。
しかし、知っての通り、それは全てまるっと嘘なのである。
そんな事も露知らず、翠蘭は見事なまでの出まかせを、口から放流していた。
(ゔ… 良心が痛む… )
そう思うのも無理はない。
青年は、疑う心を知らないのかと思う程に、全てを信じた。
その瞳は、まるで少年のような純粋さを露わにしていたのだ。
そして、一刻の時が過ぎた頃。
その青年の表情が少年のものから、大人の表情へと変わったのだ。
(あれ? 何だか雰囲気が… )
そう思いながらも、青年の動向を伺う翠蘭。
そして、ゆっくりと口を開く。
「幼き頃、とてもつまらない毎日を過ごしていた」
(え? 何ですか唐突に)
「俺はこの壁が好きで、よく眺めたり数えたりして遊んだりしていた。ほら、よく見ると一つ一つが違うだろ?」
青年はそう言いながら、昨夜翠蘭が踏み外した石段をなぞる。
(うーむ… 暗くて見えない… )
「それは、何故だと思う?」
「え? あ、えっと… 職人が一つ一つ丁寧に積み上げたからでしょうか?」
「あぁ、それはもちろんだ。しかし、それだけじゃない。この石段は、特別な素材でできている。
だから俺にはわかるんだ… ’この’ 石段は、ここ最近できたものだという事がな」
翠蘭は最後のひと言に、とてつもない威圧感を感じた。
握りしめる手から、汗が滴ってくるのがわかる。
「ふふ… とても見事だ。おそらく、誰かが何かをするために、造ったのだろう。そうだな… 例えば脱走を企てている ’とある’ … 宮女とかな?」
その言葉と共に、お互いの視線がぶつかる。
いつもの無の境地は、昨日に引き続き崩壊していた。
「え!? なな、な、なん… 」
(何でそれをっ!)
「俺にはわかるからな」
(え? わかる?)
青年は翠蘭の言葉を待たずとして、話を進めた。
「しかし、ここは無理だ」
「え? 何故… です?」
翠蘭のその言葉に、ふっと笑みを溢す青年。
「この先に、宮殿があるのは知っているだろう?」
確かに聞いた事がある。
そこはとても暗く、近づくのさえ躊躇される。
もちろん、そこに住んでいる者などいない。
定期的に手入れはされているようだったが、その度に誰かしら体調不良者が出るという。
まさに、いわく付きの場所であった。
「螺聖殿ですよね? でも、そこを抜けると… 」
「何もないぞ?」
「へ? 何も… ない?」
「あぁ、その先へ行っても何もない。誰かさんは、手薄であるその先を狙ったのだろうが、むしろここよりも、遥かに厚く覆われた壁がある。更にその壁は、他の場所と違って、深く地中にめり込んでいる。穴を掘っても逃げられるような代物ではない」
(ややややばい… これはもろバレなんじゃ… )
「だから、到底無理な事だったんだ。詰めが甘かったな」
「なる… ほど」
(プランを変更しないとな)
翠蘭は、泳いだ目を隠しきれなかった。
「わかっているとは思うが… この王宮内は、とても複雑だ。本格的に逃げたいのであれば、ここをよく知る者を味方につけるべきだ」
(そんな簡単に味方につけれるもんなら、してみたいわよ。あまり詮索し過ぎると怪しまれちゃうし。詳しい人を味方につけるなんて、それこそ高い壁なんじゃ… )
そう思いながら、翠蘭は認める言葉を出すことはなかった。
それでも誤魔化す事を諦めない。
「ま、まぁ私は? ゔぅん… 別に逃げようと… 思ったりなんかしてませんけどね。それに、そんなことしようとも思わなっ… 」
「本当に? 本当にそれでいいのか?」
予想だにしていなかったそのひと言に、頭の中が停止する翠蘭。
(え? 待って? それでいいのかって… そ、それじゃあまるで… )
「このような一節を、聞いたことはあるか?」
そう言うと青年は、暗闇に伏せるその先にある宮殿に向かって言葉を放った。
’昇り龍を見た者は、暗黒を。
下り龍を見た者は、安寧を呼び起こす’
(聞いたことないな… てか龍なんて、現実にいるわけないのに… )
「そう言われているんだ。そして、願いを叶えてくれるとも」
「ほほう」
翠蘭は思わず、適当な返事をしてしまった。
話半分に聞いている。
「おそらくお前が昨夜見たのは、ここに住まう黒龍でないかと考えられる。そして、その龍は昇っていた。それで間違いないな?」
頷き続けていた為、その重要さに気が付くのに、少しばかりの時差を生じた。
(つまり私は、 ’暗黒’ の方を見たことになってる!?)
「よくよく思い出してみたのですが、並行的に見えたような…… ん? 今… この宮殿に… 螺聖殿に住まう龍と仰いました?」
「そうだ」
「あの黒き龍が?」
青年は頷く。
(いやいやいやいや! いませんから! そんな龍、いませんからぁぁあ!)
翠蘭は言葉にならない声で、口をパクパクしながら表情も崩壊していた。
「お… おい… 大丈夫か?」
さすがの青年も心配した。
「俺もその黒龍を探している。そして願いを叶えたい」
「その願いをお聞きしても?」
「あぁ… それはお前と同じだ。そして、お前の目の前にいるのは、この国で一番王宮の事を知り尽くしている者だ」
「え… 」
その笑みに不思議さと希望が入り混じったような光が、込み上がる気がした。
「あなたは一体… 何者なのですか?」
「俺は… ルオだ」
「ルオ… 」
(何処かで聞いたような… )
「お前、名は?」
しかしその瞬間、見回りの武官らしき声が聞こえてきた。
数名の声と足音が聞こえる。
瞬時に二人は身を屈み、気配を消す。
そして、耳元で青年ルオの声が聞こえた。
「え… 」
その手は更に奥の暗闇へと、誘われる事となる。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
突っ走って書いてしまっているので、文章が乱れていることもあるかと思います。
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