第1話 校長室に飾られた盾
「良ちゃーん。サボってないで早く終わらせちまおうよー」
この春から晴れて高校生となった伊藤良太と石橋康誠の二人だったが、まだ中学生気分が抜け切らずにいて、『落ち着きがない』と、よく注意され罰当番をさせられていた。
この日も遅刻癖が抜けない伊藤良太に付き合わされ、石橋康誠も校長室の掃除を手伝わされていたのだった。
開校から歴史も深く伝統のある耶麻高校だったが、周辺は過疎化が進み年々入学してくる生徒数が減り、校舎の老朽化もあり今年度いっぱいでの廃校が決まってしまった。
今年度いっぱいで廃校、、そんな校舎内を綺麗にしても仕方ないだろう。伊藤良太はそんな思いもあってか、掃除をする気にはなれないでいた。
掃除をする事で忍耐力を養い、計画的に進めることで余った時間を効率良く自分にあてられる事を学ぶことによって、自分の行動を見直し遅刻癖を治して欲しい。
そんな考えがあっての事とは露知らず、掃除に完全に飽きた伊藤良太は校長先生の席に座り、校長先生になった気分でいるのだろうかご満悦そうにしている。
「おい!康誠、そこ汚れているぞ!」
顔は校長先生の真似のつもりなのだろう、しかめっ面をして眉間にしわを寄せ口を窄め、まだ埃を払い終えてない棚を指差してきた。
伊藤良太は小柄で華奢な体格だが瞬発力が凄く、ジャンプをすると高身長の奴にも負けない高さまで手を届かせる。
顔も本当に小さく、お人形さんのようにかわいい。よく言われている年下男子的な風貌だ。
ただ本人が言うには、年上の女性には一切興味は無いらしい。
性格は極めて明るく、誰にでも物怖じしない。クラスメイトを引っ張って行くようなリーダーシップ性を持つ積極性のあるタイプだ。
「なんだよそれー!自分でやれよ。誰のせいでやらされてると思ってんだよ!」
その態度に不満そうに語気を強めて言う。
石橋康誠は表情が豊かなタイプだ。自分の気持ちを隠すこと無く表面に出してしまう、分かりやすい性格をしている。
嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しいとオーバーなんじゃないかって位の表情をしてリアクションも付けてくる。
その感じがたまらなく愛着心が持てる。常に楽しそうにしているので周りを明るくさせてくれる存在だ。
「そりゃー、、康ちゃんが校長のカツラ取っちまったからだろ」
伊藤良太は意地悪そうなニヤケ顔を向けてきた。
「ゲッ!あれは不可抗力だろ!それにいつの話だよそれ!」
入学式の日、はしゃぎ過ぎて謝って校長先生にぶつかってしまい、バランスを崩した際に頭に手がかかってしまい、カツラを吹き飛ばしてしまったのだ。
「いいや、校長のヤツ絶対まだ根に持ってるね。康ちゃんのせいで良ちゃんまで目をつけられてしまって、、あーぁ、良ちゃんってば可哀想、、」
そう言いながら両手を合わせ指を組みあわせると、目をパチパチさせ上を見上げアーメンとでも言わんばかりのポーズをしてきた。
「なんだよ、、それ、、」
石橋康誠は呆れ顔でそう言った。
「つーか、誤魔化してんじゃねーよ!アホかお前は!お前が毎日、毎日遅刻するからこうなってんじゃん!連帯責任で掃除させられて、可哀想なのは俺の方だろーがっ!」
持っていた箒を振り上げ、打とうとするアクションをする。
「分かったよー。やればいいんだろ」
校長先生の椅子から渋々立ち上がると、面倒臭そうに棚の埃を払い始める。
ふとガラス張りの棚の奥に目をやると、そこにはトロフィーやら盾やら賞状が飾られていた。
「康ちゃーん。ちょっと、見てみろよー」
「今度は何だよー」
「ほら!これこれ!」
手招きされ近寄ると、棚の奥の方を見るように一部を指差し促してきた。
子供がオモチャ売り場に並んでいる、初めて見るオモチャを見るかのように目をキラキラと輝かせ促しているので、石橋康誠は仕方なく指差した方向を覗き込んだ。
「全国高等学校野球選手権大会優勝だってさ!これ本物かなー?」
「うわっ!ホントだー!ここの学校って甲子園で優勝してたんだ!」
初めて知ったその事実に石橋康誠も子供のように目を輝かせ、その盾を食い入るように見つめる。100年以上の歴史がある学校なのだから、歴史の一部を高校生となったばかりの二人が知らないのも無理はない。
「偽物かな!」
「偽物が校長室に飾ってある訳ないだろ!本当に優勝したことあるんだよ、きっと」
「そうか?でもそんな話聞いたことないけどなー?」
「かなり昔の話だからね」
「!!校長先生!?いたんですか?」
いきなり声を掛けられたのでビックリして背後を振り返ると、校長先生が立っていた。
耶麻高校の校長先生は小太りで身長は低め、色白で年齢相応には見えないほどの童顔をしていて肌がツヤがいい。
校長先生という威厳はなく、親しみやすそうな感じの風貌をしていた。
「今来たとこだよ」
そう言いながら屈み込みガラス張りの棚の扉を開け、優勝と書いてある盾を取り出し二人が見えるように差し出した。
「おー!すげー!!見せてくれるの?」
小柄な伊藤良太の上半身ほどの大きさがあり、ずしりとした重みを感じる。
その盾は所々色褪せてはいるものの、金色に輝いた光沢は偽物ではないことを物語っていた。
二人はそれを受け取ると心を弾ませ、食い入るようにマジマジと見つめだした。