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甘くて苦い朝のお見送り

結婚式を終えたその足で私たち夫婦は新婚旅行へと向かった。


多忙を極めるレグランだけど、新婚旅行に当てる休みを取るために式の前日遅くまで仕事をしていたそうだ。


そのためパーティーでメリッサ・ラミレスさんに、

「あんなに過密なスケジュールでお仕事をされていたのでお体が心配です。決して無理はなさらないでくださいね」

などとまさに夫を案じる妻のようなセリフをレグランに向けて吐かれた。

まるで無理して新婚旅行に行くような哀れみを含んだそのもの言いに、私は対面したその日にメリッサ・ラミレスを敵認定したのであった。

このやろう……(あ、野郎じゃなかった)


レグランはそれをただの副官の意見として受け取ったらしく、

「問題ない。一生に一度の大切な時間のためだからな。それに別に無理をしたわけじゃない」

とさらりと返した。


いつものテンションでそう言ったのでうっかり聞き逃しそうになったけど、考えてみれば惚気とも受け取れるその言葉に私は少しだけ溜飲をごっくんと丸呑みすることが出来た。


そうして私たちは甘い(多分)蜜月を過ごし、夫婦として新たな生活を始めた。


結婚生活の蓋を開けてみればやはり予想通りレグランは監査室の仕事に忙殺される日々で、連日遅くまでの残業となりなかなか夫婦としての時間が取れない。


それでも休日はずっと一緒に居てくれるし買い物にも付き合ってくれる。

一人暮らしが長かったから家事もひと通りは出来ると言って手伝おうとしてくれたけど、平日は仕事で多忙を極める夫に休日くらいはゆっくりして欲しくて気持ちだけを受け取っておいた。


それにしても実家で暮らしていた時から不思議に感じていた慣習が魔法省にはある。

“長”が付く役職となるとその下に補佐官も付く事になるのだけど、副官と呼ばれるその補佐官が毎朝登省前に迎えに来るのだ。


なぜわざわざ?

魔法省お抱えの馭者と下男(フットマン)だけでよくない?

なぜ副官がわざわざ早起きをして上官宅まで迎えに行かなくてはいけないの?

なぜわざわざ省舎まで一緒に登省しなくてはいけないの?


子どもの頃にその疑問を父に訊いたら、

「仕事に向かうための馬車の手配が必要で、それを用意するのも副官の仕事なんだよ」

と答えたからすぐに私が

「なぜ馬車でわざわざお仕事に行くの?」と訊いたら、

「馬車で仕事の話が沢山出来るだろう?時間は有効活用しないとな」

と答えてくれた。


その時の私はなるほどそういうものなのかと思ってその話は終わらせたけど、まさか結婚してその慣習にイライラさせられるとは思いもしなかった。


だって当然、副官としてラミレスさんが毎朝我が家に来るんだもの。

新婚の我が家に。愛の巣に!(←言ってやった)


「室長、おはようございます」


「おはよう。朝からご苦労」


「いえ、副官として当然のことですから」


「今日もよろしく頼む」


「はい。あ、奥様おはようございます」


「……おはようございます。ラミレスさん」


と、取ってつけたような挨拶を毎朝交わさねばならない。


ラミレスさんは副官という立場で、堂々と私の前で振る舞う。


「室長、本日十四時に魔法大臣が省舎をご訪問される事になっております。例の事件の監査報告を求められておりますが如何いたしましょう」


「もちろん私が対応する」


「承知いたしました。あ、室長、埃がついておりますよ」


ラミレスさんはそう言ってレグランの肩を優しく撫でるように払った。


ちょっと?それ、さり気ないボディタッチなんじゃないの?

毎朝魔法省のローブにはきちんブラシを掛けていて埃なんて付いてるわけがないでしょう!


わざと?わざと私の前で仕事上の妻アピールしているの?

これからの時間は彼は私のものだと言いたいの?


私が内心シャーシャーと猫のようにラミレスさんを威嚇しているとレグランが私に向き直った。


「それじゃリオナ、行ってくる。今晩も遅くなるだろうから先に休んでいてくれ」


私は昼食のランチボックスが入った包みを渡しながらちょっとした意趣返しを思いついた。


「いってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね」


とそう言いながらレグランの腕に手を添えてつま先立ちになり、彼の頬にキスをした。


ラミレスさんが小さく息を呑んだのが気配でわかった。

どう?これは仕事上の妻には出来ないでしょう?


私はそっと唇を離し、もう一度レグランに言う。


「行ってらっしゃい」


「うん……行ってくる」


さすがのレグラン。

こんな事くらいで彼のテンションを乱す事はないけれど、馬車に向けて歩き出した彼の耳が真っ赤になっていたのを見て、私は大満足だ。


ラミレスさんが一瞬悔しそうな顔で私を睨んだけどそんなのは無視。

事実上の妻である私に喧嘩を売ってくるのは貴女なんですからね?

私はそれに受けて立っているだけだもの。

それに、新婚夫婦ならお見送りチューは当たり前よ。(従姉・談)


こうして毎朝甘いと苦いの両方を味わうのが、新妻の私のルーティンになっているのだった。





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